『誘惑〜Induction〜改訂版 STAGE-17』

表TOP 裏TOP 裏NOV BBS 16<17>18

 まやかしの月明かり。
 何一つ本当はなく、それなのに綺麗で足が竦む。
 綺麗な服、綺麗な指輪、甘いお酒は一時の夢。
 消えないで、と望むものはたったひとつ。
 ――でもそれは他の人のもの。

 月明かりが世界を青白く染めていた。
 医師に抱えられている腕の中でぼんやりと世界を眺める。大都市有数の巨大ターミナル駅の賑わっている駅前から少し歩くと人気が一気に減った…片側三車線の広い国道を行き交う車の交通量はとても多いが歩道を行き交う人が少ないのはすぐ真横が駅と線路の巨大な空間であり、大きく蛇行する道路の先は企業本社などの立ち並ぶ場所ではあるが駅への徒歩は裏通りを通る方が近いからか、そっと通りを見渡しても数人見かけられるかどうかである。
 胸の奥が熱い。普段アルコールを摂取しない少女は先程飲んだホットワインで煮た程度では飛ばないそれに軽く酔ってしまったらしく、冬の入口と言った感覚の夜の冷え込みの中、頬や指先までが滲む様に火照っていた。それだけではないのは、判っている。
 賑わっているショッピングモールのメインツリーの前で医師に求められるまま舐め合ってしまった舌の感触が、抱き締められていた腕の感触が、消えない。人前ではしたないとは感じるが、人目が気になってしまったがそれが自分を更に昂らせてしまう事実に少女は困惑していた。慣れないホットワインと、それよりも更にくらっとさせた自分のホットワインとは異なる強いアルコールの味…人前で何度も嚥下してしまった医師の唾液が少女を更に酔わせる。少女を抱えたまま歩くその足取りは人一人の体重を支えていると思えない程いつも通りで、その腕の中で身を強張らせれば迷惑をかけてしまいそうな気がして瑞穂は男の身体に少しだけ寄りかかっていた。だが、酔いに蕩けた少女の想像よりも無防備に男に甘える様に身を委ねてしまっている事に瑞穂は気付いていない。
 月が綺麗ですね。その言葉が有名な文豪が愛の告白を訳したものだと医師は気付いていないだろう。そして気付いて欲しくはなかった。美人の看護婦と恋仲の医師に告白しても拒否されてしまう結果しかなく、そして時間潰しの、誤魔化しの存在でしかない自分の好意など医師にとっては重荷でしかないと判っていて、それでも口にしてしまった言葉を瑞穂は恥じる。
 微かな煙草と消毒液のにおいが漂う医師のコートの襟の辺りに頬を預け、ふうっと小さく白い息を漏らす瑞穂は男が首を巡らせた感覚に軽く見上げる。
 月明かりの下、医師が自分を見下ろしていた。氷の彫像を連想させる端正な顔立ちは柔和とは程遠く硬質で愛想もなく自分の全てを見透かしているのではないかと思える怜悧なものである…これは年齢差であり一生自分が追い付けない、目の前の男に価値を認められる事はないのかもしれないと無力感を伴いながら少女は見惚れてしまう。絶世の美男子ではない、だが綺麗な人だった。青白い寒々しい夜がとても似合う。
 少し、ほんの少しだけ守崎が首を傾けた仕草に、瑞穂は頬を染めながらその腕の中で背を伸ばし月明かりが男の影を落とす中に入りおずおずと舌を差し出す。クリスマスイルミネーションのメインツリーの前でなく、普通の信号待ちの街路は秘め事を行うには向いておらず、信号待ちの向こうには最後に見た瞬間には二人程立っている…その様な場所で、と僅かに躊躇った瞬間、男の舌が少女のそれを絡め取った。
 甘い吐息が零れる。
 少し歩けば医師のマンションであり、そこに辿り着けば誰の目にも留まる事なく貪る事が出来るだろう。医師の地元では隣人に目撃されてしまうかもしれない。そして明るい月明かりの下では只でさえ人を抱え上げている目立つ状態で人目に付く上、大動脈と言える大通りは車の往来は多く、立ち止まった信号待ちのその車道は乗用車やバスやトラック等が数多く停車中だった。
 舌を絡める男の腕が抱き上げている少女の身体を更に寄せさせる。男の腕の中で少女のケープとスカートがふわりと揺れ、漆黒の長い髪が流れる。医師も強かに酔ってしまったのだろうか、舌がとてもいやらしく少女の小さな舌を舐り回し、酒気を帯びた濡れた吐息が互いの口の辺りで甘く白い息を作る。はぁっと漏らす吐息は淫らな響きを帯び、少女の顔は快楽を堪えようとする悩ましいものへと変わり、男の唾液に口の端が濡れるが口内はそれよりも遥かに男の唾液を受け入れてしまいこくんこくんと嚥下する度に華奢な身体が微かに震えた。医師の舌は指とは異なる…しなやかに動くかと思えば鞭の様に強かに打ち付けてくるその動きを少女はずっと舌で受け止めてきたが、同じ様に受け止め続けている場所がある。ぞくん、と背筋が震え抱きかかえられている身体の奥、膣から溢れる愛液が膣口から溢れる感覚に瑞穂は震える。今日身に纏っている服は靴から下着まで全て与えられている物だが、下着はもう両方とも汚してしまっている…医師はそれを不快に思ってはいないだろうか。下品な女だとは思われたくはない、だが、瑞穂の身体を恥知らずなものへと変えていったのも医師だった。くちょっくちょっと音を立てて絡み付く舌に、人の目と月明かりから隠れようと少女は少しだけ男へ身を寄せる。信号が変わり大通りの車が発車して行き交うエンジン音に歩道が包まれても、医師は立ち止まったまま少女の舌を弄り続けていた。向かいに立ち止まっている人達の足音が脇を通り過ぎる。気付かぬ振りをして貰えたのか、それとも公道で淫猥な行為をしている男女に好奇の視線を向けたのか、怯える少女を抱きかかえている男の指先が、宥める様に、愛撫の様に、動く。何度信号が変わっても少女の舌は男に絡め取られ続け、そして唾液の糸を引いて終えた途端、華奢な肢体は男の腕に無力に沈み込んでしまった。

 服が、脱ぎ散らかされている。
「――ぁ……っ、ふ…ぁ……ぁあ!あ…ん……っ、せん…せ……」
 ベッドの上で男に組み伏された少女は身を捩る。ガーターベルトのみを残して衣服を剥がれた少女の下腹部に男が顔を埋め、舌が膣口を抉る淫猥な音が寝室に篭もり続けていた。贈られたばかりだったワンピースの裏地や下着の表側までねっとりと絡み付いていた愛液を拭う間も与えられずに押し倒された部屋は遮光カーテンを引く余裕など当然なく、飾り気のないレースのカーテンは階下の街灯りと空の月明かりに照らされて明るい。昼間の明るさよりは当然暗いが、その灯りは男女の淫蕩な交わりを照らし出すには絶妙な光量で二人を照らし出す。男の筋肉質な身体が、少女の華奢な身体が、青白い薄明りの中いやらしい陰影を作り、男の舌が膣に深々と突き入れられる度に仰向けで横たわる少女の汗塗れの乳房がぶるんと跳ねる。拒めない、拒まない顔の少女が鳴く。恥ずかしいはずかしいと拙く訴える瑞穂の両脚を抱えている男の指が、その声を無視し下腹部の上端の突起を捏ねる。びくんと大きく跳ねる少女の牝肉が男の舌の侵入を拒むかの様に絞りたてるが、その恥ずべき動きを捩じ伏せる様に医師に華奢な腰を更に引き寄せられより膣に舌が捻じ込まれた。甲高い鳴き声が少女の唇を割り、膣奥から溢れた愛液が男の口元をたっぷりと濡らす。
 あっあっあっと泣きじゃくり顔を隠そうとする少女の左手の薬指でギプスとガーターベルト以外に少女の身に残されている唯一の物、華奢な意匠の指輪の中央で小粒の、だが存在感の強いダイヤモンドが光を弾く。その指は結ばれる相手にしか許してはいけないと当然瑞穂は判っている…だが男は気付いていないかもしれない。聡い医師にそんな事があるだろうか?…だがそれ以外に少女は指輪の位置の理由が思い浮かばない。一生の宝物と思うのは少女だけ、誰にも言えない、医師自身にさえ言えない一人だけの約束が汗塗れの白い指で光る。
「せんせぃ……っ、せんせい……!」
 白いシーツの上に広がった愛液の池の上で少女の腰が揺れる度に華奢な尻肉からシーツへと透明な糸が伸びる。恐らくシーツを貫通してマットレスにまで染み込んでしまっているのは確実だろうが、無我夢中の少女はさておき男が気にする様子はない。ベッドの脇に男女の服が落ちている通り、男は裸になっていた。まるで花を撒き散らした様な甘い匂いが籠もるベッドの上で、びっしょりと濡れて見悶える少女の汗を擦りつけられるかの様に纏わりつかせながら、男が静かな目で見る。病院の浴室などで裸で肌を重ねる事もあったが、ここは寝室だった。貪られる為の場所でありそれを妨げる制約は何もない…何もない、のだろうか、いいや、絶対的なものがたった一つだけある。それを思い出した瞬間、少女の胸がずきりと痛んだ。
 あの綺麗な人はこのベッドで医師と結ばれているのだろう。その場所で自分が医師に触れていいとは思えない。
 まるで少女の気落ちがわかったかの様に医師が顔を上げて身を起こす。遅々としか動かない身体をどうにか動かし両膝を合わせようとする少女をそのままに、ベッドサイドテーブルの上に置かれていたペットボトルの水を煽り、そして白い身体を引き寄せた。
「――!」
 唐突に唇を重ねられ、室温に温くなった水が口移しにゆっくりと流し込まれる。こくっこくっと唾液の時には有り得ない量の液体を無意識に受け止め嚥下するものの信じ難い行為に少女の瞳は大きく見開かれた状態で唇の接触にうっとりと閉じられる事はない。温い水が徐々に体温で更に温まり、やがて唾液を含んだぬめりを帯びていく最後までを受け入れ、そして腕の中で静かにしている少女に見せつける様に男がペットボトルの水を煽る。ごくりと喉を動かしながら自分を見下ろす医師の視線と視線が合い、無機質な瞳に魅入られた様に動けない瑞穂の瞳に、視界の端で男が軽く傾けるまだ中身が半分程残っているペットボトルの水の揺れが映る。
「喉が渇いているだろう」
 そう言われればその様なな気もする…声を抑えているものの喘ぎ続けてしまっていた喉は少し痛む。汗も掻いている。水分補給は必要だったかもしれない。だが、だからと、口移しで水を与えられた驚きは軽くはならない。挨拶の様に接吻を交わす文化があるのも知っている、だが、少女にとってはそれは特別なものだった。この男性には意中の、結ばれた女性がいて、ただでさえ全裸に近い姿で腕の中にいるだけですら罪だと言うのに唇を重ねるのは以ての外だと思っていても、少女はその腕の中で逆らう事が出来ない。逞しい、腕。厚みのある胸板と引き締まった腹筋、そして腰に当たっている猛りきっている男性器…何もかもが鋼の様だった。無駄を削った研ぎ澄まされた肉体なのに温かく熱いその中は世界で一番安らげる場所であり居るべき場所だと思えてしまう。
「はい……」
 今にもこの腕の中から去らなければならない、そう思う少女の瞳から涙が伝う。
「まだ飲み足りない催促か?」
 口の端を僅かに歪めて男が皮肉そうに嗤う。優しくは見えないその表情は月明かりの差し込む青白い寝室にとてもよく似合い、今いる寝室に漂う男の…消毒液と煙草と、そして仄かな男自身のにおいに少女は眩暈すら覚える。男の住居なのだから男の存在で構成されているのは当然で、だがそこには女性の陰を感じ取れずに少女は戸惑う。あの美しい看護婦の残り香があればもっと冷静に身を引く事が出来るだろう、いやそもそも身を引く以前の戯れなのだから身の程を知るとでもすべきだろうか、医師の腕の中はとても怖く、そして甘美で居心地が良過ぎた。――だからこそそれを本来の権利を有する女性から奪ってはならない。
「泣くな」
 不意に抱き締める男の表情は少女には見えない。誰の事を考えているのだろうか、胸の奥に棘の様にあの女性の面影が残り続けているのだろうか。大人は、男性は、他の女で苦しさを誤魔化す事が出来るのだろうか…医師がそれを自分に求めるのならば応じるべきなのだろうか、だが脳裏を過った美しい看護婦の険のある瞳に瑞穂の身体が強張り僅かに腕が医師の胸板を押し返してしまう。
「――っ!」
 自分の腕が医師を拒むかの動きをしてしまったと気付く前に少女の身体が再びベッドの上に組み伏された。広いベッドは硬過ぎず柔らか過ぎず華奢な肢体を受け止めてくれるが、それを押さえつける男の手の力は乱暴に感じてしまう程に強く、常に冷淡な男の表情は直前見せた穏やかなものとは異なり無機質ですらある。
「キスもセックスも御免だったな」
 それは違うと言いたくなるが瑞穂は言葉を飲み込む。特別な女性のいる男性と行ってはいけない交わりに既に耽ってしまっていると思うのは少女だけで医師には戯れに過ぎないとしても、それでも罪悪感を医師に抱かせない為の一線は引いておかなければならない。もしも、もしも医師に相手がおらず自分を戯れに望んだとしたら瑞穂にはそれを断る理由がなかった…そう、ないのである。ただ一度の戯れであってもう無視されるだけであっても医師に触れる事が許されるのであれば一時でも傍にいられるのならば身を捧げる事に悔いはない。ふしだらな娘だと蔑まれても、その後どれ程困難が待ち受けても甘んじて受け入れられるであろう。これが恋慕だと判っている。同時に医師の気持ちが自分にない事も。
「それ以外なら何でもやらせたいのだったな。便利な玩具扱いのその期待、叶えてやろう」

「――ゃ……あ…っ、だめ…ぇ……っ…も……ゃ…っ、やあ……っ、ゃ……あ……あ…ぁ……っ」
 ベッドの上で仰向けの身体を曲げられ高く掲げられたその脚の間に医師が顔を埋めていた。医師の頭の両脇で肩に乗せられている太腿が尻肉と一緒にびくびくと跳ね、足が宙を掻く。ねちょっねちょっと医師の舌が窄まりを舐り回し突き挿れる度に医師を汚してしまう焦りに涙が溢れ弱く首を振りたくり懸命に哀願するものの、男はもう長い間執拗にそこばかり弄び続けていた。少女の全身は汗に塗れ寝室には牝の淫臭がねっとりと濃く漂い、愛液は下腹部だけでなく柔毛や腹部まで滑らせ、休む間もなく身悶えるその下で豊かな乳房がぬるぬるたぷたぷと揺れ続ける。医師の鼻先でひくひくと膣口が蠢き、少女の窄まりは医師の舌にこじ開けられる恥辱に戦慄きながらも徐々に綻び始めていた。
 傷つけたくない汚したくない相手に最も汚れた場所を執拗に舐め続けられていると言うのに、奇妙な感覚が徐々に高まっていく身体に少女は動揺する。むず痒さにも似た常習性のあるもどかしい疼きは膣孔を医師に責め立てられる時の刺激とはどこか異なり、どうしても日常の排泄行為を思い出させる…つまり排泄孔であり慕う存在に触れて貰うべき場所ではない。それなのにそこだけを弄ぶのは医師による自分への拒絶の意志なのかもしれない。そう思うと背筋が冷たくなる、それなのに。
「ふ…ぅ…あぁあっ!ぃ…ゃ……ぁぁぁっ、だめ…ぇ…ぇ…っ、ぁ……ぁぁ…っ」
 拒絶の声が艶を帯びてしまう。まだ身に着けたままのガーターとガーターベルトが汗と露を吸い素肌に貼り付く窮屈な感触と水が気化していく様な冷たい感覚と、何も身に着けていない素肌の熱く蕩けていきそうな感覚と、そして素肌に重なる男の肌の硬い質感に、窄まりを抉る舌のぬめぬめとした軟体質の様でいて硬いゴムの様でもある感触。いつも舌を絡め取るよく動く舌が恥ずべき孔を穿つ…広げてはいけない場所を抉る舌が鞭を捩込む様に外から中へと押し込まれ、舐り上げる。ぬちっぬちっと淫猥な音が籠もり少女の喘ぎが響く。言葉だけの哀願であり指一つ動かない。ぐいと舌が深く差し込まれるだけで全身がそれに集中し支配される。もしもそこに排泄物があったらと考えるだけで恐怖と羞恥に泣き叫びそうになり、それなのに身体はその行為に抗えない。何故なのか判らず混乱する少女は、男の舌が暴れる度に淫らに全身から汗を滲ませ愛液を垂らし身悶えてしまう。
 ぬちゅりと音を立てて漸く引き抜かれた舌に全身で息をつく瑞穂は思わず盗み見てしまった医師の表情に困惑する…冷笑は不快の為なのか、最低な事態を連想し耳まで真っ赤に染まる瑞穂は腰をベッドの上に戻され恥ずかしさのあまり顔を背けてしまう。何かビニールを裂く様な音の後、ベッドに戻ってきた男が身を寄せてきた、と感じた瞬間、ぬぷりと少女の窄まりに細長い何かが捩込まれた。
「――あ……っ!」
 それが医師の指だと即座に判ってしまう恥ずかしさと舌に既に解されていた場所が異性の指を受け入れてしまう羞恥と明確な異物感に全身を強張らせる少女の身体を男が絡め取る。華奢な少女の指とは違い節張った長い指の間接が窄まりを潜り抜ける瞬間の舌とは異なる硬い異物感は痛みを与える程ではなかったがはっきりとした拡張感を刻みつけ、白い身体がぶるぶると男の腕の中で震える。後込みする、怖じ気付く。窄まりに何かを迎え入れる異常さに気が狂うのではないかと思う程恥ずかしいと言うのに医師の腕の中で逆らえない自分が、判らない。
「苦しいか?」
「ぃ……いいえ……」その答えが正解か不正解かが少女には判らない。今すぐにでも止めて貰えるにはどう言えばいいのだろうか、だが医師が苦痛を与えていると嘘をつくのはいけないだろう。と、問いの答え以外に伝えればいいのだと気付いた瑞穂が口を開きかけると同時に、窄まりの中で男の指が動いた。「ひ……あ!」
 膣内とは異なる刺激にびくんと少女の身体が強張る。排泄孔に異物がある違和感はどうしても艶めかしくはない生理現象を連想させ今すぐにでも手洗いに駆け込みたい衝動に駆られてしまう。ましてや今ここにいるのは見苦しい姿を最も見せたくない相手である。
「せん…せ……ぃ……、そこは…そこ……は……ぃ……あ!」
 不意に、指が動いた。
 腸内から外へとぐいと引き出される関節の膨らみは指一本分であり落差はそう激しくはない筈だが、既に舌で解されている窄まりはそれを滑らかに受け入れようとしてしまう。舌とは異なる明確な凹凸は排泄行為を思い浮かばせ少女の肌が一気に総毛立つ。腕の中で強張る少女を見下ろしながら口の端を歪める男が窄まりを外と内から関節で抑えている指をゆっくりと捻り、単なる排泄行為には有り得ない執拗な蠕動を繰り返す。びくっびくっと全身を震わせ反射的に強張らせてしまう瑞穂の唇から微かな悲痛な鳴き声が零れ、羞恥のあまり溢れる涙を薄く嗤う男の唇が拭い、そして額に頬に唇を当ててくる。
 ゆっくりと、ゆっくりと指が動く。
「ここが、何だ?」
「……、そ…そこは…ぁ……ぁ…ぁっ、ん……っ…だめ…っ……あんっ…ゆるして……くだ…、――あんっ!あ!あぅっ!」
 緩やかに指を動かしながらの問いにやっと医師に切実な哀願を出来るものと思った少女を、医師の指の関節がぐぶぐぶと容赦なく抽挿を繰り返す刺激が遮らせる。それがまだたかが指一本分で済んでいるのだと理解する余裕もなくぎこちなく身を捩り強張らせ仰け反り縮込まる少女の耳朶を男が軽く甘噛みする。救い様もなく下腹部が濡れていた。医師の指が窄まりを擦る度に先刻から何の愛撫も受けていない牝肉が淫らにうねり続けている。
 舌とは違う。指の付け根の辺りまで捩込まれたと判る他の指や掌の感触や完全に引き抜かれてしまった感触で、何度も何度も執拗に医師の指が自分の腸内の奥まで届いているのが判る。飲食をすれば当然排泄物は生じるそれが何処にあるかは判らない…もしこの瞬間にそれが医師の指を汚してしまったらと考えるととてもではないが冷静ではいられない。快楽の為だけでなく顔を真っ赤に染めている少女の汗塗れの身体を汚らわしいと考えていないかの様に男が絡め取っていた。
「安心しろ。無理はさせない」硬く滑らかな声が聞こえる。はぁっはぁっと胸郭と喉だけで繰り返している様な落ち着きのない呼吸をどうにか繰り返している少女を、男が見下ろしていた。「じっくりと時間をかけて解してやる」
「――なに……を……?」
 どこか労る様な、それでいて既に決定事項であり自分はもう従うだけなのだと感じさせる男の口調にぞくりと少女の背筋が妖しくざわめく。逆らうつもりはなく、だが不安に泣きそうになる。
「まずは指を三本挿れられるまで馴染ませて、それから犯す」
 最後の言葉に少女の身体はびくりと強張る。異常な悍ましい想像を理性が否定する…そこは排泄孔であり情交で用いる場所ではない、いや、歴史の授業か何かで習った衆道ならば当然なのだろうか?だがそれは少女の認識から遠く離れ過ぎており現実感が一切伴わない。
「あ…、あの…ぁの……間違えて…おられます……か?」
 もしかして医師は正常な性交を知らないのだろうか?と俄に信じ難い可能性に思わず問いかけてしまう瑞穂に、数瞬医師の動きが止まる。
「今すぐに犯していいのか?」
「え…?あ…あの…、そこは…そういう場所とは…違います……が?」
 数瞬、医師の身体が彫像の様に固まった。
「――お前は俺の職業を何だと思っている」
「え……?」
 男の言葉に暫し固まった後、その指摘の内容を理解した少女の頬が真っ赤に染まる。寄りによって医者の人体の知識を疑う様な発言をしてしまった恥ずかしさと、それと同時にならば何故医師が性交とは無関係な場所に悪戯をするのか判らず疑問と焦りが頭の中で空回りする。男性がどうすれば満足が出来るのかの知識が足りず赤面したまま動けなくなる瑞穂の耳元に男が口を寄せる。
「俺に孕ませろと唆しているのか?」
 びくんと身を強張らせる少女の窄まりが反射的に男の指を喰い締めてしまい、その存在感に息が詰まる。まだ未成年であり学生であり未熟な自分が身ごもるなどあってはならない…だが愛しい男性を満たせるのならば身を捧げたいとは考えてしまう、しかし医師があの美しい女性と結ばれている以上は横恋慕に過ぎないこの思いは誰の為にもならないのだ、それを忘れてはならない。
「それは…叶いません……」
 気付けば涙が溢れていた。医師に身を重ねられ逞しい身体接触しその温もりや煙草と消毒液のにおいを感じているのにそれが果てしなく遠く感じる悲しさに胸が締め付けられる。
「――ああ、そうだな」
 ぽつりと乾いた声で男が呟く。
 直前までのチェスやカードを楽しんでいるかの様な微かな柔らかさを欠いたその声に少女の胸が痛みざわめく。何か補わなければいけないと口を開こうとした瞬間、ずろりと窄まりに埋もれている指が動いた。
「……ぁ」
 指先辺りまで引き戻された指が再び押し込まれ医師の長い指の節が窄まりをずぶずぶと押し開く。びくんと身を強張らせてしまう自分を見下ろす男の目は無機質でそこには悪戯を楽しむ様子も何も感じられず、少女は何かを口走ってしまいそうになるが、それが制止の哀願か医師への何かなのかは判らない。医師の空気が変わった驚きで視線を外すのを忘れてしまった少女の顔に男の影が落ちていた。レースのカーテンのみを引いた窓から差し込む月明かりが男を青白く縁取り、引き締まった身体の影はしなやかな筋肉の隆起の所在を強く訴え、医師の腕の中のまだ処女の少女を甘く戸惑わせる。びくんと身が震えた瞬間、男の指を拙い窄まりが軽く締め付けそして微かな声が唇から漏れた。
「何故、見つめ続ける」
「え……? も、もうしわけありませ……んっ!」
 男からの問いに自分が不躾に視線を注ぎ続けてしまっている事に気付き、真っ赤に染まった顔を慌てて逸らした少女の窄まりで男の指がゆっくりと捻りながら前後に動く。顔を背けたその首筋に覆い被さった男の唇がそっと這い、歯が当てられ軽く甘噛みする。全裸でベッドの上に横たわると言う行為は少しの動きで肌が密着し少女に男の身体を意識させてしまう…下腹部に当たる腕、耳元や顎の線に触れる髪、ガーター越しに重なる脚…何もかもが淫らで贅沢で眩暈がしそうな程に圧倒する。緩やかに窄まりを解し犯す指に瑞穂の全身が串刺しにされている様な感覚に、声を漏らすまいとしてもはぁっはぁっと溢れてしまう恥ずかしい呼吸に、医師の腕の中で縮込まる身体に汗が滲む。触れられてはいけない場所であっても医師の指には魔法がかけられているのだろうかと思う程に妖しい甘い痺れが一掻き毎にじんと広がり、そして逆に禁忌感が理性に悲鳴を上げさせる。医師の指を汚したくない、それなのに指の動きは堪らなく卑猥に少女を追い詰めていく。
 もしかして自分は異常な人間なのだろうか。男女の行為として性交すべきである膣が快楽を憶えてしまうのは当然なのかもしれない、だが排泄器官である窄まりは快楽を憶える必要性はない。恥ずかしさのあまり少しでも脚の間を狭めようとする膝を男の脚が割り更に開かせる。

 全身が嫌な汗に塗れていた。
 呼吸が乱れる。抑えようとしても男の指がぐいと押し込まれ蠢く度に排泄孔であるべき筈から突き上げられた分だけ肺の奥から空気が絞り出される様に、全身から汗が滲み、声が溢れそうになる。
 ベッドの上で中途半端に浮かされている身体を汗が伝う。ウエストの下に置かれた枕により高い位置にされている腰は片足の足首を医師の肩に乗せられている為に更に浮き、救い様もない程どろどろに濡れている下腹部が最も見られたくはない異性の目に晒されていた。あっああっ!と堪えきれずに溢れる恥知らずな艶を帯びた声と甘い牝臭が寝室に籠もり、白い腹部と内腿が攣りそうな位に激しく震えていた。
「お…おねがぃ…しま……すぅ…っ、みな…い…っで……ぇ…っ」
 医師の視線は容赦なく注がれている…成人男性の指を三本迎え入れてしまいはしたなく広げられている排泄孔に。最初の一本や次の二本の時は薄い円柱状の、恐らくは避妊具と思われる物は一度押し込まれた窄まりの中に大半を残して指が引き抜かれる時も押し込まれる時も医師の指と視線から汚れを隔ててくれていた。だが指が三本に増やされてからは指に密着し、ぬちゃりと排泄孔の外に露出しては埋もれ、腸内の汚れがそれに付着しているかもしれない激しい羞恥に瑞穂は哀願を繰り返していた。涙が溢れる。医師を汚したくない、乙女として人として堪え難い惨めな有様へと自分を追い詰める男の行為に逃げ出したくて仕方ない。それなのに、それなのに。
 びくんと身が跳ねる。縮込まり、跳ねて伸び、汗塗れの身体が妖しくくねる。医師の指が一掻きする度に窄まりの痛痒感に似た異常なもどかしさが甘く蕩かされる、まるで蜂蜜がねっとりと舌に絡み付いてくる様な極上の快感が乙女の窄まりを男の指が犯す度に支配する。それも頻繁に。じっくりと時間をかけての抜き差しがじりじりと排泄孔を嬲り僅かな動きが少女を鳴き狂わせ、勢いの良い激しく素早い抽挿が我を失わせる。これが本来男女のすべき女性器での行為ならば恥ずかしく思いながら溺れてしまえたかもしれない、だが、今医師が刻みつけている快楽の場所はあるべきでない場所だった。
「ゃ……ぁ…っ、いやぁ…っ、みては…っ……いやぁ…っ」
 膣を指で弄ぶ時とは避妊具の存在が異なる為か、医師の指を純粋に感じるのと別に間の薄い膜が時折ずるりと滑り少女の背筋を凍らせる。もしかするとこの瞬間に汚れが見えてしまったのではなかろうか、その怯えと同時に禁断の甘美な刺激が爪先までを貫き瑞穂を混乱させた。無様な自分を嘲るでも侮蔑するでもなく見下ろす男の顔を見た瞬間、一層強い電流が全身に流された様に身をくねらせる少女の膣口からとぷりと愛液が溢れ嫌な汗とそれまでに溢れている淫らな潤滑液に濡れそぼつ腰を更に滑らせる。そう感じるのは異常だと考えながら否定出来ない程執拗に味わわされ続けている快感に、瑞穂は怯える。徐々に指を増やされ広げられていくその先で何が行われるかは疑う余地もない。指と同じ様に避妊具を装着して貰えるだろうから医師を汚す事はないであろう、だが、本能的にそれを少女は忌避してしまう。もしこれが膣への愛撫でありこれから医師と結ばれるのであれば……。
 声を堪えようと口元に手を当てた少女は、指にある不慣れな感触にびくっと一瞬身を強張らせる。
 十七歳の子供には贅沢過ぎる、いや間違いとしか思えない美しい指輪が左手の薬指に輝いていた。外出着の延長線上と考えるには高価過ぎる贈り物に見合う価値は自分にはない…男性ならではの無頓着さで収まりの良さげな指に填めてしまったであろうそれが、胸を痛ませる。もしかして既に医師はあの綺麗な女性に同じ様にしているのかもしれない…自分とは異なり永遠の愛を囁きながら。それなのに喜んでしまう。間違いなのに喜んでしまう。医師に指輪を填められた時の密かな胸の高鳴りを忘れられない。
 自分の浅ましさに怖じ気付く少女の胸の内など知らぬであろう医師が肩に乗っている足を下ろさせ軽く身体を伸ばし、シーツの上に転がしてあった飲みかけの水のボトルを取り片手で器用にキャップを外し、まず自分の喉を軽く潤した後、次に水を含んだ後キャップを締めまた放り出す。
「……」
 もう何度繰り返されただろうか。瑞穂が自ら飲もうとすればボトルのキャップを外すのに難儀をしても最後は何とか飲めるだろう、いや横になったままでは水をこぼしてしまいかねないし骨折の身に一切負担をかけまいとする配慮なのかもしれない。そう思う間に、医師の片腕がそっと少女の身体を抱き寄せ、唇を重ねた。噎せない様に少しずつ、本当に少しずつ流し込まれる水は温い。驚かせない為にであろう緩く動く窄まりに深々と捩込まれたままの三本の指を、水をこくっと嚥下する度に不慣れな場所が締め付けるのも気付けないまま、少女は男の腕の中で頬を赤く染めてしまう。ベッドの上で横になり抱き締められてもなお感じる身長差も、自分の身体を容易く包み込めてしまう肩幅も胸板も腕の長さも、恥ずかしさにどうしても合わせてしまおうとする脚を割り強引に開かせびくともしない脚も、水を与える為に重ねられている唇も、何もかもが少女を支配していた。
 水を零さない為に深く重ねられている唇が、嚥下の度に微かに動く。水を流し込む医師の唇が少しずつ尖っていく。人の口内に貯められる量など大した事はなくすぐに移し終えてしまえるであろう水をこくんと嚥下する瑞穂の身体を、医師が抱き締めていた。その腕の力は抑え込む強いものではなく壊れ物を包む込んでいるかの様な穏やかで優しげなもので、少女は泣きそうになる…翻弄されている時は激しさに気付かないでいられるがこの人物が自分に触れる指はとても丁寧で優しい。冷淡な表情であっても苛立っている時であっても力尽くである時でさえ、心地よさを覚えてしまうのは自分の願望のせいだけではない気が、した。
 水を移し終え緩やかに離れた唇に、くったりと男の腕の中で蕩けた様に脱力する少女の唇から甘く緩い吐息が零れる。
 男の唇が少女の頬に触れた。頬に、鼻の頭に、顎に、額に、軽く触れられるこそばゆさに頬が染まった瑞穂の首筋に重なった瞬間、動きが変わった。軽く結んでいた口が開き、歯が柔肌に当てられ、そしてゆっくりと沈み込む。
「――ぁ……!」
 歯形が残ってしまいそうな程の力にびくっと少女の身体が震える。医師の唇が白い肌に跡を残す事は多い…寝衣に隠れる場所が殆どであっても恥ずかしいと言うのに首筋では手持ちの数着では隠しようもなく身を強張らせる少女を弄ぶ様に中途半端に歯を食い込ませたまま男が動きを止め、不意に舌が歯を歯の間の空間を舐め上げる。
「――今朝の食事は?」
 医師からの唐突な問いに呆けて小首を傾げてから少し考え、瑞穂は少し身を縮込まらせた。
「林檎のゼリー…でした」
「他に何も出なかったのか?」
「いえ…、その…ぁ……の……胸が……」
 歯切れの悪い瑞穂の返事に、至近距離にある医師の表情が硬いものになるのを見て少女は慌てて首を振る。
「いいえ!体調不良ではありません! ……。外出が…外出前で……緊張してしまったので……」
 医師にとってどの様な意味があるかは判らないが瑞穂としては初めての異性との外出であり胸が高鳴って食事もろくに喉を通らずデザートのゼリーを何とか口にしたとは言い難く口籠り、叱責されるかと瞳を閉じる少女は、男の口元が僅かに歪むのを見る事は適わなかった。
「お前は元から食が細いらしいな…だが好都合か」
 男の言葉に、瑞穂は首を傾げた。

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改訂版2101212337

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