Harold Budd
Luxa

(All Saints,1996)






回顧と新しい単純性


久しぶりの個人名義のディスク。ピアノ、浮遊するシンセといった彼の長年の特質がソロであるだけに前面に現われるアルバム。しかしこれまでにないシンプルなリフも聴かれるし、ピアノも抽象的な響きばかりではない、シャープな音像も持っている。集成のようでもあり、新しくもある。



このディスクより少し前のリリース、"Through the Hill"、"She is a phantom"では、旋律楽器と背景となる伴奏とが明確な区別を持っていたことが特徴的だったが、これは共演者の存在がその本質として持つ「役割分担」という発想と関係がありそう、というのは当然のことだけれど、ソロとしてのこの"Luxa" でも、その「図と地」の明瞭さを引き継いでいる。

バッド自身のピアノがかなりアコースティック(エフェクトを通さない)な感触を持つ。ところどころにピアノソロ曲も入っているのだが、他のエフェクトや楽器とのアンサンブルの間にあって、いわゆる「ピアノ曲」という気負いが感じられなく自然な流れだ。たとえば"Inexact Shadows" というタイトルの付けられた組曲的な3つのトラックでは、カチカチと涼しげなパーカッションの金属音とアブストラクトなピアノが、互いの沈黙を引き立てる美しいコンビ
ネーションになっていて際立つが、ピアノ・ピースと呼ぶにはいつのまにか聴きのがしてしまうかのようなはかなさだ。

低いドローンを伴って跳躍が少なく半音階的にうごめくシンセサイザーの浮遊するトラック(3、6、10-14など)も聴かれ、これらはかつての"Lovely Thunder" や "White Archade" を思い出させる。懐かしい。

ところで、最近のコラボレーション以降のもうひとつの特質は、ミニマル的であることだ。1960年代に興ったミニマリズムのムーヴメントを避けるために一時期音楽活動から遠ざかっていたとも伝えられる彼に「ミニマル」という言葉を持ち出すのはどうかと思うが、それなら「リフ」の多用と言い替えればどうだろうか。リフの上を自由な、ジャズ的でさえあるピアノが乗るトラック1や、パーカッションの単調なリズムと、旋律までもが繰り返しであるトラック5など、これまでなかった形での「ラディカル・シンプリシティ」である。




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