『真夏日とセーラー服(仮)』一駅目

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「こういうのはあまり……」
 慣れた制服ではなく、どこで手に入れてきたのか太腿のほとんどが露出してしまう短か過ぎるプリーツスカートのセーラー服に、香澄は恥ずかしさに洗面所の鏡から目を逸らす。
「そんな事ないわ。香澄の脚綺麗だし。少し大胆な格好して後藤君に喜んで貰わないと」
「でも……」
 同級生に告白されたものの生来の内気さで数日返事を出来ずにいた香澄に、友達の裕子が出した提案は『まず服装から自分を変えてみる』というものだった。確かに好印象の男子に告白されたのは嬉しかったが、男子とロクに話をした事のない香澄はそもそも交際をするかも決められずにいる。確かに少しは積極的になった方がいいのかもしれないと考えた香澄だが、鏡に映る自分の姿は規定通りの膝丈の制服でなく、どこか挑発的な今風の…いや、もっと違う何か問題のある姿だった。
 裕子の用意した物は制服だけでなく、下着も含まれていた。白かベージュの大人しい下着ではなく、レースとフリルをふんだんに使っているものの、隠すべき場所が透けて見える大胆過ぎるもので、パンティに至っては横をリボンで結ぶだけの頼りない物である。それでも用意して貰った物は生真面目に着用してしまう鏡の中の香澄は透ける様な白い肌を桃色に染めて恥じらい、清楚な顔立ちと発育した肢体と染まる肌のアンバランスさを際だたせていた。
「大丈夫。少し移動するだけだから。ちょっと電車乗るだけ。ね」
「そ…そう、ね……。ちょっとだけなら……」
 着ていた制服を入れている紙袋を裕子に持たれ、屈めばパンティが露出してしまう短過ぎるスカートを抑えながら香澄はいつもより更に歩幅を狭めて彼女についていく。
 都心とベッドタウンを結ぶ路線は夏休みの昼下がりなのもあってホームに並んでいる人数は思ったより少なく、そして同世代の姿もなく香澄は安堵の息を漏らす。都心住まいで高校も徒歩通学圏内の香澄が遠く離れた他県の駅で知り合いに会う可能性は低い…離れた場所をわざわざ選んでくれた裕子に感謝すべきだろう。
 前後に並ぶ二十代〜三十代の成人男性達の視線がたまに自分に注がれるのを感じ、香澄は身体を縮こませる。電車内では出来れば壁際の隅に隠れる様にしようという考えは裕子には消極的と言われるだろうが、そもそもこの姿の時点で香澄の勇気は限界だった。蝉時雨の中、電車を待つ香澄のうなじや胸元にじわりと汗が浮かび、滑らかな肌の上を伝い落ちていく。熱い風がふわりとスカートの裾を揺らすたびに慌てて押さえるその足元には、真後ろに立つ男の紙袋があった。
「あ、電車来たわよ」
 裕子の声に首を巡らせた香澄は安堵の息をつく。やや箱入り娘なのもあって家族以外との遠出は滅多になく、ましてや他県など旅行や遠足以外に行った事もない香澄にとっては友達と一緒であっても見知らぬ土地にいる事は不安を掻き立てられる体験だった。
 ホームに入線してきた電車は想像以上に空いており、改札への階段の多い編成中心付近は席が埋まっていたが、香澄の乗る車両の辺りは両手でも足りる程度の人数しか乗っていない。
 だが、香澄の乗ろうとした車両のドアのみ、不意に変化が生じた。
 サラリーマン風から普段着まで、大勢の成人男性が乗っていてかなり混雑している。
「となりのドアに行き……」
 直前の前車両は空いていた為、移動しようとした香澄をドアが開くと同時に背後の男性が押し、スカートを気にしていた少女はよろける形で前の男性に続いて車両に転がり込んでしまった。のめりそうになった香澄は男性にぶつかりかけ、何とか堪えて横を見たが裕子の姿はそこになかった。
「え……?」
 振り向いた香澄の目に、紙袋を手にホームに残り腕を組んでいる裕子の姿が映る。その姿勢はこれから同じ車両に乗り込もうとしているものでは決してなかった。
 裕子の手が、別れを告げる様にひらひらと動く。
「裕子?」
 慌てて車両から降りようとした香澄の手を、誰かの手が引き止めた。いや、一人ではない。いくつもの手が、香澄の手や腕やウエストに絡みつき動きを止めさせる。悲鳴をあげかけた香澄の口を、大きな手が塞いだ。ドアの空間を挟み二メートルと離れていない場所で邪悪な笑みを浮かべる裕子の口の動きが香澄の瞳に映った。
「あたし、あなたが大嫌い」
 はっきりと届いた憎悪に満ちた声の続きを、ホームに鳴り響く発車メロディが掻き消す。
『――え……?』
 自分を抑える男達の事も一瞬忘れ、親友だと考えていた裕子の言葉を理解しようとして拒んでしまう香澄の肢体を、男達が座席のない車椅子用の車両の隅の空間に引きずり込んでいく。大勢の男性に抑え込まれた恐怖で硬直していた身体を遅れて慌てて藻掻こうとしても、多勢に無勢、香澄が一歩戻ろうとする間にその身体はあっさりと隅に運ばれてしまった。スモークのかかった大窓の外の裕子の姿に、香澄は窓を手で叩いて首を振ろうとするが、スカートから手を離した途端に男の手に捲られそうになり慌ててそれを抑えようとし、その上セーラーの裾を持ち上げようとする手にあげる悲鳴は大きな手に塞がれ殆ど発される事はなかった。
 ドアの閉じる音に気付く余裕もなく首を振る香澄の涙で揺れる視界の中で、裕子の口が再び動いた。
【バイバイ】
 それは、藻掻きながらの香澄にも何故か伝わった。

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