3月8日(水)


『どうして?』

 伊藤勢という漫画家がいる。どの様な漫画家かと尋ねられて答えるのは難しいが、『キャプテンで書いていたヨ。』と言えば分かる人にはどれくらいの知名度であるか、人気度であるかは察する事もできよう。そんな氏の作品に「モンスターコレクション」という漫画がある。

 小生がこの漫画を知ったのはつい最近だ。朋友の折口太が小生の居所を尋ねてきた折りに、突然紹介してくれたのである。持ってきたのは伊藤勢の作品の中では長編に類する”斬魔剣伝”全巻と”モンスターコレクション”の1巻、2巻。それをリュックから取りだして、スス、と小生の目の前まですべらせると、
「ま、読んでみてください。」
 彼は自信満々にそう言ったのだった。その様子からも、彼自身相当気に入っている漫画家であろう事はわかるのであるが、何かというと”伊藤勢”という名前の前に
『B級漫画家』
 と横書きにつける。あまり誉めているようには聞こえないのだが・・・まぁ、それは、ねじれまがった性根を持つ彼の彼なりな愛情表現である、としておこう。

 さて・・・

 そこまで言われれば小生も目を通してみんと思わざる事もないでもないので、彼が帰った後、ゆっくりと目を通し始めたのであるが、もとよりコミックマスターJですら『良い作品です。』と評価するであろう作品であるので、するすると読み進める事が出来た。そうして斬魔剣伝を読み終わり、モンスターコレクションの2巻に手を伸ばした時、小生の体の中をすさまじい衝撃が走った。
(こ、これはっ!)
 そう、モンスターコレクション2巻では1巻とはまったく違う見知らぬキャラが動き回っていたのである。もちろん、1巻との話の繋がりも無視している。それどころか、話のテンポも筋道の建て方も何よりも絵柄そのものがとても同一人物とは思えない、まったくの別人が書いたのではないかと疑ってしまう程何もかもが違いすぎていたのである。
 小生はあまりの衝撃に耐えきれず、思わず本を閉じてしまった。何が彼をそうさせたのか。あるいは何が彼を変えてしまったのか。こればかりは小生が幾ら考えた所で答えはでまい。が、しかし、少し目を通しただけであるがここまで世界をぶち壊してまで書く必要がある内容だったとはとても思えない。
(何故こんな酷いものを彼は推したのであろうか?こんな事するヤツが藤原カムイの弟子とわーっ!)
 小生は手の上に置いたモンスターコレクション2巻の表紙−それは書店のカバーが掛かっている為うっすらと透かしてしか見えなかったが−を見て溜息をついた。
 その途端、である。小生の脳裏に、違和感が生じた。
(?)
 何かが違う。そう感じるのである。小生はカラーページをもう一度見た。そこに、タイトルが書いてある。もちろん、作家名も、だ。そして、パタンとその本を閉じる。全ての謎が解けたのである。小生は同一人物とは思えない、と言った。それは正しかったのだ。
 要するに、全く別の漫画家の手による全く別の本なのである。
 力が抜ける話であるが、当事者である小生としてはとんでもない事である。勢いに乗って次々と読破していたにもかかわらずそれを強制的に止められてしまったのだから。いわば、ワンダバに乗って滝の裏にあるカタパルトから戦闘機にのって飛び出そうとしたら、そのまま滝の力にまけて滝壺に堕ちてしまった様なものなのである。
 小生が即座に
「折口太クン、これはもしかしてもしかすると小生に対する新手の嫌がらせなのかネ?」
 と折口太にクレームの電話をかけた事はいうまでもない。

 そんな懐かしい記憶がふと蘇った。何故ならなじみの本屋でモンスターコレクションの新刊が出ているのを見つけたからだ。
(これは今度、是非とも折口太クンに借りてみよう・・・・・。)
 そう思って本屋を出た。出たのにも関わらず。

 事務所で夕飯を食べながら読んでいるこのモンスターコレクション3巻はなんだ。

 今日もまた、頭を抱えて苦悩する小生がいたのであった。


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