『誘惑〜Induction〜改訂版 STAGE-10』

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 色褪せた世界。
 色彩的に認識してはいても頭の芯までは届かない硝子越しの世界。
 生まれてから今までそれが当然であり、小説や映画で描かれる嵐の様な色の奔流を、自分は知らない。
 それが不幸な事だと嘆く神経もない。
 それが何かを知らない。
 必要なものであるかも知らない。
 それが無くとも構成されている自分には必要が無いのだろう。

 甘い匂いが腕の中にあった。
 薄く目を開いた男は見慣れた天井をしばし眺めてから寝乱れた髪を掻き上げる。冬の朝は遅く、遮光カーテンの隙間から差し込む光は鈍く部屋全体を照らし出すまでには至らない。スマートフォンのアラームが鳴っていないのだから寝過ごしてはいない筈だが、軽い気怠さを感じ男は眉間に皺を寄せる。深夜に帰宅し、手にしていたコートをソファに放り出しただけで入浴もせずそのまま眠った為、服は皺だらけだろうがどうせクリーニングに出すのだからどうでもいい。自分の体臭は気付きにくいものだが時折には感じる煙草と消毒液のにおいに重なる様に、甘い花の匂いが漂っていた。
 男はゆっくりと息を吐き出す。
 女の移り香には慣れているし特に気にする事はないが、不思議と今は精神が緩く波打つ。特別室の老害から少女への贈り物を叩き返さずに帰宅した事が気掛かりなのだろうか?やり残しの類は不快だが、流石に深夜に医者が患者の病室へ訪れるのは処置以外では非常識だった。常勤医二人に非常勤医四人。いくら整形外科に力が入っていないと言っても一応は市立病院としてシフト的には恵まれていないとは常々感じる。今の病院を古巣の大学病院と比較しても意味はないし、自ら投げ出した出世コースに未練はない…だが何故だろうか不意に芽生えた現状への物足りなさを感じながら、男は煙草を手に取り火を点けた。
 肺の奥に流れ込む煙に男は目を細める。煙草の匂いが甘い匂いを上書きしていく。
 もう泣き止んだか。泣いてはいないか。頼りなく揺れるあの大きな瞳が何故か脳裏から離れない。爺の餌食にされないか。傷は痛まないか。帰宅前に確認したカルテでは骨折以外にはさして問題は見つからなかった。症状固定には程遠いものの退院しても問題がない筈だが過剰な精密検査と安静が入院を長引かせており、その希望は特別室のあの男によるものなのが不快だった。政治家特有の静養入院を事故の被害者にまで強要しようが構わないが、それがあれを入院中の慰み者にする為ならば強引に強制退院でもさせた方がいい…そう考えかけて男は眉間に皺を寄せる。散々非道徳的行為を繰り返している自分が風紀的な問題を考えるのが馬鹿らしい。
 重く溜まった煙を肺の奥から吐き出し、男は灰皿に煙草を押しつけて消す。
 不意に、部屋がまるで井戸か海の底かの様に感じた。漠然とした澱みか居心地の悪い何かを感じ、寝乱れた髪を掻き上げる男はシャツの袖口から漂う匂いに動きを止める。流石に手は洗っているが、少女の汗と愛液をたっぷりと吸ったシャツの匂いはまだ生々しい。ぞくりと背筋を這い上る堪らなく淫猥な記憶に眉間の皺が深くなる。成熟しきった女の身体とは異なるまだ成長途中の、だが未成熟であるが故に危うい色香を漂わせる簡単に手折れそうな華奢な肢体と艶めかしい乳房。滑らかな白い肌、長い絹糸の髪。甘く喘ぐ細い声。
 しばし動きを止めていた男は息を吐き出し、目を閉じる。
 何にせよ、仕事に支障を来す真似はしない。今は寝るべきだった。

「これは何かね?」
 特別室の椅子にゆったりと座っている入院患者が目の前のテーブルに置いた箱から守崎へと視線を移す。座る姿勢から見上げ方まで何もかもが粘着質な高圧さが染み着いており、目の前の男の人生を物語っていた。
 まだ出勤時間より早く守崎は私服姿だったが、初対面ではないからお互いに立場は弁えている。つまり、今は私人だった。
「返しにきた」
「お前にくれてやった物ではないぞ」
 ちびりちびりと酒を舐める様な絡み付く物言いに守崎の目は更に細くなる。視線があった瞬間から腹腔の底に蟠る不快感は視界の隅のベッドの上の光景の記憶の為だろうか。胸糞悪くもまだ精力旺盛な男が無防備な白い身体に覆い被さる姿。じゅるじゅると啜る男。――あの時と同じ纏わりつく様な甘ったるい香りが室内に漂っているにが更に不愉快だった。いや、今は更に濃いだろうか。煙草や香とも異なる絡み付く香りは病室には不似合い過ぎて生理的嫌悪感を覚える。
「入院患者同士のトラブルだ。医者が介入してもおかしくは無かろう」
「担当医でも無かろうに勤勉な若造め。事故で不自由をさせて見舞いを送ってどこが悪い」
「何も無ければな」
 晩秋の日の出は遅いが病院の起床時間は年間を通して変わらない。起床後は洗顔、検温等と朝食までの間は思いの外入院患者は忙しくなるが、洗面所を共有する相部屋患者と異なり個室以上の患者は混雑を避けられ余裕がある。だが検温等で看護婦が訪れる事だけは避けようがなく、守崎としては私服姿で特別室に居る所を見られたくはない。目の前の男も事情が事情なのだから長居をされては困る筈だが、面白そうに薄ら笑いを浮かべる姿には後ろめたさも焦りも微塵も感じられない…未成年に一服盛って陵辱しかけた罪悪感など目の前の初老の男には存在しないのかもしれない。
「まぁよかろう。今は機嫌がいい」鷹揚な笑みを浮かべる男に守崎は踵を返す。部屋に篭もる濃密な甘い匂いが肺腑の底に溜まりそうな感覚が気持ち悪く、どうせ巡回の看護婦に注意をされるだろうが憂さ晴らしに換気で窓を全開にして晩秋の夜明けの空気で老体を冷やしてやろうかと思いかけ、踏み留まる。少女にも絡み付いていたこの匂いが堪らなく疎ましかったが、わざわざこの男の為に指一本でも動かす必要を感じない。
「……」
 ふと、篭もる匂いに違いを感じて守崎は視線を室内に流す。完全看護なのもあり秘書は夜間は帰宅させるらしく他には誰もいない。まるで直前にメイクされた様に整えられ過ぎているベッドに違和感を覚えたが、何等かの事情で夜中に介護作業が入るのは珍しくはない。
「若造。あの娘はお前の何だ?」
 特別室から出かけた守崎の背中に男の声がかかった。他人の人間関係など訊いて何の意味があるのかと一瞬反発を感じ、そして具体的な表現が思い浮かばない事実に眉間に皺が寄る。医者と患者に間違いはないが、玩具と、後は何なのだろう。持ち主でもなければ男でもない。答えのない状態を見透かしている訳でもないであろう問いに驚く自分に、苛立つ。
「お前には関係がない」
 短く言い、守崎は振り向きもせず特別室を後にした。

 朝食用にサンドイッチでも購入しようにもまだ売店もカフェも営業時間前であり、時間を持て余した守崎の足は自然と旧館の屋上へと向かった。
 鼻腔にこびり付く様な特別室の匂いを手っ取り早く消すには珈琲か煙草が早いだろう。流石にあの男のオーデコロンの匂いではないだろうが、中東か東南アジアのアロマテラピー等という人間でもないだろう、ならば何かとなれば怪しい媚薬の類だろうと推測しているが、先刻の物言いから考えると新しい慰み者か愛人でも引き入れたと言った所か。一瞬、ぞくりと背筋に不快な感覚が走り少女の病室を確認したい衝動を感じ、男は眉間に皺を寄せる。老害には関係ない、だが自分にでも関係なくどうでもいい事が何故引っかかるのか。不愉快な感覚の面倒臭さに男は息を吐く。
 旧館の屋上の扉を開けると晩秋ではなく既に冬と言っていいであろう夜明けの冷たい空気が剥き出しの顔と手を撫でた。暑いのは不快だが、肌に刃物が当たる様な冷気は男にとっては心地良い。まだ日の昇らない空は薄曇りで視界全体が無彩色がかって見え、どこか落ち着く。男は真夏などの色彩の主張の激しい景色はあまり好きではなかった。吐く息が白い。誰もいない屋上を一歩歩く毎に靴底から根が生えて重力に絡め取られていく様な重みと粘りを感じるのは疲れている為なのかもしれないが、不思議と頭の中が凪いでいく。灰色の景色と冷えた空気は雑音がなく、楽だった。
 いつものベンチに佇む華奢な姿に、男の足が止まる。
 無彩色に近い景色に溶け込む様な黒髪と白いネグリジェに細い肩に掛かる枯葉色のカーディガン、そして温かな淡い桜色がかった滑らかな柔肌。長い睫毛に縁取られた黒目がちな大きな瞳はどこか哀しげに遠くを見つめている様だった。まだ男の存在に気付いていないらしく、ベンチに腰掛けている姿は消えてしまうのではないかと思える程儚げで、以前中庭で見たテラスで青年と談笑する年齢相応な姿とは異なっている。
「――誰かを待っているのか」
 フェンス側に立てばバス通りから歩いてくる人の姿を見る事の出来る場所であり、面会時間を考えれば家族辺りが妥当だろうか。男は初対面の時に少女が母親を見送る為にこの場所に来た事を思い出す。ホームシックにかかる年齢とは思えないが事故にあっているのだから心細くてもおかしくはない。
 びくりと傍目にはっきり震えた少女が男を見上げる。
「薄着だな。身体が冷えるぞ」
「申し訳ありません」
 哀しげだった瞳が戸惑う様に大きく見開かれ、そして恥ずかしげに伏せられ少女が慌てて立ち上がる。冷たい空気の中ふわりと漂う香りは特別室の絡み付く様なあの匂いではなく、男が嗅ぎ慣れた少女の匂いだった。
 深い一礼の後横を通り抜けようとした華奢な身体を、男は細い手首を掴みフェンスへと押し付ける。
 かしゃんと金網が鳴り、驚き無防備に男を見上げる少女のネグリジェの胸元から覗く豊かな乳房の谷間には自分の残した唇の後が生々しく残っていた。そして、煙草と消毒液のにおいが甘い花の香りに混ざり淡く漂う。男のにおいを潜ませている少女の甘い匂いの淫らさにぞくりと背筋を劣情が這い上り、男は少女の脚の間に膝を割り入れた。フェンスに縫い止められた形の少女の長い髪と白いネグリジェが風に揺れ、展翅板の上の蝶を連想させる。
 無防備だった。小さなボタンを外していけば前がはだけてしまう優雅な意匠なネグリジェも、谷間が垣間見えてしまう豊かな乳房も、驚き戸惑った表情で見上げる整った顔も、何かもが男に悪戯されるのを無意識に誘っているかの様な清楚が故の危うい淫らさに満ちている。
 いやらしく貶めたい衝動に男のモノがスラックスの中で硬く勢いよく隆起するのを感じ、ぐいと腰を突き上げる形で密着をさせると、あっと微かに声を漏らした少女が耳まで赤く染めて瞳を逸らす。密着した足腰と掴む手から伝わる震えと、冷え切った華奢な身体に男は口の端を歪める。フェンスに捕まらせこちらへと腰を突き出させて犯せばどれだけ卑猥に鳴きじゃくるだろうか。恐らく後背位は好きではあるまい…いやそもそもどれだけ犯しても素直に快楽に溺れようとはしないだろうが、身体の感度がいい上に人一倍の羞恥心が快楽を堪えようとする為に更に快楽に捕らわれる淫らな気質は、正常位よりも異常な体位や辱めに向いているであろう。
 フェンスに押しつけた白い手にねっとりとした動きで指に指を絡ませる男に、少女の唇から甘く震えた吐息が漏れる。空いている手でネグリジェの第一ボタンを静かに外された少女が微かに首を振る様子に、いつもならば構わずそのままボタンを外していく男は何故か手を止めた。外気が冷たい為か、起床時間が過ぎている屋上にいつ人が現れるか判らない為か。どうせはだけさせようとしなくとも男の位置からでは胸元は垣間見えるが、深窓の令嬢そのものの清楚な佇まいを見慣れた学生風情ならばたかがボタン一つ外させただけでもう目が離せなくなるであろう。ふと過ぎったテラス席の青年の育ちの良さそうな善良な笑みに男は眉間に皺を寄せる。何を思い出しているのだろうか。何故今思い出す必要があったのか、そもそも記憶しておく必要も思い出す必要もない事柄に男は不快感を覚える。
「――?」
 男を見上げる少女の表情は笑みとは程遠い戸惑いと不安と今にも崩れ落ちてしまいそうな思い詰めた悲しげなものであり、その上で尚儚げで嗜虐心を煽り立ててくるものだった。家族の前でもあの青年の前でもこの様な表情はせずに居られるのだろう、そして無条件な柔らかな微笑みは自分には向けられないのだろう。泥水の様な濁った重いものが臓腑の底に溜まっていく感覚に、細い指に絡み付かせた男の指に力が篭もる。いっその事折れてしまえばいい、ならば入院期間が延びる…そんな医者らしからぬ衝動に男は顔をしかめた。
「帰りたいか」
 入院患者への聞くまでもない問いがぽつりと零れる。男の手の中で押し潰されそうな華奢な手が微かに震え、黒目がちな大きな瞳が揺れ、僅かに緑がかった深いセピア色の鏡に男自身の顔が写り込んでいた。何故即答がないのか理解し難いが、何よりも理解し難いのは自分自身の無駄な問いである。
 ふわりと冷たい風がそよぎ、細くしなやかな黒髪が揺れて男の頬を撫でた。腰まで届く髪は当然重みもある筈なのだがまるで水の中でうねる様に、強い風に巻き上げられる様に、鈍く曇った夜明けの空よりも深い漆黒の絹糸の髪が優雅に舞う。
「せん……」
 柔らかく小さな唇が微かに動き囁きが零れかけ、止まった。
 マスコミ対策の有名人や保険狙いの長期入院希望の患者でもあるまいし当然帰りたい筈だが、何を躊躇しているのだろうか。臓腑の底の澱と対照的に、精神の水面に小さな水滴に似た何かが落ちて波紋が広がるが、それは不快な感覚ではなかった。波紋の広がりと同時に混ざり溶けていく澄んだ水滴はどこか甘く光を帯び憶えのない懐かしさを感じさせ、男の顔から険が抜ける。
「瑞穂」
 低く囁き静かに顔を寄せる男に、少女の身体がぴくりと揺れ長い睫毛が伏せられ、そして小さな舌が差し出された。
 すっと、男の唇を震える舌先が撫でる。
「――!」
 一瞬の動きの後、全身を強張らせて縮込まった少女の顔が真っ赤に染まり、今の行為を恥じそして理不尽にも男の行為をどこか責めているかに見える涙が大きな瞳に浮かぶ。子猫が皿のミルクを飲むよりも下手でおずおずとした動きは到底キスや愛撫の域には達していなかったが、少女にとって一大事だったのであろう。
 堪えきれなかった様に腕の中からすり抜け逃げようとした少女に、男はぐいと細い腰を引き寄せ顎を掴みやや強引に顔を上げさせる。両手で簡単に包めてしまう小さな顔は穏やかな笑みとは違い羞恥に染まった泣き顔だが、それでも尚整い愛くるしい…いや恥じらう様が更に男の嗜虐心を煽った。まだ男を知らない清い身でありながらたかが愛撫で快楽に蕩けた顔を晒しているこの娘は初めて貫かれる時にはどの様な顔をするのだろうか、見てみたい。懸命に隠そうとするのだろうか、子供の様に照明を落としての性交を望みそうな娘だがそれを言葉に出せる程男に甘えるのだろうか、願いを叶える誠実な優しい男に、恥ずかしがりながらおずおずと。
「舌を出せとは言っていないぞ」
 まるで生まれたばかりの動物の仔の様に華奢な全身は小刻みに震え、消えたい程恥ずかしいのか男の膝を挟む頼りなく細い腿が崩れそうになっている少女に、男の口元が歪む。
「男の唇を舐めるとははしたない小娘だな」
「……」
 肌から熱を奪っていく冷たい風が絡む中、腕の中の白い身体が仄かに温かい。今日は日が昇ってもさして暖かくはならないであろう無彩色の景色の中、少女だけが温かな色を帯びていた。心地良い寒さが取り巻く中心で細やかに脈打つ華奢な身体が不可思議なものに思え、ぐいと引き寄せる男の腕の中で少女が爪先立ちになる。
 舌を差し出す様に躾たつもりはないが、十分に誤解させる仕草はいつもの舌の悪戯だと引っ掛けるつもりもあったかもしれない。はしたない誤解を恥じらい震える少女を包み込み、男は見下ろす。
「舐め方も教えてやろう」
「ゃ……」
「動くな。面倒だ」
 びくりと腕の中で華奢な身が震え強張るのを感じながら、男は舌先で少女の唇をゆっくりと舐める。形よい唇は当然男の性器を咥えた事はないだろうが、もしも咥えさせても慣れても難儀しそうな小さな唇は柔らかく滑らかだった。
 まるで餓鬼の戯れである。凍えた小鳥の様に腕の中で震えている少女を嬲る自分が、力加減を憶える前の肉食獣の仔か小学生の男児に思えてくる。爪で掻くだけでか弱い少女は傷ついてしまうだろう。どうでもいい。怯えて逃げ出そうとこのまま犯そうと何もかも別段気にする事ではない。肉食獣の前に獲物がいるだけの話であってそこに意味などはない。
 夜明けの冷えた空気が肌から骨へと凍みてくる様な心地良い微風の中、鼻腔を甘い花の香りがくすぐり、不意に花束を抱えた感覚が甦る…あれは何の時だったか。男に花束などどうしろとと苦く笑った記憶がある、無駄で持て余す存在が少女と重なるのだろうか。ゆっくりと、唇の一部ほんの数ミリだけを左右させ舌先の力に強弱をつけ時間をかけて舐める。緩くかける息の熱と湿り気が唇を撫で、腕の中の華奢な身体の小刻みな震えの意味を男は考える。煙草のにおいは嫌いか、いやらしい舌が嫌いか、そもそも同世代でない男の玩具にされるのは嫌いか。はぁっと零れる甘い吐息に男は唇を重ねない様に注意しつつ薄く開いた唇の内側の縁をぺろりと舐めると、少女の身体が震えた。唇とは異なる口内粘膜の柔らかさの心地良さにそのまま唇を貪りたくなる衝動が尾骨から背筋に這い上り、男は僅かに顔を引き少女を見下ろす。
 桜色に頬を染めどこか夢見心地の様な無防備な蕩けた少女の濡れた瞳が不思議そうに男を見上げ、そして力尽きたのかくたりと男へと沈み込む。
「まだだ」
 顎に指を当て顔を上げさせた男に、少女が甘く淫らな吐息を零しながら僅かに唇を綻ばせ舌を差し出してくる。いやらしく躾られた少女の顔は蕩けきっているというのにそれでも清楚な面持ちを留めたままで、男の要求をどこか咎めて憂いているかの様に見えたが、腕の中の白い身体は夜目にも仄かに薄桃色に上気し甘い花の匂いは冷たい空気に溶けながら男の鼻腔から侵入して劣情を唆す。寒い中、腕の中だけが温かい。ねちょりと舌を絡め、舐り回すと鼻のかかった鳴き声が至近距離から聞こえる。曲げた片膝を少女の脚の間に割り込ませて細い腰を引き上げ、火照る細い身体よりも更に高い温度が腿に伝わってくる…たかが舐めているだけでびくびくと華奢な身体が震える様が淫らがましい。まだ処女の分際で男を迎え入れる準備はもう整ってしまっているのがどこか可笑しく、そして苛立たしい。片手をゆっくりと滑らせ、滑らかな寝衣の前ボタンを幾つか外して手を滑り込ませると直接乳房が触れる。入院患者がブラジャーを着けていない事は多いが、少女が無防備である事は男には不愉快だった。温かいと言うよりもまるで激しい抽挿の最中の様に熱く火照る乳房をぐいと掴むと、少女が喘いだ。悲鳴ですらない。妖精画の様なたおやかな身体だがこの乳房は男の手でも余る程豊かで、そして張りがあるのに柔らかく、指を食い込ませるだけでその甘く熟れた果実の感触がぞくりと男自身に更に血流を集中させて漲らせる。食べ頃を待つ果実に似た旬の頂点を見極める感覚に近いが、どこかまだ固い、まだほんの僅かに青い、だが十分に熟れた甘い果実だが、もっと甘くなる、その挑発と焦燥感が男の指遣いを荒々しく執拗にさせた。
 喘ぐ。頼りなく震えていた細い指が、気付けばスーツを握っているが、それは指先で摘まむと表現した方が近いだろう。男の身体にしがみつく事すら出来ない少女の貞操感が嗜虐心を煽り、既に硬くしこっている可憐な乳首を抓らせる。痛々しく甘い鳴き声。舌先で舌先を何度も舐めて跳ね上げ、唾液を掬う。細い内腿が腿を締め付ける痙攣が少女の膣内の反応を伝えてくる。まだ男を知らない狭い膣口のくねりが指を締め上げ、ぐびりぐびりと膣奥へ引き込もうとする淫猥な蠢きを繰り返す。まるで子供の様な小振りで色合いの薄い下腹部と違い、密集し濃い柔毛と同じく扇情的な膣内は卑猥でざらつき上手に男の指を撫で擦り淫らな抽挿をもっともっととせがみ、ねっとりと愛液を溢れさせてくる。ほんの僅かな愛撫から濡れるのは貞操感の裏返しか、それとも淫らそのものな身体の資質か。滾るものを処女地にゆっくりと焦らしながら挿入したい衝動に駆られながら男は舌を絡める。まだ男を知らない清純さがより凶暴に男を滾らせ細い腰を引き寄せ抱き上げる腕を強固なものにさせ、腿の付け根が少女の下腹部に重なり、互いに嫌でも判る体勢になる。勃起と、火照りだけではない熱さ。
 中毒性と呼ぶべきか常習性と呼ぶべきか、この少女の異常に惹き付けるものは何なのだろうか。笑みを見たい、抱き締めたい、手を離したくない、声を聞きたい。腕の中にあれば満足かと言えば歯止めが効かなくなり、離れれば細い手首を掴んで引き寄せたくなる。今まで抱いている女達とどこが違うのだろうか?その違いはよく判らない、だが異なる。
 淡い桜色に染まった美しい顔と風に揺れる絹糸の髪の向こうに無彩色の世界が広がる。日の昇る前の沈んだ街並みと薄曇りの空。独りの時には心地良い遠い距離感が波の様に押し寄せては引いていく感覚に、男は少女の身体を強く抱き締める。波が引く時はこの華奢な身体も一緒に浚われる気がした…これは何だろう。日が昇れば街が目覚め、人々が行き交い流れが生まれる、まるで潮流の様に、泳がねば死ぬ魚の様に、楽しげに残酷に豊かに虚ろに。己もそこに在ると認識していても。
 不意に、衝動的に男は少女から身を離した。
 かしゃんとフェンスが鳴り、乱れた寝衣の胸元もそのままの少女が驚きに男を見上げてくる。
「――先生……?」
 驚きの後に浮かんだ戸惑いと、そして不安げな表情に細い両肩をフェンスに押し付ける男の手が微かに動く。
「遊びも程々にしなければな。人に見られる前に帰れ」
 男の言葉に少女の瞳が揺れ、新たな色が浮かぶ。悲しみ。何故その様な顔をするのか、年頃の少女としてはかなり軽い華奢な身体がこのまま微風の中に消えてしまう感覚に男は僅かに足に力を込める。まるで手の中の砂が零れ落ちていく様だが、何がそう思わせるのであろうか男には判らない。ただ、肺の底が冷える。思いの外ここは冷えるのかもしれない。入院患者への配慮として間違ってはいない。少なくとも、連れ去り欲望のままに犯したい衝動よりは。
 不意に、指先が頬に触れた。
 両肩を押さえているのだから少女に自由がある筈もなく、カーディガンと寝衣の上からでも判る力任せにすれば折れてしまいそうな薄く小さな肩を掴む男の手に逆らう気配を感じさせないまま、冷えた細い指が頬に触れる。大きな潤んだ瞳に浮かぶ悲しげな、いや、まるで男を案じる様な、慈しみ問う様な色に男は息を止める。少女が何を言いたいのかが判らない。何故少女が自分の頬に触れたかが判らない。袖やシャツの端を摘まむのが精一杯の少女が、何故。
 緩やかな風が細くしなやかな黒髪を靡かせ、寝衣が揺れる。開けた胸元から覗くたわわな乳房と、男の唾液にまだ濡れたままの柔らかな唇。まだ男を知らない身でありながら、だからこそか舌によく馴染む豊潤な美酒を思わせる眩暈に似た酩酊感。ゆっくりと口内で揺らせてから喉越しを愉しむ感覚を、何故少女が頬に触れるだけで覚えるのか。
「ぁ……」
 その動きは無意識だったのか、己の指に気付いた少女が頬を赤く染め恥じらい泣きそうな顔になった。慌てて指が離された頬を風が撫でる。
 待て。少女が逃げるのを感じた瞬間、言いかけた言葉に男は自分でも判らずまるで機械の動作不良の様に固まった。押し退けも振り払いもせず、まるで水が指の間を零れる様な何の抵抗も感じさせずに男の手をすり抜けた少女の名残の様に甘い花の香りが鼻腔を擽り、手にあった布越しの温もりが急速に抜けていく。その後ろ姿を見送る事もなく、少女の消えた後の無彩色の景色が男の目に映る。遠ざかる小走りな足音が消えて暫く経ってから、漸く男は息を吐き出した。
 ベンチに腰を下ろし、煙草に火を点ける。
 深く吸い込み、そして吐き出す。
 特別室の光景も少女の名残も何も思考として構成されないまま男は空を見上げ、そして目を閉じた。

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改訂版1802100453

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