2008-9年末年始『第四夜・水面』(『絶対温度』より)

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 水には浮力がある。だが水中で泳ぐ時に感じるのは強烈な抵抗と、浮かび上がるのか沈むのか判らない程の筋肉の軋み。一瞬でも速く、遠く、水を掻いて蹴るだけの身体になる。筋肉が、骨が、全身が、唸る。そして、ターン。
 水底から浮かび上がるまでの時間、頭の中が空になる。照明に照らされるプールの水の揺らぎ。無防備な時間。魂があちら側にもっていかれる感覚。――昔、遠い昔、同じものに包まれていた気がする。

 百メートルを十本。たったそれだけで疲れが貯まるのは身体が鈍っている為だろう。かなりの屈辱感を覚えながらプールサイドに上がった俺に、和葉がせわしなく拍手をする。小刻みな拍手は自分の記録を考えると揶揄われているのかとすら思えるが、和葉はそんな器用なタイプではなく本気で俺の泳ぎを誉めているらしい。ただでさえ子供っぽい顔で興奮して紅潮している頬が可愛らしすぎて、俺は苛めたくなる。
「競争してみる?」
「無理。私そんなに速く泳げないから」
「じゃあ二十五メートル自由形。犬掻き可で」
「意地悪」
 年末の屋内プールとなると冬休みの小中高の子供で賑わっていそうなものだが、波のプールなど数種類の室内型温水プールも市内にある為か、工場地帯外れのゴミ処理熱利用のこの温水プールは立地の問題もあってか見事に閑古鳥が鳴いていた。いるのは親子連れが三組程度で、そうなるとコース三つ分の遊び場に溜まるだけで俺以外誰もコースをマトモに泳ぐ人間がいない。和葉もどうやら遊び場組らしく、しばらくのんびりとしたクロールで何本か泳いだ後はバスタオルを被ってプールサイドで暇を潰している。
「じゃあそろそろ帰ろうか。お節の材料買って帰るんだろう?」
「うん。黒豆とかもう煮ておかないと遅過ぎるくらいだから…いい乾物屋さん知ってる?」
「……。知るワケないだろ。まったく大味料理のくせに……」
「何か言った?」
 和葉の言葉に微妙なトゲが生える。家庭的な性格だがどうも料理はやや大味なのが難点なのは自覚があるらしい。尤も十分俺としては食べられる領域ではある。拗ねていてもしっかりバスタオルを差し出してくる和葉の肩を軽く抱き寄せると、華奢でそれでいて柔らかくて、たまらなく愛しくなる。女の身体だからなどの理由でなく、馬鹿らしくなるくらいに和葉が好きだと思ってしまう。
 それと同時に、和葉はまだ俺だけを選べないのが、憎らしくて怖くてやるせなくなる。

「だめ……っ」
 監視員の目を盗んで素早く男子更衣室側のシャワーブースに和葉を連れ込み、俺は華奢な身体を搦め取る。シャワーが降り注ぐ中、強引に唇を奪われる和葉の抵抗はかなり本気だった。人一倍貞操観念が強い…それは逆に言えば人一倍禁忌に弱いという事である。異常な行為であればある程和葉は嫌がり、そしてよがり狂う。気の毒なくらいに深い業。だが、その意味では俺も同格だった。和葉を大切にしたいのにこんな危い橋を渡らせるのを楽しんでしまう。
 ワンピースの水着の脇から手を差し込み柔らかな乳房を激しく揉みしだくと、和葉の咎める小声がわずかに艶を帯びる。ぞくりと背骨を這い上る嗜虐の恍惚。親子連れは男児なしの女児連れ、つまり男親だけだから更衣室に戻ってきてものんびりとシャワーを使ったりシャワーで遊ぶ可能性は低い。だがそれでもいつ戻ってくるか判らない緊張に和葉の瞳に涙が溜まってはシャワーで流されていく。当然見つけさせるつもりはない…だが和葉の羞恥心を煽るだけ煽って狂わせたい。
 シャワーブースは合計八つ。シャワーカーテンがあるが、足元五十センチ程は隠れない様になっているのは悪戯防止の為だろう、もし警備員が巡回すれば当然俺と和葉がいるのも見つかってしまう。二畳ほどの広さがあり大人が二人入っても少しも狭くは感じない。――タオル用のパイプに片足を乗せさせた和葉を、責めたてても。
 肩紐を左右に下ろして剥き出しにさせた乳房が、首を激しく振りたくるたびに激しく揺れる。全身に浴びるシャワーの飛沫の中、ぎゅっと絞り込んだ水着がぬるぬると愛液を溢れさせ、はみ出した柔毛と丘がたまらなくいやらしい。水着の上からクリトリスを擦ると和葉の全身が大きく何度も跳ね上がった。
 それでも首を振る。首を振りながら、腰がくねる。もっと辱めてやりたくなる。
 もう全身が甘いのに、いつまでも首を振る。
 指でぐちょぐちょと膣内を掻き回すと簡単に達してしまうのは、興奮しきっているからだった。こんなにいやらしい女なのに人一倍恥ずかしがる、恥ずかしがるから期待するから人一倍肉体の愉悦に拍車がかかる。シャワーを叩きつけられながら、耳元で卑猥な言葉を囁く。嫌がるのを放って何度も繰り返して淫語を甘く蕩けた思考に注ぎ込む。指を膣肉が喰い絞める…言葉でも達する様になるともう和葉は自分ではどうにもならなくなっている、恥ずかしがりつつも欲しがって止まらなくなる。
 頷く。淫語に啜り泣きながら、可愛らしい顔を真っ赤にして涙を溢れさせながら、おねだりをする。
 当然の様に応えながら、それでも膣内射精に怯える義姉を犯しながら、最高の肉の快楽に身を委ねながら、精神のどこかが何もない場所に搦め取られる。ターンの直後の無防備な孤独と拡がり。そこに水があるのに、何もない。一人の瞬間。
 ――セックスだけじゃなくて、俺を欲しがって欲しい。
 男の意地で本気では言えない言葉が頭に浮かぶ。こんなに傍にいるのに、苦しくて仕方ない。
 そこにあるのに捉えられない、水の温かさ。

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