『誘惑〜Induction〜改訂版 STAGE-11』

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 贅沢な望みはいらない。
 ただただ、その人に幸せであって欲しい。
 それなのに、背を向けて、逃げ出して、溢れる涙。

 とても寒そうに見えた。
 小走りで病室に戻り、ベッドに倒れ込んだ少女は己の行為に動揺していた。指先が触れた冷たい頬の感触がまるで焼き付いた様に離れず、ベッドの上で瑞穂は自らの指先をぎゅっと抱き締める。判らない事が多過ぎた。何故医師は戯れに自分を触れるのか、何故自分はそれを拒めないのか、いやその理由は判っている…浅ましい欲望の見苦しさと罪悪感に少女の瞳から大粒の涙がぽろぽろと溢れ白い肌を伝い黒髪と枕を濡らす。
 美しい恋人のいる大人の異性へ好意をもつとしても度を超えてはいけないと判っているのに、医師に触れられると堪えられなくなってしまう。戯れだと知っているのにそれを求めてしまう。自分がそれを望んでいるから医師は悪戯に与えるのかもしれない…ならば自分は姿を見せてはならない。それなのに、医師の余韻を求めてあの屋上に行ってしまう自分の汚さに、少女は泣く。
 早く医師を抱き締めて欲しい。
 温めて差し上げて欲しい。
 それが出来る、あの美しい女性に。
 ずきりと痛む胸に、瑞穂は指先を抱き締める華奢な身体を更に丸める。自分は医師の余韻だけで心が壊れそうになる。唇に残る、あの舌の感触。寒い屋上の風の中のコート越しの存在感と、染み着いている様な消毒液と煙草の匂い。硬い、深い、声音。指の力。望んではいけない…まだ親の庇護下の自分が、医師の恋人でもないたかが入院患者の一人でしかない自分が、あの人を温めたいなどと。いやそもそも寒そうなのではなく純粋に晩秋の屋上が物理的に寒かっただけなのかもしれない。確かにあそこは寒かったのだから。
 もし家族ならば色々と出来る事があっただろう。温かなお茶を淹れ、言葉を待ち、言葉で聞き、幼い頃の様に抱き付く事もあるかもしれない。だが、他人にはそれは出来ない。故に少女はそれをあの女性に求めてしまう。――自分が出来れば、など考えてはいけなかった。
 涙が零れる度に、医師の顔が瞼に映り胸がずきりと痛む。恋は幸せを伴うものならば、これは恋ではないのだろう。痛みともどかしさと後悔ばかりのこれは何なのだろう。悔いばかりなのに、何故、胸がこの余韻を忘れまいと願ってしまうのだろうか。

「――三十七度九分」
 看護婦の心配そうな声に瑞穂は毛布で口元を隠す。氷枕の冷たさが心地良いが身体は熱くぼんやりと滲んでいる様だった。朝からの原因不明の発熱を心配する看護婦にまさか早朝に冷える屋上に長時間居たなどと言い出せる筈もなく、少女の眉が下がる。院内感染などの大事への懸念には至っていないのか、様子見らしく投薬や検査もまだなかったが、後で回診で診て貰う事にはなっていた。担当医はあの医師ではないのが救いだった…もしあの人ならば原因は簡単に判ってしまい、呆れられてしまうだろう。
「熱が下がらなければ外出許可出ませんよ?」
「え……?」
「明後日までに熱下げなきゃ」
 看護婦の言葉を午後の回診で初老の担当医から再び聞いた瑞穂は、誰か他の入院患者の希望との手違いではないかと問いかけ、そして開きかけた口を閉ざす。親からの連絡がなかっただけかもしれない、そう思いながら、脳裏に浮かぶのは屋上で見た医師のあの表情だった。素直な笑みを浮かべそうにない印象の、気難しげな人。いや、医師が自分の外出許可希望を勝手に出す事などあるのだろうか?やはり両親からの連絡がまだなだけではないだろうか?
 氷枕の心地良い感触に瞳を閉じ、少女は息を付く。身体全体が温かく、そして寒く、腕が痛む。夜に親に連絡をする前に熱が下がると有り難かった…誰にも心配をかけたくはない。熱の為か心臓が小さく脈打つ度にギプスの中で腕が軋み、入院中に安静を怠った自分に少女は恥じる…人の心を案じる前に自分を律しないといけないのに何をしているのだろうか。
 朝から気付くと眠っているというのにまだ寝足りない様に押し寄せる眠気に、瑞穂は瞳を閉じる。
 すぅっと意識が溶けていく中、屋上で見た鈍色の夜明けの空と冷たい風の記憶が少女を過った。医師が寒い思いをしていなければいいと思いながら、あの空は、冷たく身に浸透してくる空気は、どこか医師に似ている気がした。

 熱いタオルが額を拭っている。
 熱が出ていた為に今日はシャワーを浴びれず清拭だけしか行えていない状態で、多少汗ばんでいる肌に蒸しタオルが心地良い。ふうっと息を漏らしながら瞳を開けたいものの、処方して貰えた鎮痛剤が効いている為か瞼が重く身体が動かない。
 タオルの動きはとても優しく穏やかで、入院当初からの的確だが素早く素っ気ない介護の清拭とは異なっており、瑞穂は身を任せる。母親だろうか、いや…恐らく思い違いだと判りながら少女はたった一人の人物だけに思いを馳せてしまう。だがその人物はこんなに優しく自分をなぞってくれはしないであろう、いや、悪戯な愛撫はいつも細やかでとても残酷だった。優しい。涙が出そうな程に優しく穏やかな仕草の主は、誰なのだろう。
 消毒液と煙草のにおいが判れば医師だと確信出来るのに熱の為か匂いが判らず、そして判らない事に少女は心の隅で安堵してしまう。――もしも医師からこの様に優しく触れられてしまえば、例え愛しい恋人のいる人であっても、ほんの僅かでも近くにいる事を許されているのではないかと愚かな自分は期待をしてしまうだろう。だがそれは医師に不誠実を求める事を意味していた…立派な看護婦でもなくまだ親の庇護下にある未成年の自分が比較される筈もない女性を羨んでしまう罪悪感は、荊で縛られる様に苦しく痛みを伴っていた。
 でも、それでも。
 その手が医師ならばと願ってしまう。
「――せんせい……」
 小さな声が、零れる。

 ふっと目が覚めた瑞穂は照明の灯されていない薄暗い病室に今は夜中だと判った。まだ熱は下がっていないのだろう、ぼんやりとした感覚の少女はゆっくりと首を巡らせかけて自分の髪が緩い三つ編みにされているのに気付く。誰に結って貰えたのだろうか、事故の時点で腰まで届く髪はやむを得ず切られていてもおかしくはなかったかもしれない。所々破れた制服は廃棄処分になっており、退院までには新調出来るそうだが新たに採寸していないのが少しだけ残念だった。ぽつりぽつりと浮かぶ取り留めのない思考の後、少女はベッドの縁に腰を下ろしている男に気付く。
「先生……」
 白衣姿ではないものの白いシャツと濃灰色のネクタイとスラックス姿は勤務中とも私服姿とも取れず、少女は思いの外力の入らない上半身を起こす。
「無茶をして屋上に出るな」
「申し訳ありません……」
 静かな厳命に含まれる微量の苛立ちに身を小さくしつつ、瑞穂は医師を見つめた。いつからそこに居てくれていたのだろうか、薄く開いたカーテンの隙間からの薄明かりがとても似合う人をこのままずっと見つめていたい気持ちで胸が痛む。だがしかし入院中の自分とは異なり医師には明日の仕事があるのではなかろうか。ただ体調管理の甘さを叱る為に待って貰えていたのならば、居たたまれない。
 一言を残して立ち去ってしまうのだろうと考えていた瑞穂だが、医師がこちらを向くでもない時間が静かに過ぎていく。何時なのだろうか、入院してからよく聞いて覚えたナースコールの音もなく、夢の中の様ですらある。もしも夢ならばとても良い夢だった。誰にも見咎められずに見つめていられる幸福に、ゆっくりと瑞穂の萎縮した身体から力が抜けていく。
 鼻筋の通った横顔は彫刻を思わせる硬質なものであり、肩幅は広く胸板は逞しいがとても引き締まっており、異性に慣れていない少女が怖じ気付かないで済むだけの絶妙な厚みを有している。見栄えの良い俳優かモデルでも通用しそうな均整のとれた容姿だが、気難しげな雰囲気は人気商売のそれではない。確かに容姿に見惚れはするが、少女が惹かれるのはその一挙手一投足か漂う空気だろうか。あと少し度を過ぎれば尊大に見えてしまうであろう脚の組み方、深い海か不純物のない綺麗な氷の様なとても自然に胸に染み込んでくる命令の言葉。
 恋人がいて当然だろう。だが、見惚れてしまってもおかしくないのだと言い訳をしてしまいそうになる。
「――今日、厄介な相手に会ってきた」
「え……? あ……、香取様…ですか……?申し訳ありません…先生はお忙しいのに……っ?」
 多忙であろう医師に任せてしまった返却を思い出し、慌てて深々と礼をしかけた少女の肩を押して男がベッドの上へ組み伏した。
「爺の名など呼ぶな」
 明らかに機嫌を損ねてしまったと判り、瑞穂は驚きながら医師を見上げる。どれだけ失礼であっても自分がもう一度返しに行くべきだったと悔やむ少女は、同時に特別室で見たあの光景を思い出してしまい泣きそうになる。そもそも男女の行為の知識の乏しい少女が見てしまった二度目の情交現場であり、そして男性は違えど女性は同一人物で……。
 不意に相手の憤りの理由に気付き、少女は男を見つめてしまう。あの美貌の看護婦は医師の恋人なのか特別室の主の関係者なのか、結ばれている相手が他の男に身体を許しているのは苦しい事なのだろう。思う所のある存在を相手にたかが荷物の返却程度で向かわせてしまった自分に医師が怒りを覚えるのは当然である。
「申し訳ありません……」
 そんな考えれば判る事に気付かず甘えてしまった後悔に、せめて謝ろうとした少女の身体に覆い被さる形の男の手が動き、指が額を撫でた。
「まだ熱いな」
「……」
 男が憤っているのか医師として診ているだけなのか判らず見上げる少女は、ゆっくりと動く指が額から頬へ、頬から唇へ移る悩ましい動きに頬を染める。同級生の中でも細く軽いとは言え十七歳の成長した女性である自分を軽々と抱き上げられる腕力があるにも関わらず、医師の指遣いはまるで羽毛が乗ったかの様に軽く柔らかに動く。柔らかく優しく、そして怖くなる程淫らに触れられた唇から甘くもどかしい痺れが広がっていく感覚に、吐息が震え、医師を見上げ続ける事が難しくなり、少女は瞳を閉じた。
 何故迷惑をかけた自分に優しくしてくれるのだろう、何故憤りをぶつけずにいてくれるのだろう。優しい人なのだと都合良く考える事は出来ず、疑問と胸の痛みが問いを奪っていく。本当に撫でたいのはあの美しい人であって、自分はその場しのぎの玩具なのかもしれないし、大人の少し悪い悪戯であって玩具ですらないのかもしれない。
 ゆっくりと医師の小指が口内で前後し、舌を撫でる。唾液の必要もない程細やかで滑らかな抽挿は唇や舌に絡み付く様で、深く唇を重ねられ舌を受け入れるのはこんな感じなのではなかろうかと思える程、甘い。何故自分はそんな深い接吻を連想しているのだろう、まるで医師の接吻を浴びる様に幾度も受けているみたいに、優しく抱き締められ甘くとても甘く蕩かす様に、愛しく啄まれ、吐息も唾液も混ざり合い世界の他の全てを殻か衣を脱ぐ様に捨てて医師だけと溶ける様に。
 白い寝衣越しにそっと乳房を撫でていた手が、小さな釦を外しているのに気付き、少女は小さく首を振った。熱が出てからは午後の清拭だけで納得出来る程度の清潔さは保てていない上に、清拭後も汗を掻いており、とてもではないが医師に肌を晒せる状態ではない。気恥ずかしさに頬が染まり、思わず見上げてしまう少女に男が薄く嗤い、更に釦を外していく。
「ゃ……」
 口内から指を抜かれ、小さ過ぎる哀願の声を漏らす少女を見下ろしながら、男の指は胸の谷間までに止まらず下腹部のその下まで手が届く範囲の全ての釦を焦らす様にゆっくりと外していった。嫌いやと零れる声は、釦が一つ外される度に甘い羞恥の震えを伴い、男の下で肌が重なるでなしに少女の身体は疼いていく。見られたくない嗅がれたくない触れられたくない、次の瞬間にでも浴室に逃げたいと思いながら、医師の目に逆らえず、少女は囀る。
 もしもこの医師の行為が恋敵との不本意な接触の為であっても、その気晴らしの悪戯であっても、思い人のいる男性との淫らな行為を許してはいけないと判っていた。それは積極性はなくとも瑞穂が守崎を裏切らせる事に変わりなく、はしたない等と言う範囲を超えているのも判っていた。それなのに、医師の存在を感じると理性の声が遠退いていく…いや今も聞こえているが、まるで魔法か催眠術か何かの様に逆らう事が出来ない。
 脚の付け根までの釦を外された薄い布が医師に軽く抱き上げられる肩からするりと落ち、少女の身体はウエストまでと肘より下にまで落ちた袖を残して露わになる。午後の清拭から後は身を拭った記憶のない少女の頬が羞恥に染まり、腕の中で僅かに身を捩ろうとすると同時に首筋に男の唇が重なり、ねっとりと舌が白い肌を舐めた。ただ唇が触れ、舌が舐めただけであるにも関わらず、妖しくもどかしく甘い感覚が触れた場所から全身に広がり、少女は鳴く。
 触らないで欲しいと心の底から願うのに、強引に、それでいてどこか優しげな指や腕の力加減に言葉が紡げなくなる。不潔な娘だと嫌われたくないのに、触れ続けて欲しい、手を離されたくないと願ってしまう。ぶるっと身体が震え、涙を零しながら瑞穂は何度か上擦った呼吸の後、口を開く。
「い……いけません…、あの……あの…今日は……まだ……」
「入浴していない? ――発熱しているのならば当然だ」
 どう伝えれば良いのか悩む恥ずかしい事実を簡単に言い当てられ、熱のある顔が更に熱くのを感じた少女は男の腕の中で身を硬くする。
「ですので…あの……」
 何かを身振り手振りで示すなり、せめて身を捩ろうとしても腰の辺りまで落ちた寝衣に腕を捕られ、瑞穂は白い胸を手で隠す事すらままならない。まだ下がらない熱で全身が滲み空気に溶けていく様な感覚は夢現に似ており、頼りなさが心細さに繋がる中、男の腕が少女を抱く。シャツの上からでも判るしなやかな鋼を思わせる逞しい腕と胸板が軽々と身体を包み込み、捉える。
 離さないで欲しい。そう思ってしまうのは発熱の心細さ故だろう。そう考えても綺麗とは言い難い身体を晒す事への恥じらいは甘えを上回り、思わず見下ろした少女と男の視線があった。
「……」
「――何を、泣いている?」
「え……?」
 男の問いの意味が判らず、だが僅かに前髪を乱したその顔の端正さと何もかもを見透かす様な目に、少女の胸がどきりと高鳴る。戸惑いながら捉えられたかの様に瞳を逸らす事が叶わない少女の腕からするりと袖を抜き、男は腰まで布が落ち上半身は全て露わになってしまった熱を帯びた白い身体を抱き寄せた。いつも通りの消毒液と煙草のにおいを感じ、微かに安堵の熱く甘い吐息を漏らしてしまいながら羞恥に少しだけ身を引く少女の細いウエストを男の腕が捉え、そして指先が涙を拭う。
 気難しげな男の顔に浮かぶ微量の問い掛けに、少女の胸は早鐘を打ち何を答えればいいのかが判らなくなる…そもそも泣いている自覚がなく、そして伝えられないものは多い。
「熱で…、不安なのだと……思います」
「――まだ子供か」
 呆れた様な呟きに瑞穂は安堵する。少なくとも医師の恋人と特別室の男性の秘め事を悟られるのは、迂闊な自分が秘密を漏らす事で医師を苦悩させるのだけは避けたかった。自分よりも遙かに年上のこの大人の異性は少女よりも人生経験も多くそれは知るべき事態なのかもしれないが、だが、医師を傷つける真似はしたくはない。
 すっと自然に寄せられる顔に、少女は瞳を閉じて小さく舌を差し出す。当たり前の行為の様に、まるで呼吸みたく重ねられる淫らな愛撫に応じてしまう自分を恥じながら、だが医師の求めを拒む事が思い浮かばない。舌が触れ、舐め上げられる。飴やソフトクリームとは全く異なる、ざらつきと弾力ととてもいやらしく甘い動きをする舌が、絡み付く。消毒液よりも煙草のにおいの強い唾液はどこか苦く、背中と後頭部を抱く大きな手に包まれながら、瑞穂は男の唾液をこくんと嚥下する。微かに甘い息が漏れ、そのはしたなさに少女の頬が熱くなった。医師の穏やかな呼吸と少女の浅く乱れた呼吸が絡み合い、震える小さな舌を男の舌がぬるりと掬い上げ、舌先が舌先をねっとりと捏ね回す。ただ舌を差し出す事しか出来ず、まるで男と女が睦み合う様に舌を絡ませ返すなど出来ない少女は、それでも気付かぬ間に男の舌を求める様に少しだけ差し出していた舌を僅かながらに更に出し、そして小さな口を微かに開き、首を傾ける。本能的な仕草は男を受け入れる媚態だったが、まだ求めるにまではいかない。
「――ぁ……っ」
 ウエストに回っていた手がゆっくりと乳房の裾野を筆で掃く様に柔らかに撫でられ、少女は声を漏らす。少女とて自分の身体を洗う時には自分の身体には触れるが、医師のそれは少女の知る感触とはまるで異なっていた。指先が触れるか触れないかの繊細な動きで撫でられた白い肌は、そこに蜂蜜を塗られたかの様に甘い疼きが残りいつまでもじわりと温かくもどかしさが続き、重ねられる度に深く広く蕩けていく。異性が肌に触れると言うのはそういう意味なのだろうか、だが、少女にはいつか結ばれる誰かへの憧れがなく、故に暴力的ですらある刷り込みで医師の存在を刻み込まれていく。指遣い一つ、身体の重みも、胸板の広さも、唾液の味も、舌の形も、淫らな囁きも何もかもが、一人の男で染め上げられ、反応していく。

 いつの間にかベッドの上に組み敷かれ、そして時間をかけた遅々とした愛撫で上半身を舐られ尽くした少女は、男の手に両脚を割られ、びくっと身を震わせた。
「そこは……」
 身悶えている間に寝衣も脱げ、身を包んでいる物は小さな白い下着だけとなっている少女は、舐られる間も離れなかった入浴していない汚れた身体の羞恥に小さく首を振る。身体はもうすっかり蕩けきっており、疼ききった肌は医師を求めてしまっているが、汚れた身体を晒す抵抗感はもう限界だった。下着を脱がされてしまったら自分がどの様な反応をしてしまうかが判らない。泣き出すか、逃げ出すか…子供の様に我が儘な反応をしてしまうであろう自分を想像して、瑞穂は更に首を振る。
「――俺を拒んで追い出せばいい。突き放して、悲鳴をあげろ。拒絶の言葉を叫んでもいいぞ」
 淡々とした医師の言葉に、少女は茫然とする。何を言われているのかがはっきりと聞こえているのに、理解が出来ない。
 ぐいと少女の膝を割り、男が身をその間に滑り込ませる。ネクタイを軽く弛めただけで男の服装に乱れはなく、当然男女の最後の一線を越える状態には程遠いが、だが男に身を割り込まれた内腿のその付け根は布一枚に覆われているだけで既に男の愛撫に反応して熱く潤みきっていた。
 ぶるっと理解不能な妖しい震えがはしり、少女は男に救いを求めて視線を向ける。もう許して欲しかった。これ以上は恥ずかしくて耐えられない。だが医師の行為を他の誰かに咎めさせるなど出来る筈もない。
「大声を上げて他の患者に迷惑をかけたくないのならば、罵ればいい」
 少女の脚の間に膝を突き、片方の脚を軽々と掴み上げさせたまま男は細い足首をゆっくりと舐め上げる。予想外の甘い刺激にびくんと大きく震わせた瑞穂の唇が揺れ、白い手がシーツを掴む。何故足首などを舐めるのだろうと疑問が浮かぶ中、男の歯が足首に当たり、軽い力で噛まれた瞬間、少女の腰の奥から頭へ甘い疼きが走った。
 微かな甘い声が漏れ、布の奥でとろりと愛液が溢れるのが判り、少女は医師を見る。判らなかった。乳房や秘めるべき場所への愛撫で身体が疼くのは何となく理解出来ても、足首を噛まれて人は快楽を覚えるものなのかが理解出来ず茫然とする少女を見下ろし、薄く差し込む月明かりの下で男が薄く嗤う。
 大きな手の中の膝も脚も玩具の様に細く頼りないそれを、男が眺め、そして踵を噛み、踝を吸う。いやらし鋭い音を立てて吸った後には、白い肌に赤い痕がはっきりと残った。ゃ…と少女は小さく鳴く。寝衣で隠れる場所ならばまだしも入院中は素足にスリッパであり足首は人目についてしまうであろう。そこに残る赤い痕はこの異常な行為を人に気付かせるものだった…吸われるだけで愛液を溢れさせる淫らな娘だと知られたくなかった。
「淫行医者だと罵れ。無垢な自分を犯す破廉恥な、穢らしい、男だと。顔も見たくない、立ち去れと」
 土踏まずを舐め回されながら少女は懸命にシーツを掴み身体がくねるのを堪える。何故医師がそんな言葉を言うのかが判らない。舌が円を描く度に腰がベッドの上で前後に揺れ、下着の奥で愛液が窄まりまで広がり更に下へ垂れていくのが判り、羞恥に全身が染まる。熱を帯びていた身体がしっとりと汗ばみ、甘い匂いがベッドの上に籠もっていく。はぁはぁと浅く乱れた呼吸が甘い色を帯び、医師に執拗に噛まれた乳首の疼きが耐え難い程募っていく。医師に触れられた場所の全てが更なる刺激を求めて少女に訴えかけてくる。
 足の小指を舐められた瞬間、少女は不意に下着の奥だけでなく足もまた舐めさせてもよい場所ではないと我に帰る。足を舐めさせるなど、その様な医師を下に見て辱める様な行為をさせてはならないと気付き、止めようとした瞬間、ねっとりと足の指の間を舌で探られ、少女はベッドの上で激しく身を震わせた。後頭部と腰の奥を強打した様な衝撃の後、全身から力が抜けていく…激しい衝撃も不快なものではなく、まるで下腹部の谷間の上端の敏感な突起を噛まれた時のものに近い。
 甘い声が漏れる。ぴちゃぴちゃと男が少女の足の指を舐め、口に含み、歯を立て、緩い息を吹きかける。静かな病室に秘めやかな淫靡な音色が籠もり、男に身を割り込まれている内腿が月明かりの下、びくんびくんと小刻みに痙攣し、白い身体がシーツの上で淫らにくねった。煙草のにおいのする唾液に滑る足の指がもどかしげに縮こまっては延び、宙を掻く。
 医師は成人男性であり、そして自尊心が低い気質とは思えないのに、何故自分の様などうでもよい存在の足を舐めるのだろうか。例えれば尊敬する人物の必要以上に遜った姿への抵抗感の様なものと、舐め回される妖しくもどかしい快楽に少女は混乱する。淫らな甘い声を漏らしてしまう自分を見下ろす医師の姿を涙を零しながら見上げた少女は、頼りない白い小さな足の指を軽く噛む男の、遜っているのは程遠い、どちらかと言えば尊大な、まるで支配する様な薄い嗤いに歪む口元と目に震えた。どくんと身体の奥が唸り、蕩けそうになる…逆らう事など出来る筈もなく、身を委ねるのが当然なのだと身体の隅々までもが切なく訴えてきて、瑞穂は鳴く。堪らなく恥ずかしく申し訳ないのに、何故気持ちがよいのだろう。次の瞬間にでもやめて欲しいのに、もっといやらしく舐め回して噛まれたい。
 溶けてしまう。まだ何もされていないのに、下着の奥で恥ずべき場所が、蠢いている。医師の指が挿入されていない膣が妖しくざわめき、くねる感覚に瑞穂はうろたえ、何度も小さく首を振った。医師の指。長く、節の張った、大人の男性の大きな指。医師だけが知る、医師が刻み込んだ淫らな身体の反応。どうしようもなく熱く潤みきった蜜壷を掻き乱す、愛しい指。怖かった筈なのに残酷な程繰り返しくりかえし掻き混ぜ、卑猥な、あの絶頂を、教えた、指。ぬるぬると足の指の間を舐め回される少女の頭の中が、男の指の抽挿で埋め尽くされる。腰がくねり愛液が溢れ男の指を待ち侘びて淫蕩な蠢きを繰り返す。いつでも迎え入れる準備は出来てしまっている。
 だが入浴を済ませてはいない。
 清潔ではない身体で医師と接している恥ずかしさが急に込み上げ、少女は狼狽える。
「シャワーを……あびさせ…て……ください……」
 消え入りそうな声でどうにか哀願する少女に、男の口の端が歪んだ。
「発熱がある。許可はしない。――それにしても随分と男に抱かれ慣れている物言いをする」
「え……?」
 それまでの口調と僅かに異なる醒めた医師の声音に戸惑った少女は首を傾げ、そして赤面する。ギプスがある以上シャワーを浴びるには保護する必要があり、拙くも自力でカバーを施すのは可能であろうが、この場でそれを口にするのは医師に手間をかけさせるのを意味する。だがそれよりも問題なのは幾度かの医師とのシャワーは全て淫らな行いに繋がっており、今以上の愛撫を求めての要望と受け取られかねない…いや実際医師にはそう聞こえてしまったのだろう。汚れた身体を医師に晒すのが嫌であったとしても、それならばここは穏便に今の行為の中断を求めるべきだった。
 恥ずべき言葉に動揺する中で、少女の胸がちくりと痛む。
 誤解であっても、医師には自分が異性を惑わせ慣れていると思われているのだろうか。それとも自分の反応が処女にあるまじきふしだらなもので嫌悪を招いているのだろうか。――どうすれば、医師に少しでも好ましい人間だと思われるのだろう。
「……。お前は、すぐに泣く」
 静かな口調に、瑞穂は思わず男を見上げる。
 まるで電話の受話器の様に小さな足の甲に頬を当て、男が自分を見下ろしていた。カーテンの隙間から漏れる青白い月明かりの下、侮蔑も嫌悪もない静穏な表情の男は緻密な彫像の様で、少女は呼吸も忘れてその姿に見とれてしまう。端正な容姿だが、そこに惹かれるのではない。残酷な程愛撫が巧みだが、それに執着しているのでもない。ただ、ただ、一瞬でも傍に居させて欲しいと、心が望んでいるのだと実感し、そして更に胸の痛みが深くなる。その一瞬は、自分に向けられるものではないのだ。男には美しい女性が居るのだから。
「――お帰りください……」
 何故自分をここまで気遣って貰えるのか、患者の全員にこうも丁寧に接していては医師の身体が壊れてしまう。せめて迷惑をこれ以上かけたくはなかった。医師を慕う気持ちを押し付けずに密かに持ち続けるには距離が近過ぎるのかもしれない…甘えていつか自分の事しか考えられなくなるのが恐ろしかった。
 すっと細められる男の目に僅かに身を縮込らせながら少女は唇を揺らせる。
「先生の……お休みになる時間を、削ってはいけません……」
「……。小娘が」手が足から離れたと感じた次の瞬間、獣が獲物を襲う様な勢いで身体に覆い被さった医師が細い顎を掴み、至近距離から威圧的な目で少女を見た。「俺の行動を指図するつもりか?不注意で熱を出した分際で」

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改訂版18009182303

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