7月25日発刊予定
焦点 参議院選挙で安倍政権に決定的打撃を!
特集 日中・太平洋戦争の戦後補償問題の解決を
「従軍慰安婦」・戦争被害賠償−立法化も視野に解決を促進
−『日中共同声明』で中国人民の賠償請求権は放棄されない− 元日弁連会長 土屋公献
【資料】日弁連のインドネシア元「従軍慰安婦」問題に関する政府に対する勧告
日本弁護士連合会
中国人強制連行西松裁判の最高裁判決を受けて
−広島県・安野発電所建設工事における戦時下の強制労働− 弁護士 足立修一
戦時下におけるキリスト教徒の屈従と抵抗
―灯台社の軍隊内や朝鮮・台湾における反戦の闘い― 前田美芳
フランシス・フクヤマ「日本のナショナリズム」 ル・モンド紙
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フランス国民議会選挙結果の分析 福田玲三
フランス大統領選挙結果と論評 下山房雄
イタリア中道左派の再編成−拡がる「民主党」結成の政治的波紋−
在ローマジャーナリスト 茜ヶ久保徹郎
労働ビッグバン構想と労働政策の焦点「下」 弁護士 中野麻美
世界の政治と経済の中心はアジアに移りつつある シュピーゲル誌ワーク・ライフ・バランス社会の創造にむかって(下) 柴山恵美子
15年戦争における日本左翼の戦争責任・戦後責任論をめぐって(下)
大阪府立貝塚高校教員 中河由希夫
晴天に「黒い霧」を懸けることができるか」(下) 占領・戦後史研究者 佐藤 一
粕谷信次『社会的企業が拓く市民的公共性の新次元』に寄せて 植村 邦
東京都知事選の結果から何を学ぶか 労研編集部
[声明]タミフル使用を即時中止せよ バイオハザード予防市民センター
思い出すことなど(3) 久保田 敏
〔書評〕
宇仁宏幸/植村邦著『20世紀社会主義運動が残した仮説』
富田善朗/バク・ミンナ著『鉄条網に咲いたツルバラ−韓国人女性8人のライフストーリー』
柴山健太郎/秋草鶴次著『17歳の硫黄島』
本庄重男/宮部一章著『一事務職員の目線で捉えた 私の愛大43年史』
川口 章/豊田眞穂著『占領下の女性労働政策一保護と平等をめぐって』
『労働運動研究』誌の焦点・目次・内容紹介です 2006.1.28
setup最終更新2008.1.1
第1号から第15号までは焦点、目次を以下で紹介してます。
第10号からは電子版でも紹介してます。
労働運動研究復刊第17号 2007.8
焦点 野党諸勢力の共同活動で安倍自公政治を打破しよう
先の国会(7月5日閉会)の特に終盤において、政府と自公与党は教育関連三法、改正政治資金規正法、社会保険庁改革関連法、年金時効特例法、改正公務員法などを次々と「強行」採決させた。それは多くの人々に、安倍首相の標榜してきた「美しい」国ならざる「恐ろしい」国の未来を予感させるに十分であった。
「21世紀の日本にふさわしい理想を示す憲法を制定」し「戦後レジームから脱却し」て「美しい」国が実現されるはずであるとする首相にとっては、その実現を阻むものは「戦後レジームに既得権を持つ……大いなる抵抗」勢力である。
だが国会内外の議論のなかで自公政権の勢力自体が「戦後レジーム」に浸っている事実が明らかになって来るや、国民の内閣支持率は急激に低下し始めた。柳沢厚労大臣の発言、松岡農水大臣の事件、元従軍慰安婦に関する首相発言、社会保険庁の「でたらめ」というにふさわしい業務実態、久間防衛大臣の「原爆投下はしょうがない」発言……。特に年金問題は国民の一人一人の生活安全に関わる不安と不満とを引き起こしている。
政権中枢はこれらの不満を解消して政権への支持気運を立て直すために、種々の「改正」
法を通過させた。だが、なぜ「強行」しなければならなかったのか。それは国会で、また国会の外で十分な議論に耐えられる内容ではないからであった。社会保険庁の改革は必要である。そのためには、「でたらめ」な業務の実態をまず明らかにしなければならない。
組織運営の常識から言っても責任は第一に最高任命権者の首相、次いで大臣と長官以下の管理者にある。いかにして、なぜ、あのような実態にいたったのか。
改正政治資金規正法や改正公務員法についても、「改正」されるべき問題−政治団体における資金の受領・支出の疑惑や天下り公務員の「制度」に関わる癒着・談合の常習など−が十分究明されていないならば、何摩「改正」法をつくっても「ざる法」にとどまることはすでに経験済みである。
首相は「成長か逆行か」と息巻く。近年、確かに雇用は成長率の回復とともに増加している。欧米先進諸国においてもこの相関関係の傾向が認められていた。主流エコノミストによれば、こうした傾向の根拠は労働市場の「規制緩和」にある(ネオリベラリズムの理論)。
日本経団連などはこの政策を掲げる安倍政権の支持者である。今期国会では、ホワイトカラーエグゼンプションなど労働法規の改正は見送られたが、経団連などは選挙後にすぐさまこの方針を貫きたいとしている。
欧米諸国の成長の経験を調べれば、すでに批判的なエコノミストが指摘しているように、問題は雇用の質にあることが明らかである。今日、日本で見るようにパート、派遣、独立請負など「不全雇用」が拡大し、労働報酬の面においては言うまでもなく、精神的・肉体的な労働疾患からの安全などに関しても、社会的格差が進行し、世代的にも固定化する恐れがある。
労働市場の「規制緩和」を進めるなかでも北欧4ヶ国は独特な「社会的モデル」を追求している。このモデルが外国に適用できるのかは、社会的にも、国際的にも諸国の歴史的条件にかかわっている。今日、世界の諸国でネオリベラリズムに対抗する諸勢力は容易ならざる困難に直面している。日本においても、安倍自公政権に対抗する諸勢力はその打破に向けて共同関係に合意し、幅広い(草の根から議会まで)運動を実行するより道はない。
(UM/07.07.10)
編集後記
今期国会の時期にわれわれの運動にとって差し迫って重要な課題がいくつか提起されている。いずれも諸勢力の英知を結集し、実効性のある具体的な政策が求められているのであるが、経験的に言って、そのような合意に達することが難しい課題である。われわれはこれらの課題を研究テーマとして労研定例研究会を継続していきたい。
○年金問題の本筋であった制度的改革がすっ飛んでしまった。「宙に浮いた」年金を正常状態に戻すことは必要であるが、早期に年金改革に着手するきっかけを求めるべきである。
医療システムや介護システムの崩壊の危機(コムスン問題から暴露された)をも加え、社会保障の全般的な再構成の議論(議会の中、社会の中)に取りかからねばならない。もう一つ重要な項目は、労働条件に関する保障である。日本経団連などは、労働市場の規制解除を進める姿勢(ネオリベラリズム)を打ち出している。手本はアングロサクソン型の「社会的モデル」である。失業率は確かに低い。
反面、社会的格差(例えばジニ係数で評価)は大きい。その実態はもっとよく調べよう。
公式の統計も吟味が必要である。
○北欧型の「社会モデル」を推奨する見解もある。アングロサクソン型に対する、このモデルの特性は@「不全雇用」の改善に多大な費用を充当する(GDPにしめる、税と社会保障負担との和の比率が大きい)。A社会的格差を縮小する所得再配分を実行する(ジニ係数が小さくなる)。B労働組合がこれらの条件のもとで「経営の自由」(解雇の自由など)を容認する。この点でネオリベラリズムの特質が現れている。
ここでも成長、雇用、失業率などの実態を統計の吟味とともに、さらには、近年におけるありうべき変化の傾向とともに、よく調べてみよう。その特性は、社会的にも、国際的にもこれら諸国の歴史的経緯に深くかかわっているのではなかろうか。このモデルは揺るがないのか。いずれも先入観にとらわれない冷静な研究が必要である。
○久間防衛大臣の「原爆投下はしようがない」発言(6月30日)に対して、北朝鮮の内閣機関紙『民主朝鮮』(7月6日)は「米国の核犯罪行為を唯一の被爆国である日本の防衛相が擁護したのは、日本人から見ても嘆かわしい」と評論したという(『朝日』7.7)。まさに頂門の一針と言うべきか。日本人にとっての15年戦争のテーマである。
(UM/07.07.10)
「従軍慰安婦」・戦争被害賠償―立法化も視野に解決を促進
−「日中共同声明」で中国人民の賠償請求権は放棄されない−
インタビュー 元日本弁護士連合会会長 土屋公献
4月27日午前、最高裁は戦時中に強制連行された中国人が損害賠償を求めた西松建設訴訟の判決において、「1972年の日中共同声明によって損害賠償請求権は放棄された」という初判断を示して上告を棄却した。最高裁は、さらに同日午後に、日中戦争中の中国人「従軍慰安婦」訴訟2件のうちの1件の上告をこの判断に基づき棄却し、さらに中国人労働者らが国や企業に賠償を求めた2件の戦後補償の上告審で、いずれも上告棄却の判決と決定を下した。5月2日、編集部は、元日弁連会長土屋公献氏にインタビューを行った。同氏は1994年に日弁連会長に就任し、日弁連としてのアジア・太平洋戦争の従軍慰安婦問題の実態解明と国の政治責任と損害補償問題の解決に奔走された弁護士である。現在も日中戦争中の重慶大爆撃の損害賠償訴訟の弁護団長を務めるかたわら731部隊訴訟でも献身的に取り組んでいる。インタビューは、編集部の柴山健太郎が担当した。(文責・編集部)
最高裁の「日中共同声明」解釈は「不法で無効」
−最高裁は4月27日、中国人女性が戦時中旧日本軍の慰安婦にさせられたとして国に損害賠償を求めていた2つの訴訟や、劉連仁訴訟(戦時中に中国から強制連行された劉連仁氏が、働かされていた北海道の炭鉱から脱走し終戦を知らないまま13年間も逃亡生活を続けていたことに対する損害賠償請求訴訟)、同じく福岡強制連行訴訟(戦時中に強制連行されて福岡県の炭鉱で働かされていた元中国人労働者の国と三井鉱山に対する損害賠償請求訴訟)4件について、いずれも原告側の上告を退け、敗訴させました。ここで注目されることは慰安婦2次訴訟で判決を言い渡した最高裁第1法廷が、「日中共同声明で個人の賠償請求権が放棄された」という初判断を示したことです。これは重慶大爆撃訴訟や731部隊訴訟一今後の戦後補償訴訟に決定的な影響を持つものと思われます。まずこの際高裁判決についてのご意見を聞かせてくさい。
土屋 今度の最高裁判決の最大の問題は、『日中共同声明』の解釈に重大な誤りがあるということです。国際条約の解釈については『条約法に関するウイーン条約』という国際的取り決めがあります。これは条約の解釈の仕方を決めた条約で、日本は1969年5月に調印し、1981年7月に公布しています。この条約の第31条1項の「解釈に関する一般的規則」では、「条約は文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして、与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈するものとする」と規定しています。ところが今度の最高裁の『日中共同声明』の解釈はこの規定をまったく逸脱し、著しく曲げた解釈をしています。何よりも重要なのは、当事者の中国外務省がこの最高裁判決について直ちにコメントを発表し、日中共同声明で中国政府が戦後賠償を放棄したことは「両国人民の友好のために下した政治決断」で、この声明によって中国人民の賠償請求権まで放棄したとする判決の解釈は『不法で無効』と非難していることです。
1972年9月の『日中共同声明』では,「賠償」について、「中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する」と述べていますが、ここには中国人民の請求権を放棄するという文言はありません。国際条約では、請求権の場合、必ず国と国民または人民の請求権を明記するのが通例です。
この最高裁判決では、慰安婦2次訴訟の上告棄却理由で「日華平和条約によって請求権は放棄された」と述べていたのを、「日中共同声明によって放棄された」と変更していますが、この「日華平和条約」は、日本政府が台湾の中華民国政府と1952年に調印し、政府見解では1972年9月に終了しているとされているものです。ところがこの「日華平和条約」第3条の「財産及び請求権」の規定でも、政府当局、国民、住民、法人などを明確に区別し、次のように述べています。
「日本国及びその国民の財産で台湾及び澎湖諸島にあるもの並びに日本国及びその国民の請求権(債権を含む)で台湾及び澎湖諸島における中華民国の当局及びそこの住民に対するものの処理並びに日本国におけるこれらの当局及び住民の財産並びに日本国及びその国民に対するこれらの当局及び住民の請求権(債権を含む)の処理は、日本国政府と中華民国政府との間の特別な取極の主題とする。国民及び住民という語は、この条約で用いるときはいつでも、法人を含む」
これは、最高裁判決に挙げられているサンフランシスコ平和条約(1952年4月28日発効)でも明らかです。この条約の第14条の「賠償及び在外財産の処理」では次のように述べています。「この条約に別段の定がある場合を除き、連合国は、連合国のすべての賠償請求権、戦争の遂行中に日本国及びその国民がとった行動から生じた連合国及びその国民の他の請求権並びに占領の直接軍事費に関する連合国の請求権を放棄する」
日本は、サンフランシスコ条約以後、この条約に参加しなかった諸国のビルマ、インド、ソ連などと2国間の平和条約を締結し、それぞれ賠償権の放棄について協定していますが、ここでも「国及び国民の賠償権」と明記しています。
たとえば1952年6月に調印された「日印平和条約」第6条は賠償権の放棄を規定していますが、その文言は次のようになっています。
「(a)インドは、日本国に対するすべての賠償権を放棄する。
(b)この条約に別段の定がある場合を除く外、インドは、戦争の遂行中に日本国及びその国民が執った行動から生じたインド及びインド国民の全ての請求権並びにインドが日本国の占領に参加した事実から生じたインドの請求権を放棄する」
これは1954年に調印された日本・ビルマ(現ミヤンマー)平和条約での賠償権の相互放棄取り決めでも同じです。さらに1956年に調印された日ソ共同宣言でも次のように明記しています。
「日本国及びソヴイエト社会主義共和国連邦は、1945年8月9日以来の戦争の結果として生じたそれぞれの国、その団体及び国民のそれぞれの地方、その団体及び国民に対するそれぞれの請求権を、相互に、放棄する」
したがって、今回の『日中共同声明』で単に「日本国に対する賠償請求を放棄する」とだけ規定している条項を、中国人民の賠償請求権まで放棄されたという最高裁の判断は、この『日中共同声明』を曲げて解釈したとんでもない判決です。中国外務省は、この『日中共同声明』によって「個人の賠償権まで放棄した」とするこの最高裁判決の解釈を「不法で無効」と否定したのは当然です。ただ中国政府の態度は、「中国人民が日本政府に自由に賠償を請求することについてわれわれは援助もしなければ干渉もしない」が、日本政府に「適切な処理を求める」ということで、政府が人民になり代わって日本政府に賠償させるという強い態度ではありません。中国政府は日本首相の靖国神社参拝になるときわめて強硬な態度をとりますが、個人の損害賠償請求については人民を代表する立場を放棄していることは、非常に嘆かわしいと思います。
−今度の最高裁判決で、マスコミなどでは旧日本軍の遺棄毒ガス兵器による損害賠償問題など少数の例を除き、重慶大爆撃訴訟や731部隊訴訟などの今後の戦後賠償請求訴訟は敗訴が確定的になり、残された道は和解だけだという主張が強まってきましたが、どう思われますか?
重要な意味を持つ最高裁の被害事実と請求権の認定
土屋 今度の最高裁の判決はこれまでの下級審で積み上げてきた判例をすべて覆すような不当判決です。しかし事実に関する認定を確定させたことと原告の請求権を認めたこと、さらに請求権自体は消えていないことを認めたこと、さらに裁判外での解決を促したことなど幾つかの点では重要な意味があります。たとえば、慰安婦2次訴訟では、1、2審とも被害にあった2人の女性を軍が強制連行し、監禁し、強姦した事実を認定しましたが、最高裁もこの事実認定自体は「適法に確定された」と認定しています。慰安婦1次訴訟では被害にあった山西省の女性には1,2審とも、女性の監禁、強姦の事実は認定しながら、旧憲法下で国の行為は責任を問われないとする「国家無答責」の法理を適用して請求を棄却しています。劉連仁訴訟では1審では国家賠償法に基づき請求全額を認めて国に2000万円の支払いを命じたのを2審では不法行為があった時から20年経つと賠償請求権が消滅するとされる「除斥期間」を理由に原告を逆転敗訴させています。福岡強制連行訴訟では1審が被告三井鉱山に計1億5000万円の支払いを命じましたが、2審は時効と「除斥期間」の成立を認めて原告を逆転敗訴させ、今回の『日中共同声明』に基づく上告棄却判決になったわけです。
−従来の戦後補償訴訟の下級審判決で、請求を棄却しながらも事実を認定して「立法不作為」を指摘して立法によって問題を解決せよという裁判所の判断を示唆したものが見られましたが、今後こうした努力が重要になると考えられますか?
土屋 これまで政府が被害者の訴えを無視し続けてきたなかで、下級審はそれなりに事実認定を積み重ねてきました。さらに今度は最高裁自体が事実を確定した上で、国の責任を認め、原告に対して賠償請求権を認めたのです。つまり裁判では賠償請求は認められないが、損害賠償義務を背負った日本国が自発的に賠償することは妨げないとして、内閣が自発的に賠償したり、国会が補償立法措置を採択して内閣に実施させたりすることも可能だとして、解決を促したということです。したがってこれから立法運動をして、解決を促していくことが必要だと思います。
―野党はこれまで何回も従軍慰安婦問題を解決するために繰り返し法案を国会に提出していますが、今後これらの法案の扱いをどうすべきだと考えますか?
野党の「従軍慰安婦」・戦時補償法案の審議開始を
土屋 敗戦時には各省にあった従軍慰安婦や強制連行などに関する文書が多量に焼かれたことは事実ですが、各省の倉庫にはおびただしい文書が未調査のまま眠っています。こうした資料を国会図書館に専門局を設けて各省の資料を精査する法案や、従軍慰安婦問題を解決する法案が繰り返し国会に提出されたまま廃案になったり、継続審議になったりしています。国会はまずこれらの提案を審議すべきです。いま安倍政権は拉致問題を最重要課題として取り上げていますが、国際的には拉致問題も「従軍慰安婦」や強制連行問題も同様に重大な人権問題と考えられていますから、「従軍慰安婦」問題を無視して拉致問題だけを解決しようとしている安倍政権はいま非常に苦しい立場に立たされています。安倍首相は「従軍慰安婦」の拉致に「狭義」と「広義」の区別をつけてごまかそうとして、かえって「従軍慰安婦問題」に関する安倍政権の恐るべき人権感覚の欠如に対する国際的非難を浴び、日米首脳会談でブッシュ大統領に謝罪し、今度は「謝罪する相手が違うのではないか」と嘲笑を浴びる無様な姿をさらけ出しました。
従軍慰安婦問題では甘言をもって騙して連行した場合も、家に押し込んで強制的に拉致した場合も、強制した事実に変わりはありませんし、一度連行したら監禁しては絶対返さないのです。私が日弁連会長になったのは1994年ですが、韓国、フィリピン、中国、台湾、北朝鮮などの調査に基づいて、政府に対し従軍慰安婦に速やかに謝罪と金銭補償を含めた被害回復の措置を講じるよう何回も勧告を行っていますが、政府は依然として勧告を実施していません。
これは他の人々の賛同が得られるかどうか判らないのですが、問題を考えるに当たって、私は、被害者の損害賠償請求の正当性の根拠として民法上の「事情変更の原則」が援用されるのではないかと思っています。民法では経済事情変更の結果、契約を文字通りに遂行させることが著しく公平に反する場合、『事情変更の原則』を適用することが相当とされる」という場合があります。
敗戦国の日本が連合国に対して当然賠償責任を持つことは、サンフランシスコ平和条約第14条の「賠償及び在外財産の処理」にも「日本国は戦争中に生じさせた損害及び苦痛に関して、連合国に賠償を支払うべきことが承認される」と明記したことでも明らかです。だが続けて「しかし、また、存立可能な経済を維持すべきものとすれば、日本国の資源は、日本国がすべての前記の損害及び苦痛に対して完全な賠償を行いかつ同時にその債務を履行するためには現在十分ではないことが承認される」として、「別段の定がある場合」を除き、連合国の全ての賠償請求権及びその他の国民の請求権等を放棄するとしたわけです。つまり敗戦直後の日本の国力ではとうてい賠償責任を果たすのは不可能だから請求権を放棄するというわけです。しかし、現在の日本は世界第2のGDPをもつ経済大国で、事情は当時とは一変しています。日本は朝鮮戦争やベトナム戦争の軍需景気等のお陰で経済復興を果たし、経済大国に躍進したわけです。そのために日本は軍備を充実させ、アメリカ、ロシアに次ぐ軍事大国になっています。当時の日本の国力や経済事情と現在の日本との差が余りにも大きいので連合国やアジア諸国の国民の「賠償権を放棄する」理由がなくなっていると思います。
いまなら賠償を払おうと思えば十分に払える国力を持っているのに「あの時約束したのだから俺は払わないよ」という当時の相手国の好意に悪乗りした図々しい態度は、日本の国益に反し、まさに国辱的です。
―ドイツはGDPが日本の半分くらいしかありませんが、それでもドイツ企業が戦時中に占領地から強制連行した労働者や強制収容所の囚人を奴隷労働させたりして不法な利益に与かった政治的・道義的責任を認め、2000年7月のドイツ連邦議会は、政府とドイツ系財界が50億ドルずつ拠出し、「記憶・責任・未来」財団を設立する法案を可決し、犠牲者に補償金を支払っています。この財団の特徴は、運営にドイツ政府、国会代表だけでなく、被害者のユダヤ人やロマ人、侵略被害諸国の代表、国連高等弁務官なども参加していることです。このドイツの先例は、日本でも学ぶべきでしょうね。
土屋 日本よりも国力が小さいドイツでさえできることが日本でできないわけがありません。今問題になっている訴訟の戦後補償に要する費用は全部合算しても、5兆円くらいでしょう。これまで国連人権委員会でも、ILO労働委員会でも、日本に対し何度も戦争被害者に対する謝罪と補償支払いを促しているのに、日本は拒否しています。だから日本が国連常任理事国入りを希望してもアジア諸国はどこも賛成しないのは当然です。支持したのはアフリカの小さな国がわずか2、3カ国でしょう。こういう現状を見ていると「何が美しい国か」と言いたくなります。
― 今日はお忙しいところ長時間お話いただき有難うございました。
インドネシア元「従軍慰安婦」問題に関する内閣総理大臣宛勧告
2001年10月29日 日本弁護士連合会
勧 告
当連合会は、申立人A、同B,同C、同D,同E外200人によるインドネシア元「従軍慰安婦」人権救済申立事件に関し、下記のとおり勧告します。
第1 勧告の趣旨
1.申立人A、同B,同C、同D,同Eらは、インドネシア国籍を有する女性(但し、CとDは本申立事件調査中に死亡した)であるが、アジア・太平洋戦争下1942年3月ごろから1945年8月ころまで当時のオランダ領東インドのボルネオ島において、旧日本軍により「従軍慰安婦」として性的行為を強制された女性たちである。
これら申立人5名については、女性の基本的人権が蹂躙され個人の尊厳が著しく侵害されたものであり、生存申立人ら3名が高齢であることを考慮し、速やかに謝罪や金銭補償を含めた被害回復のための措置を講じること。
2.上記申立人ら5名以外の申立人ら女性(別紙(略)当事者目録記載のとおり)についても、元「従軍慰安婦」として性的行為を強制された女性であることが推定され、その基本的人権が蹂躙され、個人の尊厳が著しく侵害された疑いが強いことから、政府はその調査を重ね、元「従軍慰安婦」と認められた場合には前項記載の申立人らと同様な措置を講じること。
第2 勧告の理由
別添調査報告書記載のとおり。
調査報告書
(2001年9月9日理事会承認)
第1 結論
日本弁護士連合会は、日本政府に対し、別紙のとおり勧告をするのが相当と思料する。
第2 申立人と申立の趣旨
1.Bら200名の申立人らは、第二次世界大戦中において、日本軍により強制されて「従軍慰安婦」とし日本軍人らに性慰労を強制されたインドネシア女性である。
2.申立代理人Fは、インドネシア・ジョグジャカルタ法律援護協会(Legal Aid Institute)所属の弁護士で、申立人の任意代理人である。
3.申立の趣旨は次のとおりである。
(1)日本政府に対し、インドネシアの従軍慰安婦の存在を認めるように働きかけて欲しい。
(2)日本政府は、1996年4月の国連勧告を受け入れ、インドネシアの従軍慰安婦に対し、謝罪と補償を行うよう働きかけてほしい。
(3)日本政府は責任逃れのために利用している女性のためのアジア平和国民基金の一時金支給を中止するよう働きかけてほしい。
以上の要望が実現されるよう、日弁連が適切な措置をとられるよう要望する。
第3 調査の経過
1、1998年1月9日、本事件を担当した予備審査委員3名は、「調査開始を相当とする」旨の予備審査報告書を人権擁護委員会に提出した。同報告書に基づき、同委員会において調査開始が決定された。
2、その際、元「従軍慰安婦」本人への面談が最低限必要であるとされた。
3、ついで1998年8月27日担当調査員3名による「中間報告書」が人権擁護委員会に提出された。
その内容は次のとおりである。
(1)インドネシアにおける元「従軍慰安婦」の存在
日本政府の調査(平成5年8月4日付)および日弁連の調査(1993年4月第36 回シンポジウムのための調査団が、8人の元「従軍慰安婦」から被害状況の調査を行っている)、並びに「女性のためのアジア平和国民基金」(以下アジア女性基金という)が、元「慰安婦」の存在を前提に、インドネシア政府に対し、高齢者社会福祉施設の建設のための資金援助を行っていること、などからその存在が認められる。
(2)申立人について
申立人代理人F(インドネシアの弁護士)に委任した人達の中に、元従軍慰婦が存在し、救済を望み、日弁連に要望しているか否かの調査が必要である。
(3)申立にかかる事実について
法律援護協会ジョクジャカルタ支部が調査をし、5名の元「従軍慰安婦」と言われる女性からの聞き取りの結果、偽計により慰安所に連行され、監禁されて、1日数名から十数名の日本人の相手をさせられたなどの事実が推認できる。
(4)アジア女性基金と日本政府の対応について
今回の申立において申立人らがどのような要望をなしているのか、確認できない。
(5)まとめと今後の方向
現地調査が必要である。
4、1999年12月の現地調査の内容について
事情聴取を行ったのは次のとおりである。
(1)申立人代理人F弁護士
(2)申立人A
(3)申立人B
(4)申立人C
(5)申立人D
(6)申立人E
以上の事情聴取の内容は、別紙聴取書記載(略)のとおりである。
5、その他の資料(略)
第4 認定した事実
1.申立人らが元「従軍慰安婦」であったか
(1)本件申立人らのうち、A、B、C、D、Eらは、アジア太平洋戦争中において、前記第3 調査経過を綜合すると「従軍慰安婦」であったことが認められる。(なお、その後CとDは死亡)
1942年3月10日G中将率いる日本陸軍第16軍がオランダ領東インド(蘭印、現インドネシア)のオランダ軍最後の拠点ジャワ島バンドンに入城した。このジャワ陥落によって蘭印の石油その他の資源を確保するという南方作戦の目的はほぼ達成されたといわれる。日本軍の開戦後わずか3ヶ月で東南アジア、南西太平洋のほぼ全域を占領下においたことになる。
そして申立人Bからの聞き取りによれば、ジョクジャカルタに住んでいた申立人は当時13歳で、1942年に日本軍がやってきて間もなく、民間劇団の働き口を求めて応募したところ、健康診断の後スラバヤ、ボルネオのバンジャルマシンを経て、トラワンの慰安所に連れていかれた。そこで、昼は軍人、夜は役人、電話局員、新聞社などの日本人の相手をさせられた。報酬をもらった事実は認められない。
申立人Bや申立人Aからの聞き取りによれば、慰安所までの連行につき軍人の関与が強くみられるが、申立人C、同E、同Dについては慰安所までの連行に軍人の関与は強くは認められない。ただ申立人らは最初から従軍慰安婦の募集に応じたものではなく、劇団、レストランや病院或いは日本人家庭での労働に応じたところ、慰安所に連行されたのであり、その慰安所で初めて客を取らされたことが判明する。
つまり応募について従軍慰安婦であることを全く知らされず、慰安所に連行されたことや慰安所についてからは逃げることなどは全くできなかったこと、客には軍人のみならず、民間人もいたこと、報酬は一切受け取っていなかったことは共通する。客に民間人がいたことが、申立人らが従軍慰安婦であることを否定することにはならない。当時の軍事的情勢からみて、インドネシア在住の民間人といえども全て軍の指揮監督下にあったものであり、また慰安所が軍の管理下にあったことなどからして、以上5名の申立人らをして従軍慰安婦ではなかったといえない(以下申立人ら5名という)。
(2)その他の申立人ついて(以下他の申立人らという)
その他の申立人が従軍慰安婦であったか否かについて、申立人代理人F弁護との面談によれば、当人の申し出だけでは不十分なので、収容された慰安所別にグループ毎に集めてクロスチェックしたとのことである。クロスチェックの方法は、例えば申立人Bさんから聞いた内容に基づいてその登場人物を訪れて体験内容をチェックするという手法をとった。その結果、当初249名の登録者が調査の結果、強制労働の犠牲者であることが判明した女性を除いて申立人200名となった。
以上のことからすると、他の申立人についても、元「従軍慰安婦」であったと推定することは困難ではない。
2.委任について
申立代理人であるF氏はインドネシア法律援護協会・ジョクジャカルタ支部の責任者であり、訪日歴もあり、従来からインドネシア在住の元「従軍慰安婦」4への援助活動を活発におこなってきた。
日弁連への人権救済申立は、申立人Bが日本への3回の訪問中に知り、F弁護士へ提案したものであること、F弁護士への委任については基本的に公証人作成の委任状で確認したものであり、原本をF弁護士から見せられ、その写が日弁連に提出済みであることから明らかといえる。
第5 判断
1、申立人らが日本政府に謝罪と補償を求めていることについて
まず申立人ら5名が、元「従軍慰安婦」であり、且つ他の申立人らも元「従軍慰安婦」である可能性が高く、日本政府から現在に至るまでの謝罪と補償を受けていないことは明白であり、申立人らはこれを日本政府に求めていると判断される。
2.日本政府の立場について
日本政府は、法的責任を受諾してはいないが、多くの声明で第二次世界大戦中の「従軍慰安婦」の存在は認めていると判断される。
河野洋平官房長官(当時)は1993年8月4日付声明で慰安婦の存在及び慰安所の設置・運営に旧日本軍が直接・間接に関与したこと、及び募集が私人によってなされた場合でも、それは軍の要請を受けてなされたことを認めた。声明はさらに、多くの場合「慰安婦」は、その意思に反して集められたこと、及び慰安所における生活は「強制的な状況」下で痛ましいことであったことも認めている。
日本政府の特別研究は、@各地における慰安所の開設は当時の軍当局の要請によるものである。A各地における慰安所の存在が確認できた国または地域は、日本、中国、フィリピン、インドネシア、マラヤ(当時)、タイ、ビルマ(当時)、ニューギニア(当時)、香港、マカオ及び仏領インドネシア(当時)である、B民間業者が(慰安所を)経営していた場合においても、旧日本軍がその開設の許可を与えたり、慰安所の施設を整備したり、慰安所の利用時間、利用料金や利用に際しての注意事項を定めた慰安所規定を作成するなど、慰安所の設置や管理に直接関与した。C募集は多くの場合民間業者によってなされたが、募集者は「或いは甘言を弄し、或いは畏敬させるなどの形で」「本人たちの意向に反して」集める手段をとり、管理者と軍関係者が直接募集に当たった場合もあるとしているとし、旧日本軍の直接関与を認めている。
3.日本の法的責任について
これら「従軍慰安婦」制度が国際法、国際慣習法に違反することは日弁連が1995年1月に明らかにした「『従軍慰安婦問題』に関する提言」13頁以下において詳細に述べているとおりであり、日本に法的責任があることについて、ここで述べるまでもないが簡単に触れることにする。
(1)国際法、国際慣習法違反
「従軍慰安婦」制度は、日本が当時批准していた以下の条約等国際人道法に違反する。
@陸戦の法規慣例に関する条約(ハーグ条約)
日本が1911年11月16日に批准したハーグ条約付属規則第43条は、占領地域の法律の尊重を定め、同46条では占領地での私権の尊重を定めている。 占領地における強姦、性的虐待、性的奴隷化はこれらの規則に反する。
Aジュネーブ捕虜条約違反(1929年)
日本は批准をしていないが、これを準用すると米国ほか各国に回答している。( 1929年1月29日)
同条約3条は捕虜保護原則を、同条約3条は婦人の保護を定め、「占領地域における女性を拘束した上で性行為の強要は、民間人を抑留して性行為をおこなわしむこと」としてこれを禁止している。
B人道に対する罪
戦後ドイツと日本における2つの国際軍事裁判所条例では、当時の国際法違反の通例も戦争犯罪に該当しない場合でも、戦争に関して人道に反する行為を行った者を「人道に対する罪」に該当するとして、これを処罰することを定めている。その行為は、「殺戮、殲滅、奴隷的虐待、追放その他非人道的行為」であり、もしくは「政治的又は人種的迫害行為」である。「従軍慰安婦」の実態は、性的な奴隷的虐待にあたるものである。
(2)醜行ヲ行ハシムル為ノ婦女売買ニ関与スル為ノ婦女売買ニ関与スル条約違反
日本ハ、イ、「醜業ヲ行ハシムル為ノ婦女売買二関与スル協定」(1904年)、ロ、「醜業ヲ行ハシムル為ノ婦女売買禁止条約」(1910年)、ハ、「婦人及び児童の売買ノ禁止二関する条約」(1921年)を、1925年12月21日に批准した。これらの協定及び条約は違反者を処罰することを義務付けている。
日本は、1921年条約第14号に基づき、植民地を包含しないとの宣言を行っているが、当時インドネシアは占領地であり、申立人を慰安所まで輸送するのに日本軍トラックを使用し、さらにジャワ島までの間に日本の船舶を利用している。日本の船舶は、国際法上日本本土とみなされる。
(3)強制労働に関する条約違反
1930