Harold Budd・Brian Eno
Ambient#2−The Plateaux of Mirror

(Editions EG,1982)EEGCD 18






ピアノ・アンビエント


イーノがはじめに目指したアンビエントとは、時に無視することもできる均質で静謐な音楽だった。長いテープループを作り、複数の音素材を同時に再生させて長時間のサイクルを生成させるという手法によるものだった。一見シンプルな音楽的要素をプレイバックやエコーなどによって、(じっくり聴くとわかるのだが)驚くほどの多彩なヴァリエーションを作りつつも、総じて同じような時間が流れる音楽だ。"Discreet Music"、"Music for Airports" がそんなアルバムだけれど、アンビエントも枚数を重ねて、ここで大きな変化を遂げた。

ピアニスト・作曲家のハロルド・バッドとのコラボレーションによって、ここでは一種のピアノ・アルバムを作ったとも言える結果が生まれているのである。音素材の加工によって、「何の音」というイメージを回避してきたイーノの諸作だったが、それはリスナーに幅広いイメージの選択肢を提示するためだったのだろう。しかし『エアポーツ』でロバート・ワイアットが弾いたように、非表現的素材として加工されることを目的としたピアノは、ここでは鳴らない。このディスクではハロルド・バッドの音楽としての姿がかなり明確に聴き取れる。それでいてアンビエント的空間も併せ持っているのは、もともとバッドが持っていた抽象的音楽をさらに押し進めた結 果によるのではないかと思われる。

ピアノ(エレクトリック・ピアノを含む)がどのように弾かれ、音楽全体のなかでどんな位置を占めているのか、いくつかの例を聴いてみよう。


"An Arc of Doves"
水が泉の底から湧き出るようなアーチ型をしたこまやかな動きは、その弓の頂点にわずかなアクセントが置かれていることによって抽象的ではあるが旋律的でもある。
"Not Yet Remembered"
旋律を他の音に任せ、バックグラウンド、あるいはベースになるコードのみを担当する伴奏楽器としてのピアノ。 "Wind in Lonely Fences"
上昇・下降する大きなアルペジオパターンが主体で、旋律性は後退している。サウンド・エフェクトがアルバム中最も濃厚で、ピアノは背景に回る。


ハロルド・バッドの他のアルバムでは、エフェクトを取り去ってソロで聴くことを想像しても、独立・自律したピアノ曲でありうる場合が多いが、ここでのピアノ演奏は、「全体における部分」という位置付けが基調となっている。ピアノが音風景に溶け込むひとつの点景としての位置を保っているのである。風景の一部を構成する素 材としてのこの楽器の位置付けと、バッドの余白を十分に残した希薄な旋律とが、アンビエントと呼びうる空間性を作り出すことに成功した要因と思う。

ピアノは中心であるようでいて、常にそこから逃れていこうとする。




極度に美しいアンビエンス。

かつての国内盤タイトルは『鏡面界』だったという。名盤はタイトルも美しいものである。実はこのアルバムについて、客観的にアンビエント論などを語ることは私には難しい。なによりその必要性を感じなかった。理屈などは無力であるに過ぎない、どこまでも強く乾いた静寂に終始する響き。

まるで聴く度に姿を変えるような、とらえきれない流動性を持った音楽。それは、形になる以前に消えていく、不定形な雲の動きのような。いつまでも得られることのない具象性を求めるもどかしさは、この絶対的に澄明な響きを眼前に、あきらめへと昇華していく。






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