そ の 4 

    



    最後の決断

もうこれ以上、ピエスを苦しませることは、可哀想です。
残念ながら、安楽死という選択肢も当然、
考えなければならなかったのでした。
ピエスに少しでも長く生きて欲しいという
願いはあるけれど、
しかし、ピエスにとっては、
この状態が続けば長く生きれば生きるほど、
苦しみ続けなくてはならないのであり、
人間サイドの都合で事を進めてはいけないのだと。

いろいろと調べてみると、安楽死の方法というのは、
麻酔系の点滴や注射を大量に投与する事によって、
痛みを伴うことなく心臓を停止さる方法らしいのです。
つまり、ピエスの様な麻酔が過敏に効きすぎてしまう状態に
似ているらしいのです。
という事は、手術中に麻酔が効きすぎて
心臓停止して死んでしまうという事は、
あまり苦しみを伴わずに、死ぬという事らしいのです。

それならば!!!!
可能性はほとんどゼロに近いでしょうが、
最後の可能性にかけて、再手術のお願いをしよう!
と決意しました。

決意はしたものの、難関は山積みでした。
先ずは、病院側を説得しなくてはなりません。
直接、大学病院と交渉する訳にはいかないらしいので、
最初に近所の動物病院の院長へアタック!

「安楽死の決意はしました。
ダメもとでもう1回手術させてあげて下さい。
手術中に麻酔が効きすぎて死んでしまうのでしたら、
安楽死と同じなのですから!」

熱意を解って頂き、
院長先生も
「必ず大学病院で再手術を行える様、私が交渉します !」
と断言してくれました。

幸運にも、大学病院側から再手術の連絡が入り、
数日後にピエスの最後の勝負の日が来ました。  
 
朝から手術の予定であり、会社を休めなかった僕は
出掛ける前にピエスに応援のご挨拶をしました。
(決してサヨナラの挨拶ではなく、頑張れ! の挨拶を・・・・)

会社で仕事中も何の連絡も入らないのです。
成功・失敗にかかわらず、
既に結果が判明してる時間になっても・・・・

とうとう会社勤務終了の時間となり、
何の連絡もないまま病院のある淵野辺へ向い、
猛ダッシュを開始しました。

会社の最寄りの川崎駅へダッシュの最中に
母親から携帯へ連絡が入りました。  
手術は成功で、ピエスもちゃんと生きているとの事です。
ただし、かなりの難手術だったらしいのです。
母親に後に聞いたところによると、
大学病院到着後、ピエスは酷い脱水状態だった為、
すぐには手術は出来ず、
午前中いっぱい緊急点滴を実施して、
まずは脱水状態の回避処置をしたそうです。

午後になり、前回とは比べられない大勢の
麻酔科のスタッフの先生も参加して頂いての大手術
だったそうで、かなり時間はかかったものの、
なんとか手術は成功したそうなのです。 

僕が病院に駆けつけた後、
執刀していただいた教授先生ともお話しが出来、
かなりの大手術だったとの話を直接うかがいました。
もう、心から感謝です。

後はピエスに残留している麻酔が切れた時に
後遺症が残らないかどうかだけが心配だとの事だそうです。
(結果として、幸いにも麻酔の後遺症も残りませんでした。)

手術の傷もかなりなもので、絶対安静の為、
1週間の入院となり、その1週間、毎日、
母親は病院までの、片道1時間を、
たった5分の面会時間の為に、
毎日ピエスのお見舞いに行きました。

1週間後、まだまだ傷は酷かったものの、
ピエスに退院許可がおりて、我家へ帰ってきました。
奇跡の生還を果たしたピエス。
ピエス自身の頑張り、
そしてピエスを治してくれた病院関係の皆さん、
応援してくれた皆さんに
心から感謝です! 
  
その後、ピエスは
この様な食道変形是正の為の大手術を
1998年に再び受けましたが、
その手術も
あの小さい体と、とても大きな頑張りで克服しています。

そして、今日、2001年9月8日現在も
しっかりと生きています。
未だに流動食しか食べられないし、ときどき吐きますが、
それでも健気に生きています。

動物病院の先生のお話によると、
今の日本でピエスと同じ様な先天性の食道異常を持った猫で
1年以上生きている猫はピエスただ一匹だそうです。
(ピエスは現在6歳) 
 
ただ、あの様な病気を抱えている身なので、
いつ死んでも不思議のない、奇跡が続いているだけなのです。

その奇跡が終わるであろう最後の日まで、
ピエスといっしょに過ごしていこうと僕は思っています

と思っていたのですが。昨年(2001年末)に
再度、生命の危機に直面したのでした。