『誘惑〜Induction〜改訂版 STAGE-15』

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 繰り返し繰り返し認識する、愛されてはいない現実。

 気紛れなど有り得ない。
 愛しい女性がいる人だと判っていて尚自分の気持ちを押しつけるなど行ってはいけないとは考えているが、気紛れに医師の情けをいただこうなど…そう考えかけ少女は自分が目の前の異性にとってはふしだらな遊び女としか見えていないのだと気付く。もしかして処女でないとすら思われているのかもしれない。ずきりと痛む胸に涙がこみ上げてきそうになり、少女は顔を逸らす。
 少女の頤を男が掴み、正面へと向けさせた。
「お前に刻みつけると俺は言った」
 もう十分に刻みつけられている。昼も夜も医師の事ばかり考え、瞳が追ってしまう。長い脚の歩幅の為なのか少し傍若無人に思える速い歩き方、白衣姿の引き締まった広い背中、何かに集中すると眉間に皺が寄る癖、子供と接する前に少し息を整える所、帰宅するのであろう駐車場へ向かう後ろ姿、何もかもが見つめるだけで胸がときめき一喜一憂している自分に困惑していた。叶わない思慕だと判っていても、密かに思うだけならば許されると、信じていた。――だが、浅ましい思いは遊び女として映ってしまうものでしかないのだ。
「ゃ……」
「舌を出せ」
 何故遊び女に身体を重ねるのだろうか、心が悲鳴を上げ涙がはらはらと零れる中、男の声に逆らえず少女は舌を差し出す。
 ねっとりと動く医師の舌に一掃きされるだけで身体が更に熱くなり、下腹部の奥から恥ずかしい蜜がとろりと溢れるのを少女は感じる。ベッドの中でずっと包まれていたにおい…消毒液と煙草と、整髪料や様々なものが混ざった、不快でない…いやそれどころでなくずっと包まれていたい医師のにおい。圧倒的だった。医師のにおい、重なる肌、絡み付く…堪らなく魅力的な、美味しい、素敵な、舌。舌がこれ程迄に性的なものだとは知らなかった。意識の全てが医師に上書きされていく。胸板の硬さ。意図してかけられる熱い吐息。とろりと伝わる唾液。
「ぁ…ああ……っ……」
 どくりと身体が脈打ち熱い火照りを逃す術がなく少女は喘ぐ。クリスマスや誕生日に父親の頬にするキスとは全く異なる性的な接触に、鳴く。男と女の間での淫らな行為。何故医師は遊び女とこの様な熱く甘い戯れをするのだろうか?苦しさで胸が壊れそうになるのに、身体は一方的に医師の舌に溺れていく。
「この程度でイキかけるな。まだ先は長いぞ」
「は……あぅ…っ!」
 不意に爪で乳首を弾かれ、大きく少女の身体が跳ねる。とぷりと下腹部の奥から愛液が零れる感覚を恥じらう余裕もなく、引き攣った浅い呼吸を繰り返す少女の額を男の指が何度も撫で、目を細めた。
「いやらしい小娘だ」
 腰が熱い。既に医師に可愛がられている為に疼ききっている下腹部は救い様もない状態になっているのは判っているが、それは医師には調べるまでもない事なのかもしれない。消えたい程の恥ずかしさに思わず首を振ってしまう瑞穂のブラジャーのストラップを、男の指が掬い上げた。医師に与えられた下着はやや性的で慎みが足りていない気はするものの、溜め息が零れる程上質で優美な意匠だった。自ら背中のホックを外してしまったものの辛うじて乳房に貼り付いてくれているそれが覆っている状態に安堵していた瑞穂は、するりと肩から二の腕に、そして肘へと下ろしていく男に喘ぐ。だが、逆らえない。そっと、男の動きを妨げない様に震える腕を上げる少女の手を、不意に男が恭しく取った。
「!」
 見上げてしまった医師の顔に浮かんでいた表情が予想外のもので、少女は身動き出来なくなる。皮肉な嗤いでも、不愉快そうなものでもなく、静かな、読み取る事が出来ない表情。端正な彫刻を思わせる整った風貌は冷淡にすら見えてしまうが、それが何故か酷く脆く思え、少女は見入ってしまい、瞳が離せなくなる。
 見つめ合う張り詰めた空気の中、するりともう一方のストラップも下ろされ、そして男の手が少女のブラジャーを静かに剥ぎ取る。乳房を覆っていた砦が失われ、柔肌が空気に触れる、花の蕾が綻ぶ様に微かに乳房が撓むのを感じ、少女は吐息を漏らす。
 ストラップを脱がす為に取られていた手がゆっくりと動き、引き寄せた男が小さな手の甲に唇を当てる。まるで騎士から姫君への恭しいキスの様な穏やかな行為に少女の胸が早鐘を打ち、そのまま男の指が少女の指に絡み付く。
「――ぁ……」
 まるで恋人同士の様な甘い仕草に胸が詰まりどう反応すればよいのか判らない少女の頬に男が唇を当て、それから顔中に無数の軽い接吻を繰り返す。
 淫らな行為ではない。どちらかと言えば遠慮深い様な…いや恋人同士でもかなり踏み込んだ仲でないと有り得ない様な、もどかしくどこか恥ずかしい行為を浴びる様に繰り返され、少女の胸が早鐘を打つ。瞼に、額に、男の唇が重ねられ、肌が触れる。
 同じ人間であるにも関わらず、不思議と質感の異なる肌…決して荒れてはいない張りのある肌はその下が引き締まった筋肉の為なのか硬くすら思え、僅かな恐れと共に少女は陶酔する。まるで違う身体、これが性差なのだろうか。医師の腕の中にある事にときめくのは異性を求める本能だけではないと少女は思う。だが、互いに上半身裸で肌を寄せ合う甘美さとはしたなさに少女の顔が真っ赤に染まり、医師の唇を感じる度に華奢な肢体がぴくりと跳ねる。
 静かだった。マンションのある丘を下ればすぐに都心の大動脈の扱いの広い国道や大規模な駅があると言うのに、防音が施されている居間は微かなエアコンの音すら耳を澄まさなければ聞こえない。そんな場所で、聞こえてくるのは医師が少女の肌に唇の痕を付ける音と肌が触れ合う微かな音だけだった。いや、少女自身の甘い鳴き声が居間に籠もり余韻の様に聞こえ、顔を熱くさせる。恥ずかしい。何故医師が肌に触れ吸い付くだけで身体が火照り自分を見失いそうになるのだろうか。
 声が漏れる。
 医師にとってはただの戯れに過ぎない行為で蕩けてしまう自分はどれだけ愚かで浅ましく思われてしまうのか。少しでも堪えたいと言うのに、男の筋張った大きな手に乳房を裾野から搾る形に掴まれるだけで痛みと熱い湯に浸かった様にじんと疼きが広がり、歪に搾られた乳房の頂の硬くしこった乳首を舌で舐られるだけで腰の奥と頭の芯に妖しくもどかしい刺激が駆け抜けてしまう。びくんと床の上で身体が跳ね、首を弱く振る瞳に、医師の僅かに目を細めた嗤いが映る。何故、堪えられないのだろう。床の上でガーターストッキングに包まれている踵が滑り、爪先が掻く。
「せんせ…ぃ……っ」
 自分には恋人同士の睦言の様にその首に抱きつく事すら出来ない。それなのに怖くもあるのに何故止めて欲しくないとも願ってしまうのだろうか。声を聞いた男が身を軽く起こし、少女の前髪をそっと指先に絡ませながら見つめてくる恥ずかしさに瞳を伏せる。
「お前は無防備だが頑なだな。――それ程……」
 何か言葉が続くのかと思ったが、医師の言葉はそこで途切れた。
 何故止めたのかが判らず医師へ視線を向けた少女は予想外に近い顔の位置に赤面し、そして僅かに戸惑う。冷淡な表情なのにどこか非常に脆く傷ついている様に見えるのは恐らく気のせいだろう…自分になど医師を慰められる事も弱みを見せる事もないのに違いない。だが、その表情に少女は手を差し伸べそうになり、迷う。自ら触れる事への性的な躊躇いと看護婦への罪悪感が胸に棘となり刺さる…自分は何故此処にいるのかが判らなくなり怖じ気づく少女は、男の目が温度を失うのに気付かない。
「壊れてしまえばいい」
 ぽつりと呟き、男の手が少女の下腹部へと延ばされる。無造作と言っていい程労りも何もない動きでぬぷりと膣口に二本の指が潜り込み、そして膣口のくねりのやや奥へ辿り着く。びくっと身体を強張らせる少女を男が蔑む様な表情で見下ろした。
「お前はこれが好きだったな…浅ましく何度もイキ狂って病室中を牝臭くさせて」
「ゃ……」
「処女の分際であの浅ましい色狂いぶり、恥ずかしくはないのか?」
 膣口のくねりが広がるその縁を指の腹で強く擦られた瞬間、男の下で白い身体が大きく跳ねる。クリトリスの強烈な刺激とは異なる…だが尿意を連想させる軽く沁みる様な感覚に瑞穂は思わず首を振ってしまう。
 医師に逆らうなどしたくはない、だがその場所を医師が責める時の執拗さは身体が既に憶えてしまっており、はしたない程乱れてしまうのだとうっすら憶えている少女の羞恥心がそれを恐れていた。
「や…あ……っ」
 医師の指が小刻みに振動する。ぞくりと尿意が腰全体に広がる感覚に反射的に床に手を突いて堪えようとする少女を見下ろしながら、男が嗤う。嗜虐的に嗤う時の男は自分の願いなど到底聞き届けては貰えない厚い硝子越しの相手の様で、無力感と絶望感に胸が苦しくなるが…同時に身も心も差し出したくなる程の異性の色香が漂わせ少女を戸惑わせる。何もかもを受け入れて弄ばれてしまえばいい。はぁっと熱い吐息が唇から零れ、瞳から涙や身体中から汗が滲み、身体の水分が溢れて火照る肌の周囲に漂っている気がする。
「あの……っ、おふろ……シャ…シャワーを……っ」
 膣口の裏側を小刻みに医師の指が擽る度にくちゃくちゃと鳴り響く愛液の粘着質な音と自らの汗のにおいの恥ずかしさに首を振りたくる少女に、医師がもう一方の指で頬を撫でた。
「後でゆっくりと入れてやる。そう焦るな」
 僅かに口の端を歪めた皮肉そうな表情に涙を零しながら瑞穂は医師の顔に思わず見惚れてしまい、自分の無作法さに気付き視線を逸らす。異性の顔を見つめ続けてしまった恥ずかしさを悔やむ間も医師の指は膣口の裏側を摩擦し続け、込み上げる尿意に少女の華奢な身体がぶるぶると震える。それでも会話の最中は少しだけ指の動きが緩やかになる救いに、はぁっと大きく息をつく少女の頬を撫でる男が、額に口付けた。汗ばんだ肌に唇を寄せられる気恥ずかしさに身を竦ませる少女を男が見下ろし、薄く笑う。額に口付けられるのですら少女には刺激が強いと言うのに、乳房も下腹部も露出しており、その上膣内に指を挿入されている…その上、ここは医師の私室であり病室と異なり巡回などの制約もない。まるで愛しい人の自宅に招かれ床を共にしようとしている様で、瑞穂は更に泣きそうになる。その様な筈はないのに。浅ましく甘えているのは自分だけなのに。
「――お前は本当によく泣く」
「ん…ふ……ぅぅっ!」
 膣口の裏を刺激していた指を膣奥へと滑り込ませる医師に、その身体の下でびくんと瑞穂は細い身体を撓らせる。指の付け根が膣口の辺りに密着するまで指を押し込め、指を軽く曲げて遊ばせる男が静かに顔を寄せてくるのを感じ、瞳を閉じて差し出した舌に男の舌が絡み付く。唾液に濡れた舌はいつもの様に少女には不慣れな煙草の焦げた様な臭いと味がして到底甘く優雅なものではない、が、それが更に医師を大人の異性なのだと強く実感させ瑞穂をうっとりとさせる。覆い被さっている医師から煙草とコーヒーの味とにおいの唾液を舌伝いに流し込まれほんの僅かに躊躇いながら嚥下する瑞穂に、優しげに指が頬を撫でた。
 他の女性にもこうなのだろう。あの美しい看護婦には、きっともっと優しく、愛しげに。胸の痛みから逃げる様に医師の口元にはぁっと息をついてしまい小さく戸惑いと罪悪感に声を漏らす少女に頬を撫でている医師の指が頤を捉え、軽く突き出させる。
「もう少し、舌を突き出せ」
 医師の言葉が何を意図しているのか判らないまま舌を出来るだけ差し出した瑞穂は、いつもより更に大きく絡み付いてきた舌にびくっと身を震わせた。とてもよく動くしなやかな舌が少女の舌の表と裏に絡み付き、妖しく淫らに撫で回し、まるでダンスのリードの様に不器用な舌を擽り愛撫する。甘い声が漏れ、どくりと身体が脈打つ度に少女の膣が男の指を喰い締めて波打ち奥へ奥へと誘う蠢きを繰り返し、それをいなす様に男の指が膣内を緩やかに掻く。舌と下腹部でくちょくちょと淫らな音が鳴り、至近距離に感じる医師の唇の存在に瑞穂は泣きそうになる。数センチはあるのだろうか、それとも数ミリだろうか。自分が大人の円熟した女性ならば求めて頤を突き出してこの男性を求めて唇を重ねて貪れるのだろうか、それともやはりあの女性でないと許されないのだろうか…いや結果は判っている。男が頤を捉えているそれが答えだった。自分は求められてはいないから、頤を捉えて拒まれているのだ。苦しい。今すぐ病室に戻れたらどれだけ楽だろう。それは確かに少女の願いであるのにも関わらず、それが嘘だと同時に判っていた。
 一瞬でも長く、傍にいたい。
 それは愛する女性のいる男性に言えば疎まれる願いだと判っており、だからこそ何よりも強い願いであっても決して口にしてはならないものだった。
「お前は…、何故何度も俺の行動を妥協させるのか?」
 男のふうっと疲れた様な苦い吐息に瑞穂は身を強張らせる。せめて医師の燻りを発散出来るものでありたいと願いながら精神的負荷を与えているとすれば本末転倒であろう。それならば自分との時間より医師の睡眠時間や休息時間に当てられた方がまだいい。邪な思いは誰も幸せにはしないのだと悲しくなるが、医師からこの行為を打ち切って貰えなければ少女にはそのタイミングが読めない。困惑し…そしてやはり拒まれている悲しさを堪えながら見上げる少女に、男の眉間に皺が寄る。
「面倒臭い」ぽつりと吐き出す様に男が呟き、そして少女の頤にやや強く歯を立てる。「お前は本当に面倒な女だな」
「申し訳…ありませ……んっ」
 医師の指摘に少女の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。揺らぐ視界の為なのか一瞬医師が気まずげに顔を歪ませた様に見え、だがそれは確認する間もなく少女の頬や瞼に接吻を繰り返す行為に見られなくなる。
「お前は、泣き過ぎる」
「ん……っ!」
 膣内を卑猥に掻き混ぜる指と、頤から首の後ろを回り肩を抱く腕はまるで愛しげな愛撫の様でかあっと少女の頬が熱くなった。拒まれているのか望まれているのか判らず困惑する瑞穂は、顔中に口付け舌を絡め涙を吸う男に低い声で囁かれ、片脚の膝を立て、そして脇へと大きく開く。はしたない体勢を取りたくはなく顔が熱くなるが男の声に逆らう術は少女にはなかった。低い、真冬の木々に囲まれ全ての音が吸い込まれた凍える空気の様な、深い谷間の奥底で長年光を浴びていない透き通った溶けない氷が微かに軋む様な、耳を傾ける事を存在だけで確定させる声音が注ぎ込まれ、少女を酩酊させ愛液を溢れ返させる。喘ぎが漏れる。逆らう事など有り得ない。だが淫らに乱れる恥ずかしさは消えず、募って行くばかりになり少女を追い詰めていく。
「――それ程鳴くのが恥ずかしければ、肩でも胸でも顔を埋め、唇を押し当てて吸え。鳴き声はあげずに済む」
 男の言葉にびくっと少女の汗塗れの身体が跳ねる。医師の身体に唇を重ねるなどそんな大胆な、好意を表現する様な行為が自分に許されるのだろうか?その疑問が浮かび羞恥心もあって咄嗟に従う事は出来ない…だが医師に触れる事を許された歓喜が胸の奥で小さく花開くのを感じ、少女は怯えた。だが、医師の言葉は少女の身体を狂わせる前置きでもあったのか、ぐちゅりと膣内を掻き混ぜていた指が膣口の裏側を小刻みに刺激する動きへと変わり、すぐさま強い尿意に少女を追い詰めていく。
「――っあ!」
 汗に塗れた白い身体が男の身体に抱かれながら跳ね上がり、沈み込む。立てた膝や内腿や腰が激しく震えた後、まるで結晶化した様に縮込まる。だが男の指が弄ぶ牝肉だけは別人の肉体の様に激しく喰い締めては妖しく波打ち、全身を濡らす汗と同じく、いやそれよりも明らかに淫蕩にあからさまな欲情と快楽を訴える夥しい愛液をとろとろと溢れ返させ男の手に絡み付き、無彩色を貴重にした居間に悩ましい甘い匂いと熱気を籠もらせる。
 少しでも気を緩めれば失禁してしまいそうな緊迫感に、何度も短い悲鳴をあげ、床に爪を立て、堪え続ける少女はふと気付けば男の腕に肩を抱かれ鎖骨の辺りに顔を埋めさせられていた。自分とは全く異なる広い肩としっかりとした首筋と着痩せする胸板。日焼けする場所ではないが自分の生白さとは異なる健やかな肌の色と引き締まった肌に、恥ずかしさと同時にうっとりとしてしまう少女は、密かに、男の肌に唇を添えてしまう。触れた瞬間、ぴくりと身体が震え、思いの外心地良い感触にはあっと熱い吐息が漏れ、失禁しそうな感覚に追い詰められている少女は怯えながらまた密かにおずおずと唇を寄せてしまう。恐らく医師には気付かれてはいないであろう触れるか触れないかの接触の度に、緊張しきった身体の奥底で、まるで鳳仙花の種が弾ける様に何かが開く…もっと密かに静かに綻んで欲しい花の蕾が我先に咲いて広がる様な感覚に、待って欲しいと焦る少女を置き去りに何かが込み上げ溢れてしまう。
 ちゅっと、音が小さく鳴っている。
 ぐちゅぐちゅと下腹部で鳴り続けているあからさまな愛液の掻き混ぜられる音よりもささやかな音だが、男の鎖骨と少女の唇の辺りで鳴る小さなそれはまるで乳飲み子が母親の胸にしゃぶりつく様な直向きさで繰り返された。その音の発生する場所のすぐ上にある男の表情が何とも堪えられないものになり、肩を抱く腕に力が籠もるのも気付かず、やがて失禁寸前の感覚が止め処ない絶頂に擦り替わる中、膝を立て男の行為を妨げない様に脚を開いた体勢の白い身体が激しく痙攣し、歓喜の声を堪えようとするよりも男の肌に唇を重ねる喜びに溺れる少女は肌に吸い付きながら、濃密な快感に男の指を淫らに喰い締め腕の中で牝の快楽を余す所なく貪っていった。

 はぁっと、久々に呼吸をした感覚にぼんやりと少女は瞳を開く。
 明るい鈍色の晩秋の日差しに照らし出されている至近距離にある男の上半身に、小さく胸が高鳴り、口内に僅かに残る水を瑞穂はこくんと飲む。
「せんせい……」
 殿方にこう考えるのは失礼かもしれないが、何て綺麗な人だろうと少女はうっとりしてしまう。まるで硝子か氷かで作られた像の様だと少女は思う。当然人体であり透けて見える訳ではなく温かな体温もあればしなやかな筋肉もある…だが印象は酷く硬質で、触れて確認したくなると同時に触れてはならない存在にも思える…気付けば不躾に眺めていた自分に慌てて視線を逸らそうとした少女は、その肩先が淡く染まっているのに気付く。
「お怪我を……?」
 そう言いかけ、それが気を失う前に密かに唇を重ねていた場所だと気付き瑞穂の頬が染まる。いや医師は鏡を見なければ気付かないだろうが、外出時に付けたリップクリームは無色に近かった筈だがそんなに広範囲にはっきりとついてしまうものなのだろうか?しかも濃淡があり、医師の健康的な肌の色にうっすらと淡くついているものもあれば少女の唇と似た色のものもある。
「――ああ、ついたか」
 薄く笑う男が床の上で自分に腕枕をしながら軽く覆い被さっているのだと今更ながらに気付き、少女は僅かに身じろぐ。
「……」
「自分の肌で毎日見ているだろう」
 薄々それかもしれないと考えたものを言外に指摘され、少女は耳まで熱くなる。だが医師が少女の白い肌に夥しく残している唇の痕よりもそれは淡く、だが一つ二つと言う程度でなくやや広い範囲にまるで重なる桜の花びらの様に広がっていた。
「申し訳ありません……」
「謝るな。キスマークや歯形は男の勲章みたいなものだ…だが俺は付けられるのはごめん被っていたがな」
「?」
 何故嫌っている行為を自分は許されたのか判らず小首を傾げた瑞穂は、医師の指示を自分が取り違えてしまった結果の事故なのだと思い至る。
「……。来い」
 自分を見下ろしていた医師の機嫌が不意に少し損なわれた気がして後込みする瑞穂の身体をふわりと抱き上げ、男は居間を後にして廊下へ進み、そして扉の一つを開けてその中へと進んだ。
 無彩色の居間と寝室と統一感のある洗面所の黒大理石の天板の上に腰を下ろされ、ウエストの辺りに溜まっていたワンピースを脱がされた少女は思わず胸と腰を手で隠し顔を背けた。
 居間とはまた違う角度の景色が広がる背後の大窓は日差しが差し込むものではないが、遠いビル群やその向こうの海が見え、ガーターのみの裸身を窓際で晒すには眺望が素晴らし過ぎる。目の前で窓の隣の鏡で自分につけられた少女による唇の痕を軽く確認する男に困惑し恥じらう少女は、そのスラックスが所々水をかけられた様に濡れ、そして腰の辺りは特に何か蜂蜜か何か重く光沢のある液体が広がっているのに気付き、口を開きかけ、凍り付く。
「ああ…大分汚れたな」少女の視線に気付いた医師が僅かに唇の端を歪め、そして白い腕を掴み引き寄せる。「見ておけ」
 透ける様な白い腕の内側に唇を寄せ、そして唇を重ねて強く吸う男に、少女の頬が更に染まる。わざと付けるのを見せるその意味は、恐らく少女の予想通りの筈だった。
「ですが……、でも…先生は…付けられるのがお嫌いな筈です……」
「お前だけは許す。――いや、付けろ。同じ様に、色濃くはっきりと」
 大理石の天板の上に腰を下ろしている瑞穂の背後の窓に手を突き、男がそっと促す様に頭を引き寄せた。あれは夢中だったからと懸命に言い訳をしようとするものの、何故か言葉が出て来ず少女は長い睫毛を伏せて小刻みに震えてしまう。冬の洗面台の冷たさが男の手の温もりを強く感じさせ、更に抱き寄せられた瑞穂は淡い痕が重なる肌におずおずと唇を重ねる。恐らく軽く吸うのではなく内出血をさせるから唇を離した後も残る筈だと判るものの、異性の肌に唇を重ねた上内出血するまで強く吸うなど、少女には到底出来る筈がない。
「ゃ……、――ぁ…ん……ぅ……っ」男に頭を引き寄せられている少女の脚の間に窓に突いていた手が滑り込み、容易く下腹部に辿り着いた指先が過敏な突起に触れる。窓に触れていた冷えた親指がまだ濡れているクリトリスを捏ね回し、中指と薬指がぬるりと膣内に潜り込む。「あ…ふぅぅぅぅっ!」
 冷えた指が押し込まれる感触に腰から背筋へとぞくぞくと妖しいものが這い上り、思わず少女は男の胸板に縋り付く様に顔を埋めてしまう。
 ぐちょっぐちょっと音を立てさせながら膣奥から膣口の裏側までを大きな動作で捏ねる指に喘ぐか細く甲高い声が洗面所に響き、天板の上に滴る濃い愛液が華奢な尻肉が弾む度に淫蕩な水音を立て、モデルルームの様な味気ない洗面所に少女ににおいが満ちる。あんと追い詰められた甘い鳴き声が溢れ、天板に突いた両手のギプスに包まれている右手のギプスが黒大理石に辺り硬い音を何度も立てるが骨折している腕の痛みは微塵も感じられず、瑞穂は男の胸板に顔を埋めて涙を零す。
 逞しい腕の中で何度も男の胸板に唇を添えそうになりながら堪える少女の瞳に、自らが医師の鎖骨の辺りにつけてしまった薄紅色の唇の痕が映りびくっと身が震える。直視しなければ気付かないかもしれない淡い色ではあるが目の前にあればそれと判ってしまうものは幾つも重なっており、自分の浅ましさを突き付けられた恥ずかしさの後、脳裏にあの夜医師と交わる看護婦の姿が浮かび、罪悪感に少女は青ざめる。自分が気付いてしまえる程度なのだからあの美しい女性はもっと残酷に判ってしまうのであろう…自分以外の女性がこの肩に顔を埋めた事が。
「あ……ぁっ。――ぅ……くっ!」
 思わず落ち着きのない声を漏らしてしまいながら医師の身体から離れようと胸板に両手を突いて力を入れてしまった少女は、ギプスの右腕の痛みに声無き悲鳴をあげかける。次の瞬間、医師の手が少女の華奢な二の腕を掴み身を剥がし、少女の背が硝子窓に押し当てられた。
「何をする」
 珍しく、いや、確かに初めて聞いた医師の焦りを含んだ鋭い叱責に少女は僅かに身を縮込まらせる。骨折箇所の激痛は一瞬でその後は脈の度に波打つ様な強めの痛みが繰り返すものの、それと同じ程痛むのは医師が掴む二の腕だった。ガーターとギプス以外はなにも身に纏っていない少女の細い二の腕を掴んでいる医師の手の暴力的な力強さと、明らかに怒っているその鋭い目に震えそうになりながら、胸の奥が苦しくなり瑞穂は口籠もる。
「先生の…お身体に…、申し訳ない事をしてしまいました……」
「……。ああ、そうか…その程度か」
「ぇ……」
 医師の短い言葉に含まれていた無機質の様な微かな何かを感じ、思わず聞き返そうとしてしまった少女の乳房に男が顔を埋めた。北向きであろう日の射さない窓を背に、だが見晴らしの良い窓辺で裸身を晒す羞恥に身を硬くする少女の乳房に小さな痛みがぽつりと浮かび、洗面所に男が白い肌に色濃く唇の痕を付ける音が鳴る。唇の痕は今までも幾つも付けられてはいる…だが医師の鎖骨に自らが付けてしまった後ではその悩ましさの重みが格段に増してしまい、瑞穂は両の二の腕を男に強く掴まれたまま息を詰まらせた。ましてや医師の付ける唇の痕は自分の残してしまった淡い色のものでなく、濃い。幾つも繰り返し唇の痕を付ける男に、身体中に煮えた妖しい蜜を塗りたくられる様なもどかしい疼きに肌がざわめき、小さく首を振りながら少女は男を盗み見てしまう。
 漆黒のやや硬そうな髪が揺れる。秀でた額。彫像の様な端正な…だが冷たい印象のある顔立ち。気難しげな眉間の皺。恥ずかしさに見入る事など出来ない、大人の異性の存在感に胸が高鳴り少女は息が出来なくなる。あの美しい女性に似合う大人の色香は、自分が背伸びをしても相応しくはなれないであろう。いや、実際に医師に望まれる事などないのだ。
 それなのに、何故。
 僅かに桜桃の実を淡くくすませた様な淡い鴇色の乳首よりも色濃い、小豆色に似た赤褐色の唇の痕が白い乳房に幾つも付けられていく。たった一日では消えない…それが何日もかけて徐々に薄れていくものだと実感している少女の頬が染まる。唇の痕の主が誰かは他の人間には判らない。だが少女はそれが誰かは判っている。――この男が、自分の肌を愛でた証であると。他の誰にも見せる事のない密やかな時間の証は、まるで他の存在を拒ませる烙印に似て……、
 この大人の男の、所有物だと言外に意思表示をされている気が、した。
 有り得ない事だと、判っていながらも。

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改訂版1912230415

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