2022余所自作96『温泉に入ったら・追加分』

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 あーと軽く呻いて天を仰いだ省吾に、彼女が不安げに瞳を揺らしているのに気付き、思わず頭を掻いて何呼吸分か悩んだ結果口を開く。
「人それぞれ、かと。――あと、俺は、あくまでも偽彼氏」
 わざわざ自分で釘を刺さねばいけない事かと思いながら、二の腕を見事にホールドしている豊かな乳房を指差す省吾に、彼女は不思議そうに何度か瞬きをしてから唐突に声にならない声をあげて身を引いた。ぶるんと弾む見事な乳房を両手で隠すが豊か過ぎて彼女の細腕と華奢な手では乳房の一部しか隠れない…だがそんな悩ましい乳房より、急に恥じらった彼女の可憐な顔立ちの方が酷く愛らしくこそばゆい。
「は、はしたなかった、です、ね?」
 軽く身を捩って乳房を隠そうとしても恐らく後ろ姿状態でも胴の左右から溢れる巨乳の、ブラジャー補正なしでも絶妙な形を維持出来ている凄さを今更ながらに実感する省吾を、上擦った声で上目遣いで見ながら彼女が不思議な疑問形で確認してくる。
「襲われても文句は言えないかと」
 その返事に、ふにゃっと柔らかに彼女が微笑んだ。
「伊能さんで良かった」
 待てそれは俺が不能だとでも言いたいのかと咄嗟に聞き返したい衝動を抑えながら、省吾は箒で床を払う様に手を振った。
「そんな訳で男と女が二人きりで全裸でいるのも問題だから、そろそろ帰りなさい」
「あの、ここは露天風呂ですが……?」
「誤解されたらまずいでしょ」
「逆にそれはそれで偽彼氏情報が一気に拡散されませんでしょうか?」
「嫁入り前のお嬢さんに不名誉な噂もセクハラ疑惑も御免だよ」
 今回社長まで参加しての社員旅行であり即吊し上げの可能性を考えぞくっと背筋が凍る省吾に比べ、彼女は緊迫感の欠片もなくふにゃりと柔らかさに微笑み続けている。
 山の端から姿を現しはじめている低い位置にある月は彼女を照らすには頼りなく、だが幾つかの灯篭と星灯りの下、新入社員の、まだまだうら若い彼女の滑らかな肩や乳房の陰影を浮かび上がらせていた。艶やかな、柔らかそうな小さな唇がそっとゆっくりと動き、甘く蕩ける声が零れる。
「伊能さんは本当に…紳士なのですね」
 そう言う彼女はまだまだ若いのにどこか自分と同い年かそれ以上の年齢を思わせるしっとりとした落ち着きが有り、スイッチが入ると暴走するその落差がこそばゆい。どちらも彼女なのだろうが、振り回されている感覚が面倒臭く、だが何処か面白い。

 カラッとアルミ戸の開く音に二人同時に身が強張った。岩を回り込んで入口に背を向けてはいるものの、省吾も彼女もタオルが手元にはなく身体を隠せるものがない。
「ひゃ……」
 咄嗟に彼女の身体を更に入口方面から見えない様に抱き締めて背を向けた省吾の耳に、二、三人だろうか女性の明るい声が届く。拙い。これは女風呂に入り込んだ痴漢の図かと嫌な汗が一気に滲む…もし突っ込まれた場合は彼女が男を連れ込んだという不名誉になる可能性に不意に辿り着き、強く抱き締めていた腕の力を緩めようとして初めて違和感に気付く。
 しっかりと抱き締めて隠せていない。
「……」
 豊か過ぎる胸は省吾の胸板で潰れてはいるものの見事なクッションとして機能し続けており楕円上の球が胴と胴の間に妙な空間を作っている。乳房を支点にして省吾の肩に彼女の顔が埋もれ、そして華奢な脚が省吾の腿を跨いだ形になり、そして、彼女を抱きしめている男の両腕は頭とウエストに回っているが……。
 彼女の手の甲が、湯の中で省吾のモノに当たっている。
 事故だ。
 大声で否定して身を離したいのに今騒ぐのは自滅行為であり、凍り付いたままの省吾の鼻腔をふわりと甘い花の匂いが満たす。シトラス系の旅館のシャンプーとは異なる穏やかな花の香りは持参したものなのだからだろうか。濡れている黒髪はするりと軽やかに指を滑り、思わず指を絡めそうになる。だが何かをして彼女に悲鳴を上げられたらそれこそ終わりである。ぎちぎちに反り返ってるモノに当たっている彼女の手の甲は動かず、微かに腕の中で、肩先で、潜め切った呼吸が浅く繰り返されているのを感じていると、不意に女性達の話し声がぴたりと止んだ。
「――ゃだ、お邪魔ー」
「朝にしよ、朝あさ」
 性の乱れたカップルを咎めるよりも恥ずかしさ半分興味本位半分と言った感じの潜めた声が遠ざかり、再び戸の開閉音がしてから漸く腕をそっと解いた省吾だが、ぴったりと貼りついたままの彼女は動かない。気拙い。余裕が出れば色々と気付けるものもあるが…跨いでいる彼女の下腹部が省吾の腿に乗っているのがはっきりと判る。先刻の様に飛び退いてくれれば助かるのだが、彼女の動きが全くない。
「天音さん、ミッションクリア」
 降参のポーズで軽く手を上げてみても反応がなく、暫し待っている間も彼女の身体の感触が色々と判りもやもやと劣情と危機感が膨れ上がり、省吾の顔が熱くなる。面倒臭がりだが経験も興味もない訳ではなく、モノに当たっている華奢な手の甲や腿に乗っているシンプルではなさげな構造は後のおかずとして非常に良質だと思われるが、とにかく事件にしたくはない。
 そっと彼女の二の腕を手で掴み、ゆっくりと身を剥がしながら横目で彼女の顔を盗み見ていると、今にも泣き出しそうな真っ赤な顔が現れた。入浴時で化粧も落としている筈だが元から所謂ナチュラルメイクの彼女は大差なく、女優やモデルの様な派手さはないが清楚可憐な顔立ちは充分に整っており、蜂蜜声を紡ぐ唇は小振りで柔らかそうである。そんな彼女の瞳が、恐る恐るといった感じに動き、至近距離から省吾を見つめた。
「……。えっち……」
 とろんとろんに滴る蜂蜜の様な極上に甘く震える声で彼女が少し拗ねて怯えて訴えてきた。恐らく手の甲に当たっているモノの事だろうなと推測しながら視線は速攻で逸らす。
「……。何の反応もない方がおかしいかと」
 判ったのならば出来れば手を離して欲しいのだが、豊かな乳房がまだまだ密着している程度に軽く身を剥がした状態では足りなかったらしい。いやらしい事をして下さいとお強請りされていると勘違いさせる甘い声に限界まで膨張しているモノがびくびくと反応しそうで慌てて元素記号表を脳裏で展開させようとしているのに、上手くいかない。
「ひゃん……っ!」
 びくっと揺れてしまったのに続き、仔兎の様に彼女が飛び退いた。かなり運動神経は鈍いと思われる跳ね上がりと逃げの間隔と崩れるバランスに、慌てて支えようとした結果、湯の中で尻餅をつく寸前の彼女の腰を抱える体勢になり、男女の身体が固まる。
 膝立ちの前屈みになり水没寸前の彼女を支えるその白い脚の間に割り込んでしまった男の腰が、女のそれに密着している。
 ぬるっと滑る感触が確かにあった。しかも、傘から幹に塗り込む形で。
「「……」」
 咄嗟に掴んだ一方の手を解けば湯の中に彼女がどぽんと沈む状態だが、嫋やかな白い腰を抱いている手が、まるで恋人同士の様に絡め合った指が、妙に生々しい。これで挿入完了していれば情事の真っ只中の体勢である。
「天音さん、手、離していい?」
 完全に固まっている人を無情に放り出す訳にもいかず理性的に辛い姿勢を維持する省吾に、暫く経ってから彼女が頷いたので手を解いた次の瞬間、目の前の人物がどぽんと頭の先まで湯に沈んだ。

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