2019余所自作29『再会』

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 あの日々が何だったのか、それを例えられる言葉を私は知らない。
 十歳より前の記憶が私の中では途切れ途切れだった。――十歳、私が誘拐された年齢。半年間誘拐されて拉致監禁されていた私はある日突然保護されて温かな家庭に戻れた筈だった…世間もそう考えたかもしれない。でも実際は違っていた。半年も強姦凌辱されていた私は愛すべき娘ではなくて、もう家族にとっては単なる傷に過ぎなくなっていた。腫れ物に触る態度の母親はいつまでも泣いていて、父親はそんな母親を責めて、兄も弟も幼いながらに事態が朧に判るのか、私を穢らわしい存在として避けた。ああ、もうこの家では生きていられないのだな、と退院して数週間で気付いて、私は遠い全寮制の学校に転入した。苗字も変えた。誰も知る人の居ない環境は私にとってはまだ楽だった。
 あの人が、居ないけれど。
 私を誘拐して強姦して調教した男。優しい笑顔の婦警さんに色々と質問されても答えられない事は多かった。当時たった十歳であっても自分があの人と行っていた行為がとても恥ずかしいものだと判っていたし教え込まれていた。快楽も、苦痛も、隷属も、知識も、良識も、常識も、牝としての幸福も、私はあの人に教わっていた。失踪している間の勉強すら、あの人は怠らずに私に学ばせていて、家族と世間の冷遇以外に私が困る事は何一つなかった…いや、一つあるのは、虚しさかもしれない。世界の何もかもを知ってる様なあの人から吸収出来るものが途絶えた。マナーのレッスンも、毎晩のセックスも、鞭も、何もない。ぬるま湯の様な怠惰な日々。学校の先生も、同級生も、牡として物足りないのは一目見て判った。いやもしかして上手に鞭を振るって何度絶頂を迎えても私を犯し続けてくれるかもしれないけれど、日向の植物の様な緩く温い彼らの空気は牡としての魅力に欠けていた。
 そんなある日、寮の食堂のワイドショーで、私はあの人の出所を知る。
 何も留めるものなどなかった。
 寮から学校への短い通学路からそのままぬるま湯の日常から抜け出して、私はあの別荘へ向かう。胸が震える。あの人は私を迎えてくれるだろうか?あの人の躾けたままに、出来るだけ求められた頃の自分そのままに育てた私を、あの人は悦んでくれるだろうか。
 森の奥の古びた屋敷の、二度だけしか見ていない重いドアノッカーを叩く。
 動悸が激しくて、既に濡れているのが自分でも判る。あの頃はまだ生理もなくて毎晩膣内射精を繰り返されていたけれど、今はもう受精可能になっているのが少し怖い。あの人が求めるなら子を産むのもいいし、避妊の処理をするのも怖くない。――出来れば堕胎だけはしたくない…でも徒に小さな生命を弄ぶのはあの人の好む所ではないのは知っている。ああ、どこで服を脱ぐべきなのかが判らない。いつもはベッドの横でレースのローブを脱いで跪いてあの人の足に口付けてからあの素晴らしいペニスに舌を滑らせるのが決まりだったのに、この扉の外で脱いだ方がいいのだろうか。育った身体が醜ければ、扉を開けて貰えないかもしれない。いや、拒絶される為にも、私はここで脱がなければいけない。
 木々の葉擦れに鳥の囀り、人以外の気配しかしない森の奥で、屋敷の玄関で、私はするりと制服も下着も靴も全てを脱ぎ捨てる。鼓動が高鳴り過ぎて頭が狂いそうになるのに、胸の芯は不思議と凪いでいた。膝まで濡れている。
 そして私の前の扉が、開いた。

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