『誘惑〜Induction〜改訂版 STAGE-4』

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 たくさんの問い。
 何故触れるのか、何故そう囁くのか、何故熱いのか、何故甘いのか。
 尋ねた途端にすべてが消えてしまいそうな事ばかり。

 明るい闇があった。
 濡れた髪ごと包帯で目隠しをされた瑞穂は瞼越しに感じる中途半端な闇に僅かに不安を覚えながら小さく息をつく。
 もしもこの次の瞬間に地震があったとしても怖くはなかった…自分を見捨てて医師が逃げ去るかもしれないなどという不安は少女は思い浮かびもしていなかった。
 腰が砕けてしまう為に直前まで医師が腰掛けていた丸椅子に座っていた少女を、そっと誰かの手が引き起こし抱き留める。胸板に顔を埋もれさせてしまう身長差に少女の胸が早鐘を打つ。いや、医師が病室に訪れてからは一度も正常に戻っていないかもしれない。
 目の前の異性が少女を抱き締める腕を僅かに緩めて頬を撫で、そして顎に指を添えて上げさせる。相手が背を丸める気配に、少女はそれで正しいのか迷い、はしたないと思いながら唇を少しだけ突き出した。
「舌を出せ」
 至近距離から聞こえた声に胸がどきりとしつつ、痛む。自分の最初の判断を僅かに悔いながら少女は男へと舌を差し出す。
 シャツの胸板に埋もれた時からより感じていた煙草の臭いは不快なものではなく、いつも少女を戸惑わせる。健康に害のある喫煙を医師にして欲しくないと思い、だが医師のにおいに身体の奥がぎゅっと締め付けられ切ない気持ちになってしまう。喫煙所の近くを通る時に嗅ぐ苦く焦げた何かを煮詰めた様な嫌な臭いではないのも原因かもしれない。
 くちゅりと音を立てて舌が重なった瞬間、どくりと瑞穂の身体の芯がはっきりと脈打ち、直前までは知らなかった身体の反応に全身が熱くなる…医師の指が挿入された場所が、きゅっと蠢く。
 だが医師の指は今そこにはない。
 何もない状態で自分の認識していなかった場所がざわめく感覚に、男の腕の中で少女は僅かに踵を上げかけ、そしてあまりの恥ずかしさに身を縮こまらせる。覚えてはいけない恥ずべき衝動を医師に知られ恥ずかしい娘だと拒まれたくはなかった。
 くちゅくちゅと舐られる舌から伝わってくる唾液をこくんと嚥下する少女の腰が頼りなく揺れるのは、力が入らないのと残り続けるもどかしさの為だった。医師の舌が動く度に膣内でゆっくりと動く指を身体の奥が思い出してしまいとろりと愛液が零れるのが判り、少女の唇から甘い吐息が零れる。
 自分は異常なのかもしれない不安に苛まれながら、瑞穂は明るい闇の中で瞼をキツく閉じる。男女として結ばれた後で、余韻や経験として相手のものを強く意識してしまうのは当然の様に思えるが、指でこうも意識してしまうのは自分の身体ははしたな過ぎはしまいか。だが、一度覚えてしまった衝動はあまりにも甘く少女を捉えて離さない。
 医師に縋り付きたい、その衝動が胸を締め付ける。
「――ぁ……っ」
 医師の指が寝衣の胸元のボタンに触れた瞬間、瑞穂は思わず小さな声を上げてしまう。それに構う様子もなく一つまた一つと丁寧にゆっくりと外されていくボタンに少女の呼吸が乱れる。何故目隠しをされたのか、判っているからこそそれに続くであろう行為をより一層強く意識してしまう。医師の身体に添える事も出来ず下ろしたままの腕の上で寝衣の肩が徐々に落ちていくのが判り、そのもどかしさと気恥ずかしさに瑞穂は震える。
 ギプスの状態での脱ぎ着がし易い様に袖口を絞る形の物でなく袖が広がる形の物を選んだ結果、元からロマンチックなデザインの物ばかりの寝衣の中でも緩やかな物ばかりになり、それらは胸元のボタンを幾つか外せばするりと脱げてしまう作りだった。医師の膝の上で汗ばんでしまった肌と汗を吸ってしまった寝衣はやや抵抗を増しており、徐々に肩から落ちそして乳房の膨らみで辛うじて留まるそれに、医師の指が触れる。
「ぁ……ぁぁっ、せんせ……ぃ……っ、せんせい……っ」
 湿った布が乳首に引っかかるむず痒い違和感がふっと消え、思わず瑞穂は首を振る。もう一方も同じ様に解かれ、そして下に下ろしていた腕とギプスに僅かに引っ掛かりながら湿った布が床へと落ちていく。舌にたっぷりと絡みついていた唾液が医師の舌が離れた後、ぷつりと顎に小さく弾けた感触中、恥ずかしさのあまり床に崩れ落ちそうになる身体を医師の腕が絡め取った。身に纏う物のない肌に感じる逞しい腕と、引き締まった胴に密着した乳房が撓む感触に頬がかあっと熱くなる。
 ふっと医師が薄く笑う時の息遣いが聞こえた。
「そう怯えるな」
 低く硬質な声の微かな優しげな響きに瑞穂は全身がどくどくと脈打つ感覚に襲われ、全身の力が入らなくなる。そのまま床に崩れ落ちる筈の身体を異性の胸板に埋めてしまいそうになり、思わず恥ずかしさに僅かに残っているの力を振り絞って身を剥がそうとするがそれは男の腕の力の前には余りにも非力だった。いや、無理矢理抱き締めている力とは異なり暴力的なものは感じない、だが身体を捉える腕はびくともせず…それは医師という職業によるものなのか絶対的な安定感と拘束感で少女を包んでいた。医師として支える必要があっての行動ならば抵抗してはいけないと考え、身を任せるべきだと気付いても、十七歳の少女にとって全裸の状態で異性に身を委ねる事は難しい。
 折角夕食前に身体を洗ったのに軽く汗ばんでしまった身体を医師に洗って貰うという提案を、何故自分が受け入れてしまったのかが少女は判らない。髪を洗って貰うのとは異なり過ぎるが、恥ずべき場所を、淫らな反応を見られてしまったのがいけないのかこの異性に真剣に逆らいたい衝動や考えが芽生えないのは何故だろう。
 背中と腰に回されていた一方の手が動き、指で背筋を撫でられた少女の身体がびくんと震える。こそばゆさに近いが堪らなくもどかしく甘く切ない疼きが背筋から全身にぞくぞくと伝わり、特に腰の奥に響いて甘い熱に変わって篭もる感覚に震えるため息が漏れてしまう。腰骨近くの背筋をゆっくりと撫でる指の動きに、目隠しされたままの少女の肢体が男の腕の中で微かにくねる。洗って貰うだけなのに何故裸のまま抱き締められ続けているのか、背筋を撫でるのか、ほんのささやかなの悪戯心なのだろうか、どう捉えればいいのか判断が出来ないが……。
 このまま続けて欲しいと何かが望んでいる。
 身体に篭もる熱と切ないもどかしさによるものなのか、医師と近くに居られる事への不思議な安堵感によるものなのか。だが医師としての信頼ならば医療行為以外を望むのは失礼なのであって不誠実な期待はあってはならないだろう、だが医師の指が背筋を妖しくなぞる度に甘い熱が思考を蕩ろかしていく。
 いつの間にか零れていた甘い声に気付かないまま男の胸板に埋もれていた少女を、不意に医師が丸椅子に座らせた。
「あ……」
 ふわふわと雲の上に腰掛けている様な感覚よりも医師の腕が離れた頼りなさに、視界を奪われたまま少女はぼんやりと首を巡らせる。包帯を巻かれた状態の視界は当然何も映らず明るい闇だけしか判らないが、ユニットバス内に居る異性を探してしまう瑞穂の耳に、衣擦れの音が届く。洗うのならばシャツの袖を捲り上げるのは当然必要なのだから、そこで少し離れたからと不安になる自分がまるで鳥の雛か子猫の様に依存をしているのに気づき瑞穂は赤面する。
 そう言えば試供品らしきシャンプーは持ってきて貰えたが石鹸もそうなのだろうか?ユニットバス備え付けの物は短期滞在用の小さな使い切り用であって、夕食前などでかなり小さくなってしまい顔を洗える程度の量しか残っていないのを思い出し、口を開こうとした少女の耳に、金属音が聞こえた。
 それはベルトを外している音の様に聞こえ、瑞穂はびくっと凍り付く。
 狭い密室で異性と二人きりで、しかも無防備な全裸の状態で聞こえてはならない音と聞き間違えているのだと、直前までのぼんやりと蕩けてしまっていたのが嘘の様に身体が緊張していく中、やはりベルトを外している様にしか聞こえない金具と革が擦れる音と、そしてファスナーを下ろす音が続く。
 全身が耳になったかの様な感覚と緊張の為か包帯を巻かれているこめかみの辺りがどくどくと脈打つ感覚に、何度も聞き間違いだと深呼吸をしようとするが上擦った呼吸しか出来ず瑞穂は途方に暮れ、そして確信する…今、すぐ近くで異性がスラックスを下ろそうとしている。
 濡らさない為に下着姿になる為なのだろうか、男性の水着姿だと考えればいいのかもしれない、確かに袖捲りだけではスラックスが濡れてしまってもおかしくはない。だが、衣擦れの音は長く続き、少女のすぐ横にある洗面台の手摺りに男が衣類を掛ける気配は一度だけでは終わらなかった。スラックス、靴下、シャツ…膝の上に手を乗せて俯く少女の近くで音と気配がする度に緊張が増し、医師に何をしているのか堪えきれずに問いたくなるよりも先に少女の中で混乱と羞恥が限界に達して泣き出しそうになる。最後の一枚の姿の異性に身体を洗われるのは水着姿と思えばいい、とはやはり考えられない。それは医療行為を越えてはいまいか。男女としての淫らな行為としてはしたなく甘えているのではなかろうか。
 全神経が医師の脱衣の音に集中している中、少女は自身の全身が小刻みに震えている事に気づけずにいた。羞恥で暑く火照るのは顔だけでなく、全身が上気しシャンプーと少女自身の甘い匂いが濃く漂うユニットバスがどれだけ異性を刺激するかを知らず医師の気配から僅かに顔を逸らす少女は、ふと自分が乳房を晒しているのを思い出し慌てて膝の上に置いていた両手で胸元と腰を隠す。くっと医師の小さな笑う声が聞こえ、そして顎に誰かが触れた。
「今更隠すか」
 自分が恥知らずに身体を隠さずにいた事実を指摘する言葉に泣きそうになる少女の顎を医師が軽く上げさせる。
「目隠しを解くか?」
 その問いかけに少女の鼓動がどくんと鳴る。視界が戻ったとして、もしも医師が下着一枚だった場合は自分は何をどうすればいいのか判らない。濡れてしまうと判っていて衣服を身につけて欲しいと願うのは我が侭で、洗う事を中断する様に願うのも善意に対して失礼だろう。だが目隠しを解かれれば今以上に医師の姿を意識してしまうのは確実だった。だからこそ目隠しをされたのかもしれない…そう考え、瑞穂は医師に顎を捉えられたまま小さく首を振る。
「あの……、このままで……」
 か細くなってしまう声でどうにか答える瑞穂に、医師はそうかと短く相槌を打った。素っ気なくも冷たくもないが温かくもない声音に、医師の表情を知りたいと一瞬思い僅かに顔を上げかける瑞穂の手が取られ、丸椅子から起こされかけた次の瞬間、膝から床に落ちそうになった身体を医師が抱き留める。
「――っ!」
 予想はしていたものの受け止められ抱き留めてくれた裸の胸板の感触に悲鳴にならない声を上げかけ、それを押し殺すのも構わず男の腕が身体を抱き起こす。腕や胸板の硬い筋肉を直接に感じてどくんと瑞穂の鼓動が激しくなる…抱き留められた事への感謝を口にしないといけない筈なのだが、その身体の逞しさが堪らなく怖く気圧され怯えてしまう反面胸が高鳴ってしまう戸惑いに、視界を奪われたまま少女は落ち着きなく視線を逸らしかける。
 まだ一人では立てそうにない危ない足取りのまま医師に支えられる瑞穂の足が数歩よろめき、そして壁に背が当たった。濡れたままの腰まで届く長い黒髪が胸や背中に幾つもの束の状態で貼り付き絡みつく状態のまま、後頭部を壁にぶつけずに済んだのは医師の手が添えられていたお陰である。
「瑞穂」
 短い声を至近距離に感じ、少女はそっと上へと顔を仰がせ、しばし躊躇った後ほんの少しだけ舌を差し出す。まるで当然の挨拶の様に舌を求められていると感じたのは思い違いではなく、当たり前の様に瑞穂の舌を男の舌が舐り上げる。身長差の為に背を丸めるだけでなく膝を曲げる必要のある医師の膝が少女の脚に当てられ、後頭部に添えられていた手が頼りない腰へと回され、引き寄せられた。
 流し込まれる医師の唾液をこくんと嚥下した直後に両脚の間を割る膝に赤面し身動ぎしてしまう少女の腰が更に抱き寄せられ、踵が床から浮き、男の腿に下腹部が密着してねちょりと滑った。
「ん……ふ…っ!」
 医師の腿に滑る要素はないのならばそこが滑る原因は一つしか思い浮かばず、異性の身体を汚してしまう恥ずかしさに身を捩る瑞穂の乳房が硬い胸板の上で擦れぶるんと弾む。乳首が肌に擦れるむず痒い刺激に思わず声を漏らしてしまう少女の指が背後の壁を掻く音を掻き消す大きさでぬちゅぬちゅと淫猥な音がユニットバスにひっきりなしに篭もり、男の腕が少女の華奢な腰を上下させる度に塗り広げられる淫らな粘液が少女の下腹部と男の腿の滑りを更に大胆なものへと変えさせる。指とは異なる広い面積の摩擦は点での接触ではなく少女の谷間の小さな襞をぐちゅぐちゅと巻き込んでは引き伸ばし、少女の脚が限界まで伸ばされた時と落ちた時では角度を変えてクリトリスを撫でては離れ卑猥な疼きのリズムを身体に刻む。
「舌が休んでいるぞ」
 男の言葉にはっと我に返るが身体を上下に揺さぶられる上に視界が塞がれている状態に、瑞穂はどう差し出せば良いのか判らず泣きそうになりながら唇を突き出すが舌を差し出そうにも乱れる呼吸と零れてしまう鳴き声にそれ以上の行為が続かない。異性の腿に下腹部を擦り付けて乱れるはしたなさに大粒の涙が溢れて包帯を濡らすが、それよりも救いがないのが少女の下腹部だった。引き締まった腿の上を滑り上下する間、覚えたばかりの医師の指を求める様に小さな孔がざわめき潤滑液をとろとろと溢れさせていく。恥ずかしさの余り縮込まりたいのに医師の動きはそれを許さず少女の華奢な身体を淫らにくねらせ続ける。
 これは医療行為ではなく悪戯なのだと思っても瑞穂は医師を咎める事が出来なかった。同級生の過激な恋愛の話題でほんの少しだけ聞いた事のある口戯や本行為といった性器への直接刺激が男性の性的快楽には必要だと認識している瑞穂は、この悪戯は医師自身の快楽とは直結していない大人の異性の遊びとして受け止め、そして戸惑う。本気で医師が肉体的快楽を求め始めればそれは医師の性器を用いる筈なのだから処女を奪われるなどの行為に繋がる筈で、それに及ばない医師に感謝するべきなのだが、胸がどこか痛む。所詮子供扱いなのだろうか。
 その間も淫らな戯れは続き、徐々に少女の思考力を奪っていく。
 医師の腿を挟む内腿がびくびくと震え、髪を洗う時に湯を使った為僅かに湿った温かさのあるユニットバス内で少女の肌にうっすらと滲んだ汗が男の胸板に圧し潰され捏ね回される間に豊かな胸の谷間で徐々に溜まり、小さな筋となり伝っていく。
 思春期を迎えてからは幼児期の様に父親に甘えて抱きつく事もなくなり、自然と異性との接触が減少した少女にとって医師の身体の逞しさは恐ろしくさえあった。芸能人の水着姿などで異性でも毛深い体質もあればまるで女性の様に体毛処理をしている場合もあるらしい…少女としては男性が必要以上に美容に気を遣うのが不思議でならないが、とりあえず医師は毛深い体質ではないのか内腿にも胸にも濃い体毛は感じなかった。もしもこれで体毛が濃い獣の様な身体をしていれば瑞穂は竦みきっていたかもしれないが、しなやかに発達した筋肉は思春期の少女が憧れる異性の身体として理想的ですらあり、嫌悪感を覚えず純粋に異性として意識し、そして逞しさに怯えながら溺れていく。
 乱れきった呼吸を繰り返すうちに震える少女の身体は男へと倒れ込む。細い腰を抱え込まれ上下に揺さぶられるのだから背後の壁でなく前方の男の身体へ崩れるのは自然なのだが、裸身で肌を重ねる気恥ずかしさにぷるぷると小刻みに震える少女の耳元に男の頬が当たる。
「舌を出せない位にお気に入りか?それとも気持ちが悪くて舌など出したくないのか?」
 医師の低い声にぞくんと背筋がざわめいた瞬間、まるでスイッチが入ったかの様に少女の身体の奥がきゅっと締まった。
「ぁ……ぁあ…っ!」
 指を挿入されていた異物感を懐かしみ噛みしめる膣の収縮と同時にとぷんと溢れる愛液の感触に、瑞穂は思わず甲高い上擦った声を漏らしながら身悶える。気持ち悪いなどと何故考えられようか、だが医師には自分がはしたなく悦んでいるとは知られたくない、しかし医師を落胆させたくもない。医師に何かを伝えなければいけないが……。
 自分は何をされているのだろうか?
 唇を重ねておらず、しっかりと抱き合う抱擁もせず、相手の男性の顔も真っ向から見つめていない。それなのに医師に全裸を晒し、性的な…そうこれは性的な快楽と呼ぶべき淫らな悦びであるそれに今まさに溺らされている。でも医師は自分の唇を奪わない。愛を囁かれてもおらず、処女を捧げさせもしない。悪戯と考えても自分の立ち位置も相手の考えも判らず少女は混乱する。もしもこれが決められた婚約者などの相手ならば婚前交渉と言う言葉があるのはあ知っている。痴漢という行為も知っている、だが少女は異性として怯え竦んでも医師を穢らわしい獣として嫌悪していない、これはどういう事なのだろう。
「せんせ……ぃ…っ」
 びくんと腰が跳ね、力を込められなくなった少女の身体が男の身体に沈み込む。硬い胸板に顔を埋めてしまう自分のはしたなさに啜り泣きながら、医師の身体の逞しさに壊れたのではないかと不安になる程心臓は早鐘を打つ。これは医療行為ではなく、消えたくなる程恥ずかしいのに時間を止めて欲しく、医師の逞しさがとても怖いのに身を委ねて抱き締められたい…だがそれは夫となるべき異性に求めるべき行為で、医師に許してはならない行為である。
 くったりと沈んだ瑞穂に腰を揺さぶる動きを止めた男がぐいと腰を片手で引き上げたまま、片手で何度か濡れた頭を撫で、そして顎を上げさせた。
「そうよがられると男を誘っていると誤解されてもおかしくないぞ」
「もうしわけ…ありません……」
 誤解と言われるからには自分は紛らわしい事をしてしまっているのだろうか。だが医師の刺激に反応してしまう事が紛らわしいと言われるのならば、どの様な反応をすれば正しいのかが判らず、俯いた瑞穂の瞳から涙が溢れ包帯を熱く濡らす。
「泣いているのか」
「……。あの…あの……お許し下さい……」辿々しく何度も言葉に詰まりながら何とか瑞穂は口を開く。「あの…いけない事です…、結ばれる方以外と……こんな事は、してはいけません……」
 そう言いながら瑞穂は胸の苦しさに混乱する。まだ医師と離れたくはない、出来れば近くに居たいと感じるのは医師の行為が気持ち良過ぎる為なのだろうか。――それが動機だとすれば確かに医師に咎められても仕方がないのかもしれない…だらしがないのは自分自身なのだから。痴女か何かだと思われてしまうのならば今すぐ消えてしまいたい。
「『こんな事』か。嫌な思いをさせた様だな」
 医師の言葉に瑞穂の肢体がびくっと震える。即座に否定したかったが、否定をすれば悦んでいたと遠回しに認める事に他ならず、そして肯定すれば医師を不快と咎める事になってしまうと気づき、少女はどちらも答える事が出来なくなった。
「せ、先生は…、先生は悪くありません……」
 ならば何故この様な状況なのかが判らないまま言う瑞穂の顎を上げさせている男の指が、触れたか判る限界の加減ですっと唇をなぞる。優しすぎる指遣いが唇の接触を連想させ、少女の胸が激しく騒ぎ俯きたくなるが強く力を込められている訳でもなく顎に当てられている男の指に逆らう事が出来ず、震える吐息が零れた。喫煙癖の為なのか、指先も息と同じ煙草のにおいがする。
「俺が悪いのではなければ、何がいけない?」
 至近距離で聞こえた声にびくりと瑞穂の身体が硬直する。声が余りにも近く、直前まで触れていた指が実は違うのではないかと顔全体が熱く火照り言葉が出てこない。だが何の予告も許可もなく医師がそれを行うとも思えず更に混乱していく少女は煙草のにおいの余韻が残る唇を動かしかけ、口篭もる。
「先生はお医者様ので…おかしな事はなさいません……」
 くっと笑いを堪える様な息がすぐ近くで漏れ、そして再び指が唇を撫でる。
「ならばこれも悪い事ではなかろう」
 顎から離れた指がゆっくりと下へと滑っていく。

 ぎゅっと布が擦れる音に瑞穂は身動ぎを堪えようと俯く。
 ギプスの上からと素肌に直接と、両手首部分を縛っているのは医師のネクタイだった。
【あの、何を……】
【ネクタイだ】
 医師に命じられるまま揃えて前に出した手首とギプスを縛られる理由と目的を質問したつもりだったが曖昧過ぎて伝わらず、そのまま有耶無耶にしてしまった事を不意に瑞穂は思い出す。背後の壁にあるシャワーヘッドに拘束された両手首を通された状態は腋の下を異性の視線に晒す体勢であり、せめて身を捩り少しでも身体を隠したいが、ネクタイの軋む音が聞こえる度に医師の物を傷めまいと少女は動きを止めてしまう。
 軽く肘を曲げられる上に踵が浮く様な事はないものの吊される状態に近い体勢は医師が手で支えずとも済み、確かに洗って貰い易いものではあった。
「は…ぁ……っ」
 布が乳房の上這う感覚に少女の唇から悩ましい声が漏れる。身体を洗うと医師は言ったが、今、少女の身体を擦っているのは夕食前にも使った厚手の柔らかなフェイスタオルではなかった。もっと薄い、例えば紳士用ハンカチの様な物である。石鹸を馴染ませているであろう感触はするが、それよりも悩ましいのは薄布では相手の手をほぼそのまま感じてしまう所だった。
 揃えた四本の指が乳房を下から掬い上げて左右にふるふると揺さぶり、掌が椀の様に膨らみに密着する。拘束された手から洗われ始め、顔を除いて耳も腋の下も医師の手が丁寧に洗っていった。布の感触は畳んである物ではなく広げた一枚のものであり、ほぼ直接撫でられるのと差がない。
 ぞくりと背筋を這い昇る妖しいもどかしさに瑞穂は膝を擦り合わせる。ただ撫でるだけでは洗う事にはならず、洗う為には適度の摩擦と回数が必要になる、そして男はその力加減も丁寧な作業も怠る事はなかった。
 たぷんと乳房が揺れる感覚と男の手が細かに擦る感触、五本の指が柔らかな乳房に軽く食い込みぐにゅりと歪ませて揉みしだく、そして執拗に丁寧に乳首が摘ままれ、捏ね回され、前へと引かれ、擦られる。
 何度駄目と言いかけたか判らない、いや口走ってしまったかもしれないが、洗うと決めていた医師に通じる筈もない。医療関係者に患者が身体を洗われているのだから何の問題もない筈だった。だがやや強い力で二・三往復するだけで終わる毎日の清拭とは明らかに違うそれに強い羞恥と妖しいもどかしさを覚えてしまうのは拭う相手の性別の違いの為だろうか。母親よりも年上の熟練の介護士によるものと、三十代半ばの医師によるものと…いやそうではないのは瑞穂自身判っていた。恐らく何の行動であっても医師が行えば自分は意識してしまうだろう。
 ユニットバス内に篭もる嗅ぎ慣れないシャンプーと石鹸の香りを吸い込んだ瑞穂は当然の様にそれに淡く溶け込んでいる医師の煙草と消毒液と微かな汗のにおいに赤面する。湯を使い髪を洗ってくれたのだから軽く汗を掻くのも当たり前だろう、だが異性の汗のにおいを不快と感じなかった自分に少女は恥ずかしさを覚える。
 薄手のハンカチ一枚を挟んでの刺激は殆ど直接と言っていいだろう。だがハンカチがあるとないのでは意味が異なりどれだけ嬲られても洗われているという言い訳が成立してしまう。しかし自分で洗う時でもここまで丁寧に執拗に緩急をつけては洗わない…ましてや異性の脚を内腿の間に差し入れられてなど。
 布越しに乳首を摘ままれくにゅくにゅと医師の指の腹に転がす様に扱きたてられて瑞穂は甲高い声をあげかけ、首を振りたくる。行き場のない熱が体内に溜まり熱いもどかしさに身体がくねり小刻みに跳ね、医師に洗われている最中だというのに石鹸まみれの肌に汗が滲む。乳房や乳首を洗う事は日常的だがここまで切なく妖しい感覚など知らなかった少女には医師が魔法使いか何かの様にすら思えてくる。
いや、淫らな秘め事を刻みつけるのは、魔法ではなく大人の男の技術に他ならない。
 自分にとって初めての淫らな行為も医師にとってはありふれた悪戯の一つに過ぎないのだろうか、そう考えた瑞穂の胸が痛む。恋もした事のない自分と違って医師の年齢と様子を考えると恋人やもしかすると妻子がいてもおかしくない…いや妻子や恋人がいればこんな悪戯を見ず知らずの娘にする筈がない。円満な家庭で育った瑞穂には不倫や浮気といった最愛の相手を傷つける行為は現実的ではなかった。それともこれは不倫や浮気にもならない程度の悪戯に過ぎないのだろうか。――自分にとってはとても重大な事柄であってもそれは押し付けてはならない。
 シャワーヘッドの裏で少女の手首がもどかしげに揺れネクタイと樹脂がきゅっと鳴った瞬間、びくりと身体が強張る。医師のネクタイを傷めてはいけないと意識して身動きを止めようとするが、乳房を弄ぶ手の動きは執拗に少女を掻き乱し、白い内腿を割る膝から腿は乾く間もなく新たな愛液を塗り広げぐちゅぐちゅとあからさまな音をユニットバス内に篭もらせる。
 髪を洗った時と身体を洗い始める前に流した時だけしか湯を使っていない空間は晩秋の夜更けと熱を欠いた水滴などで冷え込みそうなものだったが、少女は不思議と寒さを感じる事はなかった。火照る肌とそれ以上に熱を持て余す身体の内側だけではない。医師の身体の温もりが、全てを打ち消す程温かく絶対的なものに思えた。
 男の片腕が腰を抱き、もう一方の手が乳房を洗う。膝を割る体勢でのそれは身体の位置がとても近く、少女の肌の上の石鹸の泡は男の身体にも付いてしまいかねないのだからスラックスやシャツを脱いでしまったのも正しく思えた。
 視界が塞がれてしまっているのに何故か不安は感じないものの、気配や聴覚など他の神経が研ぎ澄まされてより医師を感じてしまっている気がする。自分とは比べものにならない引き締まった硬い腿や腕、時折感じる息遣い、煙草と消毒液のにおい、低く深い声音、優しいのか激しいのか判らない指遣い。関節などがあり保持し易そうなの手首でなく平坦なギプスでもネクタイで拘束出来るのは医師の技能なのだろうか。
 静かなユニットバス内は自動で換気がされている筈なのだが、空気が動いていない様にすら思える時が屡々ある。肌を微かに撫でる様なはっきりとした流れではないと判っているが、雪の日の密室を思わせる静寂の中、自分自身だけが乱れている感覚にかぁっと頬が熱くなり瑞穂は僅かに俯いて声を殺そうと唇を軽く噛んだ。
 乳首を洗っているハンカチだけを胸に残し、医師の指が不意に顎を捉え上げさせた。
「何故唇を噛む」
「……。あの…、あ……の……恥ずかしくて……」
 冷淡な口調の医師の声を聞くだけで更に顔が熱くなり上手に言葉を紡げなくなると判っているのに、その声を聞ける事が嬉しくて胸が高鳴ってしまう少女の唇を男の指がなぞりかけた瞬間舌打ちが聞こえ唇から離れ、指以外の恐らくは手の甲の辺りで強く拭われる。
「あの……?」
「石鹸がついている」
 どこか不機嫌そうなその声音に思わず瑞穂はくすりと笑ってしまう。
「随分と余裕があるな」
「え……?」
 更に不機嫌そうな医師の声に戸惑った瑞穂の乳房がハンカチ越しにぐいと掴まれる。揉まれるとも撫でられるとも違う痛みは男の指が食い込む荒々しいものであり、まだ愛撫にも慣れていない未成熟の乳房には強過ぎる刺激に少女は息を詰まらせ眉を寄せて悲鳴を堪えた。
「せん……」
「恥ずかしいと言ったな」
「はい……」
 呼吸で微かに胸が上下するだけで痛みがより増す中、泣きたい少女の奥底で正体不明な感覚が靄の様に揺らぐ。至近距離から聞こえるやや低さを増した医師の声か、怒らせてしまった事への後悔か、怒りをぶつけられる怯えに何か不似合いな切なさに似た感覚が僅かに混ざり、少女の呼吸を上擦らせた。とくんとくんと脈打つ度に硬い腿へと潤滑液が滲み出し、気付かぬ間に白い腰が更に上へと引き寄せられていく。
「俺が恥を掻かせているとでも?」
「え……? そ、そんな…違います……」
 男の問いに瑞穂の頭の中が一瞬白くなる。異性に裸体を抱えられるのも、異性の下着姿も、ハンカチ一枚隔てただけで触れられる事も、それで身体が火照る事も何もかもが恥ずかしいが、その恥ずかしさは恥を掻かされると言うものとはどこか異なる。だが医師が行動を起こさなければ確かに発生しない事柄であり…言葉遊びに近い何か別のものだと思うが思考が乱れて要領を得ない。
「ならば俺は何をしていると?」
「洗って……洗って下さっています……」
 乳房を強く掴まれている少女の背筋をぞくんと妖しい感覚が這い昇り、答える声が上擦り微かに甘い響きが溶け込む。そう、医師は洗ってくれているのにそれを性的に受け取ってしまう自分のはしたなさが一番恥ずかしいのだと、ようやく瑞穂は気付く。医師とのこの状況を淫らに感じるのは自分だけであり、大人の軽い悪戯を混ぜてしまっているだけの医師にそうと気付かれていないのは救いなのかもしれない。
 乳房を掴んでいた手が離れ、瑞穂の背中へと回される。腰と背中に回された手がゆっくりと少女の肢体を上下させ、ぬちゅぬちゅと卑猥な水音がユニットバスの中に篭もるのを耳を塞ぐ事も出来ずに聞かされる瑞穂は首を振りたくる。踵を浮かせた体勢でも苦しくないのは体重の殆どを医師の腿が受け止めていてくれているお陰であり、反射的に少しでも負担をかけまいと更に少女は爪先立ちに近い状態になった。
 不意に、何かが腹部に触れた。
 医師の腕は背中と腰に回されているが、医師の胴に面してる場所に何かがあり、それが腰を上下する頂点で少女の薄い腹部に当たる。体温より僅かに温かく硬い何か。
 医師の身体に乳房が当たりひしゃげる感覚に紛れて伝わるその異物感が何故か少女には気になる。乳首が擦れるむず痒さや下腹部の堪らない疼きに身悶えつつ、全裸の身体が医師と向き合い密着する恥ずかしさともどかしさに思考が蕩けてしまいそうになる。
 少女とはかなりの身長差がある医師が膝を曲げてくれているのだろう、腿の付け根近くまで内腿が密着し、そして片方の腿の上の腹部を医師のものであろう硬い体毛が軽く撫で、殆ど身体を抱きしめられている様な体勢になっては僅かに離される上下動が繰り返された。身体をあっさりと包む腕の逞しさと筋肉質な身体の硬さに頭の先から爪先まで全身が酔いしれそうになる、大人の男に免疫が一切ない瑞穂は眩暈すら覚えそうになり、そして不意に自分の腹部に何度も当たっている存在の正体が思い当たる。
「ぁ……」
 困惑でなく怯えた声が唇から溢れても医師の動きは止まらず、いや、より強く引き寄せられた後、はっきりと抱きしめられ間違いなくそれと判る状態で猛々しいものが柔肌に押し付けられる。
 医師が下着を付けているのならば肌に体毛が触れる筈がなく、そしてそれが触れる筈もなかった。つまり医師も全裸だったのだと判り瑞穂の全身ががくがくと震え、考える事を拒否する様に頭の中が真っ白になる。
 腿を跨いで交差している腰の位置は同じ位だったが、硬い腕を連想させる密着しているものの先端は瑞穂の臍の脇にまで届いていた。男性のそれがどれ程のものか判らない少女にとっては女性の身体に挿入される器官が指程度であっても戸惑うのに密着するそれは長さだけでも指とは比べものにならない事実に怯える。ましてや今、少女は全裸であり両手を上に拘束されており、医師がその気になれば簡単に処女を奪われてしまう状況だった。
 医師の手が少女の尻肉を握る形で腰を抱き、ゆっくりと身体を上下させる。ぬちゃりと鳴る愛液の音に瑞穂の頬の火照りが更に増す。医師のもたらす快楽に溺れるだけでもどこか恐ろしい気がするのに、今は大人の異性と裸で肌を重ね互いに交わる準備が整ってしまっており当然の様に怯えながらどこかそれが甘く思える瑞穂の胸が早鐘を打つ。
 華奢とはいえ一応にも軽い成人女性程度には体重がある肢体を軽々と操る医師の腕の中で、瑞穂は身体の強ばりが抜けないまま拒む事も喘ぐ事も出来ずに震える。男の腕の中で胸板に密着し乳房と乳首がむず痒く捏ね回され、頼りない薄いウエストが男の身体に寄り添い背筋がしなる。
 怖くないと言えば嘘になる。
「――先生は何故……」
 流石に大人である医師が自分に恋愛感情を抱いての行動だと楽観的に考える事も出来ず、少女は医師に問いかける。
「万年筆の礼だ」
 拾って返しはしたが、中庭での一件を思い出すと善行を成したとは言い難く、逆に即座に持ち主に返さなかった後ろめたさの方が大きい。即座に返さなかった事は医師も当然判っているのだが、それをどう感じているのかは少女には判らない…いや即座に返さないのだから好意的に受け取られる筈がないであろう。ならばそれを口にするのは罪を咎めたいと考えるべきだった。
 この悪戯は、医師からの罰なのだろうか。
 淡い期待が萎んでいくのを感じる間も医師の動きは変わらずに続き、凍えた身体を湯が温める様にじわりじわりとそれまで知らなかった身体の感覚が芽生えさせられていく。恐ろしく思えるのは変わらない医師の熱い固まりが腹部を擦る度に、望まれて結ばれる場合はこれを迎え入れるのだという女として連想し、そして身体は本能的に疼き、妖しい切なさが胸と腰の奥を締め付け脈打たせる。
「――何を考えている?」
 不意の問いの後、医師の指が少女の下腹部へと延びた。

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改訂版1405120047

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