序章
野村邦男
新宿を出た小田急電車は多摩川を渡ると沿線の景色が大きく変る。

生田、よみうりランド、百合ヶ丘、柿生など多摩丘陵の緩やかな起伏の中を電車は走り、車窓からは緑の樹木に覆われた丘や街並みが見える。

かつてこの沿線は多くの田んぼ、畑そして里山の田園風景が広がっていた。

高度成長期に大規模な宅地開発が進められ、多くの住宅やマンションが建てられたため、現在は田んぼも畑もほとんど無くなってしまった。

しかしこうした環境変化のなかで生産農地を守り続けてきた農家がある。

石塚農園は江戸時代から続く農家であり、百合ヶ丘地域で稲作、畑作、果樹園等幅広い農業を営んできた。近年川崎市も農地保全を政策課題として体験農園を積極的に支援するようになったこともあり、石塚農園は貴重な農地を会員制体験農園として市民に開放することにしたとのことである。

私はかねてより農業、農作物、食文化などに関心があり、東京農大の社会人向けオープンカレッジで少しずつ学習を続けてきた。

野菜づくりを実践したいという思いから、3年ほど前石塚農園の開園に合わせて自宅から近いこともあり参加させてもらうことにした。

石塚農園の特長は、畑を細かく小分けした市民農園と違い2000m2どの農地を園主の指導のもと会員が協同して農作業するところにある。

収穫物も毎週作業に参加した者が均等に分配されることになっている。

20数名が会員となっているが、男性はほとんどがリタイアした人、女性は 無農薬、有機栽培に関心の高い主婦である。

野菜づくりの基本は農作業の実践を通して農園主及び川崎市の専門職員から 指導を受けていろいろなことを学ぶことができる。

ゴルフクラブを鍬に持ち替えた当初はなかなか上手くは使えなかったが、段々と身についてきた。農作業を続けることにより随分と足腰が鍛えられる。

毎週沢山の収穫物を前にしてどのようにして食べるかを思案することがあるが、主婦の皆さんが野菜のいろいろな料理メニューと調理方法を教えてくれるのも ありがたい。

日本は四季に恵まれた国であり、農業は古来より季節の変遷に合わせて農作物の生産が行われてきた。

この農園の春夏秋冬の季節ごとの農作業、野菜、風景などについて綴って みることにする。