労働運動研究8月号目次

            725日発刊予定

焦点 参議院選挙で安倍政権に決定的打撃を!

特集 日中・太平洋戦争の戦後補償問題の解決を

「従軍慰安婦」・戦争被害賠償−立法化も視野に解決を促進

−『日中共同声明』で中国人民の賠償請求権は放棄されない− 元日弁連会長 土屋公献

【資料】日弁連のインドネシア元「従軍慰安婦」問題に関する政府に対する勧告                       日本弁護士連合会

中国人強制連行西松裁判の最高裁判決を受けて

−広島県・安野発電所建設工事における戦時下の強制労働− 弁護士 足立修一

戦時下におけるキリスト教徒の屈従と抵抗

―灯台社の軍隊内や朝鮮・台湾における反戦の闘い―       前田美芳

フランシス・フクヤマ「日本のナショナリズム」       ル・モンド紙

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

フランス国民議会選挙結果の分析                福田玲三

フランス大統領選挙結果と論評                 下山房雄

イタリア中道左派の再編成−拡がる「民主党」結成の政治的波紋−

                在ローマジャーナリスト  茜ヶ久保徹郎

労働ビッグバン構想と労働政策の焦点「下」      弁護士 中野麻美

世界の政治と経済の中心はアジアに移りつつある      シュピーゲル誌ワーク・ライフ・バランス社会の創造にむかって()     柴山恵美子

15年戦争における日本左翼の戦争責任・戦後責任論をめぐって()

                   大阪府立貝塚高校教員 中河由希夫

晴天に「黒い霧」を懸けることができるか」() 占領・戦後史研究者 佐藤 一

粕谷信次『社会的企業が拓く市民的公共性の新次元』に寄せて   植村 邦

東京都知事選の結果から何を学ぶか             労研編集部

[声明]タミフル使用を即時中止せよ   バイオハザード予防市民センター

思い出すことなど(3)                 久保田 敏

〔書評〕

宇仁宏幸/植村邦著『20世紀社会主義運動が残した仮説』

富田善朗/バク・ミンナ著『鉄条網に咲いたツルバラ−韓国人女性8人のライフストーリー』

柴山健太郎/秋草鶴次著『17歳の硫黄島』

本庄重男/宮部一章著『一事務職員の目線で捉えた 私の愛大43年史』

川口 章/豊田眞穂著『占領下の女性労働政策一保護と平等をめぐって』

 

労働運動研究』復刊第29(2011.8)通巻413号
労働運動研究』復刊第28(2011.4)通巻412号
労働運動研究』復刊第27号(2010,12)通巻411号
労働運動研究』復刊第26号(2010,8)通巻410号
『労働運動研究』復刊第25号(2010,4.)通巻409号
『労働運動研究』復刊第24号(2009,12.)通巻408号
『労働運動研究』復刊第23号(2009,8.)通巻407号
『労働運動研究』復刊第22号(2009,4.)通巻406副官12号号
『労働運動研究』復刊第21号(2008,12)通巻405号
『労働運動研究』復刊第20号(2008,8)通巻404号
『労働運動研究』復刊第19号(2008,4)通巻403号
『労働運動研究』復刊第18号(2007,12)通巻402号
『労働運動研究』復刊第17号(2007,8)通巻401号
『労働運動研究』復刊第16号(2007,4)通巻400号
『労働運動研究』復刊第15号(2006,12)通巻399号
『労働運動研究』復刊第14号(2006.8)NEW通巻398号
『労働運動研究』復刊第13号(2006.4)通巻397号NEW
『労働運動研究』復刊第12号(2005.12)通巻396号
『労働運動研究』復刊第11号(2005.8)通巻395号
『労働運動研究』復刊第10号(2005.4)通巻394号
『労働運動研究』復刊第9号(2004.12)通巻393号
『労働運動研究』復刊第8号(2004.12)通巻392号
『労働運動研究』復刊第7号(2004.4)通巻391号
『労働運動研究』復刊第6号(2003.12)通巻390号
『労働運動研究』復刊第5号(2003.7)
『労働運動研究』復刊第4号
『労働運動研究』復刊第3号
『労働運動研究』復刊第2号
『労働運動研究』復刊第1号
『労働運動研究』復刊第18号(2007.12)NEW
『労働運動研究』復刊第17号(2007.8))NEW
『労働運動研究』復刊第16号(2007.4))NEW
『労働運動研究』復刊第15号(2006.12)NEW
『労働運動研究』復刊第14号(2006.8)NEW
『労働運動研究』復刊第13号(2006.4)NEW
『労働運動研究』復刊第12号(2005.12)
『労働運動研究』復刊第11号(2005.8)
『労働運動研究』復刊第10号(2005.4)
『労働運動研究』復刊第9号(2004.12)
『労働運動研究』復刊第8号(2004.12)
『労働運動研究』復刊第7号(2004.4)
『労働運動研究』復刊第6号(2003.12)
『労働運動研究』復刊第5号(2003.7)
『労働運動研究』復刊第4号
『労働運動研究』復刊第3号
『労働運動研究』復刊第2号
『労働運動研究』復刊第1号
『労働運動研究』復刊第23号(2009,8.)通巻407号
『労働運動研究』復刊第22号(2009,4.)
『労働運動研究』復刊第21号(2008,12)
『労働運動研究』復刊第20号(2008,8)
『労働運動研究』復刊第19号(2008,4)
『労働運動研究』復刊第18号(2007,12)
『労働運動研究』復刊第17号(2007,8)
『労働運動研究』復刊第16号(2007,4)
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『労働運動研究』復刊第11号(2005.8)
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『労働運動研究』復刊第4号
『労働運動研究』復刊第3号
『労働運動研究』復刊第2号
『労働運動研究』復刊第1号

『労働運動研究』誌の焦点・目次・内容紹介です                                  2006.1.28 setup最終更新2011.5.27


第1号から第28号までは焦点、目次を以下で紹介してます。
第10号からは電子版でも紹介してます。


   研究会の案内 新刊号の紹介  新刊本の紹介   松江 澄氏を悼む  で左記項目の内容を見ることが出来ます。


                                            

『労働運動研究』復刊されました。電子版は新刊号の紹介でも見れます























































































労働運動研究復刊第17号 2007.8

 

焦点 野党諸勢力の共同活動で安倍自公政治を打破しよう

 

 先の国会(75日閉会)の特に終盤において、政府と自公与党は教育関連三法、改正政治資金規正法、社会保険庁改革関連法、年金時効特例法、改正公務員法などを次々と「強行」採決させた。それは多くの人々に、安倍首相の標榜してきた「美しい」国ならざる「恐ろしい」国の未来を予感させるに十分であった。

21世紀の日本にふさわしい理想を示す憲法を制定」し「戦後レジームから脱却し」て「美しい」国が実現されるはずであるとする首相にとっては、その実現を阻むものは「戦後レジームに既得権を持つ……大いなる抵抗」勢力である。

 だが国会内外の議論のなかで自公政権の勢力自体が「戦後レジーム」に浸っている事実が明らかになって来るや、国民の内閣支持率は急激に低下し始めた。柳沢厚労大臣の発言、松岡農水大臣の事件、元従軍慰安婦に関する首相発言、社会保険庁の「でたらめ」というにふさわしい業務実態、久間防衛大臣の「原爆投下はしょうがない」発言……。特に年金問題は国民の一人一人の生活安全に関わる不安と不満とを引き起こしている。

 政権中枢はこれらの不満を解消して政権への支持気運を立て直すために、種々の「改正」

法を通過させた。だが、なぜ「強行」しなければならなかったのか。それは国会で、また国会の外で十分な議論に耐えられる内容ではないからであった。社会保険庁の改革は必要である。そのためには、「でたらめ」な業務の実態をまず明らかにしなければならない。

組織運営の常識から言っても責任は第一に最高任命権者の首相、次いで大臣と長官以下の管理者にある。いかにして、なぜ、あのような実態にいたったのか。

 改正政治資金規正法や改正公務員法についても、「改正」されるべき問題−政治団体における資金の受領・支出の疑惑や天下り公務員の「制度」に関わる癒着・談合の常習など−が十分究明されていないならば、何摩「改正」法をつくっても「ざる法」にとどまることはすでに経験済みである。

 首相は「成長か逆行か」と息巻く。近年、確かに雇用は成長率の回復とともに増加している。欧米先進諸国においてもこの相関関係の傾向が認められていた。主流エコノミストによれば、こうした傾向の根拠は労働市場の「規制緩和」にある(ネオリベラリズムの理論)

日本経団連などはこの政策を掲げる安倍政権の支持者である。今期国会では、ホワイトカラーエグゼンプションなど労働法規の改正は見送られたが、経団連などは選挙後にすぐさまこの方針を貫きたいとしている。

 欧米諸国の成長の経験を調べれば、すでに批判的なエコノミストが指摘しているように、問題は雇用の質にあることが明らかである。今日、日本で見るようにパート、派遣、独立請負など「不全雇用」が拡大し、労働報酬の面においては言うまでもなく、精神的・肉体的な労働疾患からの安全などに関しても、社会的格差が進行し、世代的にも固定化する恐れがある。

 労働市場の「規制緩和」を進めるなかでも北欧4ヶ国は独特な「社会的モデル」を追求している。このモデルが外国に適用できるのかは、社会的にも、国際的にも諸国の歴史的条件にかかわっている。今日、世界の諸国でネオリベラリズムに対抗する諸勢力は容易ならざる困難に直面している。日本においても、安倍自公政権に対抗する諸勢力はその打破に向けて共同関係に合意し、幅広い(草の根から議会まで)運動を実行するより道はない。

(UM/07.07.10)           

 

編集後記

 今期国会の時期にわれわれの運動にとって差し迫って重要な課題がいくつか提起されている。いずれも諸勢力の英知を結集し、実効性のある具体的な政策が求められているのであるが、経験的に言って、そのような合意に達することが難しい課題である。われわれはこれらの課題を研究テーマとして労研定例研究会を継続していきたい。

○年金問題の本筋であった制度的改革がすっ飛んでしまった。「宙に浮いた」年金を正常状態に戻すことは必要であるが、早期に年金改革に着手するきっかけを求めるべきである。

 医療システムや介護システムの崩壊の危機(コムスン問題から暴露された)をも加え、社会保障の全般的な再構成の議論(議会の中、社会の中)に取りかからねばならない。もう一つ重要な項目は、労働条件に関する保障である。日本経団連などは、労働市場の規制解除を進める姿勢(ネオリベラリズム)を打ち出している。手本はアングロサクソン型の「社会的モデル」である。失業率は確かに低い。

反面、社会的格差(例えばジニ係数で評価)は大きい。その実態はもっとよく調べよう。

公式の統計も吟味が必要である。

○北欧型の「社会モデル」を推奨する見解もある。アングロサクソン型に対する、このモデルの特性は@「不全雇用」の改善に多大な費用を充当する(GDPにしめる、税と社会保障負担との和の比率が大きい)。A社会的格差を縮小する所得再配分を実行する(ジニ係数が小さくなる)。B労働組合がこれらの条件のもとで「経営の自由」(解雇の自由など)を容認する。この点でネオリベラリズムの特質が現れている。

 ここでも成長、雇用、失業率などの実態を統計の吟味とともに、さらには、近年におけるありうべき変化の傾向とともに、よく調べてみよう。その特性は、社会的にも、国際的にもこれら諸国の歴史的経緯に深くかかわっているのではなかろうか。このモデルは揺るがないのか。いずれも先入観にとらわれない冷静な研究が必要である。

○久間防衛大臣の「原爆投下はしようがない」発言(630)に対して、北朝鮮の内閣機関紙『民主朝鮮』(76)は「米国の核犯罪行為を唯一の被爆国である日本の防衛相が擁護したのは、日本人から見ても嘆かわしい」と評論したという(『朝日』7.7)。まさに頂門の一針と言うべきか。日本人にとっての15年戦争のテーマである。

(UM/07.07.10)


労働運動研究復刊17号 2007年8月

 

従軍慰安婦」・戦争被害賠償―立法化も視野に解決を促進

    −「日中共同声明」で中国人民の賠償請求権は放棄されない−

 

          インタビュー  元日本弁護士連合会会長 土屋公献  

 

  427日午前、最高裁は戦時中に強制連行された中国人が損害賠償を求めた西松建設訴訟の判決において、「1972年の日中共同声明によって損害賠償請求権は放棄された」という初判断を示して上告を棄却した。最高裁は、さらに同日午後に、日中戦争中の中国人「従軍慰安婦」訴訟2件のうちの1件の上告をこの判断に基づき棄却し、さらに中国人労働者らが国や企業に賠償を求めた2件の戦後補償の上告審で、いずれも上告棄却の判決と決定を下した。52日、編集部は、元日弁連会長土屋公献氏にインタビューを行った。同氏は1994年に日弁連会長に就任し、日弁連としてのアジア・太平洋戦争の従軍慰安婦問題の実態解明と国の政治責任と損害補償問題の解決に奔走された弁護士である。現在も日中戦争中の重慶大爆撃の損害賠償訴訟の弁護団長を務めるかたわら731部隊訴訟でも献身的に取り組んでいる。インタビューは、編集部の柴山健太郎が担当した。(文責・編集部)

 

最高裁の「日中共同声明」解釈は「不法で無効」 

 

最高裁は427日、中国人女性が戦時中旧日本軍の慰安婦にさせられたとして国に損害賠償を求めていた2つの訴訟や、劉連仁訴訟(戦時中に中国から強制連行された劉連仁氏が、働かされていた北海道の炭鉱から脱走し終戦を知らないまま13年間も逃亡生活を続けていたことに対する損害賠償請求訴訟)、同じく福岡強制連行訴訟(戦時中に強制連行されて福岡県の炭鉱で働かされていた元中国人労働者の国と三井鉱山に対する損害賠償請求訴訟)4件について、いずれも原告側の上告を退け、敗訴させました。ここで注目されることは慰安婦2次訴訟で判決を言い渡した最高裁第1法廷が、「日中共同声明で個人の賠償請求権が放棄された」という初判断を示したことです。これは重慶大爆撃訴訟や731部隊訴訟一今後の戦後補償訴訟に決定的な影響を持つものと思われます。まずこの際高裁判決についてのご意見を聞かせてくさい。

 

土屋 今度の最高裁判決の最大の問題は、『日中共同声明』の解釈に重大な誤りがあるということです。国際条約の解釈については『条約法に関するウイーン条約』という国際的取り決めがあります。これは条約の解釈の仕方を決めた条約で、日本は19695月に調印し、19817月に公布しています。この条約の第311項の「解釈に関する一般的規則」では、「条約は文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして、与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈するものとする」と規定しています。ところが今度の最高裁の『日中共同声明』の解釈はこの規定をまったく逸脱し、著しく曲げた解釈をしています。何よりも重要なのは、当事者の中国外務省がこの最高裁判決について直ちにコメントを発表し、日中共同声明で中国政府が戦後賠償を放棄したことは「両国人民の友好のために下した政治決断」で、この声明によって中国人民の賠償請求権まで放棄したとする判決の解釈は『不法で無効』と非難していることです。

19729月の『日中共同声明』では,「賠償」について、「中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する」と述べていますが、ここには中国人民の請求権を放棄するという文言はありません。国際条約では、請求権の場合、必ず国と国民または人民の請求権を明記するのが通例です。

この最高裁判決では、慰安婦2次訴訟の上告棄却理由で「日華平和条約によって請求権は放棄された」と述べていたのを、「日中共同声明によって放棄された」と変更していますが、この「日華平和条約」は、日本政府が台湾の中華民国政府と1952年に調印し、政府見解では19729月に終了しているとされているものです。ところがこの「日華平和条約」第3条の「財産及び請求権」の規定でも、政府当局、国民、住民、法人などを明確に区別し、次のように述べています。

「日本国及びその国民の財産で台湾及び澎湖諸島にあるもの並びに日本国及びその国民の請求権(債権を含む)で台湾及び澎湖諸島における中華民国の当局及びそこの住民に対するものの処理並びに日本国におけるこれらの当局及び住民の財産並びに日本国及びその国民に対するこれらの当局及び住民の請求権(債権を含む)の処理は、日本国政府と中華民国政府との間の特別な取極の主題とする。国民及び住民という語は、この条約で用いるときはいつでも、法人を含む」

これは、最高裁判決に挙げられているサンフランシスコ平和条約(1952428日発効)でも明らかです。この条約の第14条の「賠償及び在外財産の処理」では次のように述べています。「この条約に別段の定がある場合を除き、連合国は、連合国のすべての賠償請求権、戦争の遂行中に日本国及びその国民がとった行動から生じた連合国及びその国民の他の請求権並びに占領の直接軍事費に関する連合国の請求権を放棄する」

日本は、サンフランシスコ条約以後、この条約に参加しなかった諸国のビルマ、インド、ソ連などと2国間の平和条約を締結し、それぞれ賠償権の放棄について協定していますが、ここでも「国及び国民の賠償権」と明記しています。

たとえば19526月に調印された「日印平和条約」第6条は賠償権の放棄を規定していますが、その文言は次のようになっています。

「(a)インドは、日本国に対するすべての賠償権を放棄する。

(b)この条約に別段の定がある場合を除く外、インドは、戦争の遂行中に日本国及びその国民が執った行動から生じたインド及びインド国民の全ての請求権並びにインドが日本国の占領に参加した事実から生じたインドの請求権を放棄する」

 これは1954年に調印された日本・ビルマ(現ミヤンマー)平和条約での賠償権の相互放棄取り決めでも同じです。さらに1956年に調印された日ソ共同宣言でも次のように明記しています。

 「日本国及びソヴイエト社会主義共和国連邦は、194589日以来の戦争の結果として生じたそれぞれの国、その団体及び国民のそれぞれの地方、その団体及び国民に対するそれぞれの請求権を、相互に、放棄する」

したがって、今回の『日中共同声明』で単に「日本国に対する賠償請求を放棄する」とだけ規定している条項を、中国人民の賠償請求権まで放棄されたという最高裁の判断は、この『日中共同声明』を曲げて解釈したとんでもない判決です。中国外務省は、この『日中共同声明』によって「個人の賠償権まで放棄した」とするこの最高裁判決の解釈を「不法で無効」と否定したのは当然です。ただ中国政府の態度は、「中国人民が日本政府に自由に賠償を請求することについてわれわれは援助もしなければ干渉もしない」が、日本政府に「適切な処理を求める」ということで、政府が人民になり代わって日本政府に賠償させるという強い態度ではありません。中国政府は日本首相の靖国神社参拝になるときわめて強硬な態度をとりますが、個人の損害賠償請求については人民を代表する立場を放棄していることは、非常に嘆かわしいと思います。

 

今度の最高裁判決で、マスコミなどでは旧日本軍の遺棄毒ガス兵器による損害賠償問題など少数の例を除き、重慶大爆撃訴訟や731部隊訴訟などの今後の戦後賠償請求訴訟は敗訴が確定的になり、残された道は和解だけだという主張が強まってきましたが、どう思われますか?

 

重要な意味を持つ最高裁の被害事実と請求権の認定

 

土屋 今度の最高裁の判決はこれまでの下級審で積み上げてきた判例をすべて覆すような不当判決です。しかし事実に関する認定を確定させたことと原告の請求権を認めたこと、さらに請求権自体は消えていないことを認めたこと、さらに裁判外での解決を促したことなど幾つかの点では重要な意味があります。たとえば、慰安婦2次訴訟では、1、2審とも被害にあった2人の女性を軍が強制連行し、監禁し、強姦した事実を認定しましたが、最高裁もこの事実認定自体は「適法に確定された」と認定しています。慰安婦1次訴訟では被害にあった山西省の女性には1,2審とも、女性の監禁、強姦の事実は認定しながら、旧憲法下で国の行為は責任を問われないとする「国家無答責」の法理を適用して請求を棄却しています。劉連仁訴訟では1審では国家賠償法に基づき請求全額を認めて国に2000万円の支払いを命じたのを2審では不法行為があった時から20年経つと賠償請求権が消滅するとされる「除斥期間」を理由に原告を逆転敗訴させています。福岡強制連行訴訟では1審が被告三井鉱山に計15000万円の支払いを命じましたが、2審は時効と「除斥期間」の成立を認めて原告を逆転敗訴させ、今回の『日中共同声明』に基づく上告棄却判決になったわけです。

 

従来の戦後補償訴訟の下級審判決で、請求を棄却しながらも事実を認定して「立法不作為」を指摘して立法によって問題を解決せよという裁判所の判断を示唆したものが見られましたが、今後こうした努力が重要になると考えられますか?

 

土屋 これまで政府が被害者の訴えを無視し続けてきたなかで、下級審はそれなりに事実認定を積み重ねてきました。さらに今度は最高裁自体が事実を確定した上で、国の責任を認め、原告に対して賠償請求権を認めたのです。つまり裁判では賠償請求は認められないが、損害賠償義務を背負った日本国が自発的に賠償することは妨げないとして、内閣が自発的に賠償したり、国会が補償立法措置を採択して内閣に実施させたりすることも可能だとして、解決を促したということです。したがってこれから立法運動をして、解決を促していくことが必要だと思います。

 

野党はこれまで何回も従軍慰安婦問題を解決するために繰り返し法案を国会に提出していますが、今後これらの法案の扱いをどうすべきだと考えますか?

 

 野党の「従軍慰安婦」・戦時補償法案の審議開始を

 

土屋 敗戦時には各省にあった従軍慰安婦や強制連行などに関する文書が多量に焼かれたことは事実ですが、各省の倉庫にはおびただしい文書が未調査のまま眠っています。こうした資料を国会図書館に専門局を設けて各省の資料を精査する法案や、従軍慰安婦問題を解決する法案が繰り返し国会に提出されたまま廃案になったり、継続審議になったりしています。国会はまずこれらの提案を審議すべきです。いま安倍政権は拉致問題を最重要課題として取り上げていますが、国際的には拉致問題も「従軍慰安婦」や強制連行問題も同様に重大な人権問題と考えられていますから、「従軍慰安婦」問題を無視して拉致問題だけを解決しようとしている安倍政権はいま非常に苦しい立場に立たされています。安倍首相は「従軍慰安婦」の拉致に「狭義」と「広義」の区別をつけてごまかそうとして、かえって「従軍慰安婦問題」に関する安倍政権の恐るべき人権感覚の欠如に対する国際的非難を浴び、日米首脳会談でブッシュ大統領に謝罪し、今度は「謝罪する相手が違うのではないか」と嘲笑を浴びる無様な姿をさらけ出しました。

従軍慰安婦問題では甘言をもって騙して連行した場合も、家に押し込んで強制的に拉致した場合も、強制した事実に変わりはありませんし、一度連行したら監禁しては絶対返さないのです。私が日弁連会長になったのは1994年ですが、韓国、フィリピン、中国、台湾、北朝鮮などの調査に基づいて、政府に対し従軍慰安婦に速やかに謝罪と金銭補償を含めた被害回復の措置を講じるよう何回も勧告を行っていますが、政府は依然として勧告を実施していません。

これは他の人々の賛同が得られるかどうか判らないのですが、問題を考えるに当たって、私は、被害者の損害賠償請求の正当性の根拠として民法上の「事情変更の原則」が援用されるのではないかと思っています。民法では経済事情変更の結果、契約を文字通りに遂行させることが著しく公平に反する場合、『事情変更の原則』を適用することが相当とされる」という場合があります。

敗戦国の日本が連合国に対して当然賠償責任を持つことは、サンフランシスコ平和条約第14条の「賠償及び在外財産の処理」にも「日本国は戦争中に生じさせた損害及び苦痛に関して、連合国に賠償を支払うべきことが承認される」と明記したことでも明らかです。だが続けて「しかし、また、存立可能な経済を維持すべきものとすれば、日本国の資源は、日本国がすべての前記の損害及び苦痛に対して完全な賠償を行いかつ同時にその債務を履行するためには現在十分ではないことが承認される」として、「別段の定がある場合」を除き、連合国の全ての賠償請求権及びその他の国民の請求権等を放棄するとしたわけです。つまり敗戦直後の日本の国力ではとうてい賠償責任を果たすのは不可能だから請求権を放棄するというわけです。しかし、現在の日本は世界第2のGDPをもつ経済大国で、事情は当時とは一変しています。日本は朝鮮戦争やベトナム戦争の軍需景気等のお陰で経済復興を果たし、経済大国に躍進したわけです。そのために日本は軍備を充実させ、アメリカ、ロシアに次ぐ軍事大国になっています。当時の日本の国力や経済事情と現在の日本との差が余りにも大きいので連合国やアジア諸国の国民の「賠償権を放棄する」理由がなくなっていると思います。

いまなら賠償を払おうと思えば十分に払える国力を持っているのに「あの時約束したのだから俺は払わないよ」という当時の相手国の好意に悪乗りした図々しい態度は、日本の国益に反し、まさに国辱的です。

 

ドイツはGDPが日本の半分くらいしかありませんが、それでもドイツ企業が戦時中に占領地から強制連行した労働者や強制収容所の囚人を奴隷労働させたりして不法な利益に与かった政治的・道義的責任を認め、20007月のドイツ連邦議会は、政府とドイツ系財界が50億ドルずつ拠出し、「記憶・責任・未来」財団を設立する法案を可決し、犠牲者に補償金を支払っています。この財団の特徴は、運営にドイツ政府、国会代表だけでなく、被害者のユダヤ人やロマ人、侵略被害諸国の代表、国連高等弁務官なども参加していることです。このドイツの先例は、日本でも学ぶべきでしょうね。

 

土屋 日本よりも国力が小さいドイツでさえできることが日本でできないわけがありません。今問題になっている訴訟の戦後補償に要する費用は全部合算しても、5兆円くらいでしょう。これまで国連人権委員会でも、ILO労働委員会でも、日本に対し何度も戦争被害者に対する謝罪と補償支払いを促しているのに、日本は拒否しています。だから日本が国連常任理事国入りを希望してもアジア諸国はどこも賛成しないのは当然です。支持したのはアフリカの小さな国がわずか23カ国でしょう。こういう現状を見ていると「何が美しい国か」と言いたくなります。

― 今日はお忙しいところ長時間お話いただき有難うございました。


    インドネシア元「従軍慰安婦」問題に関する内閣総理大臣宛勧告  

          

20011029  日本弁護士連合会

 

勧    告

 

当連合会は、申立人A、同B,同C、同D,同E外200人によるインドネシア元「従軍慰安婦」人権救済申立事件に関し、下記のとおり勧告します。

 

第1 勧告の趣旨

1.申立人A、同B,同C、同D,同Eらは、インドネシア国籍を有する女性(但し、CとDは本申立事件調査中に死亡した)であるが、アジア・太平洋戦争下19423月ごろから19458月ころまで当時のオランダ領東インドのボルネオ島において、旧日本軍により「従軍慰安婦」として性的行為を強制された女性たちである。

 これら申立人5名については、女性の基本的人権が蹂躙され個人の尊厳が著しく侵害されたものであり、生存申立人ら3名が高齢であることを考慮し、速やかに謝罪や金銭補償を含めた被害回復のための措置を講じること。

 2.上記申立人ら5名以外の申立人ら女性(別紙()当事者目録記載のとおり)についても、元「従軍慰安婦」として性的行為を強制された女性であることが推定され、その基本的人権が蹂躙され、個人の尊厳が著しく侵害された疑いが強いことから、政府はその調査を重ね、元「従軍慰安婦」と認められた場合には前項記載の申立人らと同様な措置を講じること。

 第2 勧告の理由

 別添調査報告書記載のとおり。

 

          調査報告書 

(200199日理事会承認)

 

1 結論  

日本弁護士連合会は、日本政府に対し、別紙のとおり勧告をするのが相当と思料する。 

 

2 申立人と申立の趣旨

  1.Bら200名の申立人らは、第二次世界大戦中において、日本軍により強制されて「従軍慰安婦」とし日本軍人らに性慰労を強制されたインドネシア女性である。

  2.申立代理人Fは、インドネシア・ジョグジャカルタ法律援護協会(Legal Aid Institute)所属の弁護士で、申立人の任意代理人である。

  3.申立の趣旨は次のとおりである。

   ()日本政府に対し、インドネシアの従軍慰安婦の存在を認めるように働きかけて欲しい。

   (2)日本政府は、19964月の国連勧告を受け入れ、インドネシアの従軍慰安婦に対し、謝罪と補償を行うよう働きかけてほしい。

   (3)日本政府は責任逃れのために利用している女性のためのアジア平和国民基金の一時金支給を中止するよう働きかけてほしい。

   以上の要望が実現されるよう、日弁連が適切な措置をとられるよう要望する。

 

 第3 調査の経過

   1199819日、本事件を担当した予備審査委員3名は、「調査開始を相当とする」旨の予備審査報告書を人権擁護委員会に提出した。同報告書に基づき、同委員会において調査開始が決定された。

   2、その際、元「従軍慰安婦」本人への面談が最低限必要であるとされた。

   3、ついで1998827日担当調査員3名による「中間報告書」が人権擁護委員会に提出された。

    その内容は次のとおりである。

    ()インドネシアにおける元「従軍慰安婦」の存在

      日本政府の調査(平成584日付)および日弁連の調査(19934月第36      回シンポジウムのための調査団が、8人の元「従軍慰安婦」から被害状況の調査を行っている)、並びに「女性のためのアジア平和国民基金」(以下アジア女性基金という)が、元「慰安婦」の存在を前提に、インドネシア政府に対し、高齢者社会福祉施設の建設のための資金援助を行っていること、などからその存在が認められる。

    (2)申立人について

      申立人代理人F(インドネシアの弁護士)に委任した人達の中に、元従軍慰婦が存在し、救済を望み、日弁連に要望しているか否かの調査が必要である。

    (3)申立にかかる事実について

      法律援護協会ジョクジャカルタ支部が調査をし、5名の元「従軍慰安婦」と言われる女性からの聞き取りの結果、偽計により慰安所に連行され、監禁されて、1日数名から十数名の日本人の相手をさせられたなどの事実が推認できる。

    (4)アジア女性基金と日本政府の対応について

     今回の申立において申立人らがどのような要望をなしているのか、確認できない。

    (5)まとめと今後の方向

     現地調査が必要である。

   4、199912月の現地調査の内容について

     事情聴取を行ったのは次のとおりである。

    (1)申立人代理人F弁護士

    (2)申立人A

    (3)申立人B

    (4)申立人C

    (5)申立人D

    (6)申立人E

   以上の事情聴取の内容は、別紙聴取書記載()のとおりである。

  5、その他の資料()

 

4 認定した事実    

 

1.申立人らが元「従軍慰安婦」であったか

     

(1)本件申立人らのうち、A、B、C、D、Eらは、アジア太平洋戦争中において、前記第3 調査経過を綜合すると「従軍慰安婦」であったことが認められる。(なお、その後CとDは死亡)

      1942310日G中将率いる日本陸軍第16軍がオランダ領東インド(蘭印、現インドネシア)のオランダ軍最後の拠点ジャワ島バンドンに入城した。このジャワ陥落によって蘭印の石油その他の資源を確保するという南方作戦の目的はほぼ達成されたといわれる。日本軍の開戦後わずか3ヶ月で東南アジア、南西太平洋のほぼ全域を占領下においたことになる。

       そして申立人Bからの聞き取りによれば、ジョクジャカルタに住んでいた申立人は当時13歳で、1942年に日本軍がやってきて間もなく、民間劇団の働き口を求めて応募したところ、健康診断の後スラバヤ、ボルネオのバンジャルマシンを経て、トラワンの慰安所に連れていかれた。そこで、昼は軍人、夜は役人、電話局員、新聞社などの日本人の相手をさせられた。報酬をもらった事実は認められない。

       申立人Bや申立人Aからの聞き取りによれば、慰安所までの連行につき軍人の関与が強くみられるが、申立人C、同E、同Dについては慰安所までの連行に軍人の関与は強くは認められない。ただ申立人らは最初から従軍慰安婦の募集に応じたものではなく、劇団、レストランや病院或いは日本人家庭での労働に応じたところ、慰安所に連行されたのであり、その慰安所で初めて客を取らされたことが判明する。

       つまり応募について従軍慰安婦であることを全く知らされず、慰安所に連行されたことや慰安所についてからは逃げることなどは全くできなかったこと、客には軍人のみならず、民間人もいたこと、報酬は一切受け取っていなかったことは共通する。客に民間人がいたことが、申立人らが従軍慰安婦であることを否定することにはならない。当時の軍事的情勢からみて、インドネシア在住の民間人といえども全て軍の指揮監督下にあったものであり、また慰安所が軍の管理下にあったことなどからして、以上5名の申立人らをして従軍慰安婦ではなかったといえない(以下申立人ら5名という)

    (2)その他の申立人ついて(以下他の申立人らという)

       その他の申立人が従軍慰安婦であったか否かについて、申立人代理人F弁護との面談によれば、当人の申し出だけでは不十分なので、収容された慰安所別にグループ毎に集めてクロスチェックしたとのことである。クロスチェックの方法は、例えば申立人Bさんから聞いた内容に基づいてその登場人物を訪れて体験内容をチェックするという手法をとった。その結果、当初249名の登録者が調査の結果、強制労働の犠牲者であることが判明した女性を除いて申立人200名となった。

       以上のことからすると、他の申立人についても、元「従軍慰安婦」であったと推定することは困難ではない。

     

2.委任について

      申立代理人であるF氏はインドネシア法律援護協会・ジョクジャカルタ支部の責任者であり、訪日歴もあり、従来からインドネシア在住の元「従軍慰安婦」4への援助活動を活発におこなってきた。

       日弁連への人権救済申立は、申立人Bが日本への3回の訪問中に知り、F弁護士へ提案したものであること、F弁護士への委任については基本的に公証人作成の委任状で確認したものであり、原本をF弁護士から見せられ、その写が日弁連に提出済みであることから明らかといえる。

 

第5 判断

      

1、申立人らが日本政府に謝罪と補償を求めていることについて

       まず申立人ら5名が、元「従軍慰安婦」であり、且つ他の申立人らも元「従軍慰安婦」である可能性が高く、日本政府から現在に至るまでの謝罪と補償を受けていないことは明白であり、申立人らはこれを日本政府に求めていると判断される。

      

2.日本政府の立場について

       日本政府は、法的責任を受諾してはいないが、多くの声明で第二次世界大戦中の「従軍慰安婦」の存在は認めていると判断される。

       河野洋平官房長官(当時)199384日付声明で慰安婦の存在及び慰安所の設置・運営に旧日本軍が直接・間接に関与したこと、及び募集が私人によってなされた場合でも、それは軍の要請を受けてなされたことを認めた。声明はさらに、多くの場合「慰安婦」は、その意思に反して集められたこと、及び慰安所における生活は「強制的な状況」下で痛ましいことであったことも認めている。

       日本政府の特別研究は、@各地における慰安所の開設は当時の軍当局の要請によるものである。A各地における慰安所の存在が確認できた国または地域は、日本、中国、フィリピン、インドネシア、マラヤ(当時)、タイ、ビルマ(当時)、ニューギニア(当時)、香港、マカオ及び仏領インドネシア(当時)である、B民間業者が(慰安所を)経営していた場合においても、旧日本軍がその開設の許可を与えたり、慰安所の施設を整備したり、慰安所の利用時間、利用料金や利用に際しての注意事項を定めた慰安所規定を作成するなど、慰安所の設置や管理に直接関与した。C募集は多くの場合民間業者によってなされたが、募集者は「或いは甘言を弄し、或いは畏敬させるなどの形で」「本人たちの意向に反して」集める手段をとり、管理者と軍関係者が直接募集に当たった場合もあるとしているとし、旧日本軍の直接関与を認めている。

      

3.日本の法的責任について

      

これら「従軍慰安婦」制度が国際法、国際慣習法に違反することは日弁連が19951月に明らかにした「『従軍慰安婦問題』に関する提言」13頁以下において詳細に述べているとおりであり、日本に法的責任があることについて、ここで述べるまでもないが簡単に触れることにする。 

      

(1)国際法、国際慣習法違反

       「従軍慰安婦」制度は、日本が当時批准していた以下の条約等国際人道法に違反する。

       

@陸戦の法規慣例に関する条約(ハーグ条約)

       日本が19111116日に批准したハーグ条約付属規則第43条は、占領地域の法律の尊重を定め、同46条では占領地での私権の尊重を定めている。  占領地における強姦、性的虐待、性的奴隷化はこれらの規則に反する。

        

Aジュネーブ捕虜条約違反(1929年)

        日本は批准をしていないが、これを準用すると米国ほか各国に回答している。( 1929129)

同条約3条は捕虜保護原則を、同条約3条は婦人の保護を定め、「占領地域における女性を拘束した上で性行為の強要は、民間人を抑留して性行為をおこなわしむこと」としてこれを禁止している。

      

 B人道に対する罪

           戦後ドイツと日本における2つの国際軍事裁判所条例では、当時の国際法違反の通例も戦争犯罪に該当しない場合でも、戦争に関して人道に反する行為を行った者を「人道に対する罪」に該当するとして、これを処罰することを定めている。その行為は、「殺戮、殲滅、奴隷的虐待、追放その他非人道的行為」であり、もしくは「政治的又は人種的迫害行為」である。「従軍慰安婦」の実態は、性的な奴隷的虐待にあたるものである。

     

         ()醜行ヲ行ハシムル為ノ婦女売買ニ関与スル為ノ婦女売買ニ関与スル条約違反

       日本ハ、イ、「醜業ヲ行ハシムル為ノ婦女売買二関与スル協定」(1904)、ロ、「醜業ヲ行ハシムル為ノ婦女売買禁止条約」(1910)、ハ、「婦人及び児童の売買ノ禁止二関する条約」(1921)を、19251221日に批准した。これらの協定及び条約は違反者を処罰することを義務付けている。

        日本は、1921年条約第14号に基づき、植民地を包含しないとの宣言を行っているが、当時インドネシアは占領地であり、申立人を慰安所まで輸送するのに日本軍トラックを使用し、さらにジャワ島までの間に日本の船舶を利用している。日本の船舶は、国際法上日本本土とみなされる。

      

()強制労働に関する条約違反

       1930628日ILO第14回総会は、強制労働に関する条約(29号条約)および勧告第35号、同36号を採択し、日本は19321221日同条約を批准した。

        条約21項は、強制労働の定義につき、「或者ガ処罰ノ脅威ノ下ニ強要セラレ且右ノ者ガ自ラ任意二申シデタ二非ザル一切ノ労務ヲ謂ウ」と定義されるが、この「一切ノ労務」には性行為も含まれる。

        同第11条は、女性はいかなる場合にも、強制労働に従事させること禁止している。

        申立人らは、その応募に際し慰安婦であることを知らされず、応募後、慰安所において初めてそのことを知った。その上で「従軍慰安婦」として性行為を強要されたものであったことは事実の認定においても明らかであり、同条約に違反するものと言わざるを得ない。

      

(4)奴隷制および奴隷取引を禁じる国際慣習法の違反()

       

4、日本の責任に関する国際連合の人権委員会等の「従軍慰安婦」に関する審議について

        

()フアン・ボーベン報告について()

       (2)クマラスワミ報告について()

        

(3)マクドウーガル報告        

1998821日、国連人権小委員会で採択されたマクドウーガル報告は、戦時・性暴力問題に関する最新の報告書である。同氏は、97年から99年まで人権小委員会代理委員及び「武力紛争時における組織的強姦・奴隷類似慣行に関する特別報告者」であった。現在は人種差別撤廃条約に基づく人種差別撤廃委員である。

         同報告書は、日本政府からの報告書を検討して日本軍「慰安婦」問題に関する日本政府の法的責任を分析し、@奴隷の禁止違反、A人道に対する罪、B戦争犯罪である、と結論している。その主たる勧告内容は次のとおりである。

        

 @残虐行為の責任者の処罰         

 

A「慰安婦」被害女性に対する損害賠償とアジア女性基金

          「慰安婦」被害女性に対して公式に法的賠償を求められている日本政府の責任が「アジア女性基金」で果たされるわけではない。「償い金」の支払いは、法的責任を認めたものではない。「アジア女性基金」が法的賠償にあたらない以上、損害賠償支払いの新たな政府基金を、外国代表も加えて設置しなければならない。国連高等弁務官は日本政府とともに、公式に金銭補償を提供する補償計画を迅速につくるために、政策決定権を与えられた国内外の指導者を専門委員に任命すべきである。その役割は次のとおり。

          a.適切な損害賠償額の算出

           .基金の広報と被害者認定の効果的なシステム確立

          c.「慰安婦」からの請求すべてに迅速に対処する行政審査機関の設置

         B損害賠償額の妥当性

     損害賠償額の妥当性は、被害の重大さ、規模、反復性や、行われた犯罪が意図的であったか否か、社会を裏切った公務員の行為にどのくらいの犯罪性があったか、すでに経過した膨大な時間(救済が大幅に遅れた心理的被害、貨幣下落による損失)などを考慮すべきである。損害賠償の対象となるのは、身体的、精神的な被害、苦痛や情緒不安、教育機会の喪失、収入そのものや収入を得る能力の喪失、リハビリテーションの医療費、その他の応分の費用、名誉・尊厳への侵害、救済を得るための法律家や専門家の援助にかかる応分の費用など、経済的に算定可能なすべての被害である。虐待が繰り返されないような抑止力も考慮に入れるべきである。

         

C報告義務

     日本政府は、「慰安婦」を特定し、被害者補償し、加害者を訴追する状況に進展についての詳細な報告を、国連総長あてに年2回、提出するよう義務づけられる。報告書は、日本語と朝鮮語でも準備し、国内外に配布し、とりわけ被害女性本人に対し配布し、また彼女たちが居住する国で、広く普及すべきである。 

          1999826日国連人権委員会・人権促進保護委員会(旧差別防止少数者保護小委員会)は、「戦時組織的強姦・性奴隷に関する決議案」を採択した。この決議案の内容は次のとおりである。

        「マクドウールガル特別報告者の報告を歓迎し、この問題について1907年のハーグ陸戦法規が賠償の必要性を規定していることを確認し、国際法に照らして犯行者の訴追と被害者への賠償が重要であるとし、さらに国家の債務や個人の権利は平和条約・平和協定・恩赦などで消すことはできない。」

        200816日マクドウールガル特別報告者は「最終報告書のアップデイト(最新報告)を行った。このとき日本の軍隊性奴隷制度に触れ「レイプキャンプ(慰安所)の被害者には何の補償もされていない。公的賠償もなければ法的責任の公的認知もないし、誰も訴追されていない。日本政府はいわゆる『慰安婦』に対して行われた侵害について謝罪するための措置を講じてはいるが、それは自己の法的責任を認めて受け入れるものではなく、被害者の法的賠償も支払っていない。それゆえ日本政府は国際法上の責務を十分果たしていない」と指摘した。

       (4)以上のように国際社会は、日本政府に対し「従軍慰安婦」に法的賠償と加外車の訴追を求めているのである。(以下、省略)

      


 

    「世界の富と権力の中心は西欧からアジアに移りつつある」 

       −豊かさの獲得をめぐる世界的な戦争‐

                ドイツ週刊誌『シュピーゲル』2006911日号

                    要約・解説 労働運動研究所 柴山健太郎   

 

 以下に紹介するのは、国際的に著名なドイツの週刊誌『シュピーゲル』に掲載されたガボール・シュタインの論文「豊かさ獲得をめぐる世界的な戦争」(Weltkrieg um Wohlstand)の要旨と解説である。この論文の要旨は「グローバル化により西欧は中国やインドを先頭とするアジア諸国によって激しく追い上げられ、世界の富と権力の中心は西欧からアジアへ移りつつある。だがこの目覚しい経済成長のマイナス面も増大し、特に中国の知的財産の盗用、劣悪な労働条件、激増する労災事故、すさまじい環境破壊、子ども労働の増大などの諸条件は、今後の世界の政治・経済や地球環境に無視できない影響を与えるだろう」ということにある。                                

 

 興隆するアジアと没落する西欧

 

 世界の権力と富の新たな分布の特徴を図式的にいうと、西欧の数百万の人々が今後持たざる者に転落すること、つまりアジア人が興隆する代わりに西欧人が没落することを意味する。  

多くのドイツ人にとって、未来は過去に経験したことのないような雇用、家族、個人の生存などへの脅威のかたまりのように思われる。手工業の崩壊、破産に瀕した中間層、依然として猛威を振るう失業、日常化した賃金と手当ての切り下げで、これまで安泰だった人たちの間でも不安が広がっている。

 西欧の政治家はよりによってこの危機の時代に混乱し、矛盾した反応を示している。彼らは、グローバル化の利点を賞賛することで自分の選挙民たちが持たざる者に転落することを容認している。有権者に有益な認識を与えられるかどうかという不安だけでなく、そうした認識自体がしばしば欠落していることさえ感じられる。世論調査の結果で共通してことは、収まることがない社会不安である。人々が感ずるのは、自分たちが生まれた世界はもはや存在しないということである。彼らがアジアで見ていることは、現在の自分たちではなく、新たなことの始まりである。

日本から始まり、都市国家のシンガポールや香港に飛び移り、ついには「タイガ−国家」と呼ばれる新興工業国の韓国と台湾に達した歩みは、アジア大陸を豊かさに向かって絶大なエネルギーを結集する経済地域に転化させた。これらの諸国はすべて豊かさへの路を歩んでおり、世界の政治的・経済的構造ばかりか、軍事的構造まで変化させることが予想させる。

 これまでは不可能と思われたこの事業を企てたのは、非常に偉大な諸国民である。もしこれらの諸国の建設事業の半分でも円滑に進むとすれば、中国とアメリカは今後35年以内に超経済大国の地位を交代するだろう。インドもぴったり後に続いている。欧州の諸国民の5倍以上の約25億人の人口を持つこれら両国は、自分たちの歴史を幸福な方向へ転換させようと努力している。

 これらの諸国が、すでにこれまで挙げた成果は、世界の経済史がかつて経験したことのなかったような印象的なものである。イギリスが一人当たり国内総生産を2倍にするのに約60年を要し、アメリカは約40年、日本もほぼ同じ年数を要したが、インドネシアは17年、中国はわずか12年に過ぎない。ドイツのヘルムート・シュミット元首相が述べたように、われわれは並々ならぬ生命力の爆発する時代の証人になっている。世界の中心は、2つの欧州大戦後にアメリカに移り、いまやアジアの方に移りつつある。これとともに欧米が支配権を持つ時代は終わりつつある。

 

 立場を変えたグローバル化の勝者と敗者

 

西欧経済は現在も将来も強力だが、もはやすでに最強の存在ではない。民主主義と自由という西欧の価値は依然として妥当性を有しているとしても、普遍性を有しているとは到底いえない。ニューヨーク、パリ、ロンドンやベルリンの生活は今後も続くが、極東では高度文化が形成され、その自信がやがて慢心に転化する可能性もある。

 西欧には、これまで脅威の分析がなかった。西欧が挑戦を受ける現代において、グローバル化の反対者も賛成者も同じように誤りを犯した。グローバル化の賛成者は世界的な資本市場のお陰で資本の販売領域を拡大することができると信じていた。グローバル化の推進者たちは自分たちが自動的に勝者になると考えている者も多かった。一方、グローバル化の反対者も別な色眼鏡で見て、国際経済の仕組みを依然として第三世界の搾取だと考えていたからである。

 だが実際は、豊かさをめぐる世界戦争のなかで勝者と敗者はその役割を代えた。アジアの新たな強者は、西欧の弱者を生んだ。先週行われた国際会議で、ドイツの労働相兼副首相のフランツ・ミュテフェルング(ドイツ社民党前党首)は、多くのアジア諸国政府の労働相を前に、世界労働市場の置かれた厳しい諸条件について述べ、「われわれはお互いに競争でヘトヘトになるようなことがあってはならない」と訴えたが、彼らは沈黙したままだった。

 輸出黒字を挙げている西欧諸国といえども、もはや当然のように世界貿易の勝者の地位を占めるわけにひかない。輸出で成果を挙げたドイツの歴史は、敗北の歴史でもある。ドイツは、外国で世界第二の輸出大国の名声を得た代わりに国内ではその代償を払わされている。メダルの表面が国際競争力とすれば、裏面は国内の雇用喪失である。従業員は次から次へと国民経済という船を去り、他の従業員たちは積荷が軽くなったために自分の乗る船の速度を上げることができる。国民経済の多くの船が速度の利点を挙げていることは事実だ。だがその一方で国家は絶えず救難作業に従事することになる。上陸した遭難者は国家の保護の下に置かれるが、彼らは昨日まで乗り組んでいた誇り高い輸出船団に見捨てられた乗組員たちなのである。人口の約10%にあたる700万人のドイツ人が、『ハルツ改革W』法に基づく生活保護を受けている。アジア人たちが世界のトップクラス入りに成功するかどうか、そのときに他の人たちがいかなる代償を支払わなければならないのかを知っている人は誰もいない。だが見たり感じたりすることができる者が見たり感じたりしていることは、いまアジアが鳴動しているということだ。歴史はさらに前進している。ある国が超大国から排除されれば、他の国の超大国入りすることになる。

 最近になって人々の多くは西欧の優越性に対する確信を失い、自分たちの政治・経済制度が他より有効だと主張しようとすれば、改めて証明しなくてはならなったと感じている。昔から民主主義は開かれた市場の方を好むということが言われてきたことだ。だがこれを認めたとしても、その逆が真でないことは明らかである。つまり、開かれた市場は、必ずしも民主主義を好むわけではないのだ。

 世界労働市場では同一の賃金水準へ向かう動きがみられるが、まだそれはきわめて遅々とし歩みでしかない。数百万人の働く意志のある人々が新たに加わることによって重大な事態が起こり、西欧社会の中間層まで変化させることになりつつある。

 従業員たちがグローバル化に労働組合で抵抗したこともあるが、結果は幻滅的だった。この過程を阻止しようと試みが逆にこの過程を促進することになったからである。ドイツ人、フランス人、アメリカ人にとって二者択一とは高賃金か低賃金かではなく、低賃金かゼロ賃金か、つまり失業だったのである。極東と東欧に大型生産施設を建設すればすぐにでも世界市場に新たに参入できるだろうと信じていた人々は、幻滅を味わった。アジアで数百万の人々を労働市場に統合することによって、西欧の数百万の人々の雇用が喪失が喪失する結果を招いたからである。リストラ社会(Abshiedsgesellshaften の勤労者と攻撃的国家(Angreiferstaaten)の労働者はお互いに補完しあうのではなく、代替しあったのである。

 未来を予見する者は、西欧の雇用の喪失をかなり正確に予測することができる。西欧諸国で失われた労働力は、輸入製品の形で再び還流するからである。これらの製品は、別な諸国に流出した労働力に他ならない。製品はトラック、航空貨物またはコンテナ船によって運搬され、税関はこれらの納入品の種類と数量をきわめて正確に記帳している。1997年から2003年の期間だけでさまざまな低賃金諸国からのドイツの輸入は2倍になっている。この6年間だけで、ハンガリーからの輸入は年平均17%、中国からの輸入は約14%増えている。

 われわれがドイツ、イギリス、またはフラン企業と考えている企業の多くは、実際にはそれぞれの創業地で基幹労働者だけを保有する企業に過ぎない。これらの企業でできるのは、別な場所で生産した製品を検査し、開発し、試験し、経理を行い、配送することだけである。これは検査員、開発技術者、試験関係者、経理職員、梱包および発送労働者はすべて安泰だが、安泰でなかったのは生産労働者である。専門家は、この現象を「生産の下限が下がった」と説明する。そしてこれは自然法則に合致する。だが実際は決して生産の下限は下がっていない。減少した生産量と同量の製品が、別な国、別な賃金、別な産業社会は労働者たちによって生産されているからである。かつて産業社会の終わりを予言した専門家たちがいたがが、産業社会は終わるどころか産業雇用は急上昇し、世界的規模では最盛期を迎えているのである。

 伝統的な工業地帯であるドイツのラインやルール地方は火が消えたようになり、現在失業率が25%を越え、東独ではそれでなくとも生産の著しい減退が生じている。

 アメリカでは、ヨーロッパよりもはるかに急速に脱産業化が進行している。輸入の増大は歴史上かって見ないほどアメリカの産業を縮小させたが、この国で見られる現象の多くは、厳しさの点でヨーロッパを上回っている。工場は、まず賃金が高い北部から比較的に低賃金の南部に移り、次いで国外に去っている。1950年代には工業でアメリカの労働者の35%が働いていたが、60年代には32%、80年代には20%以下に急落した。現在では、アメリカ国内産業の労働者の約11%で、わずか30年足らずで半分になった。

 

  西欧経済に取って代わる中国とインド

 

 過去には地球上比類なき強さの記録であったアメリカの貿易収支は、今日ではこの巨人を小人のように見せている。現在、世界の関連する国民経済のほとんどすべてがアメリカに商品を供給しているが、これらの国はこれに見合う商品をアメリカから輸入していない。中国貿易では貿易赤字は2000臆ドルに達し、日本との貿易では800臆ドル、ヨーロッパ貿易では1200億ドルに達している。アメリカはウクライナやロシアのような中進国民経済地域との貿易でさえ、もはや貿易黒字を達成することはできない。アメリカには毎日のように船から積荷が荷下ろしされるが、もはやこれに見合うアメリカ製品が積み込まれることはない。コンテナ船の多くは空で戻っていく。

 現在、アメリカの純資産の25兆ドルまたは国内製品の21%を外国人が保有している。あらゆる株券の9%、工業債券の17%、国債の24%も外国人が保持している。この間、アメリカの個人家計だけで、国内外の負債は11兆ドルに達し、これらの負債の30%は2003年以降だけで生じたものである。アメリカ人は現在を享受しているが、彼らはますます多くの未来を先食いしている。近年のアメリカのブームは、危機の反映ではなく、危機の前触れなのである。

 フォトコピー、電子レンジおよび子ども用玩具の3分の2は中国製で、販売用デジタルカメラと繊維品の半分、事務用コンピュータの3分の1、あらゆる携帯電話とカーラジオと鉄鋼の4分の1も中国から輸入されている。

 中国を駆り立てているのは、特にライバルのインドである。インドは、大コンツエルンに優れた教育を受け、英語を話し、財政的に匹敵する規模を持ち、つつましい、勤労意欲のある国民を供給している。インドは、大胆にもできれば西欧の雇用を引き受けようとしている。

現在、インドはイギリスとアメリカの電話サービス・ホットラインを引き受け、病院のレントゲン画像を徹夜で分析し、広告会社のプレゼンテーションを作成し、年度末には会計帳簿の年度決算作業をこなし、膨大な人事管理作業を処理し、ソフトウエア・プログラムを開発し、自らの情報技術の知識を大きな税理事務所や法律事務所に提供している。

 ドイツ銀行国民経済部が作成した研究報告書『躍進するタイガー』は、顧客に対して「インドへの資本移動は―初期投資や遠距離通信コストが著しく高いにもかかわらず−ほとんどすべての部門で採算が取れており、これでもし賃金調停が達成されれば、2040%の節約が達成されるだろう」と述べている。

ニュルンベルクのAEG(アーエーゲー) の電気洗濯機には、隅々まで社会的コストが含まれ、週38時間労働制で、他よりも高賃金と経営評議会の監督下で生産される。だがすぐ隣に陳列された台湾、中国またはポーランド製の電気洗濯機は、週労働時間が長く、賃金は低く、われわれの特徴である「社会的国家」が存在しない諸国で生産されている

いまなお世界人口の75%には失業保険がない。それは個人的には不利益だが、生産コスト的には有利である。病気と貧困と老齢のリスクを負うのは個人であり、彼らが生産する製品ではないからだ。西欧ではその逆である。

現在ではドイツで販売される家庭用電気器具の60%は海外で生産される。のこりの40

も近い将来にそうなるだろう。世界市場の覇者のエレクトロニクス社は、現在ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアで稼動している西欧の工場の半分を閉鎖する計画である。 

新しい市場経済は生産性の低い地域に固執するつもりはない。新しい市場経済は廉価製品の供給から始めたが、それは手初めの製品供給だけで、いまや市西欧労働社会の中心に対する攻撃を開始し、これまでニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリンなどで西欧特有の最新のサービス事業とみなされていたことを行なうために、大量の学卒者を教育している。

 

 教育・研究開発でも急追する中国・インド 

 

極東には知的経済が成立し、その投資額はすでに際立った野心的水準にまで達している。中国はすでにアメリカの研究支出額の約三分の一にせまり、欧州の水準のほぼ半分に達した。ここ数年間、国家と民間の研究支出額の増加は20%に迫り、一部では経済効率全体の速度の2倍に達している。

今年インドでは、300万人の学生が大学を卒業したが、これにさらに中国の400万人が加わる(注)。アジアの諸国家は、90年代の初めから大学卒業生が著しく増加している。たとえ日本の大学卒業生数を加算しなくても。2005年の極東の大学卒業生数は欧州の大学卒業生の4倍に達している。中国は、財政支出に加えて新たな交換留学制度を導入し、卒業生の増加を加速しようとしている。

注:ここに挙げられたインド、中国の05年の大学卒業生数について文部科学省調査企画課に問い合わせたところ、インド教育省の2003年統計による同国の高等教育機関(大学、単科大学、大学院生など)の在籍者は1,000万人である。また中国教育部の200591日現在の高等教育機関の卒業生総数は338万人(2004年は280万人)である(これには通信教育大学の卒業生はふくまれていない)。

 

いま中国人が関心を持っているのは、あらゆる種類の青写真である。かれらは西欧企業が大小を問わず企業秘密を提供しなければ、工場の建設や市場への参入を許可しない。それらの企業秘密とは、高性能メモリを有するチップの製造法、航空機エンジンの製造法、特殊鋼製造法の秘密、リニアモーター鉄道の浮揚技術などである。 

西欧企業は、時として市場への参入に対する将来の見返りとして数十年の研究を要した知識の公開を迫られることがある。これらの企業は、しばしば自らの研究活動によって獲得した最新の製綱工場、リニアモーター鉄道や自動車エンジンの設計と製造のノウハウを数週間で失うこともある。極東の共同体企業への参入の代償は採算が取れていない。

 リニアモーター鉄道の建設もうまくいっていないらしい。ドイツのシーメンス・コンツエルンとこの技術の発明者でライセンスを持っているテイツセン・クルップは、もうかなり以前から運行・駆動技術の秘密を公開するように迫られているが、ドイツ人たちは不法なスパイ行為に当たるとして拒否している。中国人エンジニアは、200411月夜半にトランスラピッドの保守施設に侵入し、駆動技術の一部を盗もうとした。このときの彼らの行動は監視カメラでこっそり撮影されていたために、この事件はトランスラピッド・プロジェクトの中国代表との話し合いにまで持ち込まれた。彼はドイツ人の共同パートナーに対して落ち着き払って「この夜間行動は、研究・開発に有用である」と述べたという。

 このように、中国人は自らの国民経済の最深部の核心に他の国で生産されたエネルギーをつぎ込んでいる。彼らは西欧企業の取得によって時間を買っている。だがもっと重要なのは、他国が苦心して考え出したものを無料で借用することによって時間を盗んでいるということである。「この規模と範囲の問題は、国家の直接・間接の協力がなければ存在し得ない」と、知的財産分野の指導的なアメリカ人法律専門家の一人であるダニエル・チョウ教授は言う。中国がWTOに加入し、自由貿易規則を遵守する広範な義務を負うことになっても、事態が大きく変わることはありえないと思われる。 

クレデイ・スイスの戦略部門チーフのフイリップ・ホルンドランは「西欧企業が今後も自分たちのノウハウの大部分を中国に与えることを続ければ、これによって彼らの任務は終わったのである。西欧企業はもはや用済みになる。中国製品の侵略は時間の問題に過ぎない」という。

 

 経済高度成長の影−劣悪な労働条件、労災事故、環境破壊、子ども労働

 

中国は今労働市場に関してきわめて粗野な慣習を持った国である。西欧の推定によると、中国では2005年に約10万件の死亡労働災害が生じ、そのうち約1万件が鉱山事故である。この犠牲者数は一国で報告された中では最大の犠牲者数である。これもアジアの経済的奇蹟の原因のひとつに含まれるが、輸出促進のために労働に従事している子どもの数は、中国では約700万人、アジア全体では合計12000万人に達している。彼らは絨毯を織り、重荷を運搬し、プラスチック玩具を組み立てている。彼らはこれによって価格を引き下げている。 

重要なことは攻撃的国家とリストラ国家との相違を理解することである。失業者でさえ同じ失業者ではない。西欧の失業者はかっての中核的エネルギーだったが、中国の失業者は未来のエネルギーの予備である。前者は金を使うから国民経済の重荷である。後者は、国民経済にとってプラスである。なぜなら彼らの存在によって他者の賃金を引き下げられるからである。攻撃的国家の経済の原動力は、ただ単に人間労働だけではなく、自らが廉価に獲得できる第二の資源である自然環境である。自然環境は、思う存分に搾取されている。偉大な毛主席は全国的な『自然改造』キャンペーンで中国人を確信的な環境破壊者に教育した。

中国の独裁とインドの民主主義は、お互いに自然環境を無料の原料資源や廃棄物捨て場として思う存分に利用することで競い合っている。インドは、独立以来8500万ヘクタールの肥沃な土地を過剰放牧、過剰灌漑、塩害などによって荒廃させている。1951年に作成された植林計画は国土の三分の一を緑化することを目指した。だが衛星写真によると、緑化はまだ14%にとどまっている。アジアの経済成長はただ単に人間と機械の効率向上によるだけでなく、資源利用の増大である。中国が1万ドルの商品価値を生産する場合、このためにアメリカ・メーカーよりも4倍の資源を利用している。中国の年間の環境破壊は、国内総生産の10%、従って経済成長と同じ規模である。

国内に自由な労働組合を認めず、自然環境とまったく同じにように女性や子どもたちを搾取するような国々は、これ以上特恵関税で甘やかすべきではない。攻撃的国家が現在の自己の態度やり方で得ている利点は、彼らの欠点として証明することもできる。

 自由貿易地位とは国内に向かっては自らの住民を勇気づける自由地域であり、少なくとも国外に向かっては故意に住民の価値を否定し、または踏みつける者に対する要塞であるべきだ。

 


 

[書評]     秋草鶴次著『17歳の硫黄島』 

           文芸春秋社 200612月刊 定価800円+税     

                     労働運動研究所 柴山健太郎

 

 

 海軍少年兵の見た硫黄島玉砕」

 

硫黄島は、東京から南へ1,250キロ、面積わずか22平方キロの太平洋上の孤島である。この小さい島で、太平洋戦争末期の19452月から3月にかけて、日米両軍併せて11万名以上の将兵が死闘を演じ、46,000名もの死傷者を出したことは、遠い歴史の彼方に忘れ去られていた。

ところが昨年アメリカのクリント・イーストウッド監督が、この硫黄島の戦闘を日米双方の側から描いた映画『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』の2部作を製作し、大きな国際的な反響をよんだ。それは「戦争に英雄なし」というこの映画の鮮明な反戦的メッセージが、泥沼化しつつあるイラク戦争だけでなく、過去の戦争に対しても深い反省を喚起したからである。硫黄島で戦った日本兵21,000名のうち、生還者はわずか1,023名、秋草氏はその一人である。この映画と機を同じくして発刊された本書も、地獄のような硫黄島の戦闘に生き残った海軍少年電信兵の目に映じた悲惨な『硫黄島の玉砕』の実態の貴重な証言になった。

著者の秋草鶴次氏は、群馬県矢場川村(現足利市)に生まれ、真珠湾攻撃の翌年194211月、15歳で横須賀海軍通信学校に入校し、卒業後の19447月に17歳で硫黄島に配属され、自ら硫黄島戦の死闘を体験した。本書は著者が戦後生還して60年以上かけて克明に記録し続けてきた手記をまとめたものである。これまで私は、何冊かの硫黄島戦の戦記、記録、小説などを読んでいる。その中で、特に印象に残ったものは伊藤正徳の『帝国陸軍の最後』の硫黄島戦や、硫黄島で戦死したロサンゼルス・オリンピック馬術競技の優勝者・西竹一中佐(戦車連隊長)の、栄光の日々から火炎放射器で重傷を負い拳銃自決の最期を遂げるまでの軌跡を描いた城山三郎の小説『硫黄島に死す』などがある。

また最近では、当時小笠原兵団参謀だった堀江芳孝元陸軍中佐が「小笠原兵団かく闘えり」を書いている。この中で注目されるのは、堀江参謀が米軍上陸の前年6月に赴任して間近に見た栗林兵団長の非凡な統帥力である。

堀江参謀が赴任する数日前、619日に連合艦隊は米軍のサイパン島上陸を機に「あ号作戦」を発動したが圧倒的に優勢な米機動部隊により壊滅的打撃を受けた。栗林兵団長は、堀江参謀から初めて連合艦隊惨敗の情報を聞き、徹底した持久的地下作戦を決意したという。その直後の8月、海軍側からの要請で硫黄島守備の戦術について現地陸海軍の研究会が開かれた時、『上陸米軍の水際での撃滅』という海軍の主張と、『地下にもぐり最後の一兵まで闘う』という陸軍の主張が激しく対立した。結局、栗林兵団長の英断で、地下作戦で粘り強く戦うという硫黄島守備の基本戦術が決定された。この戦術に反対、または戦意不足とみなされた指揮官や参謀や将校は容赦なく更迭、降格、転属させられ、万難を排して全島に網の目のような地下壕の構築作業が遂行され、兵の末端に至るまで「栗林戦法」が徹底させられた。

だがこの『17歳の硫黄島』は、これらの参謀の証言や戦記などとまったく異なる特色を持っている。それは海軍少年兵の眼で、米軍の上陸直前の19451月下旬から、38日の海軍の玉名山地区隊の最後の総攻撃とそれ以降の期間にわたり、自らが見聞した事実を生々しい臨場感をもって描いていることである。特に、最後の突撃で軍の指揮中枢が消滅し、軍紀・軍律が崩壊した後の生き残った将兵間の弱肉強食の実態を、冷静な筆致で描いている点では他に例を見ない証言となっている。

  秋草氏が下級兵士でありながら硫黄島の広範囲の戦況を詳細に伝えることができた原因の一つは、著者の鋭い知性や感性もさることながら、電信兵という職掌も大きく影響している。元来、電信兵は司令部の中枢にあって、指揮中枢からの通信の送受信をつかさどる職掌柄から広く情報に通じているのが通例だが、著者が勤務する玉名山送信所も大本営との送受信や米軍通信の傍受だけでなく、島内各前線からの情報が集中し、自らも前線まで赴いて戦況を視察し、各前線に送信する立場にあった。さらに島の北東部にあるこの海軍玉名山送信所は、島内では摺鉢山に次ぐ最も高い高地に設置され、米軍が上陸した南海岸から摺鉢山をはじめ、激戦が展開された舟見台、地熱ヶ原、玉名山、元山飛行場などの戦場が一望でき、上陸後の戦況が手に取るように見える絶好の位置にあった。

 

出撃を拒否した肉薄攻撃兵

 

秋草氏は、219日早朝、玉名山送信所から見た米軍上陸直前の硫黄島の沖合いの状況を描いている。沖合いには戦艦3隻、小型空母5隻、巡洋艦8隻、巡洋艦30隻を中心とする140隻以上の艦艇で埋め尽くされた。攻撃はまず午前640分、1隻で5個師団の戦力を持つという戦艦の40センチ主砲の砲撃を合図に、大地を揺るがすような艦艇群からの一斉射撃と、空からの400機の艦載機の波状的な銃爆撃によって始まり、その援護下で艦艇の背後に待機してきた数百隻の輸送船団から波状的に数十隻の上陸用舟艇が発進し、9時半ごろまでには海兵隊員約9,000名に大型中型の戦車、装甲車約150両が南海岸線に上陸し、約1キロにわたり橋頭堡を築いた。その時点になって初めて満を持していた陸軍部隊はいっせいに40センチのロケット砲や野砲や各種迫撃砲、機関砲、重機関銃などによる猛反撃を開始し、米軍は膨大な死傷者を出し、攻撃は何回も頓挫させられた。

最初、米軍は5日間で硫黄島を攻略する予定だったが、栗林兵団将兵の奮闘で最初の10日間で1万名以上の海兵隊員を失い、破壊された戦車約180両、撃墜された飛行機約60機の損害を蒙り、結局占領に26日間を要し、戦死者5,500名、戦傷者19,250名という日本軍を上回る犠牲を強いられたのである。


労働運動研究復刊第16号 2007.4

 

20074月 復刊第16(通巻400) ISSN O910-5875

焦点 東京を、人間にやさしく、安全で、文化的な都市に変えよう!

特集 世界の労働者とともに人間らしい生活を獲得しよう

 

労働ビッグバン構想と労働政策の焦点(1)

  ―いち誰もが人間らしく生きる雇用を保障する政治を―  弁護士 中野麻美

 

「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション」を廃案に! 

 ―通常国会への上程断念に追い込まれた安倍政権―     労研編集委員会

 

労働時間規制の新たな適用除外制度導入には絶対反対です!

Lets Take Back Our Time!私たちの時間を取り戻そう!  
「過重労働により健康や命を脅かされる 体験をした労働者とその家族」有志

 

世界最大の国際労働組合総連合(ITUC)の誕生

  ―資本の世界戦略に労働者の世界戦略を対置して闘おう―  労働運動研究所 柴山健太郎

いかなる経済成長を目指すのか

  ―それは世界の「勝ち組」になることか―         労働運動研究所 植村 邦

―――――――――――――――――――――――

「新自由主義」と勤労者運動(1)       日産自動車元労働者 田嶋知来

教育再生会議」第一次報告と安倍教育改革がもたらすもの

―教育改革の対抗軸をどこに設定すべきか―           本橋規男  

女性と男性の雇用の安定と              

 ワーク・ライフ・バランス社会の創造にむかって()       柴山恵美子

重慶戦略無差別爆撃とは何だったのか

 ―悼み、悲しみ、憤りの消えない原告と連帯して― 重慶大爆撃の被害者と連帯する会・東京   事務局長 西川重則

在日コリアン人権運動の理論構築について     兵庫県立大学博士前期課程 徐 正萬

晴天に「黒い霧」を懸けることはできるか()   占領・戦後史研究会 佐藤 一

近藤幸四郎と原水禁運動          広島被爆者・元高雄病事務長  米澤鐵志 

思い出すことなど

 ―戦前の労働運動の体験から―(2)            久保田 敏

 

〈書評〉

来栖宗孝 評 /由井格・由井りょう編著『革命に生きる一数奇なる女性・水野津太一時代の証言』

福田玲三 評 山本真理『戦後労働組合と女性の平和運動―「平和国家」創生を目指して―』

柴山健太郎 評 吉田勝次『自由の苦い味―台湾民主主義と市民のイニシアチブ』

植村 邦 評 片桐薫『グラムシ「獄中ノート」解読』、『新グラムシ伝』

集点 東京を人間にやさしく、安全で、文化的な都市に変えよう

 

―石原都政打倒で民主勢力の大連合を!―

 

 統一地方選の幕開けの13都道府県知事選がスタートした。この中で、最も注目されるのが有権者1000万人を越える首都東京の都知事選である。この選挙結果は7月の参院選ばかりか、安倍政権の命運を含め今後の政局に重大な政治的影響を与えることは必至である。今回の都知事選の緒戦で、共産党が石原都知事の都政私物化を暴露し、民主党の候補選び迷走で有権者の間に拡がった厭戦気分を一変させた役割は大きい。

 宮城県知事3期の実績を持ち、情報公開などで革新知事として著名な浅野史郎氏が市民に押されて立候補を表明したのを契機に、有権者の間から石原都政打倒の機運が大きく盛り上がってきた。ところが共産党は、浅野氏が出馬表明を行った直後から、志位委員長談話やr赤旗』紙上で浅野批判の口火を切り、浅野宮城県政が高齢者、医療、保育、教育費を「冷酷」に削減して無駄な巨大開発を増やし、「県の借金を倍加」させたとして、石原都政も浅野県政も「うり二つだ」という攻撃を強め、選挙戦に入ってからいっそう激しさを増している。

 共産党の意図が「浅野のほうが石原よりマシだから、候補者を統…しろ」という声を封じ、参院選を有利に闘う態勢を作ることにあることは明らかだ。だがどう見ても共産党の浅野県政批判は、「福祉の浅野」の実績や情報公開も含めた浅野県政の先進的側面をまったく無視する点で公正さを欠いている。その典型が「国民健康保険証取り上げ」問題だ。

 志位氏は前記の『談話』で、前県政で0件だった「国保証取り上げ」が、浅野県政下の02年から急増し、05年には2,330件に

 

達したと指摘した。だがここでも浅野県政下の2000年でも0件だった事実は黙殺している。

 だがそれよりも根本的な問題は、志位氏が小泉政権以降の政府の福祉予算の削減や厚生労働省の「国保証取り上げ」の強権的な行政指導、地方住民の貧困化と格差拡大などの諸要因と切り離して論じていることである。まして「国保証」の交付主体である市町村行財政の窮迫化の現状の検討が棚上げされ、宮城県段階の集計数字だけて浅野県政を非難している。こういうやり方は明らかに正しくない。

事実、「国保証」取り上げが02年から一挙に激増したのは東北6県全部にわたり、青森県などは01年の0件が02年には1,981件、同じく.福島県が443件から2,046件に激増していることでも明らかだ。これでは政府の福祉切捨て政策を免罪するに等しい。

 現在、自民党指導部は安倍首相ら極右派に牛耳られ党内が大きく揺れ、政治・経済・外交・安全保障など政策全体にわたる対立と矛盾は激化する…方である。こうした中で、かつての保守本流の…部と、民主、社民など野党陣営や無党派勢力の間で、憲法・格差是正・『労働ビッグバン』などの諸問題で、政治勢力の再編成が進行する一方で、広範な平和・民主連合を形成する可能性も広がっている。

これに対し、共産党は今度の統一地方選挙でも「オール与党」対共産党という路線で闘おうとしているが、いったいこれで安倍政権の改憲路線と闘って勝てるのか。しかもこの闘いには21世紀の日本とアジア人民の運命がかかっているのだ。浅野候補は、選挙マニフェストで「情報公開で透明な都政」、「高齢化対策の強化と介護労働者の労働条件の改善」、「障害者対策の強化」、「直下型地震対策の促進」、「公立学校での日の丸・君が代の強制の中止」等を公約している。今こそ民主勢力は石原都政打倒で連合し、共闘すべき時である。(柴山)        



復刊号15号

焦点 北との対決で駆け登る安倍政権―憲法と平壌宣言の蘇生―

特集 安倍政権を批判し国民生活に新たな展望を切り開くために

 安倍政権に抗する救憲運動を   小林正弥

 安倍改憲政権における侵略性の研究 柴山健太郎

 ポスト小泉構造改革か反構造改革か 植村 邦

 土地から切り離される農民     大野和興

 

バイオ施設立地の法的規制の現状と展望 長島 功

 少子化問題の基本的視点の確立のために 柴山恵美子

 イラク政策見直しに追い詰められたブッシュ政権 労働運動研究所編集委員会

 ベルリン議会選挙とドイツ政党政治の再構成 小野 一

 安倍晋三 恐ろしい男 フランス週刊誌ヌーヴェル・オプセルヴァトウール 2184

 朝鮮・核実験後の朝鮮半島  大畑龍次

 15年戦争における日本左翼の戦争責任・戦後責任論をめぐって(中) 中河由希夫

 思い出すことなど―戦前の労度運動の体験から―(1) 久保田 敏

書評

富士谷あつ子・岡本民夫編著『長寿社会を拓く いきいき市民の社時代』ミネルバー書房 評者 川口章

島本慈子著『戦争で死ぬということ』岩波新書  評者 石井和夫

鈴木ひろみ・山口哲夫著『JR西日本の大罪―服部運転手自殺事件と尼崎脱線事故』五月書房刊 評者 鵜飼三郎

中野麻美著 『労働ダンピング―雇用の多様化の果てに』岩波新書 評者 柴山恵美子

佐貫浩著『イギリスの教育改革と日本』高分研 評者 本橋規男

中岡三益著『ある明治人の日本国憲法論』 評者 野村光司

 

労働運動研究所 第二回総会開かれる




少子化問題の基本的視点の確立のために

―男女の雇用保障と均等待遇が原則―      

ジェンダー平等政策評論家・元名古屋市立女子短大教授   柴山 恵美子          

                    少子化問題の基本的視点とは

日本の総人口が、戦後初めて減少に転じたという。去る1031日、総務省発表の国勢調査(確定値)によれば、2005101日時点の総人口は、127767994人で、200410月の推計値に比べて約22000人減少。また200610月の推計人口も約18000人の減少が予測され、いわゆる「人口減社会」への転化が明らかになったという。

振り返って、筆者は、1992年に、財団法人「全国勤労者福祉振興協会(福振協)」の委託研究により、『欧州職国における労働力の「女性化」と出生率動向調査−家族・男女平等政策と「保育」の社会化もさぐる』をテーマに、同年3月から4月にかけて、EC委員会(ブリュッセル)、フランス、スウェーデン、デンマーク、ドイツおよびイタリア諸国を調査し、国会・地方議会議員、行政機関、研究機関、経営者団体、労働組合の指導的な立場の方々および夫婦共働き家庭など、約60人にインタビューを行い、その結果を上記のテーマで上記の協会に報告書を提出。次いで、2003年に『少子化社会と男女平等−欧州5カ国における現状と課題』(社会評論社)と題し、単書として出版した。

当時、「少子化問題」は、マスメディア、研究者、労働組合運動、諸政党でも、その問題認識とその基本的視点についてほとんど問題視されず、むしろ、自民党サイドが、第U次世界大戦前および大戦中の「堕胎罪」や「産めよ増やせよ」を中心とする女性の人権無視の「人口政策」の復活ともいうべき時代錯誤的な「妊娠中絶禁止法」の制度化を声高に主張し始めたのであった。

これに対して、当時の女性運動は、「世界の流れに逆行するもの」と連帯してアクションを展開した。まさに国際連合によって、「平等・開発・平和」をメイン・テーマとして設定された1975年「国連・国際女性年」およびその行動を地球規模で継続する1976年から1995年までの「国連・女性の10年」およびそれに続く「10年」のアクションの継続の真っ只中であった。

この間、国連がまず第1に着手したのは、あらゆる形態の女性差別を禁止する拘束性を有する国際法規として、1979年国連総会で「女性差別撤廃条約」の採択をしたことであった。日本は、諸外国に遅れて1985年にこれを批准し、ようやく初の「雇用機会均等法」を成立させたのであった(その後、数次の改正にもかかわらず、今日、日本の法制度は、間接差別の禁止を含む雇用における男女差別撤廃の法制度が立ち遅れ、国連・差別撤廃委員会から批判されている現状である。他方では、パートタイム労働、派遣労働、アルバイトなどの拡大と労働時間制の弾力化・ただ働き・過労死残業の蔓延により、むしろ労働現場では、直接、間接差別が増大している)
 この「女性差別撤廃条約」16条[婚姻・家庭関係における差別撤廃]は、●婚姻をする同一の権利(a)、●配偶者の選択と自由かつ合意のみに基づく婚姻をする同一の権利()、●婚姻中および婚姻の解消の際の同一の権利および責任(c)、●子どもに関する事項についての親(婚姻をしているか否かを問わない)
としての同一の権利および責任。あらゆる場合において、子どもの権利は至上であるなどの諸規定と同時に、(e)項では、出産の権利について、次のように規定している。

「子どもの数および出産の間隔を自由にかつ責任をもって決定する同一の権利ならびにこれらの権利を可能にする情報、教育および手段を享受する同一の権利」

すなわち、子どもを産む・産まないの選択、子の数の選択、子の出産の間隔の選択は、個々人の責任に基づく基本的人権であると、規定していることである。これが、今日到達している地球規模の法的到達点であるという認識に立って、当時の女性運動は、次のようにいわゆる「妊娠中絶禁止法」の導入に反対した。@いわゆる「妊娠中絶法」などの導入による国家の介入は、時代錯誤もはなはだしい基本的人権の侵害であること。A「産む性」である個々の女性が自発的に子どもを産むことを望み、安心して育てることができる雇用・職業に関する権利が保障され、同一価値労働・同一賃金および労働条件の均等待遇が保障されなければならないこと。B子どもを育てる「親」となる個々の男女が、雇用・職業と私生活が両立調和できるような出産休暇・出産父性休暇、育児親休暇、労働時間・休日・休暇、子ども・家族の疾病などに対応する家族理由休暇に関する制度など、「ワーク・ライフ・バランス」の労働条件が保障されなければならないこと。C生涯にわたって安全・安心に生活できるような社会保障制度が保障されなければならないこと。D万一、健康を害し、労働不可能になった場合などに、最低の文化的生活が営める社会保護制度が保障されなければならないことなどである。

出産の主体は、「主婦」から「働く女性」に転換の時代

さて、今から14年前の平成4年(1992年)、当時の経済企画庁(現内閣府)は、「少子社会の到来、その影響と対応」と題する『国民生活白書』を発表し、初めて少子化問題を取り上げた。筆者は、その執筆行政官の方々に「事前レクチャー」を依頼され、「少子化と男女平等」調査の経過と結論を報告し、次の点を強調した。少子化問題は、つまるところ、第1に、「労働・雇用問題」であり、特に「女性の労働権の保障と男女均等待遇」が、基本原則であること。第2に、「雇用の女性化」は、地球規模の歴史的必然であり、「専業主婦」が子どもを産む時代から、「働く女性」が子どもを産み、育てる時代に転換している。これを前提に、少子化対策は考えるべきであること。E「雇用の女性化」は、一方では、女性の自立意識の高揚と生活の必要性に基づく女性サイドの労働力の供給増、他方では、グローバル化、IT技術革新、産業構造の第3次サービス化に基づく企業の女性労働力の需要増が、バック・グランドにあること。F少子化は、「雇用・職業における均等待遇、男女の仕事と生悪の両立調和、社会保障・社会保護政策」の欠落の結果であり、少子化対策は、まさにこれらの政策の「優位性」によって左右されることを強調した。これと前後して、旧「中央人口問題審議会」(各界を代表する委員の9割以上が50代以上の男性で占められていた)より、上記の欧州調査の報告を依頼されたが、同様な意見を提起した。

しかし、その後の代々の政権、特に小泉政権は、雇用・職業の規制緩和、パートタイム労働・派遣労働など非正規雇用形態の拡大政策を法的、実際的に推進し、その結果、働く女性の3分の1は非正規雇用化し、「女性の貧困化」が著しく拡大した。当然、少子化は一段とすすみ、その結果、日本の出生率は、先進国中で最低の出生率を記録し、「右肩さがり」に低下し続けていたイタリアを追って、「右肩下がり」の低下の一途をたどってきた。

しかしながら、その後、イタリアの出生率は、2000年代前半にV字型に上昇に転換。逆に日本の出生率は、先進国中最下位に転換することになった。

このイタリアの出生率上昇への転換は、日本の将来人口の経済的、社会的影響に関心をもつ多く分野、多くの人々の間に「イタリア・ショック」を引き起こし、その要因および日伊比較への関心が高まってきている。しかし、ここで指摘しなければならないことは、このイタリアの出生率の上昇転換は、イタリアにとどまらず、EU(欧州連合)主要加盟国に同様の上昇転換が起こっていることである。すなわち、2000年代前半におけるイタリアを含むEUの「男女均等待遇政策」の効果であると認識すべきが至当であると思われる。

いま、日本では、「少子化対策」が声高に叫ばれ、重点政策として取り組まれている。だが、第一義的な基本原則である「女性の雇用・職業保障と男女均等待遇」が欠落しているこれらの政策は、いま「貧困の女性化」の中で「産まない選択権」だけでなく「産む選択権」も保障されない働く女性の現状からすれば、全く的外れな政策といわざるを得ない。

むしろ、グローバル化に伴う「国際競争力の強化」を21世紀の国の政策の中心にすえている日本は、女性の非正規雇用の戦力化、「ただ働き・過労死長時間労働」の拡大にますます奔走すると危険大である。

EUのジェンダー平等枠組み戦略

EUは、20世紀末に、21世紀・はじめの10年としての2010年までの「ジェンダー平等枠組み戦略」のメイン・テーマを、「あらゆる分野におけるジェンダー・ギャップ(男女間乖離)の排除」と設定し、最初の5年間(2001年〜2005年)の年次別重点テーマとして、次のような「ジェンダー平等枠組み戦略」(Framework  Strategy on Gender  quality )を立ててきた。

● 2001年:賃金におけるジェンダー・ギャップ(男女間賃金格差)

2002年:仕事と家族生活の調和

●2003年:意思決定の場における女性

2004~2005年:枠組み戦略に定めるテーマを含むステレオ・タイプ。

具体的には、

● 雇用・失業におけるジェンダー・ギャップを除去する。さらに2010年までに、女性雇用率を少なくとも60%に引き上げる。

           ジェンダー・ペイ・ギャップ(男女間賃金格差)の実質的縮小を促進する。

● 仕事と生活の調和を実際的に促進する。

● 意思決定の場における女性と男性のバランスある参画を促進する。

● 男女均等待遇法制度の履行と改善を促進する。

● ジェンダー主流化(gender  mainstreaming、あらゆる政策にジェンダー・バランスの視点・施策をすえる)をあらゆる分野で促進する。

●女性に対する暴力と売春と闘い、防止する。

2001年〜2005年の「枠組み戦略」に基づく加盟25カ国での取り組みの結果は、すでにEU統計に見ることができる。

EUの人口構造の特徴

1950代に創立された現「EU(欧州連合。創立当時EC:欧州共同体)」は、現在、加盟25カ国で構成されている。創立から今日までの拡大EUのプロセスは、次のように辿ることができる。

● 1952年:第T次・第U次世界大戦にみるように長期にわたって敵対関係にあったドイツ(当時西ドイツ)・フランス・イタリアをはじめ、ベルギー・オランダ・ルクセンブルグの6カ国が原加盟国となって、欧州の平和と経済復興をめざす「欧州石炭鉄鋼共同体設立条約(パリ条約)」を調印し、「欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)」を創立する。

● 1958年:「欧州経済共同体設立条約(第Tローマ条約)」および「欧州原子力共同体設立条約」(第Uローマ条約)を調印し、「欧州経済共同体(EEC)」および「欧州原子力共同体(AURATOM)」を創立する。
 ● 1967年:上記3つの共同体は、「欧州諸共同体の単一理事会および委員会設立条約(ブリュッセル条約)」に基づき、3つの共同体は、「欧州共同体(EC)」に統一され、ベルギー・ブリュッセルに本部を置く。

● 1973年:イギリス・アイルランド・デンマークが加盟する(加盟9カ国)。

● 1981年:ギリシャ加盟する(加盟10カ国)。

● 1986年:スペイン・ポルトガルが加盟する(加盟12カ国)。

● 1993年:ECは、「欧州連合設立条約(通称マーストリヒト条約)」に基づき、「欧州連合(EU)」が誕生する。

● 1995年:オーストリア・スウェーデン・フィンランドが加盟する(加盟15カ国)。

● 2004年:チェコ・エストニア・ハンガリー・ラトヴィア・リトアニア・ポーランド・スロヴァキア・スロヴェニア・マルタ・キプロスの10カ国が加盟する(加盟25カ国)。

● 2007年:ブルガリア・ルーマニアの加盟が予定されている(加盟27カ国予定)。

さて、EUは、「共同体を通じて、経済活動の調和的および均衡的かつ持続可能な発展、高水準の雇用および社会保護、男女平等、持続可能でインフレーションなき成長、経済活動の高水準での競争力と集中性、環境の高水準での保護および環境の質の改善、生活水準および生活の質の向上並び加盟国間における経済的、社会的結合および連帯を促進することを使命とする」(EC設立条約)とその目的を謳っている。上述の「ジェンダー平等枠組み戦略」は、この「憲法」に相当する条約に基礎を置いている。

EUTOSTAT(欧州中央統計局)によれば、現加盟25カ国の総人口は、2004年現在、45686万人である。これを遡って、1995年の44639万人と比較すると、この9年間に1047万人増加している。さらに、中・東欧など10カ国加盟以前の15カ国でみると、2004年現在、38272万人であり、1995年の37118万人と比較すると、1154万人増加している。

しかし、ここで指摘したいのは、EUの人口構造が、もともとの住民の減少傾向と移民(亡命を含む)の増加傾向のよって特徴づけられていることである。その増減の結果として、上記のようなEU全体の人口増加が記録されていることである(図―1、2、3、4、5、6および7)。

女性雇用率の上昇に伴う出生率の上昇傾向
上記のようなEU25カ国全体の人口構造の特徴とともに指摘すべきは、1990年代後半に低下ないし横ばい状態であったEU加盟25カ国の出生率が、2000年代前半には、キプロス・リトアニア・マルタ・ポルトガルを除くほとんどの国で上昇に転じたことである。この上昇傾向は、特に加盟15カ国中の先進国に顕著に見られる。そこで本稿では、15カ国中の特にベルギー・デンマーク・ドイツ・フランス・イタリア・オランダ・フィンランド・スウェーデン・イギリスの9カ国中心にその特徴をのべてみたい。

● 出生率の上昇

まず、「図―1」は、上記9カ国の2001年〜2005年の出生率動向であり、これらの加盟国では、過去の出生率最低の時点と比べてすべて上昇に転じている(表―1)。

● 女性雇用率の上昇とジェンダー・ギャップの縮小

2に、指摘すべきは、同じ2001年〜2005年間に、これらの加盟9カ国で、女性雇用率が上昇していること、フィンランドとスウェーデンを除いて、すべての加盟国で雇用率におけるジェンダー・ギャップが縮小したことである。特に、デンマーク(71.9%)・スウェーデン(70.4%)・イギリス(65.9%)・フィンランド(66.5%)・オランダ(66.4%)は、2010年までに女性雇用率を60%まで引き上げるという枠組み戦略の目標を上回っている。またドイツ(59.7%)・フランス(57.6%)は、限りなく60%に接近している。また1994年〜2005年の女性雇用率の上昇は、オランダ(+13.2)・イタリア(+9.9%)・ベルギー(+9.2%)・フィンランド(+7.8%)・フランス(6.0%)で著しく、これらの加盟国では、前述の出生率の上昇傾向または高レベルの出生率を記録しており、女性雇用率と出生率の関連を裏付けている(表−2)。

● ジェンダー・ペイ・ギャップ(男女賃金格差)の縮小

2010年までのEUジェンダー平等に関する枠組み戦略において極めて重要な柱の一つは、ジェンダー・米・ギャップも問題である。「表−3」は、2001年―2005年に上記加盟9カ国で「ジェンダー・ペイ・ギャップ」が確実に縮小傾向にあることを示している。すなわちこのギャップは、格差最高年と比べて、2005年には、ドイツ・フィンランドの横ばいを除くすべての加盟国で格差が縮小している。特に、男女格差が少ない加盟国は、ベルギー(6)・イタリア(7)であり、ドイツ(23)・イギリス(22)・フィンランド(20)・オランダ(17)・デンマークとスウェーデン(17)などは、縮小しつつもなお大きい。また格差最高年に比べて2005年現在の格差縮小幅の大きい加盟国は、ベルギー(−7)とイギリス(−6)である。

ワーク・ライフ・バランスのための労働条件

「国連女性の10年」の真っ最中の1981年に、ILO(国際労働機関)は、扶養者である子あるいは介護または援助を必要とする他の近親者の家族に対して責任を有する男女労働者が、差別を受けることなく、職業上の責任と家族的責任の遂行のための権利として国際最低基準を定めた「家族的責任を有する男女労働者の機会および均等待遇に関する条約」を採択した。

EUでは、このILO条約の精神に基づいて、男女の「仕事と家族生活の調和」のための諸条件として、労働時間短縮、「育児親休暇」や「家族理由休暇」などを法制化してきたが、2000年代に入って、「非婚・青年単身世帯」や「年配者・単身世帯」が増加している中で、上記の表現は、「仕事と私的生活の調和」に変わってきている。さらにポピュラーな国際用語として、最近では、「ワーク・ライフ・バランス」という表現が広く用いられるようになった。

          フルタイム雇用労働者の週労働時間(時間外労働を含む)

EUでは、加盟国の法制度を強制的に拘束するEU法として「指令」があるが、労働時間制についていえば、すでに1993年に「労働時間編成に関する指令93104/EC」を採択し、週労働時間は、時間外労働を含め最大48時間、年次有給休暇は、最低4週とさだめた。EUの資料によれば、2006年現在、上記9カ国の「フルタイム雇用労働者の週労働時間」は、時間外労働を含め、イギリス(43.1時間)が突出して長く、ついでドイツ(41.7時間)、イタリア(41.3時間)、スウェーデン(41.1時間)、ベルギー・フランス(41・0時間)と続く。最低は、フィンランド・デンマーク(40.5時間)で、これにオランダ(40.8時間)が続く。

          パートタイム労働者の週労働時間(時間外労働を含む)

パートタイム労働者の機会均等と労働条件については、すでに1997年に「パートタイム労働の均等待遇に関する指令9781/EC」がEC法として採択されている。次に、パートタイム労働者の週労働時間についてみてみると、2006年現在、イギリス(24.9時間)が突出して長く、ついでベルギー(23.6時間)、フランス(23.1時間)イタリア(21.6時間)、フィンランド(20.5時間)と続く。その他の加盟国は、20時間未満で、最も短いのはドイツ(17.9時間)、ついでイギリス(18.6時間)、デンマーク(19.1時間)、オランダ(19.2時間)と続く。

          母性(出産)休暇

EUは、すでに1992年に、加盟国を強制的に拘束するEU法として、女性のために「産前・産後の労働者の職場での健康・安全に関する指令(9285)」を成立させている。それによれば、出産休暇は、「最低14週」と定められたが、「表―4」に見るように、スウェーデン(12週)とドイツ(14週)を除き、ほとんど14週以上である。

          父親の「産後父性休暇」

EUでは、「表−5」にみるように、生まれた子どもの父親のために「産後父性休暇」が付与される。これらの権利は、ほとんどの加盟国で父親の固有の権利として定められ、母親(妻)に譲渡することができない。

● 育児親休暇

EUでは、1996年に「育児親休暇に関する指令(9634)」を採択し、最低3ヶ月(所得保障なし)を最低基準と定めた。しかし、上記加盟9カ国中、権利としての強制育児親休暇期間と任意育児親休暇の合計期間は、イギリスを除き、すべてが最低3ヶ月を上回っている。また「指令」では、「所得保障なし」と定められているが、オランダ・イギリスを除き、すべての加盟国が所得保障を行っている。また、いずれの加盟国でも、とかく育児親休暇の取得が母親に偏り、この父親と母親の育児責任のアンバランス解消のためのポジティブ・アクションとして、イタリアでは、父親の育児親休暇の取得促進策として、10ヶ月の育児親休暇中に父親が最低3ヶ月を取得した場合、1ヶ月のプレミアムがつき、育児親休暇は11ヶ月に延長される。

● 高い「03歳」の子どもの保育比率

子を扶養する父親・母親の「ワーク・ライフ・バランス」のためには、就学前保育所は、欠くべからざる施設であり、EUでは「保育の社会化」を基本視点としてその充実に努めている。「表−6」でも示したように、「0−3歳」の子どもの保育は、当該年齢の子どもを100として、ベルギーでは81%と8割以上、デンマーク(56%)は約6割、フランス(43%)・スウェーデン(41%)は4割強、オランダ(35%)は3分の1強、フィンランドは2割強と続く。1割未満は、ドイツ(7%)・イタリア(6%)である。これらが、イタリアの低い女性雇用率と出生率の重要な背景の1つと判断される。

●全入に近い「3歳−義務教育学齢」の保育比率

「表―6」にみるように、ベルギー・フランス・オランダの保育比率は、「3歳−義務教育学齢」の子どもの100%である。デンマーク(93%)・イタリア(93%)・ドイツ(89%)が9割前後で、最低のフィンランド・スウェーデン(70%)でも7割に達する。
 おわりに

さて、安倍内閣は、少子化対策・男女共同参画政策について、「イギリスのサッチャー政権の政策に学びたい」とかつてのその政策を、第1の手本に挙げている。しかし、EUの1997年「育児親休暇に関する指令9634/EC」、同じく差別の挙証責任を企業に義務付ける1996年「性差別訴訟における挙証責任に関する指令9780/EC」およびその大多数を女性が占めるパートタイム労働者の権利保障のための1997年「パートタイム労働に関する指令9781/EC」の立法化に徹底的に反対したのは、サッチャー政権、これを継続したメジャー政権であった。やむなくイギリスを除く他の加盟国は、別の立法回路でこれらの指令を採択したという歴史的事実がある。イギリスがこれらの条約を批准したのは、ブレア政権になってからであった(表−7)。

したがって、男女の「ワーク・ライフ・バランス」の労働条件の拡充に徹底的に反対したサッチャー政権、これを継続したメジャー政権の政策を手本とし、男女の生存権・生活権を保障する「雇用・職業の保障」が欠落した安倍政権の政策選択の方向は、国の未来にとって破滅的危険大であるといわなければならない。

EUは、グローバル化と加盟25カ国域内での経済活動の自由移動にともなって、今年2006年は、域内での雇用機会を促進する「労働者の移動ヨーロッパ年(European  Year of   Worker’s Mobility)」であり、来年2007年は、「すべての人のための機会均等ヨーロッパ年(European  Year  of   Equal 

Opportunities for  All ) 」と設定されている。その目的は、@非差別・均等待遇の権利を自覚するEU市民を育成すること、A労働現場または健康管理分野における雇用および教育へのアクセスの機会均等を促進すること、BEUのための多種多様な社会保障給付を促進することとされている。このような2つの「ヨーロッパ年」の設定の法的根拠は、均等待遇に関する諸指令(表−7)に置かれ、女性・青年・高齢者・移民の雇用・教育・職業訓練への機会均等なアクセスの促進による「持続可能な年金制度改革」へと連動している。また特に雇用へのアクセスの機会均等のために、近年は母国語と同時に共通語として英語教育に力が注がれている。

紙数の関係から、EUのパートタイム労働、ジェンダー平等政策については、後の機会に譲りたい。

                        (日本EU学会員)

[参考資料]
● 柴山恵美子他編著『EUの男女均等政策』(日本評論社、2004年)

          柴山恵美子他編訳『EU男女均等法・判例集』(日本評論社、2004年)

          柴山恵美子他編著『世界の女性労働』(ミネルヴァ書房、2005年)

          柴山恵美子共著『長寿社会を拓く』(ミネルヴァ書房、2006年)

          柴山恵美子仮訳「連載・『適正かつ持続可能な年金制度に関するEU(欧州連合)合同報告』の視点」(『賃金と社会保障』誌20047月下旬号−200510月上旬号連載:第1回・1374号、第2回・13751376号、第三回・1381号、第4回・1385号、第5回・1389号、第6回・1390号、第7回・1393号、第8回・1397号、第9回・1399号、第10回・1403号)


 

 

表−1     EU(欧州連合)加盟主要国の出生率(1994~2005年)

 国 名

最低年

出生率

2001

2002

2003

2004

2005

最低年−2005

 

ベルギー

1995

1.55

1.64

1.62

1.64

1.64

 

 +

0.0

 

デンマーク

1998

1.72

1.74

1.72

1.76

1.78

1.80

 +

0.0

 

ドイツ

1994

1.24

1.35

1.31

1.34

1.37

1.36

 +

0.12

 

フランス

 

 

 

 

 

1.92

1.94

 +

0.02

 

イタリア

1998

1.19

1.25

1.26

1.28

1.33

1.32

 +

0.1

 

オランダ

1995

1.53

1.71

1.73

1.75

1.73

1.73

 +

0.

 

フィンランド

1998

1.70

1.73

1.72

1.76

1.80

1.80

 +

0.10

 

スウェーデン

1998

1.50

1.57

1.65

1.71

1.75

1.77

 +

0.27

 

イギリス

2001

1.63

1.63

1.64

1.71

1.77

1.80

 +

0.17

 

日本

2005

1.25

1.33

1.32

1.29

1.29

1.25

+―

 

柴山恵美子作表。資料出所―EUROSTAT.

(注)@ベルギー、フランスの空欄は原資料に記載なし。Aオランダ、イギリスの最低年の出生率は、2年連続して同レベルであったために、最初の年度を基準とした。 Bベルギーの増減蘭は、「最低年−2004」とした。Cフランスの増減蘭は、「20042005」とした。

 

表−2            1994年−2005年・男女別雇用率と男女差の縮小

 国  名

1994年:雇用率

男女間格差(%)

2001年:雇用率

男女間格差(%)

2005年:雇用率

男女間格差(%)

1994~2005年:

女性雇用率の上昇

(%)

ベルギー

44.6

66.6

220

51.0

66.8

15.8

53.8

68.3

14.5

 + 9.2

デンマーク

66.9

77.5

10.6

72.0

80.2

8.2

71.9

79.8

7.9

 + 5.0

ドイツ

55.1

74.1

19.0

58.7

72.8

14.1

59.6

71.2

11.6

 + 4.5

フランス

51.6

66.8

15.2

56.0

69.7

13.7

57.6

68.8

11.2

 + 6.0

イタリア

35.4

67.7

32.3

41.1

68.5

27.4

45.3

69.9

24.6

 + 9.9

オランダ

53.2

74.5

21.3

65.2

82.8

17.6

66.4

79.9

13.5

 + 13.2 

フィンランド

58.7

62.0

3.3

65.4

70.8

5.4

66.5

70.3

3.8

 + 7.8

スウェーデン

68.5

72.0

3.5

72.3

75.7

3.4

70.4

74.4

4.0

 + 1.9

イギリス

61.2

74.5

13.3

65.0

78.0

13.0

65.9

77.6

11.7

 + 4.7

柴山恵美子作表。資料出所―EUROSTAT.

表−3 EU主要加盟国のジェンダー・ペイ・ギャップ(男女賃金格差)

国 名

格差最高年

格差

2001

格差

2005

格差

最高年−2005

格差の縮小

 

 

 

 

ベルギー

 2000

13

   12            

  6  

 −7

デンマーク

 2002

 18

   15

  17

 −1

ドイツ

 2004

 23

  21

 23

 +−0

フランス

 2001

 14

  14

 12

 −2

イタリア

 1999

   8

   6

  7

 −1

 

オランダ

 1996

 23

  19

 19  

 −4

 

フィンランド

 2003

20

  17

 20*

 +−0

 

スウェーデン

 2001  

 18

  18

 17

 −1

 

イギリス

 1994

 28

  21

 22

 −6

 

柴山恵美子作表 資料出所:EUROSTAT.

(注)@男性の時間当たり平均総所得を100とした男女間の時間当たり平均総所得のペイ・ギャップ。Aフィンランドについて:*は、2004年の記載がないため、2003年を記載した。 

 

 


 


柴山恵美子作表 資料出所:欧州委員会報告。(注)1ユーロ:151円−154


表−5           子どもの出産後の父親の父性休暇

  国     名

   父 性 休 暇

育児親休暇を取得する父親への特別規定

ベルギー

有給父性休暇:公的・私的分野で10日。

固有の権利であり、譲渡不可能。

デンマーク

父性休暇:2週間。正常分娩後14週以内に取得。失業手当給付。

固有の権利であり、譲渡不可能。

ドイツ

父性休暇規定なし。

 

フランス

父性休暇:11労働日。出産後4ヶ月以内に取得。

 

イタリア

父性休暇規定なし。

父親が3ヶ月以上育児親休暇を取得した場合、育児親休暇は10ヶ月から11ヶ月に延長。

オランダ

父性休暇:有給2日。労働協約による特別規定を除く。

固有の権利であり、譲渡不可能。

フィンランド

父性休暇:18週。出産母性休暇

または母親の育児親手当て期間中に取得。

2003年以後、父親が育児親手当て期間の最後の12日を取得した場合、育児親休暇は12日に延長可能になった。

 

スウェーデン

父性休暇:10日。生後3ヶ月以内。

480日の外に90日。父親が休暇を取得しない場合、家族は育児親休暇の2ヶ月を失うことになる。

イギリス

父性休暇:2週間。1100ポンドの給付

固有の権利であり、譲渡不可能。

柴山恵美子作表 資料出所:欧州委員会報告

表−6            EU主要加盟国の保育施策(2003年)

国  名

0歳児から3歳児までの保育適用割合

3歳児から義務教育学齢までの保育適用割合

GDPに占める認可保育に対する公的支出割合

 

ベルギー

    81 %

  100 %

  0.1 %

デンマーク

    56

   93

  1.7

ドイツ

     7

   89 

  0.4

フランス

    43

  100

  0.7

イタリア

     6

   93 

  

オランダ

    35

  100 

  0.2

フィンランド

    21

   70

  1.2

スウェーデン

    41

   70

  1.3

イギリス

 

 

 

柴山恵美子作表 資料出所:欧州委員会報告。(注)イタリア・イギリスの空欄は記載なし。

 

 

 

 

表−4       法定・出産休暇と育児親休暇規定および育児親休暇の取得状況   

国  名

出産休暇

所得保障

権利としての育児親休暇期間

合計育児親休暇期間

所得保障

取得状況:出産休暇と育児親休暇の合計

ベルギー

15

30日:82%

以後:75%

3カ月

6カ月

26週)

一律:

550ユーロ

18

デンマーク

18

100

最高:週419ユーロ。

32

64

90%。

限定:32週。

  47週

ドイツ

14

100

36カ月:

出産休暇を含む。

36カ月。

24カ月:週300ユーロ。以後:所得保障なし

  49週

フランス

16

100%(最高日額61.11ユーロ)

36ヶ月:

出産休暇を含む。

36ヶ月。

所得保障なし:第2子以上に月額485ユーロ。

  50

イタリア

5ヶ月

最低80%

 

10ヶ月。

父親3ヶ月取得の場合11ヶ月に。

 30%

 24

オランダ

16

100%

最高:日額165

ユーロ

13週。

26

所得保障なし

11週。

フィンランド

17.5

4382

平均:66%

 

 

26週。

145週。

家庭保育休暇含む。

26週:

平均66%

119週:月額約350ユーロ

99

スウェーデン

 

12週。

80%

 

 

 480日。

 960日。

390日:80%

以後90日:日額6.50

 118週。

イギリス

全女性:26週。

6週:90%

20週:週均一102.80ポンド。

 13

 13

所得保障なし

 25

柴山恵美子作表 資料出所:欧州委員会報告。(注)1ユーロ:151円−154

表−5           子どもの出産後の父親の父性休暇

  国     名

   父 性 休 暇

育児親休暇を取得する父親への特別規定

ベルギー

有給父性休暇:公的・私的分野で10日。

固有の権利であり、譲渡不可能。

デンマーク

父性休暇:2週間。正常分娩後14週以内に取得。失業手当給付。

固有の権利であり、譲渡不可能。

ドイツ

父性休暇規定なし。

 

フランス

父性休暇:11労働日。出産後4ヶ月以内に取得。

 

イタリア

父性休暇規定なし。

父親が3ヶ月以上育児親休暇を取得した場合、育児親休暇は10ヶ月から11ヶ月に延長。

オランダ

父性休暇:有給2日。労働協約による特別規定を除く。

固有の権利であり、譲渡不可能。

フィンランド

父性休暇:18週。出産母性休暇

または母親の育児親手当て期間中に取得。

2003年以後、父親が育児親手当て期間の最後の12日を取得した場合、育児親休暇は12日に延長可能になった。

 

スウェーデン

父性休暇:10日。生後3ヶ月以内。

480日の外に90日。父親が休暇を取得しない場合、家族は育児親休暇の2ヶ月を失うことになる。

イギリス

父性休暇:2週間。1100ポンドの給付

固有の権利であり、譲渡不可能。

柴山恵美子作表 資料出所:欧州委員会報告


 

表−7 雇用・職業における男女均等待遇原則に関する指令と加盟国への導入状況(2004年6月現在)                                         

 

 

 指令の目的 

 指令の番号

| 

 

 

 男女同一賃金

 指令75/117/EEC

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雇用職業均等待遇

 

 

 

 指令76/207/EEC

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 改正02/73/EC

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 社会保障均等待遇

 指令79/ 7/EEC

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 職域社会保障均等

 待遇

 

 指令86/378/EEC

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 改正96/97/EC

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自営業の均等待遇

 指令86/613/EEC

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 産前産後安全健康

 指令92/ 85/EC

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 労働時間編成

 

 

 

 指令93/104/EC

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 改正00/34/EC

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 育児両親休暇

 

 

 

 指令96/ 34/EC

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 指令97/ 75/EC

 イギリスに拡大

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 性差別裁判におけ

 る挙証責任

 

 

 指令97/ 80/EC

 

 

 

N

 

 ●N

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 指令98/ 52/ EC

 イギリスに拡大

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パ−トタイム労働

 の均等待遇

 

 

 

 指令97/ 81/ EC

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 指令98/ 23/ EC

 イギリスに拡大

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人種的・民族的出

 身の均等待遇

 

 

 

 

 

 

 指令00/43/EC

 

IC

**

 ● 

 

N

 

N

 

 

 

N

 

 

N

 

 

N

 

N

 

IC

 

 

 雇用職業均等待遇

 一般的枠組み

 指令00/78/EC

 

 

C

 

 

 

N

 

N

 

 

 

N

 

 

N

 

 

N

 

 

IC

 

 

柴山恵美子作表。N:報告なし。

IC:不十分な報告。●印国内導入。

*2004年に加盟10カ国はほとんど国内法に導入。

 

 


 ●妊娠中の労働者、最近出産した労働者または授乳中の労働者の作業中の安全および健

康の向上促進措置の採用に関する1992年10月19日の理事会指令92/85/EEC(理事会指令89

 /391/EEC 16条1項に定める第10次個別指令)

 

  欧州理事会は、

  欧州経済共同体設立条約、特に同法第118 a条に留意し、

  作業中の安全、衛生および健康保護に関する諮問委員会との協議後に起草された欧州委

員会の提案に留意し、

  欧州議会の協力を得て、

  経済社会委員会の意見に留意し、

  この条約の第118 a条は、欧州理事会が指令により、特に作業環境における労働者の安

全および健康の保護のために、作業環境の改善促進のための最低限の要件を採用すること

を求めてめており、この指令は個々の加盟国ですでに達成された保護水準のいかなる削減

を正当化するものではなく、また加盟国はこの条約に基づきこの分野における諸条件の改

善を促進し、さらにこれまで達成された改善を維持しつつ、諸条件を調和させることを義

務づけられているので;

  上記の指令は、この条約第118 a条に基づいて、中小企業の創立と発展を妨げるような

方法での行政的、財政的、法的強制を課することを避けなければならないので;

  1985年の加盟法によって最終的に改正された決定 74/ 325/ EEC に基づいて、作業中の

安全および健康に関する諮問委員会がこの分野における提案を起草中の委員会からの諮問

を受けたので;

  1989年12月9日に、ストラスブルグ欧州理事会において、加盟11カ国の国家元首および

首相によって採択された労働者の基本的社会的権利に関する欧州共同体憲章の、特にその

19章で、

  「すべての労働者は、自己の作業環境において充分な健康および安全な条件を享受しな

ければならない。この分野で従来の改善を維持しながら今後一層条件の調和を達成するた

めに適切な手段をとらなければならない。」

と述べているので;

  欧州委員会は、労働者の基本的社会的権利に関する欧州共同体憲章を実施するための委

員会の行動計画の目的の中に、妊娠中の女性の作業中の保護に関する指令の理事会採択を

含めているので;

  作業中の労働者の安全および健康の向上促進措置の採用に関する1989年6月12日の理事

会指令89/491/ EEC 15条が、特に危険にさらされやすい労働者グループを、それらの労

働者に特に影響を与えるおそれのある危険から保護しなければならないことを規定してい

るので;

  妊娠中の労働者および最近出産した労働者または授乳中の労働者は、多くの点で特殊に

危険を受けやすいグループとみなす必要があり、これらの労働者の安全および健康の保護

のための措置を取らなければならないので;

  妊娠中の労働者および最近出産した労働者または授乳中の労働者の安全と健康の保護が

、労働市場で女性を不利に扱ったり、男女均等待遇に関する指令の達成を妨げる役割を果

たしてはならないので;

  ある種の作業が、妊娠中の労働者、最近出産した労働者または授乳中の労働者に対して

、危険な薬品、工程または作業条件にさらされる特殊な危険を与えるおそれがあり、また

この種の危険を評価し、その評価の結果は女性労働者および/またはそれらの労働者の代

表に通知されなければならないので;

  さらにもしこの評価が、女性労働者の安全または健康に対する危険の存在が明らかにし

た場合には、これらの労働者を保護する措置をとらなければならないので;

  妊娠中の労働者、授乳中の労働者は、特に危険な薬品または作業条件にさらされ、安全

と健康を危うくする危険があると評価された作業に従事させてはならないので;

 妊娠中の労働者、最近出産した労働者または授乳中の労働者は、それらの労働者の安全

および健康の観点から不可欠な場合には、夜間作業を要求されないような規定を定めなけ

ればならないので;

  妊娠中の労働者、最近出産した労働者または授乳中の労働者は、損害を受けやすい状態

にあり、産前および/または産後に最低14週間の出産休暇をとる権利を与えることが必要

であり、また産前および/または産後に最低2週間の強制的な出産休暇が必要なので;

  妊娠中の労働者、最近出産した労働者または授乳中の労働者の状態に関連した理由によ

って解雇される危険は、これらの労働者の肉体的、精神的状態に有害な影響を与えるおそ

れがあり、このような解雇を禁止する措置を講じなければならないので;

  妊娠中の労働者、最近出産した労働者または授乳中の労働者の保護に関する作業編成の

ための措置は、賃金の維持および/または適切な手当の支給を受ける権利等を含めた雇用

契約に関する権利保障の確認を伴わなければ役に立たないので;

  さらに出産休暇に関する規定は、雇用契約に関連する権利の持続および/または適切な

手当に対する受給権が伴わなければ役に立たないので;

  出産休暇における適切な手当という概念は、最低限のレベルの保護を固定させるという

技術的観点から評価され、いかなる場合も妊娠と疾病とを同一視するものと解釈されては

ならないので;

  この指令を採択した。

 

  第T章 目的と定義

  第1条  目的

  1、理事会指令 89/391/EECの第16条1項に定める第10次個別指令であるこの指令の目

的は、妊娠中の労働者、最近出産した労働者または授乳中の労働者の作業中の安全および

健康向上の促進措置を講ずることにある。

  2、理事会指令89/391/EECの規定は、第2条2項を除き、この指令に含まれるより厳し

いおよび/または特殊な規定を侵害することなく、1項に定める全ての分野に完全に適用

されなければならない。

  3、この指令は、妊娠中の労働者、最近出産した労働者または授乳中の労働者に与えら

れた保護水準を、この指令を採択した各加盟国に存在する状況と比較して縮小効果をもっ

てはならない。

  第2条  定義

  この指令の目的のために、

  (a)妊娠中の労働者とは、国内法および/または国内的慣習に基づいて、使用者に自

己の状態を知らせた妊娠中の労働者をいう。

  (b)最近出産した労働者とは、国内法および/または国内的慣習の意味において最近

出産し、国内法および/または国内的慣習に基づいて、使用者に自己の状態を知らせた労

働者をいう。

  (c)授乳中の労働者とは、国内法および/または国内的慣習の意味において授乳中で

あって、国内法および/または国内的慣習に基づいて、使用者に自己の状態を知らせた労

働者をいう。

 第U章 一般規定

  第3条 ガイドライン

  委員会は、加盟国と協議し、作業中の安全、衛生および健康の保護に関する諮問委員会

の諮問を得て、第2条に定める労働者の安全または健康に有害とみなされる化学的・物理

的・生物学的な物質のアセスメントに関するガイドラインを作成する。

 第1項に定めるガイドラインは、第2条に定める労働者が行なった作業に関連する運動

、姿勢、精神的、肉体的疲労およびその他の肉体的、精神的ストレスを包含するものでな

ければならない。

  2、第1項に関するガイドラインの目的は、第4条第1項に定めるアセスメントの基礎

として役立たせることにある。

  このために、加盟国は、各加盟国において、すべての使用者、すべての女性労働者およ

び/またはそれらの労働者の代表者にこれらのガイドラインに対する注意を喚起しなけれ

ばならない。

  第4条 アセスメントと情報

  1、付属文書Tに掲げる非消耗品リストに掲げる薬剤、工程または作業条件などの特殊

な危険にさらされやすい全ての作業に関して、使用者は企業および/または施設において

、第2条の定めにおいてであれ、直接的にもしくは理事会指令、89 /391/EEC第7条に定め

る保護および予防措置を利用してであれ、労働者の被る危険の性質、程度および継続期間

を検査しなければならない。その場合、下記の事項を行わなければならない。

 ー第2条に定める労働者の安全または健康に与えるあらゆる危険および妊娠または授乳

に及ぼすあらゆる影響を検査すること

  ー講ずべき措置を決定すること。

  2、理事会指令89/391/EEC第10条を侵害することなく、第2条に定める労働者および当

該企業および/または施設において第2条に定める状況の一つにあると思われる労働者お

よび/またはそれらの労働者の代表者は、第1項に定めるアセスメントの結果および作業

中の健康と安全に関して講じられたすべての措置の結果について知らされなければならな

い。

  第5条  アセスメントの結果に対する追加的アクション

  1、使用者は、もし第4条1項に定めるアセスメントの結果が、第2条に定める労働者

の安全または健康に危険を及ぼす場合、もしくは妊娠または授乳に影響を及ぼすことが明

らかになった場合には、理事会指令89/391/EEC第4条1項を侵害することなく、当該労働

者の労働条件および/または労働時間を暫定的に調節することによって、労働者がこの種

の危険にさらされないよう保障する措置を講じなければならない。

  2、もし当該女性労働者の労働条件および/または労働時間の調節が技術的および/ま

たは客観的に実現不可能である場合、もしくは正当に実証しうる理由によって合理的に要

求不可能である場合には、使用者は当該労働者を他の仕事に転換させるために必要な措置

を講じなければならない。

  3、もし当該女性労働者を他の仕事に転換させることが技術的および/または客観的に

実現不可能である場合、もしくは正当に実証しうる理由によって合理的に要求不可能であ

る場合には、当該労働者の安全または健康の保護に必要な期間全体にわたって、国内法お

よび/または国内的慣習に基づいて、当該労働者に休暇を与えなければならない。

  4、この条項の規定は、第6条に基づいて禁止する作業に従事する労働者が妊娠し、ま

たは授乳を開始し、そのことを自己の使用者に知らせた場合にも準用される。

  第6条 危険にさらされることが禁止されている事例

  労働者の保護に関する一般的規定、特に職業的危険についての制限値に関する規定に加

え、

  1、第2条a項に定める妊娠中の労働者は、いかなる場合も、添付文書UのA章に定め

る安全または健康を損なう恐れのある物質および作業条件にさらされる危険があることが

明らかになった作業を行なうことを強制されない。

  2、第2条の(c)項に定める授乳中の労働者は、いかなる場合も、付属文書UB章に

定める安全または健康を損なう恐れのある薬品および作業条件にさらされる危険があるこ

とが明らかになった作業を行なうことを強制されない。

  第7条  夜間労働

  1、加盟国は、安全および健康を所轄する国家機関の決定により、加盟国の定める手続

きに基づいて、当該労働者の安全または健康にとって必要であることを証明する医師の診

断書の提出により、第2条に定める労働者が妊娠中および出産後の期間、夜間労働を強制

されないための必要な措置を講じなければならない。

  2、第1項に定める措置は、国内法および/または国内的慣習に基づいて、下記の措置

の実施を伴わなけばならない。

  (a)昼間作業への転換

  (b)この種の転換が技術的および/または客観的に実現不可能である場合、もしくは

正当に実証しうる理由によって合理的に要求不可能である場合には、休暇または出産休暇

の延長。

 第8条 出産休暇

  1、加盟国は、第2条に定める労働者が、国内法および/または慣習に基づいて、産前

および/または産後に連続した14週間の出産休暇を取得する権利を保障するために必要な

措置を講じなければならない。

  2、第1項に定める出産休暇は、国内法および/または慣習に基づいて、産前および/

または産後に最低2週間の強制出産休暇を含まなければならない。

  第9条 産前の検診のための休暇

  加盟国は、第2条に定める妊娠中の労働者が、産前の検診を就業時間中に行なう必要が

ある場合には、産前の検診を受けるために、賃金カットされることなく、国内法および/

または慣習に基づいて、休暇を取得する権利を保障するために必要な措置を講じなければ

ならない。

  10条 解雇禁止

  第2条に定める労働者が、自己の安全と健康を保護する本条に定める権利の行使を保証

するために、下記の条項を規定しなければならない。

 1、加盟国は、第2条に定める労働者の妊娠の開始から第8条1項に定める出産休暇の

終了まで、当該労働者の解雇を禁止するために必要な措置を講じなければならない。ただ

し、国内法および/または慣習に基づいて許される解雇条件とは無関係の例外的事例の場

合であって、かつ所轄当局が解雇の同意を与えるということを条件に、解雇が適用可能な

場合を除く。                                                                   

 2、第2条に定める労働者が第1項に定める期間中に解雇される場合には、使用者は、

当該労働者について正当に実証しうる解雇理由を文書で明示しなければならない。

 3、加盟国は、1項による不法解雇の結果から、第2条に定める労働者を保護するため

に必要な措置を講じなければならない。

  11条 雇用権

  第2条に定める労働者の安全および健康保護の権利行使を保障するために、下記の点が

定められなければならない。

  1、第5条、第6条、第7条に定める事項については、第2条に定める労働者に対する

賃金の保障および/または適切な手当を受給する権利を含む雇用契約に関する雇用権は、

国内法および/または慣習に基づいて、保障されなければならない。

  2、第8条に定める事項については、下記の点が保障されなければならない。

  (a)下記の(b)に定める権利を除き、第2条に定める労働者の雇用契約に関連する

権利

  (b)第2条に定める労働者の賃金の保障および/または適切な手当を受給する権利。

 3、第2項b項に定める手当は、国内法に定める最高限度額に従って、当該労働者が自

己の健康状態を理由に休業する場合の受給額に少なくとも相当する所得保障を適切とみな

されなければならない。

  4、加盟国は、国内法に定めるこの種の手当の受給の適格条件が満たされることを条件

に、当該労働者に第1項および第2項b項に定める賃金または手当を受給する権利を認め

ることができる。

  これらの条件は、いかなる場合も出産予定日の12カ月を超える前の雇用期間のための規

定を下回ってはならない。

  12条 権利の保護

  加盟国は、誤って不当に取り扱われているすべての労働者が、この指令から生ずる義務

に従って、他の所轄当局の力をかりて、訴訟手続き(および/または国内法および/また

は慣習)により、自己の要求の実現を追求するために必要な措置をそれぞれの国内法体系

に導入しなければならない。

  13条 付属文書に関する改正

  1、理事会指令89/391/ EEC第17条に定める手続きに基づいて、技術的進歩、国際的な

規則または細則の改正ならびにこの指令に定める範囲における新しい発見の結果として付

属文書Tに関する厳密に技術的な改正が採択されなければならない。

  2、付属文書Uは、欧州共同体設立条約第118 a条に定める手続きによらずに改正する

ことはできない。

  14条 最終規定

  1、加盟国は、この指令の採択後2年以内に、この指令に基づき必要な法律、規則およ

び行政規定を施行し、またはこの指令の採択後2年以内に、産業別労使双方が労働協約に

より必要な措置を採用することを保障しなければならない。加盟国は、当該労働者にこの

指令に定める成果の達成を常時保障するために必要なあらゆる措置を講ずることが要求さ

れる。加盟国は、その措置について委員会に直ちに通知しなければならない。

  2、加盟国が第1項に定める措置を採用する場合には、この指令に言及しなければなら

ないし、または公的に出版する場合には、この種の言及を付記しなければならない。この

種の言及の方法は、加盟国によって規定されなければならない。

  3、加盟国は、すでに採択した国内法またはこの指令に定める範囲で採択する国内法の

重要な規定の原文を、欧州共同体委員会に通知しなければならない。

  4、加盟国は、産業別労使双方の見解を明らかにしながら、この指令の実施状況を委員

会に5年毎に報告しなければならない。

  しかしながら、加盟国は、この指令を採択して4年後に、この指令の規定の実際の施行

状況に関して、最初の報告を行なわなければならない。

  欧州委員会は、欧州議会、欧州理事会、経済社会委員会および作業中の安全、衛生、健

康保護に関する諮問委員会に報告しなければならない。

  5、欧州委員会は、第1項、第2項および第3項に留意し、欧州議会、欧州理事会およ

び経済社会委員会にこの指令の施行状況に関する報告書を提出しなければならない。

  6、欧州理事会は、第4項2項に定める報告書、および必要ある場合には、この指令の

採択後遅くとも5年以内に欧州委員会から提出される提案を基礎に、実施されたアセスメ

ントに基づきこの指令を再検討する。

  15条   

 この指令は、加盟国に宛てられる。

  1992年10月19日  ルクセンブルグにて

  理事会を代表して

  議長  D,Curry

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


           安倍改憲政権における侵略性の研究 

    −アジアとの平和的連帯か、日米軍事一体化への道か、岐路に立つ日本−             

労働運動研究所 柴山健太郎

 

 安倍政権の意外なしたたかさ

 

安倍内閣の成立から一カ月以上経った。成立当初、「安倍政権はタカ派政権だからせいぜいもって来年の参院選ぐらいまでだろう」という見方もあったが、政権発足後の1ヶ月の動きを見ると、意外なしたたかさを見せている。

 それは安倍政権に対する世論調査の支持率が、依然として高い水準を維持していることである。日経新聞の102729日に実施した世論調査によると、安倍政権の支持率は9月末の調査から3ポイント低下したが、68%と高水準を保っている。どんな政権でも発足後しばらくは支持率が高いことを考慮しても、歴代政権と比べても際立って高い理由は、やはりそれ以外のいくつかの要因を考えなければなるまい。その要因の第一は安倍首相の最大の弱点と見られていた歴史認識問題で「大化け」して野党の追及をうまく切り抜けたことである。第二に、これも大きな弱点と見られていたアジア外交で、政権発足直後に中国と韓国を真っ先に訪問し首脳会談を実現して得点を挙げた。第三に北朝鮮の核実験に際して、国連安保理事会の議長国としてイニシアチブをとり、中国、韓国、ロシアも含めて満場一致で制裁決議を採択させ、さらに独自の追加経済制裁を実施し、国民の不安に乗じて政権支持の強化に成功した。前記の世論調査でも核実験を実施した北朝鮮への経済制裁については「適切だ」が50%、「さらに強めるべきだ」が36%と評価する声が8割を超えている。第四は民主党の安部政権に対決する政策の不明確さと野党分裂に乗じて衆院補選大阪9区、神奈川16区に勝利したことである。

 

歴史認識問題における「大化け」 

 

 安倍氏は、首相就任前に発刊した著書『美しい国』で「闘う政治家」を標榜した。その安倍氏が首相に就任した途端に国会答弁で彼の従来の歴史認識を次々と覆して世論を驚かした。だが安倍政権の現在と未来の活動を評価するには、当の安倍首相が「大化け」しようがしまいが、政治家・安倍氏のこれまでの歩みを検証することからはじめなければなるまい。安倍氏の政治家として歩みをざっと見るだけで分かるのは、彼が一貫して闘ってきたのは、アジア・太平洋戦争における日本の侵略性や戦争責任や戦争犯罪の徹底的に否認することにあったことである。

  安倍氏は、19938月、細川首相の表明した侵略戦争認識に反対して「歴史・検討委員会」に参加した。9412月には「終戦50周年国会議員連盟」の事務局次長に就任し、自民・社会・さきがけ三党の支持で956月に衆院で採択された「歴史を教訓に平和への決意を明らかにする決議」に反対運動を展開し、本会議を欠席した。さらにこの年の815日に村山首相が「談話」の形で「わが国は遠くない一時期に国策を誤り、植民地支配と侵略によって、多大の損害と苦痛を与えたことに痛切な反省の意を表し、心からお詫びの気持ちを表明いたします」という反省と謝罪を表明したのに対しても真っ向から反対した。

さらに河野官房長官が従軍慰安婦での軍当局の関与と強制を認めた935月の「河野談話」にも反対運動を展開した。96年に「明るい日本国会議員連盟」を結成し、翌972月には「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」の事務局長に就任し、先頭に立って中学教科書の「従軍慰安婦」記述に反対する活動を展開した。さらに官房副長官時代には、日本軍の戦時中の従軍慰安婦制度を裁くため200012月に東京で開催された『女性国際戦犯法廷』をNHKが取材し、01130日に「問われる戦時性暴力」という番組で放送しようとしているのを察知し、放映中止の圧力をかけて放送内容を改変させた。

その安倍首相が、「村山談話」に関しては「私の内閣でも生きている。私も首相であり継承するのは当然だ」と述べ、さらに「河野談話」についても「私を含め政府として受け継いでいく」ことを国会答弁で明確に認めた。首相の尊敬してやまぬ祖父・岸信介が東條内閣の商工大臣として日米開戦詔勅に署名したことに関しても、「そのときの指導者の立場にあった人たちは私の祖父も含め大きな責任があった」ことを認め、「開戦の結果、日本は敗戦をし、多くの日本人は命を失い、家族を失った。結果として、アジアの人たちに多くのつめ跡を残した」と述べている。  

だが安倍首相の国会答弁を検討してみると、肝心な主張は全く変えていないことが分る。「A級戦犯は国内法では犯罪人ではない」、「靖国参拝を今後行うかどうかはいわない」、「満州事変や太平洋戦争の評価などについて政治家は謙虚であるべきで、判断は後世の史家に任すべきだ」などの主張は固守し、後々のために「火種」は残している。また「集団的自衛権の行使に向けて研究を進める」ことや、「憲法改正を政治日程にのせる」などの主張も変えていない。

安倍首相の巧妙な政治手法は「政治家個人の見解」と「首相の立場」を使い分けると同時に、閣僚や自民党幹部が政府見解と異なる意見を公表してもこれを「議員個人の見解」として事実上容認することで、逆に世論喚起に利用することである。

 

 

自民党「元祖タカ派」が核武装論者を糾弾

 

安倍政権は、109日の北朝鮮の核実験を絶好の機会と捉え、平和的解決を目指す国際世論をよそに、いち早く独自制裁拡大の方針を決定するとともに、周辺事態法を拡大解釈して、北朝鮮船舶の「船舶検査」(臨検)の方針まで示唆し始めた。

1015日、自民党の中川政一政調会長はテレビ番組で「日本が攻められないようにするための選択肢として核ということも議論としてはある。議論は大いにしないといけない」と述べた。また麻生外相は、1015日のNHKや民放の討論番組で「今回の北朝鮮の核実験は周辺事態の範疇に入り、周辺事態法に基づく『周辺事態』を認定することが可能だ」と述べた。さらに「周辺事態となれば日本は展開する米軍の後方支援や、船舶検査への参加が可能になるが、現行の周辺事態法の下では強制的な検査はできず、武器使用にも限界がある」として「周辺事態法で当面は対応する。特措法などの法律ができるまでは、ある程度時間がかかるので、時間をかけてやるという二段階の考え方がある」という本音までさらけ出した。

この麻生外相の発言で見逃せないのは、この直後の1017日の衆院安全保障委員会でも、先の中川氏の「核武装」発言について「いろんなものを検討したうえで核を持たないというのも選択肢の一つだ」と述べて、日本の核武装の議論そのものは否定しなかったことである。さらに麻生外相は、2003年の毎日新聞アンケートで「核武装を検討すべきだ」と回答したことについて問われ、「その当時、核兵器所有について検討すべきか、だんだん隣がみな持ってくるときに、日本だけ何の検討もされないのはいかがなものか」と考えたと、自分の発言を肯定した。

こうした政府・自民党首脳の相次ぐ核武装発言に対して「元祖タカ派」といわれた自民党安全保障調査会長の山崎拓前副総裁は朝日新聞紙上のインタビューで厳しい批判を行っている。「公論、敵より来る」というが、彼の発言の一部を引用しよう。

「政府は先の国連決議の採択では、議論をリードしたと誇らしげに宣伝している。

北朝鮮の核武装はけしからんという一方で、日本の核武装の是非について議論しようというのは筋が通らない。中国などに圧力をかけるための議論というならいっそうたちが悪い。安全保障環境を自ら壊すことになり、タイミングとしては最悪だ。

憲法の定める言論の自由は、権力側が何でも言っていいということではない。閣僚や国会議員には憲法や条約順守義務がある。『核武装には反対だが議論はすべきだ』というなら、まず反対の理由を明確にすべきだ。

 核武装論には、戦前回帰の軍国主義思想が内包されているように思える。『核保有について大いに議論を』という発言をコントロールできないのは閣内不統一を問われても仕方がない。安倍首相が『非核三原則は国是』と明言したのは評価するが、発言者を処分しないのは残念だ。

 核の拡散が止まらないのは、各国の指導者がいまだに軍事力を政治の手段と考え、その最強の武器である核の誘惑にかられるからだ。力の外交を求めるのは権力者の悲しい性(さが)だが、その中でただ一人、核廃絶を訴える正当な資格があるのは、日本の指導者だということを忘れてはならない。」(朝日新聞111日号夕刊)

 

    中韓両国にも重大な疑惑を招いた「核武装発言」

 

当然のことながら安倍政権の外相や与党幹部の相次ぐ「日本の核武装」発言は、韓国や中国ばかりかアメリカのブッシュ大統領までも懸念をしめすほど、大きな国際的反響を巻き起こした。

中国外務省の劉建超報道官は、1017日の記者会見で、中川政調会長の「日本も核保有の議論があってもいい」という発言に触れ、「日本は核不拡散条約の締結国として条約の義務を厳格に履行し、非核三原則を遵守し、地域の平和と安定を守る上で責任ある態度をとることを希望する」と述べ、不快感を示した。

さらにブッシュ大統領は、1016日のFOX テレビのインタビューで、日本の核武装論に対する中国の懸念を紹介する形をとって懸念を表明した。

韓国メデイァも1019日以降、いっせいに韓国政府が日本の核武装に備えた対応を検討中だと報道し、ハンギョレ紙は19日「韓国政府は日本政府の北朝鮮に対する強硬論の背景に、日本自体の核武装を合理化するための動機が隠れているという疑心を抱いている」と指摘した。与党「開かれたウリ党」の金槿泰議長、金ハンギル院内代表は19日、韓明淑首相らと北朝鮮への対応を協議した席で、日本の核武装論に言及し、金院内代表は「日本の指導層の相次ぐ核武装関連発言に対し、深い憂慮とともに政府レベルでの立場の整理が必要だ」と述べたと報じられている。最大野党ハンナラ党の李会昌・元総裁は1019日の講演で「日本など周辺国が核開発に近づく兆しが現れた場合、核開発を検討すべきだ」と発言した。

韓国外交通商省の柳明桓第一次官は、こうした厳しい国内世論を背景に1023日の日本人記者団との会見で、「日本が核武装すると北東アジアの平和的構図が崩される。朝鮮半島の非核化が韓国の目標であり、周辺国もその趣旨に協力すべきだ」と述べた。

安倍政権の政府・与党幹部の無責任な発言は、すでに北東アジアで日本の核武装に対する重大な懸念を引き起こしているのである。

 

軍事的無知から生まれた「敵基地先制攻撃論」

 

安倍政権の危険な性格は、麻生外相や中川昭一自民党政調会長のような札付きの核武装論者を政府・自民党中枢に擁しているだけでなく、なによりも当の安倍首相自体がもっとも侵略的・反動的な傾向を持つ危険な政治家だということにある。

    安倍首相は、「村山談話」や「河野談話」の継承を明言したが、就任前に述べた「核兵器保有論」や「敵基地攻撃論」など憲法違反の数々の発言に関しては全く撤回も反省もしていない。

    安倍首相は、核兵器所有に関しては、2002610日の衆院武力攻撃特別委員会において「私は、我が国が自衛のための必要最小限度を超えない実力を保持することは憲法第9条第2項によって禁止されていない、したがって、そのような限度の範囲内にとどまるものである限り、核兵器であると通常兵器であるとを問わず、これを保有することは憲法の禁ずるところではない」と述べている。この発言は日本も締約国である「核拡散防止条約」の明確な違反しているばかりか、政府自身の非核三原則にも反する重大な違憲発言である。

さらに見逃せないのは、北朝鮮のミサイル発射の際の「敵基地先制攻撃」論である。彼は710日の記者会見において「誘導弾などによる攻撃を防ぐために他に手段がないと認められる限りにおいて、誘導弾等の基地をたたくことも法理上の問題としては自衛権の範囲内に含まれる。・・・今後そういう能力を持つべきか、日米同盟の役割分担のなかで議論を深めていく必要がある」と述べた。

これに対して、軍事アナリストの小川和久氏は、812日の朝日新聞に「敵基地攻撃論は現実的か」という文章を投稿し、敵基地攻撃論が先制攻撃論につながり、結局は全面戦争に発展するとして、次のように述べている。

「一般に言われるトマホーク巡航ミサイルや戦闘爆撃機では、先制攻撃しない限り、弾道ミサイルによる第一撃は防げない。スピードが違いすぎるからだ。

艦船搭載のトマホークは時速700余キロ。日本近海から北朝鮮南部まで一時間前後かかる。北朝鮮に接近した潜水艦からでも海岸部まで67分、内陸だと10分以上必要だ。戦闘爆撃機もトマホーク同様の時間を要する。対する弾道ミサイル・ノドン(射的距離1300キロ)は秒速3キロで落下し、着弾まで10分以内。とても間に合わない。機先を制するか相打ちに持ち込めるのは、弾道ミサイルだけだ。

日本が弾道ミサイルを備えたとしても、それだけでは済まない。少なくとも日本向けのノドンの移動式発射装置200基を同時に攻撃する必要がある。そのためには隠密行動する発射装置を追跡し、目標設定する特殊部隊を数百人規模で潜入させなければならないが、日本の特殊部隊は整備途上にある。

それに、第一撃を防ぐためであろうと、日本が戦争を開始することに変わりはない。戦争を始めるときは、北朝鮮の反撃を封じて戦争を終結させるシナリオと能力が必要になる。反撃を封じるには、核攻撃能力か、北朝鮮に上陸進行して降伏させる軍事力がいる。核武装はともかく、北朝鮮に進行できる軍事力となると総兵力120万人規模で年間防衛費は30兆円近く。実現には時間とコストが必要で即効性は期待できない。」

さらに小川氏は、日本が敵基地攻撃能力という「戦争の引き金」を持てば、米国は自らが望まない戦争に引き込まれる恐れがあるので認めるはずはないから、現実的なのは日米同盟による抑止だけだと述べている。小川氏は最後に「軍事や日米同盟への無知が偏狭なナショナリズムや軽率な強硬論を生み、それが周辺国との軋轢につながる悪循環だけは避けたい」と述べ、自民党内の軽率な好戦的論議を批判している。

われわれは、紛争の軍事的解決を排除する平和憲法を遵守する立場から、「敵基地攻撃より日米同盟の有効性を高めよ」という小川氏の論旨には賛成できないが、安倍首相の無責任な「敵基地攻撃論」の非現実性に対する批判には全く賛成である。

 

戦争をもてあそぶ「集団的自衛権」拡大解釈論

 

安倍首相の「敵基地攻撃論」や「核兵器保有論」と並んで危険な主張に「集団的自衛権」の解釈変更による日米共同作戦の拡大がある。

安倍氏は内閣官房長官当時の本年4月17日の衆院テロ特別委員会において「ある国から日本の上空を飛んで米国に向かっている弾道ミサイルをわが国が落とすという場合には、果たして集団的自衛権の行使に当たるのか」と述べた。この安倍氏の見解によると、米軍の攻撃を受けた国が米国を狙って発射した弾道ミサイルを日本が迎撃することも可能になり、日本が攻撃されていないのに、米国の戦争に参加することになる。さらに安倍氏は98日のNHKのインタビューで「公海上で日本の艦艇が米国の艦艇と一緒に並走しているときに、米国の艦艇に攻撃があった場合、日本が見てみぬふりができるのか」と述べ、「対テロ戦争」のためにインド洋に展開している米軍が攻撃を受けた場合、米軍艦船に補給活動している自衛隊艦船が反撃できるように「集団的自衛権」の解釈を変更することを主張した。

安倍氏の主張はいつも勇ましいが、問題はこうした集団的自衛権の発動で日本が「米国の戦争」に偶発的に巻き込まれるおそれがないのか、万一、それが全面戦争に発展した場合に日本政府はいかに対処するのかという判断が全く欠落していることである。日本は自衛隊のイラク派遣で中東諸国の信頼を大きく失墜したが、憲法の制約でイラク人民を殺す武力行使には参加できなかったお陰で今のところはイスラム過激派のテロ攻撃の対象にはなっていない。だがもし安倍政権が「集団的自衛権」の行使で地球上いたるところで日米共同作戦を展開するようにでもなれば、事態は一変するだろう。スペインやイギリスの例を見ても明らかなように、日本が激しい暴力テロの対象となることは火を見るより明らかだ。日本国憲法が戦争放棄と交戦権の否認、国際紛争の武力による解決を明記し、歴代政府が集団的自衛権の行使を否定してきたのはこうした事態を防ぐためであり、安倍首相は集団的自衛権の行使の制約を撤廃し、国民と国家の命運よりも、米軍艦船の安全の方を優先しようとしているのである。

ここで見逃してはならないことは、最近Winny流出資料で明るみに出た海上自衛隊佐世保地方隊の秘密資料『警戒、警備及び周辺事態作戦計画』が示すように、『先制攻撃』戦略がすでに3年も前から自衛隊の『作戦計画』として具体化され、演習まで行っていた事実である。この資料によれば、国会の承認もなしに、「周辺事態法」第1条の「周辺事態」の判断が行われ、防衛庁長官の特命で、海岸から100海里も離れた公海上で、米海軍と共同で「船舶検査」を実施し、さらに段階を追って『周辺事態』から『防衛事態』への移行、つまり戦争状態に突入する演習が実施されている。安倍政権の集団的自衛権の拡大解釈の動きは、最近の自衛隊が従来の「専守防衛」体制から「先制攻撃」態勢に移行する動きを強める中で、偶発的戦争の発生する危険性をいっそう高めているといえよう。

 

問われる安倍政権の戦後補償への取り組み

 

侵略戦争の正当化に終始した安倍首相の『美しい国』と全く対照的なのが、19855月、当時の西ドイツのワイツゼッカー大統領が敗戦40周年に際して国会で行った『荒れ野の40年』と題する有名な演説である。ワイツゼッカー大統領はこの演説の中で「過去に目をとざす者は結局のところ現在にも盲目となります。非人間的な行為を心に刻もうとしない者は、またそうした危険に陥りやすいのです」と述べた。

まさに至言である。安倍首相は、国会で多くの日本人やアジア人に戦争被害を与えた責任を表明した以上、今後は当面の拉致問題だけでなく、過去の戦争犠牲者や中国・朝鮮の強制連行者に対する補償問題にも全力を注ぐべきである。

先のアジア・太平洋戦争では、無能で腐敗した指導者の戦争指導で特攻隊のような幾多の悲劇が生まれたが、もっと悲惨な事実はこの戦争の「戦死者」240万人のうち、実に7割以上が食糧の補給もなく見捨てられ、広大なアジア・太平洋の戦場で果てた無残な餓死者だったことである。しかも戦後に遺骨が帰ってきたのは1246000人に過ぎず、残りは今も収拾されずにジャングルの中に野ざらしになっている。しかも戦争犠牲者は軍人だけではない。沖縄戦では、戦没者188136人のうち住民の死亡者は94000人と実に半数を占めている。戦争中の米軍による空襲被害は、原爆被害を受けた広島、長崎を含め、全国408市町村に及び、市民の死者は368727人、負傷・行方不明者は931435人、損失家屋は2314497戸に達している。日本の侵略を受けた東アジア地域全体では少なく見ても死者・負傷者で1,882万人に達している。それに加えて戦争中の朝鮮人労務者の対日本動員数は724787人、軍人・軍属動員は614526人に達し、中国人強制連行者は38935人に達している(戦争被害に関しては本誌058月号の吉村励「60年目のレクイエム(鎮魂曲)」参照されたい)。

戦後60年経った今でも、損害賠償請求訴訟がアジア各地や国内から相次いで出されている。

これまで提訴された訴訟には、朝鮮人・台湾人などの旧植民地出身者の軍人恩給、戦傷病者・戦没者遺族年金の支給、インドネシア兵補(補充兵)の未払い給与、旧植民地出身者の軍事郵便貯金の補償、香港占領時の軍票の補償、韓国、フイリピン、オランダなどの従軍慰安婦の謝罪と補償、B・C級戦犯犠牲者の補償、中国・朝鮮の強制連行者に対する補償、このほか日中戦争中の重慶爆撃の損害賠償、南京虐殺事件、さらに国内からも最近東京大空襲の損害賠償などの訴訟が相次いでいる。

最近のこの種の裁判の判決で注目されることは、裁判所が損害賠償請求を時効などの理由で却下はしても、被害の事実は認定し、「立法不作為」を指摘して立法府の損害補償立法の制定で救済を促す判決が出始めていることである。

安倍政権が早急に取り組むべきなのは、まず「戦傷病者戦没者遺族等援護法」の「国籍条項」を削除し、戦争中に軍人軍属として日本帝国のために戦い、負傷し、戦没した旧植民地の韓国人や朝鮮人、中国人やその遺族にも日本人と同じ補償を実施するための法改正である。

これについてはすでに先例がある。日本政府は1977年に台湾人元日本兵が日本人と同じように援護法の適用を求め一人500万円の支給を求める訴訟を起こしたのに対し、東京高裁が1985年の却下判決の「付言」の中で政府に速やかに対策を講じ、「国際信用を高める」ことを勧告したのをうけて、1987年の特別立法で「台湾人である戦没者遺族等に対する弔慰金等に関する法律案」などを成立させ1人一率に200万円を支給している。

すでに米、英、仏、独、伊などの諸国は、自国軍に従軍した外国人兵士に対して現在の国籍のいかんにかかわらず、自国民とほぼ同様の年金または一時金を支給している。元来年金支給の根拠は戦争中の軍務の提供にあるので、日本のように国籍変更を理由に戦後半世紀以上経っても旧植民地の軍人・軍属に年金を支給しないような国はどこにもない。

 さらに安倍政権は、従軍慰安婦、BC 級戦犯犠牲者、強制連行被害者に対する謝罪と補償を特別立法によって実施すべきである。村山内閣は、従軍慰安婦の犠牲者に対し、女性の尊厳を犯したことに対する国家による謝罪や補償でなく、民間の「アジア女性基金」からの補償金支給という手段をとったため多くの被害女性は受け取りを拒否した。やはり、立法措置による国家補償と謝罪を実施すべきである。

戦時中、政府の命令による民間企業の中国人の強制連行に対する謝罪と補償に関しては、1990年に鹿島建設が始めて「花岡事件」が強制連行・強制労働に起因するものであることを認め、中国人強制連行者の生存者に謝罪したが、生存者や遺族への謝罪と1500万円の補償金の支払い要求には政府も企業もいまだに応じていない。

ドイツでは20007月に、戦時中に強制連行、拘禁による奴隷労働や強制労働などにより不法な利益に与ったドイツ企業の政治的、道義的責任を認め、犠牲者の補償金を給付するために、ドイツ経済界と国がそれぞれ50億ドルを拠出して、「記憶・責任・未来」財団を設置し、政府、国会両院代表、ドイツ経済界、被害者のユダヤ人団体、ロマ人団体、侵略被害諸国政府代表、国連高等弁務官代理者など27名の理事会で運営することに決定した(詳細は本誌200010月号の野村光司「戦後処理の思想と政策−ドイツ強制労働補償財団法に学ぶー」を参照されたい)。

 

  憲法第9条はアジア人民に対する「不戦の誓い」

 

安倍首相は、就任後に「5年以内に憲法改正をめざす」と明言し、憲法改正のための国民投票法案を審議する衆院特別委員会にテーマ別小委員会の設置を決め、審議を急いでいる。

安倍首相の「憲法改正」にかける決意は強烈であり、『美しい国』の中でも憲法草案、特に第9条の「戦争放棄条項」は「日本が二度と欧米中心の秩序に挑戦することのないように強い意志を持って作成された」と主張し、次のように述べている。

「憲法前文には、敗戦国としての連合国に対する“詫び証文”のような宣言がもうひとつある。《われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去

しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたい。》という箇所だ。このときアフリカはもちろんほとんどのアジア諸国はまだ独立していないから、ここでいう《専制と隷従、圧迫と偏狭から永遠に除去しようと努めている国際社会》とは、おもに連合国、つまりアメリカをはじめとする列強の戦勝国をさしている。ということは、一見、力強い決意表明のようにみえるが、じつはこれから自分たちは、そうした列強の国々から褒めてもらえるように頑張ります、という妙にへりくだった、いじましい文言になっている。」

 ここに安倍氏の憲法観が集約されている。つまり、安倍首相にとっては憲法、特に前文の戦争放棄条項や交戦権放棄規定は、米国を先頭とする勝者の連合国に対する敗者の日本「詫び証文」に過ぎないのである。ここにアジア・太平洋戦争の本質に対する安倍氏の根本的に誤った認識がある。この戦争にはアジア植民地市場の再分割をめぐる欧米帝国主義と日本帝国主義の闘争という要素は確かにあった。だが絶対に見逃してはならないのは、国土を占領・植民地化されたばかりか戦場にされて、生命・財産まで脅かされたアジア人民の民族独立闘争の性格も併せ持ち、戦争の激化とともにその要素が急速に高まっていった事実である。その過程で日本帝国主義が掲げたアジア人民の共存共栄のための「大東亜共栄圏」の本質が暴露されていったのである。

1943年にはアジア占領地域の傀儡政権代表を集めて「大東亜会議」も開催されたが、日本の意図は欧米列強との戦争と日本の占領支配の強化のためにアジア諸国の民族主義を利用することで、真の独立を認めるつもりは初めからなかった。日本の狙いは、この地域に豊富に存在する天然資源、つまりは仏領インドシナとタイの米、オランダ領インドネシアの石油、セレベスのニッケル、仏領インドシナ、マレーのゴムや錫、フイリピンの銅などの略奪と、人的資源の軍事的動員にあった。ここから現地住民の強制連行、奴隷労働や従軍慰安婦制度など非人間的な戦争犯罪が生まれたのである。

アジア・太平洋戦争は、この点から見てもアジア人民にとっては紛れもなく日本の侵略戦争であった。したがって日本が平和国家への再生に当たって重大な反省を表明することはアジア人民の信頼を取り戻すために不可欠の行為であった。この憲法第9条は、日本の侵略で絶大な被害をこうむったアジア諸国人民に対し日本国民が不戦を誓う厳粛な「誓約憲法」であり、サンフランシスコ講和条約で日本が国際社会に復帰する不可欠な条件だったのである。安倍氏がこの憲法前文を「詫び証文」としてしか考えられないということは、彼には戦後の世界情勢の科学的な認識が全く欠如していることを意味している。

 さらに安倍氏は、憲法第9条によって日本が独立国としての要件を欠くことになり、「安全保障を他国に任せ、経済を優先したことで・・・精神的に失ったものも大きかった」と述べ、「集団的自衛権」を認め、日米同盟の「双務性」を増すことで、日本の発言権は格段に増すと主張している。

 

 世界を席巻する日本文化の平和主義

 

 だが戦後の日本のたどった歴史を見れば、日本が戦後のアジアや世界で信頼を高めたのは、憲法第9条を守り抜き、戦後の朝鮮戦争、ベトナム戦争やその他の世界各地域のいかなる紛争に対する武力介入に参加せず、紛争の平和的解決に徹したからである。もし日本が戦争を放棄せず、交戦権を認め、集団的自衛権に基づいて戦後アメリカが行った中国革命への武力干渉や、朝鮮戦争、ベトナム戦争などに参戦していたら、日本はアジア諸国の信頼を完全に失墜し、戦後復興や経済高度成長は不可能になっただろう。 

だが保守勢力は、講和発効前後から「マッカーサー憲法」反対運動を開始し、講和条約締結後はアメリカ政府の全面的な支援を受けてMSAにより再軍備の動きを強め、1954年成立した鳩山内閣は憲法改正を前面に掲げ、保守合同を成立させた。

だが憲法改正を阻止したのは社共両党を先頭にした革新勢力の改憲阻止の闘いであった。特に1960年の岸内閣の安保改定政策に対する国民的大闘争は岸政権の路線に重大な打撃を与えて退陣に追い込み、池田内閣に経済高成長路線への転換を行わせた。さらに70年安保闘争によって、沖縄、小笠原を返還させるとともに佐藤政権を「非核三原則」を宣言せざるを得ない立場に追い込んだ。戦後、日本が憲法第9条を堅持し、軍事行動でただ一人の他国人を殺すことがなかったことは、日本国民の誇りである。

 日本ペンクラブ会長の井上ひさし氏は、112日、日本国憲法公布60周年に際して次のように語った。

 「日本は今日、世界に非常に大きな文化的影響を与える国になっています。日本の漫画やアニメが世界的に大変評判になっています。・・・寿司や懐石料理や醤油なんかもそうですし、イタリアのアルマーニが70年代の初めに売り出したソフトスーツも『何とか肩の凝らないスーツを作れないか』と考えていたアルマーニ氏が日本の羽織を見て『これだ』と気がついたものなのです。映画の世界ではクロサワやミフネを知らない人はいません。そうした『ソフト』つまり生活を豊かにするアイデアや文化に影響を与えている中で、日本が武器を持たず、戦後60年間で1人も殺さず、1人も殺されたことがないという事実は、外国から見ると不思議な国なのです。漫画、寿司、ソフトスーツなどをすべて束ねた『御大将』が『戦争では何も解決しない』という思想なのです。それは日本が唯一の被爆国として、それだけの責任を人類全体から負っていることだと思います。』(『赤旗』2006112日)

 安倍氏は、イラクに対する自衛隊派遣を「イラク人の自由で民主的な国づくりの努力に貢献するのは国際社会に一員として当然だ」「原油を中東に依存している日本が原油資源で世界第2位のイラクの平和と安定に協力するのは国益にかなっている」といまだに擁護している。それならば、国連安保理事会でアメリカのイラク攻撃の決議の採択にあくまで反対したフランスやドイツは国際社会の一員としての責務を放棄し、国連の威信を失墜させたのか。イラク派兵で米国に協力した「有志連合」から撤退する国が相次ぎ崩壊状態になっているが、撤退国はテロに屈服したことになるのか。ブッシュ政権がイラク戦争の口実としたフセイン政権の大量破壊兵器保有の情報がウソだったことが暴露され、戦争の大義名分は失われた。イラクのマリキ政権は統制力を失い、シーア派、スンニ派、クルド族、イスラム過激派が入り乱れて内戦状態に陥り、『破綻国家』の様相を呈している。ブッシュ政権が中間選挙で追い込まれたのは、まさにこのイラク戦争の失敗にあったのである。安倍氏はまたイラクの自衛隊派遣が成功だったとも主張しているが、当の自衛隊でさえ、自衛隊派遣の成果を問われて、「自衛隊員の死者がなかったことだ」としか答えられないのが現実なのである。彼はまた「自衛隊のイラク派遣が中東のエネルギー資源の確保のために必要だった」ともいっているが、日本は自衛隊派遣でかえって中東諸国民の信頼を失い、中東でのエネルギー資源の確保はかえって不安定になった。逆にイラク戦争に反対した中国は中東地域で、活発な平和外交を展開し威信を高め、大きな成果を挙げている。結局、イラク戦争による原油の大幅値上がりで大儲けしたのは石油メージャーと、復興事業を一手に独占したブッシュを取り巻くネオコン企業だけだったのである。

 

  中国の平和外交の展開と孤立する安倍政権

 

 いまやブッシュ政権と密接に連携する安倍改憲政権は、北朝鮮の核実験を利用して「日米軍事一体化」をめざして改憲や集団的自衛権の拡大解釈、核武装の挑発的発言を繰り返し、北東アジアの平和と安定をかく乱するような動きを強め、アジア諸国の信頼を失墜させている。こうした安倍政権と対照的に、最近の中国は目覚しい平和外交で国際的威信を高めている。

1030日に、中国南部の南寧で中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)との首脳会談が開かれ、この地域の安全保障にかかわる制度の整備などが討議された。領有権をめぐり中国とフイリピンやベトナムとが対立する南沙(スプラトリー)諸島問題では、02年に締結された南シナ海の行動規範に関する行動規範に関する宣言を具体化し、衝突回避の行動規範を具体化する方向で作業を促進することで合意した。さらに注目されるのは、関係各国の係争地域である南シナ海の海底資源の合同調査を行う準備が進められていることである。すでに中国は、ASEAN諸国がさきに締結した東南アジア非核兵器地帯条約議定書に調印する用意があることを核保有五大国の中で最初に表明し、2003年にはインドとともに東南アジア友好協力条約(TAC)に加入し、この地域での中国の国際的信頼は著しく高まっている。 経済面では、ASEANと中国との貿易量が1991年から2005年の15年間に81億ドルから1304億ドルへ16倍以上に躍進したことを背景に、2010年に中国ASEANの自由貿易協定(FTA)を発効させることを確認した。

さらに111日から北京で中国とアフリカ48カ国の閣僚や企業家が参加して「中国アフリカ協力フォーラム」が開幕され、協力拡大を討議するほか、114,5両日には中国とアフリカ諸国の国交開始50周年を記念し、40カ国以上の国家元首らが参加し「第1回北京サミット」が開催された。この会議では、政治・経済・文化面などでの新たな協力関係の構築に向け、「北京サミット宣言」が採択されたが、これと併行して「中国アフリカ企業家大会」が5日間の日程で開催され、中間に政府高官・閣僚級会議をはさみ資源エネルギー分野への投資や貿易について議論した。北京にこれだけ多くの国家元首や代表が集まるのは初めてといわれるが、今回の北朝鮮を6者会談に復帰させた中国外交といい、最近の中国の活躍は目覚しいものがある。 

 アジアはいま世界で最もダイナミックに興隆する地域になっている。200310月、米証券大手ゴールドマン・サックスは報告書『BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)と夢見る 2050年への道』を刊行し、その中で「中国は2015年までに経済規模で日本を上回り、2039年には米国を追い抜く、インドも30年後には日本を追い抜く」と予測した。

北東アジアではすでに日中韓経済圏が形成され、域内貿易の躍進を背景に「東アジア経済共同体」の構想も次第に現実味を帯びつつある。 現在の安倍改憲政権の内外政策は、こうした政治・経済面での平和的連帯を強めるアジア情勢とは全く逆行するものである。このままでは日本は「アジアの孤児」になり、アジアでの存在感は急速に低下することは必至である。

いま日本が発信すべきなのは、中国と協力して北東アジアの恒久的な共通安全保障体制を構築するための具体的な方策である。いたずらに北朝鮮との軍事的緊張を煽りたてたり、核武装論や先制攻撃論などをばらまいて北東アジアの緊張を激化させたりすることではない。憲法第9条の堅持や戦後補償は、将来日本がアジアの一員として誇らしく生きていくための不可欠な前提と考えなければならない。(2006112日)

  

 





復刊14号

焦点 小泉「改革」雑承政権への反攻に向けて

特集「日米同盟」の軍事的世界化の前線

改憲、教育基本法「改正」の真の狙いは何か      法政大学大原社会問題研究所

  −「アメリカのために命を投げ出せ」というのか一 五十嵐 仁 

司法は公安行政の走狗か

  一板橋高校卒業式事件の有罪判決に想う−      藤田 勝久

今日の社会民主主義を考える

 一左翼の広い統一のためのディスカッションー    労働運動研究所 植村 邦

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

民主的左翼政党への道しか残されていない

  一筆坂秀世『日本共産党』によせて一        人権論・言語論研究 柴崎 律

感染症法改正案についての見解

          バイオハザード予防市民センター 代表幹事 本庄 重男・新井 秀雄

耐震偽装事件の解決の方向を探る バイオハザード予防市民センター ー級建築士 川本幸立

プロデイ政権の再生を達成した中道左派連合

  一勝利したイタリア民主主義一               在ローマジャーナリスト

憲法改正の国民投票で改正案を否決                   茜ケ久保徹郎

  一中道左派三度日の勝利一

中東欧加盟後のEUに何が生じているか?            ミヒヤエル・エールケ

  −ポスト・コミュニズム資本主義の経済・政治および社会一  訳・解説 柴山健太郎

「田中上奏文」は本当に偽書か?             富山大学名誉教授 藤井 一行

  一新発掘史料で「昭和史の謎」を追う−

第二次世界大戦における日本左翼の戦争責任論をめぐって(上)   大阪府立貝塚高校教員

  −日本共産党とその周辺を中心に一                 中河由布夫

4回ゾルゲ事件国際シンポジウム「ゾルゲ事件とノモンハン・ハルハ河戦争」報告

国際情報戦の中のゾルゲ=尾崎秀美グループ

  ー1930年代の極東情勢を揺るがしたノモンハン事件の政治的背景一

一橋大学教授 加藤 哲郎

   労働運動研究所


   労働運動研究復刊第14号 20068 焦点

 

 小泉「構造改革」政権の最後の通常国会が終了し(6月)、与党ならびに支持勢力のあいだでは、後継首相をめぐる人事と政策とに関する折衝が続いている。与党勢力のなかの議論においては「改革を止めるな」、「小さい政府を」が主流になっている。これに対して小泉「構造改革」のもたらした内政面(社会的格差の拡大など)や外政面(とりわけ「靖国」)の問題について、一定の修正が必要だとする主張は少数派のようである。

 しかし、地域に密着する与党の勢力からは、特に参院選挙(07年)を控えて修正の要求が強く、これらの要求のある部分は国会を通過した「揺れ戻し法」として実現されている一改正まちづくり3法、改正建築関連4法、金融商品取引法その他。財界などは当然、これらの改正を「規制緩和」に対する逆行であると批判する。日本経団連は619日、「要望した規制改革の実現度が05年度は47%で、04年度(49%)より2ポイント、03年度(60%)より13ポイント低下したことを明らかにした」(『朝日』06620)。経団連は「04年度から規制改革が官僚主導になったことが原因」と主張している(同上)。

 与党勢力幹部が今日、後縦の条件としつつある「改革」は、小泉「構造改革」よりはもっとはっきりしている。それは均衡財政である。欧米におけるサッチャー・レーガン以来のネオリベラリズム潮流の経緯を見れば、それは「小さい政府」、経済の管理・機構の私営化、労働市場の自由化、金融市場の自由化・世界化と一体である。資本所得(不労所得と呼ばれた時代はそう遠くはない)に対しては減税、これができない人には増税。私的な金融取引(さらには商品・サービス取引の全般)に現れた「不正常な」現象は金融世界化の今日、欧米に限らずどこを見ても容易に予想され、規制の手を打たれるべきであった。「資本は、より効率的な企業、優秀な経営者を求めて自由に移動するという『あるべき資本市場』」(堺屋太一、『朝日』06615)とは「イデオロギー」である。

「改革の実」

 高齢者の所得税、住民税、健康保険料、介護保険料は05年、06年(今年)に顕著に増額された。これは04年度税制改定で決まっていたのだが、これまで表面に現れなかった増税である。『朝日』(06618)の事例では妻と2人世帯の男性(大阪府、年金年額277万円:月額約23万円となるがこれは厚生年金受給者の平均値とされている)について前述の税負担が264万円から388万に増加している。与党幹部はさらに、社会保障面(年金、医療、介護、雇用保険、生活保護など)の負担増額、給付減額を予定している。与党勢力は国民のあいだに不満の高まっていることをよく知っている。このために参院選挙までは大きな声で言わないという姿勢を説く幹部もいる反面、むしろ事態の深刻さを説明して「改革」(負担増額、給付減額)に支持を訴えるべきだとする幹部もいる。これは小泉「構造改革」の実績に対する自信の表れでもある。

 野党のなかには、当時「やがて不平等、貧困など改革の実が見えるはず」であるとし、ここから国民のあいだの反対行動を期待する向きもあった。確かに「改革の実」が見えて不満は高まっているけれども、これを集団的な反対行動に刺激するのは野党の課題である。特に左翼政党は社会的格差の拡大、貧困諸階層の増大を「共生」「連帯」の政策によって解消することを標榜している。この課題は国民の不満に受動的に反応するだけでは達成できない。すでに「連帯]が崩れ分化が大きい社会では、「連帯」の具体的な政策を設定すること自体が容易ではない。左翼諸勢力はこの困難を自覚し英知の結集を求められる。

 民主主義的な社会とは、人々がそれぞれに自己の利益を主張する権利を有することから出発して、そのうえで相互の議論によって多数を形成する営みである。この際、人々が所持できる生活資源にあまりに不公平が存在すると、ある人々はそうした社会的な議論に有効に参加できなくなる。これは民主主義の否定である。人々の共同活動によって公平な社会を目指すこと、それが「連帯」の意識および政策である。所得再配分は一つの有力な公共政策である。左翼は、人々の所持できる生活資源のあいだにもっと「平等性」を高めることが公平な社会であると主張する。

 いずれの政党も所得再配分の政策を社会に提示するが、公共財政のなかで所得再配分にどれだけのウエートを置くか、どのような基準で再配分を行うかなどは、それぞれの政党が訴える社会の「ビジョン」にかかっている。左翼勢力とって「ビジョン」の核心は、いま様々に分化した社会、特には生活資源が不公平に配分される「階層化」された社会を、どのような社会に改造したいと考えるのか、今日「階層化」の底辺に住まわざるをえない人たちにどんな展望を提案しようとするのか、ということであろう。

 内政と外政との結びつき

 これは異体的に実行するに困難な課題である。だが、左翼諸勢力が共同してこの課題に取り組み、「階層化」の底辺に放置された人々と政治とのつながりを取り戻す(第一に投票に参加する)ことができないならば、これらの人々が外国との摩擦の先銃化を煽る右翼ポピユリズムに取り込まれ、さらには、与党勢力の「タカ派」の社会的基盤を提供することになるであろう。

 政府はイラクからの陸上自衝隊の撤収を決定したが、航空自衛隊は駐留を縦続するだけではなく活動範囲を拡大することとし部隊の増派命令を発した(6月)。自民党ではすでに海外での多国籍軍参加を念頭に、特別措置法なしで自衛隊の海外派遣を可能にする恒久法の制定に関して「協議検討」が行われている(『朝日』06621)。共謀法案はそれらの国内対応法を意図した。これらは自民党の新憲法草案「第9条の2」の規定の具体化の重要な構成部分である(本文;五十嵐仁「改憲、教育基本法『改正』の真の狙いは何か」)。

 ここに、国家の内政と外政との強い結び付きに注目すべき理由がある。それは、現代史における国家間紛争の分析から得られる教訓である。愛国主義は、分裂している社会を支配的な勢力のまわりに統合しようとする「イデオロギー」である。左翼諸勢力は「イデオロギー」としての愛国主義を批判的に論破するだけではなく、このような「イデオロギー」を必要としているその根源、すなわち社会的な利害対立の深刻化に「ポジティブ」な方向で、「平和」および「共生」(「社民党宣言」の表現に従えば)の方向で政治的な活動(共同した政策と実践)を対応させることが必要である。(UMO6625


正誤表  次ぎの部印ミスがりましたので、訂正します。

06年8月号93ページ「シンポジュウム『労働運動再生の地鳴りがきこえる』 1.下段左6行目 正 第2部は出版記・関西支部 2.下段右6行目 一全目建運輸連帯労組・関西生コン支部委員長

シンポジウム

『労働運動再生の地鳴りがきこえる』

―盛会だった7・8出版記念会・東京シンポジウム―

 シンポジウムは、“よみがえれ!−日本の労働組合一許すな!関生への国策捜査・弾圧一”をスローガンに、7月8日、東京千代田区・日本教育会舘大会議室で開催された。第1部は記念講演とシンポジウム、第2部は出版記念・関西支部への激励パーティがあった。

 第1部は、武洋一氏(全日建運輸連帯中央本部副委員長)が司会。開会挨拶を長谷川武久氏(全日建運輸連帯中央本部委員長)が行った。

 記念講演会は、木下健男氏(昭和女子大教授)により「二極化社会の到来と関西生コン運動」と題して行われた。休懇の後、武建一全目建運輸連帯労組・関西生コン支部委員長)より「生コン支部への弾圧と関生運動の理念・魂」として特別報告がアピールされた。

 武委員長は、関生コン労働運動が権力の弾圧に抗し激しく闘っている現況を伝えるとともに、全国の労働運動と手を結んで闘おうと力強く訴えたのであった。

 武委員長は05年1月31日に逮捕され、06年3月8日に保釈されるまで実に420日間勾留されていた。その不当弾圧に対して、彼は次の4点を軸として真っ向から対決して闘っていることを報告した。

 第一は「国策捜査の中止、公正裁判を求める」署名活動を展開すること。第二はILOへの提訴であり、第三は、左への弾圧を共謀罪をはじめ反動法案の先取り的攻撃として全国的な闘いとして広げることである。第四は、関生運動が産業別労働運動の先進例で、資本と権力による『分断・差別・競争』を抑制する運動であり、また運動の形態と組織、理論、思想を再検討し、新たな運動の局面を切り開こうとしていることである。そしてさらに「思想・信条の相異を乗り越え、要求で団結し、課題別運動を展開すれば主体運動の力量強化につながることは明らか」だとし、その場合「違いを拡大せず、一致点を拡大する統一戦線の立場に立って運動を追求する」ことを強調している。こうした武委員長の訴えは、日本労働運動の活性化に向け、正に「地鳴り」として響こうとしている。(山中明)  

 



復刊号13

目次

焦点 米軍とともに世界で戦争できる日本にするのか

特集 自民党・改憲勢力に対抗する市民連合

日本共産党弟24回大会における10の真相
20061月、党大会決議・中央委報告の分析―  宮地健一

[資料]日本共産党第24回大会決議案に対する党員批判  編集部

小田急大法廷判決と弁論の意義              斉藤 驍

長崎平和推進協の「被爆者は政治的発言の自粛」要請について 米澤 鐵志

-----------------------------------------------------------------------------------------------------------------

最近の中東情勢と世界石油市場               白石忠夫

好転するか、朝鮮半島情勢                 大畑龍次

EUの対外通商政策とWTO
―ハーバーマスの論文に関連して―             植村 邦

ラテン・アメリカで始まる21世紀の社会主義
―「ラテン・アメリカの代案」、『ル・モンド・デイプロマティック』(06年2月号)の分析― 福田玲三

コミンテルンと天皇制
―片山、野坂は32テーゼの天皇制絶対化に懐疑的だった―  藤井一行

日本とロシア
―出会いからの200年―                 長瀬  隆

わが反戦思想の原点
―青山学院中学部・19421945年―            岡田裕之

国家権力の情報操作とマスメディア
―満州事変から現代まで―                井上 遥

情報分析は慎重に
『松本清張の陰謀』を書き終えて―           佐藤 一

『山本正美治安維持法裁判陳述集・続裁判関係記録・論文集』に寄せて(下)  栗栖宗孝

<書評>

評者 坂東憲一  山口二郎・宮本太郎・小川有美編『市民社会主民主主義への挑戦―ポスト「第三の道]のヨーロッパ政治』

評者 柴山健太郎 スーザン/ジョージ著『オールター・グロバリジェーション』

評者 植村 邦  武健一・脇田憲一編集『労働運動再生の地鳴りがきこえる

松川運動の比類ない先輩 小沢三千雄さん逝去

編集後記

この号に関する読者便り

E-mall:rohken@netlaputa.ne.jp
URL:http://www.netlaputa.ne.jp/~rohken/
   労働運動研究所


  「勝ったのは民主主義だ!」NEW

        政権を奪還したイタリア中道左派連合の苦闘の軌跡

                       労働運動研究所 柴山健太郎

 イタリア総選挙結果(2006年4 9、 10 日)

 第1表 下院議員選挙結果

 [中道左派連合−ユニオン(Unione)]        

 

 政党・政党連合名

  得票率(%)

 議席数

  備           考

 

 オリ−ブ(Univo)

 

   

 共産主義再建党

 (Rif.Communista)

 拳の中のバラ

 (Rosa nel Pugno)

 イタリア共産主義者

 (PDCI)

 デイ・ピエトロ−価

 値あるイタリア

 (Di Pietro-Italia

 lavori)

 緑の党

 (Verdi)

 欧州民主連合(UDEUR

 )

 その他

 在外イタリア人

   31.3

 

 

   5.8 

 

    2.6

 

    2.3

 

    2.3

 

 

 

    2.1

    1.4

    2.0

 

   220

 

 

  41 

 

  18 

 

  16 

 

  16 

 

 

 

   15

   10

    4

    7

  左翼民主(DS)、 マルゲリ−タ(Mrg

  erita)、イタリア社会民主主義者

  (SDI)、ヨ−ロッパ共和党

 共産党の左翼民主党への転換に 

  反対し分裂し結成された党

 急進党+民主社会党(カトリック

  教会の影響力排除を主張)

 共産主義再建党のブロデイ政権か

 らの離脱に反対したグル−プ 

 90年代の政界汚職摘発の立役者の

 デイ・ピエトロ元検事とイタリア

  共産党の左翼民主党への転換させ

  た時の書記長オッケツトが創立

  旧キリスト教民主党中道派

  得票数 459、454

 合計

    49.8

  348

 

 (参考)2001年得票総数 19、001、6854 票 同議席数 259 議席

 (注)la Repubblica 2006年4 12日号より柴山が作成。以下の表も同じ。

 [中道右派連合−自由の家(Casa delle Liberta)]

 

  政党・政党連合名

 得票率

 議席

 備         考

 

 フオルツア・イタリア

 (FI) (Forza Italia)

 国民同盟(AN)

 (Alleanza Nazionale)

 キリスト教民主同盟

 (UDC)

 北部同盟

 (Lega Nord)

 

 

 新社会党(DC-Nuovo PSI)

 

 

 その他

 在外イタリア人

  23.7 

  12.3 

   6.8

   4.6

 

 

 

   0.7

 

 

   1.6

 

    137

   71  

   39  

 26  

 

 

 

  4  

 

 

    0

    4

 ベルルスコ−ニ首相の創立した党

 保守党に変身した旧フアシスト党

 

 旧キリスト教民主党右派

 北部の豊かな州を代表し、税金の

 南部への投入や中央の官僚主義に

 反対し地方分権や移民労働者排撃

 を主張

 旧社会党クラクシ派、クラクシ元

 首相を糾弾した共産党やデイ・ピ

 エトロに反発し中道右派に参加

 得票数 369、952

 

 合       計

  49.7 

 281

 

 (参考)

 2001年得票数  18、976、460

  〃 議席数  355議席

 第2表 上院議員選挙結果[中道左派連合−ユニオン(Unione)]

 

   政党・政党連合名

 得票率(%)

 議席数

 備           考

 

 左翼民主(DS)

 

 マルゲリ−タ

 共産主義再建党

 イタリア共産主義者

 緑の党(PDCI Verdi)

 デイ・ピエトロ

 拳の中のバラ

 (Rosa nel Pugno)

 欧州民主連合(UDEUR)

 その他

 在外イタリア人

  17.2

 

  10.5

   7.2

   4.1

   2.8

   2.4

   1.4

   3.6

 

   62

 

   39

   27

   11

  4  

  0  

  3  

  8  

  4

 旧イタリア共産党から社会民主政党に

 転換、社会主義インタ−に加入

 旧キリスト教民主党左派+プロデイ派

 統一リスト

 

 得票数 426、544票

 合    計

  49.2

  158

 

 ( 参考)2001年得票数  17、141、937 票 同議席数  137議席

 [中道右派連合−自由の家(Casa delle Liberta)]

 

    政党・政党連合名

     得票率

   議席

 備       考 

 

 フオルツア・イタリア(FI)

 国民同盟(AN)

 キリスト教民主同盟(RNP)

 北部同盟 (Lega Nord)

 その他

 在外イタリア人

    23.6

    12.2

    6.6

    4.4

    3.1

 

   78

   41

   21

   13

   2

   1

 

 得票数 332、999票

 合        計

    49.9

 156 

 

 (参考)2001年得票数 17、359、754票 議席数 176議席

 

 裏目に出たベルルスコ−ニの新選挙法

49、10日に行われたイタリア総選挙は、プロデイ元首相の率いる中道左派連合「ユニオン」(Unione)が、大接戦の末にベルルスコ−ニ首相の率いる中道右派連合「自由の家」(Casa della Liberta)を敗り、5 年ぶりに政権を奪還した。4 12日付けの日刊紙『レプブリカ』は2面の大見出しで「勝ったのは誰か:勝者は民主主義だ」というプロデイの言葉と、3面では渋面のベルルスコ−ニ首相の顔と「私を隅に追いやらせれない」という談話を掲げ、勝者と敗者の明暗を際立たせた。
総選挙前の世論調査では「ユニオン」は「自由の家」を常に3 5 %リ−ドしてきたが、終盤戦になってベルルスコ−ニ首相は傘下のテレビのネットワ−クをフルに駆使して反共宣伝と固定資産税の廃止などの減税公約をばらまき猛然と追い上げ、上下両院選挙ともに空前の大接戦になった。下院( 定数630 ) の選挙結果は、「ユニオン」の得票率の49.8%に対して、「自由の家」が49.7%とわずか0.1 %の僅差だった(第1、2 ) 。それが議席数で、「ユニオン」が348 議席、「自由の家」 281 議席と大差がついた原因は、皮肉にも昨年10月のベルルスコ−ニ首相が中道右派連合の劣勢をはね返すために強引に成立させた新選挙法だった。 従来の選挙法は日本と同じく小選挙区・比例代表並立制度だった。これは戦後の比例代表制による小党分立が、キリスト教民主党主体の連立政権の長期的支配と腐敗を許したことへの反省に基づき、国民投票を行って制定されたものである。これは上院(定数315)、 下院( 定数630)とも75%を小選挙区で、残り25%を比例代表制で選出する仕組みだった。つまり小選挙区制主体の制度で、下院は1 票制で1 票は選挙区の候補者に、他の1 票は比例代表制で提出名簿に基づき政党または政党連合に投票するが、上院は1 票制で選挙区の候補者にのみ投票し、比例代表は小選挙区の得票結果に基づき各政党に配分されることになっていた。

 ところがベルルスコ−ニ首相は、このような小選挙区主体の選挙制度では中道右派連合に不利だと判断して、昨年10月に突如として上下両院とも完全比例代表制に代える法案を国会に上程した。この暴挙に、中道左派連合は、プロデイ元首相を先頭にして「国民投票を経て制定された現行制度を党派的利害で改正するのは民主主義の精神の侵害だ」と猛反対したが、中道右派連合は十分に審議もせずに上下両院で強行可決させてしまった。
この新選挙法では、下院(定数630 議席、 うち海外選挙区12) は、拘束名簿式で全国1 選挙区で選出され、比較多数をとった政党連合に議席定数の55%の最低340 議席が与えられ、少数派連合には278 議席が割り当てられることになった。上院(定数315 議席、 うち海外選挙区6 議席。 終身議員を除く) は州1 選挙区(20 選挙区) で、州ごとに比較多数の得票数を得た政党または政党連合が55%の議席を獲得する仕組みになった。
ベルルスコ−ニ首相は、「ユニオン」には得票率が2 %前後の小政党が多いので、この新選挙法によって完全比例代表制に移行すれば、小選挙区制よりも候補者の統一や政党連合の代表選出が困難になり、中道右派連合には有利と判断して新選挙法の制定を強行したのだが、この新選挙法が完全に裏目に出たのである。

 下院選挙では、「ユニオン」の得票率は49.8%で「自由の家」の得票率49.7% をわずか0.1 %しか上回らないのに、最も得票数の多かった政党連合が総議席の55%を獲得するという新選挙法により、「ユニオン」が348 議席( うち海外選挙区7)を獲得したのに対し、「自由の家」は281 議席(うち海外選挙区4)になり、少数派に転落したのである。上院選挙でも、イタリア本土では「ユニオン」の得票率は48.94 %、154議席で、「自由の家」の50.19 %、155 議席を下回ったが、海外選挙区(定数6)で「ユニオン」が4 議席を獲得したのに対し「自由の家」はわずか1 議席しか獲得できなかった。そのため「ユニオン」が得票率49.2%、158議席、 「自由の家」が得票率49.9%、156議席になり、上院も「ユニオン」の逆転勝利となったのである。

 元来この在外選挙区制度も、ベルルスコ−ニ首相が「在外イタリア人は保守支持者が多い」として野党の反対を押しきって制定したものだった。だがこれも全くの思惑はずれになった。こうして有権者350 万人の在外選挙区では4 選挙区が設けられた。それは欧州(上院定数2、下院定数6)、 南米( 2、同3)、 北中米( 1、同2)、 アジア・アフリカ・、オセアニア、南極( 1、同1)などである。ところがふたを開けてみると、ベルルスコ−ニ首相の思惑ははずれ、在外選挙区の投票率は約42%で、上院選挙では「ユニオン」は全4 選挙区で1 議席づつ獲得したのに対して、「自由の家」は欧州の1 議席しか獲得できず、「ユニオン」の逆転勝利の決め手となった。怒り狂ったベルルスコ−ニ首相は「選挙で大規模な不正があった」として疑問票の再点検を求め、「ユニオン」の勝利を認めるのを拒否した。だがイタリアの最高裁判所は4 19日、疑問票の再点検を終了した結果、下院の最終的な得票数を発表し、中道左派連合「ユニオン」の得票数が1900万2598票、 中道右派連合「自由の家」が1897万7843票と確認し、2 4755票の差で「ユニオン」の勝利を確定した。

 

 「オリ−ブの木」の再編成から「ユニオン」結成まで

 

 だが今回の「ユニオン」の勝利は、単なる「敵失」の結果として中道左派に転がり込んできたものではない。これには2003年夏以降、プロデイ元首相(当時欧州委員長)を先頭にした、左翼民主(DS)(旧イタリア共産党)の中道左派連合の再建のための、粘り強い努力があったことを見逃してはならない。以下、この過程を簡単に振り返ってみよう。

 03年夏のプロデイ氏の「04年の欧州議会選挙に『オリ−ブの木』は統一リストで臨もう』という提案、それを受けた左翼民主ら4 党による「オリ−ブ・欧州のための統一行動−FED 」の結成と「 統一リスト」 による欧州議会選挙への参加、04年10月の中道左派の9 政党による政権獲得のための戦略会議の開催、05年4 月の州議会選挙での中道左派「ユニオン」の圧勝、10月の「ユニオン」の首相候補者の予備選挙でのプロデイ氏の圧勝、06年2 月の 「ユニオン」の政策綱領の決定を経て今回の総選挙の勝利に至る、3 年に及ぶイタリア民主主義・社会主義勢力の苦闘があったのである。

 上述のように、中道左派連合の再建の動きが始動し始めた契機は、03年夏のプロデイ提案だが、この提案に賛成したのは、当時の「オリ−ブの木」の参加政党では、左翼民主(DS)、イタリア社会民主主義者(SDI) 、マルゲリ−タ(Margerita) と、旧共和党から離れたヨ−ロッパ共和党など4 党だけで、その他の政党は賛成しなかった。そのためこの4 党だけで 04 6 月の欧州議会選挙では「オリ−ブ・ヨ−ロッパのための統一行動−FED 」という統一リストで欧州議会選挙への取り組み、31.1%の得票率で25議席を獲得した。

欧州議会選挙後の04年6 29日、 統一リストの提唱者のプロデイ氏と、統一リストに参

加した4 党の党首、書記長その他の幹部が集まり、今後4 党が政党連合の形態をとり、各党代表による執行部で統一行動をとること、欧州議会でも統一リストの議員25人はそれぞれのグル−プに所属しながらも常に連絡を取り合えるシステムを考えることなどが話し合われた。

その話し合いに基づき、05年3 月、 「オリ−ブ・ヨ−ロッパのための統一行動−FED

に参加する4 党の党首、書記長にプロデイ氏も参加してFED 基本規約に署名し、FED が正式に発足した。それに基づき、プロデイ氏を委員長とする新しい「オリ−ブ」には、参加4 党のリ−ダ−で構成される15人の指導部と60人からなる評議員で構成される全国評議会が設けられ、外交、欧州外交、憲法問題に関する権限をFED に委譲する「制限主権」を認め、それらの政策は評議会の過半数で決定されることになった。

 一方、中道左派全体では、04年の欧州議会選挙の得票率は45.5%で、中道右派の45.4%を0.1 %上回ったばかりでなく、1999年の欧州議会選挙の42.2%、01年の国政選挙の43.9%から票を伸ばした。こうした成果を踏まえて、プロデイ氏は、自らの欧州委員長の任期(04年10月31日)切れを目前にして、10月11日に中道左派政党の代表を集めて政権獲得にむけての戦略会議を開いた。この会議に参加した政党は、左翼民主(DS)、マルゲリ−タ(Margerita) 、イタリア社会民主主義者(SDI) 、ヨ−ロッパ共和党、デイ・ピエトロ(Die Pietro)、緑の党(Verdi)、共産主義者党(PDCI)、共産主義再建党(Rif.Commmunista) 、欧州民主連合(UDEUR) 9 政党だった。
この会議では、今後の中道左派連合の運命を決する4 つの重要な決定が行われた。その第一は、05年4 月に14州で行われる州知事、州議会選挙で中道左派の全党が「民主大連合(GAD)」の名のもとに統一候補を立てて闘うこととである。第二は、プロデイ氏のリ−ダ−としての地位を確固たるものにするためにGAD の首相候補の予備選挙を行うことである。第三は、1996年に誕生した「オリ−ブの木」の第一次プロデイ政権が、共産主義再建党の政策協定なしの選挙協力と閣外協力によって成立したため、同党の途中離脱によって崩壊し、ベルルスコ−ニ政権を成立させたた苦い教訓に基づく政策協定の締結だった。今回はこの轍を繰り返さぬために共産主義再建党は初めから中道左派連合の戦略会議に参加し、政策立案に参画し、政策協定を締結することが確認された。

 第四は、イラク戦争に関する決定だった。会議は、現在の派兵がイラク占領軍であるので撤兵し、国際会議を開き、国連の平和維持軍として改めて派遣することが決定された。 最後に、05年12月には全党によるコンベンションを開き、総選挙に備える態勢を確立することが決定された。

 会議後の05年3 月に、共産主義再建党はこの決定を実践するために党大会を開き、「中道左派による政権獲得をめざし政府に参加する」という運動方針を賛成60%で可決し、良心にかかわる問題以外は、議員団の多数決に基づき全員一致で投票することを決定した。 共産主義再建党が党大会で正式に中道左派連合への参加を決めたことにより、プロデイ氏はこれまで9 党からなる中道左派連合を「民主大連合」(GAD))と呼んでいたのを「ユニオン」と改称し、ロゴは平和のシンボルである虹を9 党に見立て、その下にオリ−ブ色でL'UNIONE(ルニオ−ネ)と書くことを提案し決定された。

 05年4 月の州議会選挙は、中道左派は20州中13州で行われた選挙で11州を獲得し、その後のバジリカ−タ州選挙でも勝利を収め、「ユニオン」の圧勝に終った。これによりこれまで14州の政府は左派6 州、 右派が8 州だったのが、今回の圧勝で左派12州、 右派2 州と「ユニオン」が絶対的な優位を占めた。特に人口の多いロ−マを州都とするラツイオ州、北部工業地帯のトリノを州都とするピエモンテ州、ジェノバを州都とするリグリア州の政権を奪還し、得票数も「ユニオン」は中道右派連合を250 万票も上回った。

 他方、「オリ−ブ・FED 」では、5 月にマルゲリ−タ全国代表者会議で次の総選挙の比例区で「オリ−ブ」の統一リストではなく独自のシンボルマ−クで闘うことを決定し、一時プロデイ氏との関係が険悪化したが、左翼民主の仲介で和解し、マルゲリ−タは上院選挙では独自のリストで闘うが下院選挙では「統一リスト」で闘うことになった。さらにプロデイ氏を中道左派のリ−ダ−として認め、「ユニオン」の首相候補の予備選挙ではプロデイ氏を支持することを表明することで合意が成立し、マルゲリ−タもFED も分裂の危機を脱する一幕があった。

 6 20日、 中道左派を形成する9 党のリ−ダ−が一堂に会し、@10月8、9 日に予備選挙を行うこと、A12月には9 党で政権の政策作成会議を開くこと、B政権をとった場合はプロデイ氏は5 年間の任期を全うすることなどを決めた。

 中道左派の予備選挙は、05年10月16日にイタリア全土9731カ所、国外157 カ所、投票者は実施前の予想では100 万人に達すれば大成功とされたいたのが、予想をはるかに上回る431 1149人に達した。また居住権を持つ外国人でも、滞在許可証と身分証明書を提示して登録し、投票時に最低1 ユ−ロ(140円)をカンパすれば投票できることが決められ、4 7000人が参加した。

 予備選挙の結果は、予想通り左翼民主、マルゲリ−タ、社会民主主義者、ヨ−ロッパ共和党の推したプロデイ氏が他を大きく引き離し74.1%を獲得して圧勝した。次いで共産主義再建党のベルテイノッテイ氏が14.7%で第2 位、中道の欧州民主連合(UDEUR) のマステッラ党首が4.6%で第3位、デイ・ピエトロ氏が3.3%で第4 位、 緑の党のペコラ−ロ・エスニオア氏が2.2 %で第5 位などとなった。これによってプロデイ氏の「ユニオン」代表としての地位が確立した。この予備選挙には全国の有権者の1 割近い人たちが投票所に足を運び、中道左派躍進にはずみをつけた。ここでも新選挙法によるベルルスコ−ニ首相の「ユニオン」の内紛挑発の策謀は、中道左派連合の民主主義の実践によって見事な失敗に終わった。

ベルルスコ−ニ首相の策動に加えて、中道左派連合内部では、「体外受精」の国民投票

、首相候補の予備選挙の方式、「オリ−ブ」内部の「改良主義政党」結成をめぐる左翼民主(DS)、社会民主主義者(SDI) 対マルゲリ−タの路線の対立など、幾度か分裂の危機に見舞われた。だがその都度、分裂の危機を克服できたのは、左翼民主を中心とする左翼のイニシアチブによる徹底した民主的な話し合いと、共同の実践に基づく合意の獲得だった。「勝者は民主主義だ」というプロデイの言葉には、ここに到達するまでのイタリアの民主主義・社会主義勢力の苦闘の実感がこめられているといえよう。

 

 「『持てる者』と『持たざる者』へのイタリアの分裂をなくそう」

今回の総選挙で、中道左派連合がベルルスコ−ニ首相の率いる中道右派連合との大接戦を制することができたもう最大の原因は、ベルルスコ−ニ政権のなりふり構わぬ「政治の私物化」や相次ぐ汚職事件の発生に対する国民の強い反発だった。

 「政治の私物化」の代表的なものは、相続税・贈与税の廃止、企業の粉飾決算の非刑罰化、首相在任中の刑事責任免責を規定した「免責特権法」、個人によるテレビ・新聞などの所有規制の緩和、公判開始中も時効を適用する「時効法」の制定などがそれである。汚職事件では、最近のオランダの銀行による伊アントンベネタ銀行の買収に関連する前中央銀行総裁によるインサイダ−取引疑惑、ベルルスコ−ニ首相のメデイア関連企業の脱税疑惑裁判におけるイギリス人弁護士への偽証依頼疑惑、昨年4 月のロ−マの県知事選挙におけるストラ−チェ保健相(国民同盟)の政敵スパイ事件の発覚による辞任などスキャンダルが相次いでいた。選挙戦で「レガリタ(法の支配)の確立」が高く叫ばれたのはそのためだった。

 さらに選挙戦のなかで重大な争点として浮上したのは貧困化の問題だった。イタリア通貨がユ−ロに切り替わったのは、01年5 月にベルルスコ−ニ政権が発足して約半年後だったが、以来4 年間に物価はほぼ倍になった。ところが賃金上昇は平均8 %に過ぎず、勤労大衆の貧困化が急速に進んだ。イタリア銀行の報告によると、家庭の債務総計はベルルスコ−ニ政権の発足時の01年から05年末までの4 年間に2500億ユ−ロ(約35兆円) から3850億ユ−ロ(約53兆9000億円) 54%も増大する一方、貯金ゼロの家庭は38%から51%へ、全世帯の51.4%と全世帯の半数を超えた。

イラク派兵問題も大きく取り上げられた。ベルルスコ−ニ政権は7 割を超す反対世論に

背を向けて、ブッシュ大統領の「大規模戦闘の終了」宣言後に3500人の軍隊をイラクに派遣した。ところが05年3 月、米軍兵士によるイタリア人記者の銃撃事件後、イラク派兵の撤退を求める世論の高まりに押され昨年9 月から段階的撤退を開始し、本年1 月にはマルテイノ国防相が年末までの完全撤退することを示唆したが、それも「米英の合意があれば」という条件付きで、ベルルスコ−ニ政権の対米追従外交と反EU的態度は際立っている。 総選挙終盤戦に入った本年2 月、ドイツ保守派長老のコ−ル本首相はプロデイ元首相の招きで会談したが、彼は欧州人民党の仲間であるベルルスコ−ニ首相にではなく、プロデイ首相ににエ−ルを送り、「ロ−マでは誰が政権についても、イタリアは言葉ではなく、事実において確固として欧州支持の立場に立っていた。今日では、このイタリアの声が欠けている」と痛烈にベルルスコ−ニ政権批判を行った。ここでも欧州政界からも不信を浴びているベルルスコ−ニ政権の立場が象徴的に示されている。

 06年2 11日、「ユニオン」代表のプロデイ氏は、ロ−マでの政策協定の締結と発表の会議で改めてベルルスコ−ニ政権の実績を厳しく批判して次のように述べた。

 「右派政権の5 年間に、イタリアは持てる者と持たざる者、ずうずうしく富んだ者と貧しくなった者、系統的に税を逃れながら優遇された者と最後の1 ユ−ロまで税を払った者、政府の行動によって存分に力づけられた者と政府から見捨てられた者に分裂した。われわれは、この分裂を一掃したい」

 それでは最後に「ユニオン」の政策綱領の要旨を紹介して本稿を終わりたい。

 

 「ユニオン」政策綱領*  

 [国内部分]

 

 [労働、権利、経済成長]  
「労働と福祉」は、われわれの経済社会政策の価値の中心軸である。その出発点は、経済発展と社会発展、権利と成長、競争力と正義の間に質の良いサイクルをつくりだすことにある。われわれは、自由という考え方を個人の権利としてだけでなく社会的責務ととしてとら

える。個人の権利ならびに労働の権利と、社会的権利の不可分の結びつきを取り戻すことができるし、そうしなければならない。
われわれにとって平等とは、「基本的な能力の平等」であり、連帯とは、とりわけ、男性と女性、そして各人の社会に対する責任である。
われわれは、能力、すなわち、個人が「人間となる」自由を制限するあらゆるメカニズムに強く対抗することを、公共政策における最優先の責任であると考える。

 

 [完全(雇用)で質の良い労働]
経済は危機的状況にあり、雇用の増加はとりわけ南部において中断し、雇用の不安定化が進んでいる。[右派]政府は、雇用の安定化、貸付支援策の手段を縮小したり取り消したりしてきた

。こうした支援策の放棄は、労働者の置かれた条件を悪化させ、不安定さを増大させてきた。

 われわれにとって、雇用の通常の形態というのは、[雇用]期間に定めのない労働]である。だれもが人生の設計をたて、安心して働くことができなければならない。柔軟な労働[パ−トやアルバイト、派遣・季節労働など雇用期間に定めのある労働]は、安定した労働よりも安い値段で扱われてはならない。だれもが人生の設計をたて、安心して働くことができねばならない。また期限の定めのある雇用契約は、[企業が]必要とする客観的な根拠が明らかにされねばならず、企業の雇用総数の一定の枠を超えてはならない。

 

 [市民の権利の新しいネット、個人と家族]
わが国において、比較的多数の市民や世帯が、ますます深刻で経済的に困難な状態へと向かっている。
イタリアは、発達した諸国のなかで、可処分所得の不平等率がもっとも高い国である。

人口の19%が相対的貧困ライン以下で生活している。貧困や低所得は、特に子供に打撃を与え、とりわけ若い母親のより広い層に社会的経済的後退の危険を生み出す。
ここ数年、低所得層や不安定な人々への適切な支援、社会サ−ビスや住宅の提供、失業

手当て、社会経済政策が欠如していた。

 「ユニオン」は、こうした状況を変えることを約束する。

 

 [外交部分]

イタリア国民の生まれつき持っている平和に対する志向と憲法第11条( 国際紛争を解決する手段としての戦争放棄 )を、安全保障問題でイタリアが遂行する選択の中心点にすえる。

 決定の共有と共通の規則の作成と解釈される多国間主義を選択する。紛争を予防し、「憎しみの水たまり」を干し上がらせることを促進しながら、国際的レ

ベルで平等と正義という目標を積極的に追求する平和の予防策を選択する。紛争に対処し、法と諸権利に基づく国際秩序をつくる要として、国際的合法性を選択す

 

 [国連システムのなかのイタリア]
多極世界への貢献として、国連、イタリアが所属している国際機関を強化することは、

欧州統一の構想とともに、最優先の国益である。
イタリア共和国は生まれつき平和への志向を強く持っている。それは友好国と同盟国、とりわけイタリアが加わっている国際機関と同盟にイタリアが提供してきた資源である。イタリアは、自らの歴史に基礎を置くとともに、顕著な規模で、イタリアが持っているいくつかの限度、不面目なペ−ジにも基礎を置いている。
国際紛争の解決手段としての戦争拒否、集団的安全保障という代案の選択は、まさにこの歴史の産物である。
核の野望を実現したばかりの国、あるいは実現しようと望んでいる国々にいっそう効果的な圧力をかけるため、核兵器保有大国が軍縮の具体的措置を再開することを求めなければならない。

 

 [イラク]
イラク戦争と占領は、重大な誤りであったと考える。それは何も解決しなかったばかりか、安全保障の問題を複雑化させた。テロリズムはイラクの内部に、同国国境の内外で、行うテロ活動のための新しい基盤と新しい口実を獲得した。国際的合法性を破る形で始められた戦争は 、国連を弱体化させ、戦争の多国間主義的な統治という原則を弱める効果を与えた。紛争を一致して解決し、国連の権威を取り戻してその役割を強化する手段としての多国間主義の価値を確認するために、イラク国民と国際社会に対し、非継続性の明確なシグナルを送らなければならない。

 多国間主義の原則にそい、現在の軍事関与を乗り越え、国際的当局(国連)の関与を実現する明白な路線転換を伴う、イラク危機の管理の国際化が必要だと考える。もし選挙に勝利するならば、われわれは直ちに、技術的に必要とされる時間のうちにイタリア軍を完全撤退させることを国会に提案する。

 

 [新しい国防政策]

次の会期でわれわれが作業しようと考えている根本問題は、@欧州防衛ならびに欧州連

合と米国の協力A新しい現代的な防衛システムの再構成B人的資源を中心に据えること−である。欧州防衛は、国の有効な安全保障政策と信頼できる国際環境に不可欠なものである。世界の一極的な仕組みから発生する諸問題に対応するために、常に大西洋同盟との関係の中にありつつも、深く変容しつつある自立した欧州防衛にねらいを定めて向かっていかなければならない。
イタリアが米国の誠実な同盟国であるだけでなく、欧州統合政策の主人公として確固として欧州に結合しているという戦略的な位置を提案しなければならない。「ユニオン」は、欧州に置いての協力の枠組みの中で、軍事費の削減を可能にする政策を支援することを約束する。

 *『しんぶん赤旗』06年4 14、15 日号より引用。

  


焦点 米軍とともに世界で戦争できる日本にするのか

 戦争に明け暮れた年月から60年間の今の平和は奇跡に近い。日本国憲法が支えた
ことは改憲派も疑わないだろう。その憲法を改憲派は憎む。憲法とは戦争を含む
国家権力の暴力を抑制するものだからだ。解釈改憲は既に憲法制定以来続いてい
るが、明文改憲は1957年設立の内閣憲法調査会に始まり、2000年に両議院で憲法
調査会ができて昨年4、5月に両論併記での報告書となった。しかしこれらは両論
併記で既に推進の基礎となる力を失っている。危険なのは昨年7月小泉劇場型選挙
で絶対多数を得た自民党が10月に内容を固め11月の党大会で採択した「新憲法草
案」である。
 これは「憲法改正案」ではなく、いわば廃憲の「新憲法草案」であり、前文に「
天皇制の維持」を置き、戦争の反省を削り、国家が国民に奉仕するのでなく「国
民がその帰属する國を支える責務」を持つ。また9条の陸海空軍廃絶と國の交戦
権放棄の規定を削り、國を前面に「國と国民の安全を確保するための自衛軍の設
置」となり、その任務は自衛のみならず「国際的に協調し、公の秩序を維持する
活動」と規定し、どこか一國と組めばいかなる他国をも軍事侵略し、或いは国内
で戒厳令にも使える。「軍事裁判所が設置」され、戦前の軍法会議のように「軍
の安寧を維持するためには」民間人にも管理権を持ち、自衛隊宿舎に反戦ビラを
入れただけで長期間拘留されるのはもちろん、43年ナチス・ドイツでの白バラ事
件のように大学で反戦ビラを撒いただけで片端から銃殺刑に処せられる可能性も
出てきた。自民党案には環境を守るなどの規定もあるがそれらはすべて解釈で通
してきたものであり、本心は再び大規模戦争をした戦前日本の復活で、他の改正
は真の意図を隠す目潰しか鎧の上の僧衣に過ぎない。
 小泉政権は日本では稀な強権・独裁政権であるが、外交では徹底してアメリカ密
着、アジア敵対である。ブッシュはそもそもゴアとの選挙で正確に票を数えれば
負けていたはずの疑惑の大統領であるが、傲慢で世界の多くの人達が敬愛した「
寛容、法治、博愛の超大国」を国連憲章無視、京都議定書無視、一国至上、無法
、好戦の政権となって世界で友人を失い、敵を作り、過激に走らせている。その
ブッシュ政権が唯一の友たる小泉政権に求めるのが、極東から中近東への「不安
定の弧」で日米共同作戦ができる憲法改正である。膨大な軍備を抱えるアメリカ
も日本自衛隊も、常に敵が必要である。冷戦の終結で共産主義の敵を失ったアメ
リカが新たに作った主敵はイスラム諸国であり、また新たに台頭する中国も標的
に置く。そこでアメリカは朝鮮半島、台湾海峡、アラビア海に日本軍隊を米軍と
ともに戦わせるための米日軍再編に到る。中国に対抗させる米印協力も怠りない
。岩国市民や沖縄県民などは視野にない。
 確かにこれまでわれわれは改憲の既成事実化を止められなかったが、明文改憲を
求めるブッシュ政権はアメリカ国内でも批判の声は日に日に高まり、国際社会で
も孤立の傾向にある。小泉政権も9月には終わる。幸い小泉政治反省の動きもあ
り、小泉続投の声は殆ど聞かれない。われわれも一ふんばりして日本とアジアと
の友好関係を樹立し改憲の動きに止めを刺さねばならない。(野村光司)
     
 

労研復刊13号

長崎平和推進協の「被爆者は政治的発言の自粛」要請について

                                         米澤鐵志

322日「朝日新聞」夕刊によれば長崎市の外郭団体である長崎平和推進協会が証言活動をする被爆者に「政治的発言」の自粛を求める文書を渡し、これに反発した被爆者等は文書の撤回を求めているが推進協はこれを拒否していると書かれている。

さらに文書の内容として、被爆体験講話を行う場合「意見の分かれる政治的問題についての発言は控えよ」として@天皇の戦争責任A憲法(9条)の改変Bイラクへの自衛隊派遣C有事法制D原子力発電E歴史教育・靖国神社F環境・人権など他領域G一般に不確定な問題の発言(劣化ウランなど)があげられている。

 長崎の「被爆体験の継承を考える市民の会」など被爆者たちは、戦争・原爆を語るに「政治」の問題抜きには語れない、言論の自由に対する侵害として文書の撤回を申し入れているといい、推進協設立の前本島長崎市長も「一つの価値観への忠誠を強いて戦争へと突き進んだかっての道が現れた」と報道されている。

 今の戦前への右傾化の進んでいる中で、先の八項目のような問題で立場を明確にするのが難しい風潮の中で、被爆者は唯一といっていいぐらいそれが出来る。被爆者は体験を語るとき自民党支持者の人や保守的な人でも、あの戦時下の非道な状況を語らざるを得ない。また体験を聞いた市民や学生、子供たちも何故そんな理不尽なことになったかの質問をし平和と反核の重要性を意識する。

 私は小学校、中学校などで被爆の話しをし、日本の戦争責任や、韓国、朝鮮人の被爆と差別の話をしているが、小学生の中には「かって日本は拉致よりもっと酷いことをしたんだなあ」という感想文をくれる。そういう意味でも被爆体験談は今の流れにきつい対抗になりうるし、そのことが今の権力、為政者にとって目障りなのであろう。

 平和推進協というのは京都でも各自治体ごとにあり、婦人団体、青年団体、福祉団体や青年会議所など広範囲の団体が参加しており(長崎も一緒だと思う)宇治では平和月間として毎年記念講演、映画、(去年は吉永小百合の峠三吉の原爆詩や神田香織の講談はだしのゲンをやった)など行い8・15には二度と戦争は繰り返さないという平和の像の前で集会と献花を行い、推進協会長の宇治市長が平和宣言を行うが、その中身は戦争の反省と核兵器廃絶への願いがこめられ非常に格調の高いもので、広島、長崎または沖縄の訪問小・中学生の献花もあり、全市議も参加市民有志も誰でもが参加できた有意義な集会であった。

 ところで長崎の記事を読んで気になることを思い出した。

財団法人京都府原爆被災者の会は40人ぐらいの語り部を持っていて、あらゆる場所で体験講話を繰り広げているが、昨年末語り部交流会の会場で被災者の会会長が「体験講話は事実にもとずいた体験を話すだけにし、戦争反対などの意見は言うべきでなく、聞かれれば個人の意見と前置きして意見を言って欲しい」と要請された。

私は直ちに今の会長の意見はきわめて政治的で、核を語るのに政治や人生観を抜きにした講話はありえない。私の被爆体験の中身は日本の戦争責任とあらゆる戦争に反対する行動の呼びかけであり、それが生存するヒバクシャの任務だと考えていると発言した。

他の人からも被爆を通じて持った人生観や生き方を語るのは当然だという意見が多かったが、米澤さんのような体験講話は被爆者の会の肩書きでなく、被爆者個人としてやって欲しいと要請された。

もともと私は被爆者の会からの要請で体験講話をしたことは無く、昨年の15回の講演も個人に要請されたものばかりだったので、まあ勝手にやるかと思っていたが、会長発言が一つの流れだと考えられれば語り部の中に問題を持ち込む必要があるか考えている。

また平和推進協の中に動きが出れば、今までの路線が変更されないように働きかけねばとおもっている。

2006323日                        米澤鐵志

 




「マスメディアとどう付き合うか」 井上遥

歴史をふりかえってみると、マスメディアの流す情報によって国民の判断力が狂ってしまった例があまりに多い。情報あふれる現代社会を情報の海でおぼれず生きていくためには、苦い過去に学ぶことがとくに必要となる。また、情報を受ける側も常識をもたねばならない。「真珠湾はどこにありますか?」と聞かれて「ハイ、三重県です」と答えるような若者は、心まで簡単に操られてしまうだろう。

マスメディアは何を伝え、何を「伝えなかった」か? 人々はマスメディアにどう影響されたか? そして、われわれはマスメディアとどう付き合うべきだろうか。満州事変から現代までの流れを追いながら考える(注=今はテレビの影響が大きいが、テレビが現れる前の影響力第1位は新聞。あとは出版物・ラジオなどであった。以下、引用した『朝日』は単なる例示。他紙が優れていた、という意味ではまったくない)

                   *

@1931年9月18日、関東軍の石原莞爾・板垣征四郎らが柳条湖事件を起こす。満州事変の始まりである。戦時国際法の適用を避けるための、「事変」と称する宣戦布告なき戦争であった。この事件について9月19日付『東京朝日』は「本日(注=18日)午後十時半、北大営の西北において暴戻なる支那兵が満鉄線を爆破し、我が守備兵を襲撃したので我が守備隊は時を移さずこれに応戦し、大砲をもって北大営の支那兵を砲撃し北大営の一部を占領した」と、事実関係を正反対に報じた。さらに9月25日付『朝日』でも「日支衝突の導火線 満鉄爆破現場を視る」「支那兵計画的の形跡歴然たり 島本中佐(注=北大営攻略を行った人物)の説明を聞く」の見出しで、ありもしない「支那兵の爆破方法」を紹介した。間違い情報を信じた国民の間には「反支那感情」が高まっていく。32年3月、満州国の建国宣言。33年3月、満州撤退勧告案を採択した国際連盟から日本は脱退する。

この間の報道について江口圭一氏は「柳条湖事件以下の謀略の真相を秘匿し、日本軍への感謝と賛仰の念を煽る一方、中国・連盟・欧米への敵意と憎悪の念をかきたて、民衆を排外主義・軍国主義へ動員する上でマスメディアは絶大な役割を演じた」と述べる(『十五年戦争研究史論』校倉書房)。だが一方で、中国民衆の視点による報道はゼロである。その結果どうなったか。江口氏が注目するのは、「生活に恵まれない人の方がむしろ好戦的であり排外的であった」点である。たとえば9月20日『神戸新聞』に載った「車夫」の言葉「一体から幣原があかんよって支那人になめられるんや。向こうからしかけたんやよって、満州全体、いや、支那全体占領したらええ。そしたら日本も金持ちになって俺らも助かるんや」など、事件への民衆の「怒りの」反応を引用しつつ、「恐慌でもっとも強く痛めつけられた無産大衆の憤懣は反体制的に結集されないまま国外の敵に向かって吐き出され、その敵を相手に酷寒の異郷で奮戦する同胞への同情に結実された」(同)と指摘する。民衆は情報操作に影響されやすいのである。

★同じころ、ドイツでは33年1月30日、ヒトラー内閣成立。2月27日、ナチスのゲーリングらが仕組んだと見なされる国会議事堂放火事件。国家秘密警察(ゲシュタポ)を作ったゲーリングはナチス幹部としては真っ先に放火現場へ駆けつけ、「そこで大喜びした」という(現場にいた兵士の話)。3月23日、全権委任法成立。そして33年5月には焚書。ゲッベルス宣伝大臣のもと、ドイツ各地で行われ、ヒトラー政権に禁止された書物を焼き払った。禁書の著者の1人、ハインリヒ・ハイネが記した「焚書は序曲にすぎない。本を焼く者は、ついには人間を焼くようになる」(戯曲『アルマンゾル』、1823年)との警告は無視され、のちに強制収用所で「人間が焼かれ」ていったのである。「本を焼く者」とは、「自分の気に入らない言論を抹殺する者」のことでもあり言論抑圧や伏せ字まじりの戦争報道が行われた日本にも「本を焼く者」はいた。7月、ヒトラー内閣は新しい政党の結成を禁止し、ナチス以外のすべてが非合法化される。10月には国際連盟を脱退する。

A37年7月7日の盧溝橋事件をきっかけに、日本は中国との泥沼の戦いへ突き進んでいく。事件から3か月後の11月5日未明、日本陸軍は杭州湾岸の金山衛に敵前上陸する。南京攻略戦の始まりである。11月8日付『読売』には「敵軍唖然たり・奇襲の杭州湾上陸」の特大見出しの下に「突如潮の如き大兵団 我陸海軍の威力発揮 上海戦史上を飾る圧巻」「百万の皇軍上陸」「日章旗の下支那良民が道案内」の見出しがおどる。ここで、「『我』陸海軍」は軍隊と一体化した表現であり、今の第2次イラク戦争でのアメリカのテレビと同じ報道姿勢である。「皇軍」とは天皇の軍隊を意味する皇国史観用語。そして「支那『良民』」とはなんと自己中心的な言い方であろう。文中には「○○隻の護送船」「○○部隊」「○○基地」「○○から顔を出して」「○○機」など、「○○」が並ぶ。

12月17日に南京入城を迎えるまでの1か月余りの攻略戦の過程で日本軍による20万人とも言われる中国人大虐殺がおきたが、その実態は国民に知らされないままであった。三越は南京占領直後の15付『朝日』に「南京陥落を祝す」「皇軍万歳」と大きくかかれた半ページ広告を載せ、18日付『東京日日』は「青史に燦たり・南京入城式」「武勲の各隊・粛然堵列 松井大将堂々の閲兵」「敵首都に『君が代』 高く掲ぐ日章旗 瞬間、全将兵感激の涙」と報じた。紙面には喜びが満ちあふれている。しかし、家を焼かれ食料を奪われ家族を殺された中国人への気づかいは、どこにも見あたらないのである。

B39年5月、ノモンハン事件(ハルハ河会戦)が発生し、関東軍はソ連軍との戦いで多数の犠牲者を出したが、実態は国民に知らされなかった。

C雑誌も戦争を強く支える。40年8月21日号『アサヒグラフ』は「ぜいたくは敵だ!」と題する記事を載せた。「戦争はまだ続いている。兵隊はまだ戦っています。しかし、一度街頭を瞥見すれば其処(そこ)には新体制も七・七禁令も興亜奉公日も忘れた旧態依然たる虚飾と有閑とが豊富に取り残されているのに気付きます」と書き、町を歩く女性の服装を写真入りで採点した。「20点」の女性は「三〇度に傾いた帽子(ベレエとルビ付き)、その下にパーマネントと首飾り、腕に腕輪を、手には手袋、しかもどこで手に入れたかシルクの靴下にハイヒール、右手に持ったお買い物、完全無欠の欧米風俗。まさに有閑令嬢の感じ濃厚。『支那で戦っているのは一体何処(どこ)の国だ』とお聞きしたくなります」との酷評を受けている。「なぜ支那で戦う必要があるのか。引き揚げるべきだ」という記事は当然ながら出ない。こうして、雑誌も国民の暮らしを窮屈なふん囲気へと追いやっていったのである。

D41年12月8日の真珠湾攻撃から敗戦までのあいだ、マスメディアは軍隊の宣伝機関と化し事実をゆがめながら先頭に立って国民をあおり続けた。ミッドウェー海戦での敗北を「勝利」であるかのように描き、ガダルカナル戦では「撤退」を「転進」と書き、餓死・病死が続出した悲惨な現実は伝えなかった。原爆投下の翌日、87日付『朝日』に出たのは「B29二機は広島市に侵入、焼夷弾爆弾をもって同市付近を攻撃、このため同市付近に若干の損害を蒙った模様である」という程度の記事だ。さらに12日付では「われ等は、かかる新兵器に断じて屈服するものではない」と、事実を直視せずただ強がっている。敗戦のわずか3日前のことであった。また、真珠湾攻撃で戦死した特殊潜航艇乗員9人を「軍神」とたたえた42年3月7日付『朝日』には、三好達治の「九つの真珠のみ名」、吉川英治の「人にして軍神」と題する賛美の文が掲載された。しかし、乗員の残り1人・酒巻少尉が米軍の捕虜になった事実は国民に伝えられていないのである。新聞社自身も積極的に戦争協力の態度をとりつづけた。「軍用機献納運動」「勤労報国隊歌の歌詞募集」「国民決意の標語の募集」はその例である。

E戦後の動きを見よう。

56年5月8日、『西日本新聞』が「水俣で伝染性の奇病」と報じる。しかし熊大研究班は「工場排水が原因」と指摘し、伝染病説を否定した。その後、すでに42年には水俣病患者が発生していたことが病院のカルテから判明した。だが、水俣病は長いあいだ軽視され、報道はまったく不十分であった。

ベトナム戦争報道についてはあまりにも問題が多いので、ここではごく1部だけ例をあげる。64年8月、ジョンソン大統領がトンキン湾事件を口実に北爆開始。ニクソンに代わったあとの71年6月、『ニューヨーク=タイムズ』が国防総省秘密報告を暴露したが、事件当時、米国民は北爆へ向けた謀略の真相を知らされなかった。ジョンソン時代の68年に起きたソンミ虐殺事件もニクソン時代に同紙が記事にした。だが、ソンミの2倍の村人がアメリカ軍に殺されたといわれるニクソン時代のバランアン虐殺は黙殺された。これら同紙の報道の仕方には情報操作のにおいがする、との指摘がなされている。

67年のベトナム戦争の報道で、『朝日』は見出しに「ベトコン」、文中では「民族解放戦線(ベトコン)」を使ったことがある。ゆれ動く報道姿勢の象徴ともいえる。また、ベトナム戦争を命がけで取材し、『戦場の村』など多くの優れた報告を世に送った本多勝一氏によれば、ベトナム戦争時、南ベトナムにいた米人ジャーナリストのほとんどはアメリカ軍から情報を得ることが圧倒的に多く、「○○軍曹はいかに勇敢にベトコンを殺したか」式の記事を書いていた。戦争批判はせいぜい、「今のやり方ではアメリカ合州国にとって戦術的に良くない」といった程度のものであり、「ベトナム人のために良くない」との批判ではなかったというのだ(『ジャーナリスト』本多勝一集18巻、朝日新聞社)。さて、今の第2次イラク戦争の場合、「イラク人のために良くない」との戦争批判は日本のマスメディアにどれだけ登場したのか? 第2次大戦中、「中国人のために良くない」「朝鮮人のために良くない」との批判がどれだけあったのか?

 89年1月の天皇死去報道の際、『朝日』『毎日』『読売』は1面で「崩御」を使っている。異論を許さない非寛容な「自粛一色」社会への雰囲気をつくる上で、マスメディアは戦前の経験にこりず、またしても先導役を果たしたといえよう。

94年6月、松本サリン事件でマスメディアが被害者の河野義行氏を初めから犯人扱いし、人権を侵害した。たいへん罪深いことである。

96年には、「ナチ『ガス室』はなかった」を掲載して廃刊となった『マルコポーロ』(文芸春秋。田中健五社長)の花田紀凱編集長を、朝日が創刊誌『uno!』編集長に迎えた。この人事は社の内外から強い反発を招き、雑誌は大赤字を出してまもなく廃刊に終わったが、桑島久男出版担当役員は失敗の責任を取らなかった。また、2005年、朝日が『週刊朝日』の企画に関して武富士から5000万円を「編集協力費」名目で受け取っていた事実が発覚した。朝日にはそもそも「編集協力費」なるものが存在しない。バレたのは、事件から4年以上も後のことである。この間、自浄作用はまったく機能しなかった。おまけに、このときの箱島信一社長以下への処分は非常に軽い。会社の体質がおかしいのだ。

2006年1月15日付『朝日』には、山名「エベレスト」が12回も書かれた記事が大きな写真つきで載っている。紙面製作者には何も問題意識がないのだろうか。「エベレスト」はイギリス人のインド測量局長官、ジョージ・エベレストにちなむ名だ。そこに生活している人々が使う言葉を少しは尊重してはどうだろうか。チベット名「チョモランマ(大地の母)」、ネパール名「サガルマータ(世界の頂上)」くらい記載すべきだ。ついでだが、アラスカのマッキンリー山は米大統領名にちなむ。これも勝手な言いかただ。先住民はデナリ(偉大なもの)と呼ぶのだから。

2005年、自民党政治家、安倍・中川による、NHK番組への介入事件が明るみに出た。介入を進んで受け入れたNHKの報道が信頼性を欠くのは当然であろう。2005年12月21日、番組改変当時の担当デスク・長井暁氏が東京高裁で証人として述べた言葉の中で、次の個所は『朝日』『毎日』『読売』には載らず『東京』『赤旗』に載った。「NHKの職員がNHKにマイナスになることを言っていいのか、かっとうがあった」(『赤旗』)。「でも、ここで本当のことを言わなければ一生、後悔すると思った。組織人として正しくなくても人間として正しく生きようと思った」(『東京』。『赤旗』もほぼ同文)である。彼は「責任を感じる能力」を持ったジャーナリストの1人だ。

                  *

ここで、「責任を感じる能力」、そして「恥を感じる能力」の意味を、音楽家の生き方を例に考えてみよう。

パブロ・カザルスは、独裁者フランコ(スペイン)への反対を貫いたカタルーニャ出身のチェリストである。ピアニストのコルトー、バイオリンのチボーとトリオを組んでいたことがある。そのコルトーが戦後、フランスのプラードに住むカザルスを訪ねた。そのときの様子が『パブロ・カザルス 喜びと悲しみ』(朝日新聞社)に描かれている。

「だれかが玄関のドアをノックした。私がドアを開けると、アルフレッド・コルトーが立っていた。彼を見ると私はひどい痛みを感じた。悲しい過去の日々がまるで昨日起ったかのようによみがえってきた。私たちは立ってお互いに顔をみあわせたまま、一言もいわなかった」

 実はこの来訪の数年前、ナチス支配下のフランスで力添えを頼んできたカザルスに、コルトーは冷ややかな態度で接していた。そのころコルトーはナチスへ協力しており、反ファシズムのカザルスとは立場が違っていたのである。

「そのとき彼の行動が理解できなかった。しかし、まもなく、コルトーが公然たるナチの協力者になったときに、なぜ彼が私にこんな仕打ちをしたか、悲しいかな、わかった。恐ろしいことだ、人は恐怖や野心でとんでもないことをしでかす」

 そして、かつての演奏仲間を前に、コルトーは言う。

「彼はぽっつりぽっつり話しだしたが、目は伏せたままだった。(中略)初め彼は自分のおかした行為を弁明しようと、もそもそと話しだしたので私は止めさせた。すると、せきを切ったように、『ほんとなんだ、パブロ。世間で言ってることは本当なんだ。私はナチと協力したんだ。私は恥ずかしい、ひどく恥ずかしく思っている。君に許しを乞いにやってきたんだ・・・』。これ以上なにも言えなかった」

 しかし、そんなコルトーはまだ、「恥を感じる能力」を持っていた。カザルスは「責任を感じる能力」をも備えていた。「能力」を有するこんな人々がマスメディアに登場すれば、その影響で「考える読者・視聴者」は増えていくだろう。だが一方で、それは権力者にとって危険なことだ。

 ヒトラーは『わが闘争』(角川書店)の中で大衆操縦法に触れている。「ジュンイチロウ・コイズミ」(アメリカ式読み方。この人が従うブッシュ大統領も恐らくそう読むであろう)という名の日本のコイズミ首相の手法ときわめてよく似てはいないだろうか。

「宣伝はだれに向けるべきか? 学識あるインテリゲンツィアに対してか、あるいは教養の低い大衆に対してか? 宣伝は永久にただ大衆にのみ向けるべきである!」「(宣伝の)知的水準は、宣伝が目ざすべきものの中で最低級のものがわかる程度に調整すべきである。それゆえ獲得すべき大衆の人数が多くなればなるほど、純粋の知的高度はますます低くしなければならない」

最も簡単な概念を何千回もくりかえすことだけが、けっきょく覚えさせることができるのである。変更のたびに、宣伝によってもたらされるべきものの内容を決して変えてはならず、むしろけっきょくはいつも同じことをいわねばならない」

大衆を引き込むためには難しい言い方をしてはならない、と説くのである。そしてヒトラーは影響力拡大の手段として新聞が重要であることを良く分かっていた。「新聞は一般的に言って、いくら高く評価しても過大評価されるということはありえない」と彼は言う。そして読者を3つのグループに分ける。第1は読んだものを全部信じる人々、第2はまったく信じない人々、第3は読んだものを批判的に吟味し、その後で判定する頭脳をもつ人々である。

「第1のグループは数字の上からは、けたはずれの最大グループである。かれらは大衆からなっており、したがって国民の中では精神的にもっとも単純な部分を表わしている。(中略)自分で考えるだけの素質もなければ、またそのような教育も受けていない人々は、みなこのグループにはいる。そしてかれらは半ば無能から、半ば無知から、白地に黒く印刷して提供されたものを全部信じる

「第2のグループは数ではまったく決定的に少なくなる」

「第3のグループはけたはずれて最少のグループである。かれらは生まれつきの素質と教育によって自分で考えることを教えられ、あらゆることについてかれ自身の判断を形成することに努力し、また読んだものはすべてきわめて根本的にもう1度自己の吟味にかけて、その先の結論を引きだすような、精神的にじつに洗練された頭脳をもった人々からなり立つ」

 ヒトラーは批判精神の持ち主をきらう。だから、第3グループは目ざわりな存在である。しかし、心配はいらない。

(かれらは)ジャーナリストなどは通例として、真実をただたびたび語るにすぎない詐欺師とみなすことに慣れてしまっている。しかし残念なことは、このようなすぐれた人間の価値が、まさにかれらの知能にだけあるにすぎず、その数にはないことである」

 これで、ヒトラーは安心できる。

「このことは賢明であることに意味がなく、多数がすべてであるような時代における不幸なのだ。大衆の投票用紙があらゆることに判決を下す今日では、決定的な価値はまったく最大多数グループにある。そしてこれこそ第1のグループ、つまり愚鈍な人々、あるいは軽信者の群集なのである」

 ヒトラーは「愚鈍な人々、あるいは軽信者の群集」を取り込むことに神経を使う。だから、「これらの人々がより低劣な、より無知なあるいはまったく悪意のある教育者の手に落ちるのを妨げることは、もっとも重要な国家および国民の利益である」と考える。では、そのために何をすべきか?

「国家はそのさい、特に新聞を監視しなければならない。なぜなら、新聞の影響はそれが一時的ではなく継続して与えられるから、これらの人間にきわめて強烈でしかも効果的であるのだ。こうした教育が変らぬ調子で、永遠にくり返されることの中に新聞のもつまったく比類のない意味がある」

 だから、言論の自由が保障されると困るのだ。というのは、「あらゆる手段は1つの目的に役立たせなければならない、ということを国家は忘れてはならない」からである。

「国家は断固とした決意で民衆教育のこの手段を確保し、それを国家と国民の役に立たせなければならない」 

事実と真相を語れ」「自由な言論を」とは決して言わない。だれよりも強大な権力を愛したヒトラーは、だれよりも言論の自由をきらったのである。

                    *

いま、当時と同じ誤りを繰り返してはならない。ヒトラーの言う「第3グループの読者」が増えれば世の中は良くなっていくのだ。そのためには情報に受け身で接するだけではいけない。飛びこんでくる情報を鵜のみにせず、「自分の座標軸」を持って受け取る必要がある。そしてマスメディアには意見をどんどん言うべきである。それによって報道する側の緊張感も高まり、情報の流れが一方通行のまま終わらなくなる。意見が紙面・番組に反映されていけばマスメディアの質は高まっていくだろう。もっとも、「いかなる国民も自分の水準を超えるマスメディアを持つことはできない」のかも知れないのではあるが・・・。しかし、もし読者・視聴者の意見が反映されないのであれば、納得のいく新しい媒体の出現に期待せざるをえない。いや、現れるべき時はもう今、きているのではなかろうか。

 

重慶から8.6平和アピール


 かまきり通信  第一九号(山陰・島根より)

 

アメリカ追随の小泉政権はわれわれを何処へ連れていくか H・Y

〜いまこそ全国民的抵抗を〜

                                               

 三点セットとか四点セットとか呼ばれてきた(過去形で語られるのがいかにも情けない)自公政権の失政の集点をめぐる攻防は、口にするのも腹立たしい民主党のチョンボのお蔭で、いまいち野党側の気勢が上がらない。反対に自公与党にとっては勿怪の幸いとなり、ひところの浮き足立ったそぶりがウソのように掻き消えて、もとの図図しさを取り戻している。

 だが小泉さんよ、喜ぶのは早すぎるぞ、あなたの悪政のタネがなくならない限り、国民からの手痛いシッペ返しもまた免れられないというものだ。アメリカの世界戦略の転換がもたらす極東米軍の再編計画は、彼らにあごで使われっぱなしの小泉政権と日本国民との間の矛盾をいやおうなしに激化させる。

 サル十二月には厚木基地の米空母艦載機の移転計画に対し、岩国市民は痛烈なノーを突きつけた。そしていままたアメリカ側は、沖縄からグアムへの米軍移転費の七五%(八八五〇億円)というべらぼうな金額の負担を日本側に押し付けようとしており、国民の反発を招くのは必至である。

 しかし小泉政権と与党の首脳は、これに無条件で応じかねない破廉恥な姿勢を見せ始めておいて、少しの油断も許されない。額賀防衛庁長官の国会答弁を聞いていると、今人物、風貌は村夫子然としているが、なかなかのしたたか者らしく一筋縄ではいかぬ悪知恵の持ち主とみた。くれぐれも要注意。

 

さて弥生三月も、はや下旬である。九日には日銀の「量的緩和政策」五年ぶりの解除というしろものにはなにがなんだかよく分からぬ改変が行なわれたわけだが、要するに庶民の「預金」には底ばいが続き(ホンのちょっぴり金利が引きあげられるという話が一部にあるにせよ)、その反面「住宅ローン」は確実に上昇局面に向かっていくというのだから何のことはない、すべてこれ従前どうりの金持ち優遇・弱者切り捨ての金融システムの続投と言うことなのだろう。

 更にはPSEマークをめぐる零細リサイクル業者や消費者泣かせの経済産業省の施策の問題がある。最小限の気配りも欠いた今度のやり口に対する抗議の声は、無神経な官僚連中を大慌てさせるほどの高まりを見せた。

 こうして現状への怒りはじはじはと国民各層に広がり、秩序の壁を揺さぶりはじめている。

 終わりにもう一度日米関係に立ち返ろう。ブッシュ大統領は、二十一日の記者会見で在イラク米軍の完全撤退は、将来の米大統領とイラク政府が決める問題だと述べた。彼の任期が続く、後二年半以上もの間、イラク占領を続けると公言したわけである(彼の言葉どうり占領継続が可能かどうかは別として)

 ところで日本政府はどうするのか。彼らは陸自撤退の目安を本年五月ごろと非公式に表明してきたのだが・・・。われわれはキッパリト云おう。外国の軍隊が居すわる限り、イラクに平和は甦らない。

 小泉首相よ、今すぐ自衛隊を引き揚げさせなさい。

2006.3.24


編 集 後 記


国会で所得格差の問題が議論された。この問題は特に90年代後半から専門家のあいだで検討の対象とされてきた。ジニ係数は1人あたりのGDPなどといったマクロの計数とは異なって、国民生活のミクロの実体のすべての側面を表現することはできないが、国民生活の実体という見地からは考慮されるべき重要な指数である。

 小泉首相は答弁のなかで一方では、「見かけ上」ほどの格差はないが、将来格差が広がっていくことにつながる懸念はあると述べ、他方では格差の拡大は悪いことではない、従来は悪平等があって、「頑張るもの」が報われなかった、今ようやく光が見えてきたと「構造改革」を自画自賛した。「見かけ上」とは内閣府の発表(1月19日)で、ジニ係数の上昇は元来所得格差が大きい高年齢層世帯の増加や、核家族化の進行で所得の少ない単身者世帯が増えたことによるという見解を指す。そうだとすると「構造改革」の成果ではないことになる。こうした「自己矛盾」よりもっと重大なことは、もし内閣府の見解の通りだとすれば、高年齢層の低所得者あるいは貧困者に対する社会的支援という政策的問題をなぜ起こさなかったのか。この階層にはすでに税や社会保障負担の増額が現実のものとなっている。谷垣財務相は「統計の数学と人の実感とがある。注意深くみていかないといけない」と言う。ならば実行の以前に「注意深くみる」必要があったのではないか、要するに国民生活の実態は視野の外にあったということである。
 この点、日本経団連の奥田碩会長はいくらか異なった見解を示している。ライブドア問題に関連して、「マネーの世界が一つの産業として作られてしまった以上、それを利用する人がいても一概に否定はできない。ただ、マネーゲームの風潮が最終的に製造業を壊してはいけない」(2月2日、名古屋市で、『朝日』06.2.3)。奥田会長の発言はいくつかの問題を示唆しているようだ。第一に、国民生活を支える「実体経済」、生産および労働の根幹をなす部分が、いまやマネー経済―金融グローバリゼーション!―によって脅かされている危機感である。偶然かどうか、同じ新聞の同号に、松坂屋百貨店(名古屋市)が筆頭株主である「村上ファンド」から、全従業員の解雇や銀座店(東京)の閉鎖などを非公開に打診されていたことが2日に分かったという記事が載っていた。(UM06.2.25)


労働運動研究復刊13号 2006.4.発行

読者だより

 

読  者  便 り

柴山先生

拝啓 春たけなわです。花だよりも聞かれます。が、シベリア風の吹く能登路の桜は、まだツボミ。
 先生にはますます御健勝でご活躍のご様子、心からうれしくお慶び申し上げます。そして今度、「労働運動研究」を御恵贈賜り心から厚くお礼を申し上げます。
 特集、「目次」を見てビックリ。読みたい意欲にかられ宮地さんの「党大会決議中央委報告の分析」を初め、まずはほとんど読了いたしました。特に柴山先生、福田先生、栗栖先生を存じ上げており、また、藤井先生や佐藤一先生 大畑先生の御尊名もずっと以前から存知上げている関係から親しみやすく楽しみながら読ませていただき、勉強させていただきました。
 一方、岡田裕之先生の「わが反戦思想の原点」を興味深く読みました。と、申しますのは現「わだつみの会」理事長の石井茂さんとは、三十余年前からのお交際があるからです。
 また、文中の「青山学院」を懐かしく拝読させていただきました。私の娘(二女)が青山学院卒なんです。その昔、評論家の角間隆さんと車に同乗、たまたま青山学院の話が出て角間さんの事務所が学院前にある―という事でした。予断ですいません。
 栗栖先生は今でも御指導を受けており、藤井先生は隣県(富山大)の教授時代からの反スターリン論文を読み、机上には「ロシア革命史」(トロツキー著)があります。井上さんの「満州事変から現代まで―」は、私は少年時代ソ満国境の衛「東寧」に暮らしたこともあり“満州”は懐かしい文字です。   そんなこんなで、素晴らしい編集で 読む機会を与えて下さった柴山先生に改めて感謝申し上げます。
 同封したのは、私のうれしいい感謝の気持です故。ご笑納の程を。
先生の益々のご健勝と「労働運動研究所」の御発達を心からお祈り申し上げます。
この度は本当にありがとうございました。 

敬具                                                                 

2006.4.11                                                      D.H

 柴山健太郎様

復刊第13号、宮地論文のなかの「新社会党委員長栗原君子は、『生ましめんかな』詩人栗原貞子の娘で、親子とも、一貫して核廃絶運動をしてきた活動家である」(P4)との記述は正しくないのではないでしょうか。
 栗原貞子は夫の唯一(故人、元社会党広島県議)とともに戦前から運動を行い、戦後も占領下で『中国文化』誌に原爆特集号を発行するなどいち早く反核運動に取り組んだ人です。私の知る限りでは、唯一・貞子夫妻には娘が一人おり、名前は真理子といいます。君子が貞子と家族ないし婚姻関係にあるというのは間違いであると思います。
 上記論文はデータごとを独立させて、それぞれ肉付けして展開したら今後に向けて有効な問題提起になると思います(特にデータ1,2)。

                                      一読者                                                                                       

柴山健太郎様

拝啓 「労研」(復刊一三号)をいただきました。まことにありがとうございます。
 早速拝読、内容充実に感服、むしろ恥を覚えます。
 特に、日共史の研究家として著名な東海の宮地健一氏が公式に登場され、優れた実証研究を示され、たいへん学びました。
 また、藤井一行教授も登場していただき、これも歓迎いたします。
さらに、植村邦氏が武健一、脇田憲一両氏著につき紹介をされたのもありがとうごいます。
 それと申しますのも、いいだもも、生田あいの「協同・未来」のティ―ムが、この武、脇田の著作の出版を契機とし、またこれを活用して労働運動の活性化のために努力したいという目的で、三月、岡山、五月二〇日大阪で研究集会を開催する運動を推進しております。
 東京では六月に実施したい(同じ六月、水戸、七月、北海道の企画)と努力中です。つきましては、この六月集会に貴兄はじめ労研の方々にぜひ参加していただきたい。そのため私(栗栖)から勧誘してほしいと要請がありました。
 私は、いいだももとは古い交際で、貴兄が常東時代、いいだは常総同盟、さらに茨城県委員会常任でした。
 そのため、読んでもらうために武・脇田著作を柴山氏に送らねばなるまい、と申しましたら、早速二冊送付してまいりました。すでに植村氏はじめ労研の主要メンバーは当該書は読了されたと存じます。それなら蜂谷氏、山中氏等の研究家にお廻して下さって結構です。
 先般の由井格兄妹の水野津太さん出版記念会でも労研からは貴兄、福田氏、一柳夫人が出席して下さいました。
 六月東京集会の細部が定まりましたら改めて御連絡いたします。どうぞよろしくお願い申し上げます。
右取り急ぎお礼並びにお願いまで。

敬具                                                              

2006年4月9日                                                   栗栖宗孝

(PS)詳細は省きましたが、武健一氏の関西生コン支部は、現在日本で本格的に闘っている唯一といってもよい労組です。
 武・脇田著作の思い出「告発し、逮捕劇の暴露―生コン中小企業運動の戦闘的な挑戦」(安田浩(著)は、三十年以上にわたる関西生コン支部の闘争を書きとめた著作です。つまり、それは、中小、というが実際は小、零細、家内企業であるコンクリート・ミキサー業をいわば労組指導でカルテルを作り、大セメント企業独占資本に対抗しようとしてきた特別な、それ以外はなかった闘争形態でした。
 それだけ大資本とその国家権力としては、上からの協同(生産)組合ではなく、労組がヘゲモニーを握る生産・経営協同組合組織を弾圧する必要があったのです。この大企業(と御用組合)−下に位置する小零細企業―それらの従業員(主として運転手)の組合という重層構造における労働運動という難課題を武健一はほとんど独力で推進し(ついでに     !!)共産党員三百人の細胞を築きつつ除名されたという経歴の持主です。ぜひ、ご理解ご支援下さい。

 

柴山健太郎様

 労働運動研究・復刊13号、ただいま頂き、84−86頁を読みました。有り難うございます。
 私の方からは、雑文、雑資料しか送れず、すみません。情報として何かの役に立ててください。  

             元下関大学学長下山房雄06/04/06

                                                                               

 

労研会員S・T

春暖の候、お元気でお過ごしのことと存じます。

 私は、3月22日に老人ホームに入所し、半月が経過しました。「労働運動研究」誌の原稿を書き上げた翌日から本日まで半月、その間読書できず怠けています。もとはと言えば、家内が持病のウツ病が発症し、3月21日入院したためです。平常から私は糖尿傾向であるのに禁酒することができず、妻の強い請求により入院にいたったものです。当施設は恒久的な老人管理施設であり、高齢者の同室者は退院を予定している。


 新社会党本部 塚元健

拝啓

春といえ、寒い日がときどきやってまいりますが、大兄には御清祥と拝察いたします。このたびは、「労働運動研究’064月号」恵贈賜り、誠にありがとうございました。おもしろいテーマの論文がたくさん並んでいるので、早速よんでみようと思いました。よく、こんなおもしろいテーマの論文を編集できたなと感心しました。


 バイオハザード予防市民センター代表幹事 本庄重男
拝啓 
 桜も散り始め、あっと言う間の人生を感じます。昨日は、労研4月号を御恵贈下まして、誠に有り難うございました。魅力的な論文の数々で何から読み始めようかと一考。岡田裕之氏の「わが反戦思想の原点」を先ず読みました。小生より一年年長の方で、とても共感を覚える文章でした。B29米兵捕虜の話は感心一入、岡田さんのヒューマニズムの芯の強さを知りました。「共産党大会の真相データ」「コミンテルンと天皇制」も興味深く読みました。
 いずれにせよ、読み応えのある論稿を、かくも沢山集められる大兄の才覚と人柄の素晴らしさに感服いたします。どうかますますのご活躍を!!
 右御取り急ぎ御礼まで。
 くれぐれも大事になさって下さい。                                                                                                

                                        敬具

 


労働運動研究復刊第12号 2005.12

焦点 9条護憲の議論を推し拡げよう

特集 敗戦の60周年の総選挙と日本の進路

郵政労働者の現場                池田 実

持続可能で安定的な年金制度をどう構築するか   斉藤市朗

労働契約法制定の動向と問題点 中野麻美

鉄建公団訴訟9.15判決と国鉄闘争今後の課題()  川副詔三

日韓共通歴史教材  

―朝鮮通信使―豊臣秀吉の朝鮮侵略から友好へ―小早川健

新たな流動局面に入ったドイツ   

―波乱含みのメンケル連立政権―        小野 一

ドイツ連邦議会選挙における左翼党躍進の政治的背景   労働運動研究所 柴山健太郎  

―躍進の勢いは今後も持続するか?―      

正念場に立ったイタリア中道左派      

 ―問われるポロディと左翼の政治力―     茜ヶ久保徹朗

史上初の「欧州憲法」草案を読む()

―その人権と安全保障の思想を中心に―     中野徹三

立憲法治国家への廣造改革

―小泉独裁を導いた司法―           野村光司

小泉構造改革と9.11衆議院選挙がもたらしたもの

―「岐路に立つ日本を考える」シンポジュウムより―  植村 邦

酒井博さんと大須事件             鈴木 正

『山本正美治安維持法裁判陳述集・続裁判関係記録・論文集』に寄せて()  栗栖宗孝 

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労働運動研究復刊号第11号 2005.8
焦点 敗戦60周年を迎えて―「大日本帝国」の興亡から何を学ぶか
特集 日本帝国主義の敗戦60周年

60年目のレイエム(鎮魂曲)  吉村 励

―憲法第9条は私たちのほこり― 

 

インドネシアで敗戦を迎えて

―『馬南歌集残響』―     福田玲三

 

「改憲」「護憲」の神学論議を超えた憲法理念実現の共同戦線を    大郷武史

作り上げられた「板橋高校卒業式刑事弾圧事件」   板橋高校元教員 藤田勝久

東アジア情勢と朝鮮半島                      大畑龍次

DV(ドメスティク・バイオレンス)の基本計画策定を         亀井かな

BSE問題と市民の運動                       本庄重男

ドイツ・赤緑連語、7年で幕か?

―失敗・連敗続きのシュレーダー政権、繰り上げ総選挙へ―      小野 一

総選挙の準備進むイタリア・オリーブの木 首相の予備選挙で分裂危機を回避  茜ヶ久保徹郎

イラク戦争反対の逆風の中のブレア労働党の苦い勝利   柴山健太郎

ヨーロッパ憲法条約を否認したフランス  危機感を深める左翼論調   福田玲三

史上初の「欧州憲法」草案を読む(中)

―その人権と安全保障の思想を中心として―              中野徹三 

世界化のなかの現代中国  ポスト毛沢東・改革の道          植村 邦

新空想的社会主義―不破未来社会論批判(下)         日産自動車元労働者 田嶋知来

和やかに「松江 澄さんを偲ぶ会」開く―広島・サンプラザに各地から参加
編集後記





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編集後記
民主主義とは多数決による議決あるいは選出だけを意味するのではない。インドの経済学者アマルティア・センは、つとに、強調している。民主主義とはまず第一に「公共的なことがらに関する開かれた議論(パブリック・デベート)」である。パブリック・デベートを通じて、人びとは対象とするテーマについて情報を広め、あるいは自己の見解を変え,変えなお場合でも「多様な考え方(プルラリズム)」の存在にも寛容となることができる。
 小泉首相は「郵政」に執念を燃やしたが、議会で多数決をすれば済む問題であるかのようであった。テロ、貧困、地球環境などの複雑な世界的問題も、堡塁に囲まれた「首脳」会議によっては解決できない。パブリック・デベートとしての民主主義、「デベートによる統治」のビジョンは、世界的水準にまで広げねばならない。A・セン等の主張するように民主主義を広いビジョンとして捉え、崩れかけている「現代民主主義の公共的文化」(J・ロールス)を保全し展開することが緊切にもとめられている。



労働運動研究復刊第10号 2005.4

焦点 地球環境問題の深層を議論しよう

あなたのしあわせ=わたしのしあわせ?
―「家族の価値」をおしつける24条改悪論の危機―   本山 央子

特集 労働・生活・社会の人間化をめざして

均等法改正の動向と課題  中野麻美

増加する過労死・過労自殺の労災補償の問題点
―「病める経済大国」日本の脅かされる労働者の健康と生命―  玉木 一成

東芝府中工場の人権擁護の闘い     上野 仁
―――――――――
「東アジア共同体」を展望する(下)
―経済統合から多層的展開へ―  蜂谷 隆

島根県議会の「竹島の日」条例によせて   吉田 英夫

竹島領有権問題試論   野村 光司

未来に向けた国際労働運動のグローバル化の構築をめざして
―第18回国際自由労連(ICFTU)世界大会―  労研編集部

イラク戦争2周年で市民集会と抗議デモ  吉田 英夫

新空想的社会主義―不破未来社会論批判(上)  田嶋知来

綿花生産農民の実状
―マリ共和国カッディオロKadiolo県ミセニMisseni郡の実例から― 溝口 大助

「新しいオリーブの木」(FED)誕生で優位に立つ中道左派
―来春の国政選挙に向けベルルスコー二政権の危機深まる―  茜ヶ久保徹郎

EU憲法の議論と社会的現実
―諸国民統合の経験に学ぶこと―  植村 邦


日中戦争下の台湾・朝鮮人学徒兵のこなど(下)  小島 晋冶

<松江 澄さんを偲ぶ>
 原水禁運動の先駆者・松江 澄さん逝く   柴山健太郎

 また一つの星が消えた  米沢 鐵志

 松江さんさんの真摯さ  宇仁宏幸

 前へ!前へ!明日に向かって闘いつづけた松江 澄さん  田中 寿 


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労働運動研究復刊第9号 200412

焦点
   
 新潟県中越地震の教訓を活かそう

 2004年は日本列島が度重なる自然災害に見舞われた年として記憶されるであろう。酷暑の夏の後に連続した10個の大型台風が各地で人身や市民施設に深刻な被害をもたらし、その復旧がままならないうちに余震を伴う強震度の中越地震が発生した(1023)。列島の形成に由来して水文・地質学的に脆弱なわが国で、人間社会と自然との「共生」のあり方を見直そうとは、阪神淡路大震災(95年)を待たずとも、常に唱えられてはきた。だが、「共生」のための具体的な行動はまたまた厳しい反省を求められている。
 第一に、地震発生に伴う緊急の救援体制システムの問題(いわゆるソフトの問題)がある。この点は、阪神淡路大震災の経験から一定の進歩は認められた。だが、現場の市民および自治体の行動に対して公共機関の広域的な連携行動を即座に効果的に組織するシステムには不足が指摘される。上部(国家、都道府県)公共機関のいわゆる「縦割り」組織の欠陥は十分解消されていない。この問題に際して、自然災害は局地的な自治体および個人、ならびに個別のインフラ施設の「防災力」ではまったく対処できないということから、出発しなければならない。ソフト面でも、ハード面(防災施設)でも共同的・総合的な活動が必要である。
 次に、新幹線や高速道路、その他のインフラ施設は地震動による直接的な被害に加えて、地滑り、斜面崩壊、土砂流出によっても甚大な拐壌を被った。かつて新幹線、高速道柘等は「国土の均衡ある発展」をスローガンに国営・公営事業として建設された。「均衡ある発展」という目標は多くの人々に受け入れられた。今日はどうか。今日は「均衡」ではなく個人の、自治体の、諸団体の間の「競争」が声高く叫ばれる時代である。一体、「均衡」や「共生」の実績に対してどんな批判がなされたのであろうか。熊が人間生活の領域に出没する現象は、こうした反省欠如のシンボルというべきである。
「国土の均衡ある発展」のスローガンのもとで、「土建型」公共事業が行われたことは確かである。一口に、政官業学の「癒着」、官僚組織の肥大化と予算執行の弛緩・不正、談合(民間、官製)の蔓延などが指摘される。
それは正しいとしても、いかにしてそうした経緯をたどったのか、そこに問題がある。もっと個々に、具体的に追及されねばならない。
こうした追及はいくつかのダム・河口堰の建設や干拓地造成等の事業をめぐって住民組織や環境団体からなされている。そこから判明することは、「癒着」や談合によって「うまみのある」事業に公共予算が食い尽くされ、基礎的な治水・地山事業などには人手も資力も回らなかったということである。
 いま、小泉政権と自民党、財界は財政再建ならびに「宮から民へ」の掛け声で「道路」私営化、「三位一体」、「郵政」私営化を進めている。「自己責任」の名のもとで「均衡」と「共生」とに関する予算は削減される。人々の生活の安全、「均衡」、「共生」のために必要なことは「民営化」(=私営化)ではなく、人々が社会生活における「私」と「公」との分担を吟味し直し、必要な「公営」部分を再建させ事業(人の力と資力の結合)の運営方法に合意することである。(UMO41110

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『労働運動研究』復刊第8号  発行  2004年8月
  目次
2004年8月 復刊第8号(通巻392号)ISSN O910−5875
労働運動研究
ー人権・共生・福祉・環境のためにー
焦点 政党は「理念」をもって政策を議論せよ
特集 政局を転換しうる野党連合を築くために

004年8月 復刊第8号(通巻392号)ISSN O910−5875
労働運動研究
ー人権・共生・福祉・環境のためにー

焦点 政党は「理念」をもって政策を議論せよ

 正常ならば今後3年ほど大規模な国政選挙はない。この間に実行すべき内政・外政に関して、今回の選挙で明確な方針が議論され選択されたとは言えない。いつものように、いずれも具体的な内容は先送りされた。 たしかに年金制度に関して多くの人々に制度そのものの存立への不信、国会における政府、議員、官僚の「いい加減な」姿勢に対する不満が高まっていた。これに対して自民・公明の与党はもっぱら制度の会計的な必要性(それも正確な計数を隠して)を強調し、内容の改革は先送った。民主党、社民党は「あるべき」給付水準を提案した割には、増税も見込むと言うほか財源には具体性が欠けていた。
 共産党(チラシ『共産党です』など)は、軍事費の「半減」、公共事業の「生活・福祉・防災・環境」中心へのきり変えによって、社会保障を「税金の使い方」の「主役」に据える。他方で、「税金の集め方」は「大企業と高額所得者」に「ヨーロッパなみに応分の負担」を求める。この政策提案は、与党、民主党・社民党が報酬比例部分年金(厚生、公務員共済から議員年金や基金にいたる)の改革(いわゆる一元化など)を提唱しているとき、第三の勢力としての提案であるとしても、多数派の形成を期する提案ではなかった。
 すでに幾人かの専門家は注目に値する提案をしている。神野直彦・金子勝は現行の年金保険料を所得に比例する社会保障税に転換する、企業は従業員の拠出負担に代えて賃金税を払う方式を提案している。森永卓郎(『中央公論』04.7)は、財源の拡充を提唱する(制度間の均整化は必要である)。a保険料算定の上限を撤廃する、b法人税を米国並みに引き上げる、c世帯あたり1500万円を超える金融資産に一律1%課税する、d年収1400万円以上の人に対する所得税の実効課税率を2倍にする(最も高い人の税率は54%程度になる、84年まで所得税の最高税率は70%であったという)。
 これらの提案をめぐっては種々の側面から問題が議論されねばならないであろう。まず根本的な問題は、これらの提案の指向する社会保障政策が、「社会的連帯(相互扶助)」を求める点にあると考える。この基礎的な「理念」に広く人々の大綱的な合意を獲得するための議論が必要である。特に国政選挙はこうした機会のはずであった。
 次に、今日の社会において、こうした社会保障制度が果たす社会的、経済的、政治的あるいは文化的な意義を掘り下げて検討する。
それは今日の経済システムに一定の限度において「配分の経済」を確立することである。すなわち、国民所得の配分および再配分が政治の議論と実行との対象とされる。
 ここで重要な問題は、マクロの水準としては同じ再配分を結果するしても、「所得形成」時の配分(賃金闘争など)と「二次的な」配分(課税と拠出)とでは、さらには、課税と拠出とでは、その社会的、経済的、政治的意義・機能が異なることである。 こうした議論を深めることによって、政策=政治的行動として一層具体的な処方が策定されるであろう。欧州ではこれらの課題を追求する勢力は左翼と呼ばれるが、「支配的な潮流」(ネオリベラリズム)のなかでやはり困難な局面に遭遇している。その経験は学ぶことができる。(UMO4.7.11)
    
特集 政局を転換しうる野党連合を築くために

有権者にレッドカードを突きつけられた小泉政権
 ー年金・多国籍軍で逆風下の参議院選挙ー            労研編集部

未完の年金改革
 ー多くの課題残して見切り発車ー           政治アナリスト大郷武史

年金生活者の生活水準保障をめざすEU年金制度改革
 ー適切で持続可能な年金制度を義務づける共通目標の設定ー  女性労働評論家 柴山 恵美子

人権と平和の日本外交
 ー再び拉致問題を契機に北朝鮮と世界を考えるー      行政評論家 野村光司

政治と社会との溝を埋めるために
 ー政党、マニフェスト、支持者層ー            労働運動研究所 植村 邦

イラク臨時政権への「主権移譲」は成功するか
  NGO「公正な社会のための国際運動(JUST)」会長     チャンンドラ・ムザファール

韓国総選挙と民主労働党 朝鮮問題研究者大畑龍次

政権党に不満が噴出したEUの欧州議会選挙
 ーイラク派兵、福祉政策、総合過濃期にうず巻く不安ー 労働運動研究所 柴山健太郎

左派の勝利 社会党の圧勝
 ーフランスにおける欧州議会選挙結果ー 労働運動研究所 福田玲三

欧州規模における共産主義者の新組織
 ー「ヨーロッパ左翼党」結成されるー 労働運動研究所 福田玲三
 

揺らぎ始めたベルルスコーニ政権
 ー政権獲得へ地歩を囲めた中道左派ー     在ローマジャーナリスト 茜ケ久保徹郎

脇田憲一著『朝彙羊戦争と吹田・枚方事件』に寄せて
 ー日本共産党の極左冒険主義に直面した日朝人民の大衆闘争ー 労研編集部

(書評)
評者 加藤哲郎: 中野徴三・藤井一行 編著『拉致・国家・人権ー北朝鮮独裁体制を国際法廷の場へ』
評者 中野麻美: 柴山恵美子・中曽根佐織 編著『EUの男女均等政策』日本評論社
            柴山恵美子・中曽根佐織 編著『EU男女均等法・判例集』日本評論社近刊
評者 川口 章:   宇仁宏幸・坂口明義・遠山弘徳・鍋島直樹 著『入門社会経済学』ナカニシヤ出版

本の紹介 宇仁宏幸: 植村 邦 著『イラク侵攻に揺れるヨーロッパ』新泉社
世界と日本(1) 
世界と日本(2)
ニュース『山本正美公判記録」発刊準備進む

ニュース 広島・地方行政研究所からのお知らせ

ニュース 広行研からのお知らせ      l
 広島県で活動している広島・地方行政研究所(略称 広行研、山口氏康理事長)は雑誌『市民生活』を発行しています。購読希望の方は労研編集部まで。

 2004年VOL.19の『市民生活』目次
土地開発公社の損失額 広島・地方行政研究所理事長山口氏康1
市議会報告一広島高速道路公社 広島市議会議員 南区 松坂知恒8
県議会報告一広島南道路の整備 広島県議会議員 南区 中原好治12
認知されて5年 広行研・事務局長 松井邦雄15
開発公社の監査請求事件「続編」 行研・常務理事 中本秀智19
いま学校では−こどもの方が‥‥‥ 学校事務職員 舛岡恵子26
ひろしまという街 滝恭鳥 28
私の生い立ち〜ヒロシマもう一つの顔より 山口氏康33
老いを考える−第二の人生、貴方は幸せですか?ジエロントロジスト 青山裕三朗39
山陰からの便り           ぴい−すうお−く松江・事務局長 田英夫41
私の新幹線時代 多羅善幸42
「私の市政コラム」一突然起こった介護 山口氏康44
投書「NPO活動に思う」 麻生静雄45
公開講座のお知らせ


編集後記
参議院議員選挙(7,11)
の1ケ月ほど前、拡大されたヨーロッパで初めての欧州議会選挙が行われた。これらの選挙をめぐる情勢のデータ収集や分析評価の検討で発刊が大きく遅れたことをお詫びします。
●これから12月にかけても(特にアメリカで)諸国民が世界の将来情勢に重大な要因となるであろう選択をせまられる。こうした見通しの上で、本誌12月号においては「世界情勢の中の日本の課題」という議論を特集する予定である。
 イラクで人質にされた3人の日本人が解放されたときの、外国人の一つの発言が想起される。「在欧イラク人指導者を通して解放を働きかけてきた『グローバル・ウォッチ/パリ』(コリン・コバヤシ代表)は3人の解放を喜びながらも、新たに2人が拉致されたことに軽念を表明。『フアルージャ周辺で罪のない市民が殺零箕されて最中に日本人だけを助けてといえない』と戒め、『市民社会の連帯』を訴えている」(『朝日』04.4.16)。われわれ日本人の運動に「世界市民的な」視野が霞んでいるのではなかろうか。
 いずれの国家においてもこうした傾向が存在するとすれば、その根源には、「国民益」(あるいは「社会益」)を「国家益」(「国益」と呼ばれる)に従属させようとする国家権力であるところの支配的な勢力の活動がある。
●経済占領(CH・ムザフアール、本号P.43)すなわち「戦争ビジネス」によってしか人々に労働をあてがうことのできない国家は、ワークフェアーであってもウェルフェアーの国家ではない。(UMO4.7.25)    

労研読者・会員懇親会


日時 9月4日(土)午後2−3時30分 労研8月号の論文・
                        記事の検討         
               
                       その後レセプション
会費 2000円 出席希望の方は、事務局までご連絡ください。TEL:(042)388-8115


編集後記
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   労働運動研究所


労働運動研究復刊第7号 2004.4



 人々は生存の条件がいよいよ不安定、不安全になっていると感じる。戦争や内戦、社会的ないしは人種的な暴力、家庭内暴力、生活の経済的基盤(雇用と所得の機会)の不安・不全、生活の基礎的資瀬(食物、水、疫病対策など)の不安・不全、地球環境の危機……。生存の権利を侵害するこれらの諸要因は、人々の間に極めて不公平に配分される。
人々の「尊厳と権利について平等」(同第1条)を保証できない「この世界」は不正な社会である。「もうひとつの異なる世界」があるはずだ。 世界各地から、いわゆる「グローバリゼーション」ではない、「異なる世界化」を求めて種々の団体や個人が数年前から「世界社会フォーラムWSF)」に集まって、実態を語り、討論し、課題を明らかにするなどの活動を始めた。ボルト・アレグレ(ブラジル)がWSFの発祥地であったのは、02年10月ルラ大統領を当選させるにいたったブラジル左翼勢力の活動の経験が特に参照されたからである。ここからWSFは討論と問題究明の「空間」であって、特定の行動方針を設定した「運動体」ではないと自己を規定した。 そうして今年1月、第4回WSFがムンパイ(インド)で開催された。第1回から第3回までの開催地はボルト・アレグレであった。この間、ヨーロッパで2回、アフリカとインドでそれぞれ1回、大陸地域別社会フォーラムが行われている。 ムンパイに参加した北沢洋子(「世界は地の底から揺れている」、『世界』04.3)によれば、WS Fインド組織委員会にはインドの主要なNGO,労組、農民運動、女性組織、社会運動等の代表が結集したが、「中でも非常にインド的であったのは、ダリットと呼ばれるアウトカースト、それに2000地域を越える山岳民族の参加」であった。かくして、参加者は「土地、水、食べ物」という人間の基本的なニーズを主要なテーマとして議論を交わし、「もう一つの世界は可能だ」という確信を深めた。この確信が世界に広まる度合いに応じて、諸国家を揺り動かし、国連の改革を前進させる。
 アジアおよび世界の社会フォーラムがインド(ハイデラバードとムンバイ)で開催されたことは、この活動に対するアジアの一つの現実を表している。北沢は前掲の論文の終わりで、日本でグローバリゼーションに対する抗議デモはない、「ムンバイの世界社会フォーラムを報じたマスコミはなかった。……なぜ日本の市民社会はおとなしいのだろうか。日本の市民が自ら考え、議論し、行動することを止めた」と述べている[注]。 小泉首相は自衛隊のイラク派兵の正当性がアナン国連事務総長の国会演説(2月24日)によって確認されたと言いたいようだ。だが、イラク侵攻をめぐって「集団安全保障体制について、根本的な問題」(事務総長)が提起されたことは、ほおかぶりすることができない。あのとき日本政府は国連中心主義を放棄し、アメリカの有志連合に加担する道を選択したのではなかったか。今、日本の政治と「市民社会が‥…・議論を起こす」(前掲、北沢)必要のある一つは、この「梶本的な問題」である。(UMO4.3.1)
[注]『朝日新聞』(2月12日)は武者小路公秀(中部大学教撃、元国連大学副学長)の論説「人間安全保障 ムンパイが教えた日本の道」を掲載している。

−1−


特集  混迷と停滞を打開する政局転換へ

長期停滞の隘路から抜け出せない日本経済    蜂谷 隆
男女賃金差別撤廃の課題
  兼松男女差別事件東京地裁判決に触れて      弁護士 中野麻美

何のための司法審査か                   弁護士 齋藤 驍

拉致(強権的失踪)と北朝鮮問題について
  ー野村光司氏に質問するー              社会主義研究家 中野徹三

米国のイラク占領の目的は何か    元神奈川大学教員 白石忠夫
アフガニスタン「国際戦犯」民衆法廷から「イラク国際戦犯法廷」へ 
  ー法の空洞化状態に対抗する運動をー  広島県原水禁前事務局長 横原由起夫

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動き出した朝鮮半島情勢   日韓民衆連帯全国ネットワーク会員  大畑龍次
ブッシュ軍事戦略に対抗するEU「欧州安全保障戦略」
 ー「グローバルな脅威」に対処するもうひとつの選択ー   労働運動研究所 柴山健太郎

ジョセフ・ステイグッツ インタビュー
 「世界文化を改革する必要があり、ボンベイのフォーラムはそれに貢献できる」  訳 福田玲三

フランスでの社会運動
 ーヨーロッパ社会党とフランス共産党が保守と闘う「連絡委員会」を発足させる
   フランス日刊紙『ルモンド』1月24日付 訳 福田玲三

<研究資料>経済的繁栄と社会的不安定
    王紹光(香港中文大学教授 胡鞍綱(精華大学教授) 丁元竹(北京大学教授)

冷静で「科学的な」議論は有益
 ー日本共産党員の公開討論集にみる国際情勢の認識ー  労働運動研究所 植村 邦

より良い世界の中の安全な欧州 ー欧州安全保障戦略(全文)ー
 ブリュセル、2003年12月12日EU首脳会議において採択 労働運動研究所 柴山健太郎 訳
変わったことより変わらないものが問題(下)
 ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて』を考える  占領・戦後史研究会 佐藤 一


「書評」 植村 邦著『フランス社会党と第三の道を読んで  労働運動研究家  脇田憲一


発行所 労働運動研究所  郵便番号184ー8691 東京都小金井郵便局私書箱第34号
  電話 ・FAX 042(388)8115     振替 00140−7−106785
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2003年11月 復刊第6号(通巻390号)ISSN O910−5875

焦点 軍備拡張競争は加速されている

特集 右傾化する小泉政権への対抗運動の結集に向けて

 地殻変動的な政界再編成に発展したマニフエスト選挙
 ー求心力を失なった小泉政権ー     労働運動研究所

古い教条とあたらしい現実との谷間で
 ー日本共産党の紳領改定案を検討するー  社会主義研究家 中野徹三

平和運動を見直そう
  《職争犯罪を民衆が裁く≫運動を  有事立法はイケン(違憲) 横原由妃夫
                   広島県市民連絡会共同代表

労働運動再生の幾論のために  
    労働の権利の挟護と社会的連帯の組立てを目指して  労働運動研究所 植村 邦

日朝平壌宣言に復帰し、東アジア共同の家へ
 柳美里「八月の果て」と姜尚中「日朝関係の克服」     行政評論家野村光司
 
人権教育を軸にした徹底した教育改革を
 ー日教組の「母と女性教職員の会」の女性労働分科会の討議からー 労研編集部

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イタリアの新たな政局
 ー中道左派連合の再結集はなるかー  在口一マ・ジャーナリスト茜ケ久保徹郎

深まるプレア労働党のジレンマ
 ーイラク職争と「第三の道」のはざまで−イギリス労鴇党の年次大会の示したもの− 労働運動研究所 柴山健太郎

米国とどう付き合うか       前フランス外相 ユベール・ヴェドリン

フランス社会党の動静
  ーデイジョン大会からジョスパン論文発表までー  労働運動研究所 福田玲三

スウェ−デンのユーロ不参加が問いかけるもの
 ー経済グローバル化の中での「社会的ヨーロッパ」の可能性ー  工学院大学助教授 小野 一

拡大EUの新憲法草案に見る新たな挑戦
 ー21世妃における「男女平等政策の本流化」をめざしてー  女性労働評論家 柴山恵美子

核と人類は共存できない
 一被爆者の想い                京都府原爆被災者の会宇治支部会員米渾繊志

「ぴ−すうお−く松江」2年間の歩み       「ぴ−すうお−く松江』事務局長吉田英夫

JR労働戦線の混乱の早急な克服を       JR労働者 藤野浩一

「ゴーン改革」と勤労者運動   日産自動車元労働者 田嶋知来

      
変ったことより変らないものが問題(中)
 ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて』を考える   占領・職後史研究会佐藤 一
 
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労働運動研究復刊第6号 2003.12
焦点
 ブッシュ政権がアフガンに侵攻した名分はタリバン・テロ集団を壊滅させ、その「首領」とされるオマル師やビン・ラデインを逮捕することであった。この名分は達せられていない。アメリカの石油会社ウノカルに関わったカルザイを首班に暫定政府が発足したが、首都の外部では地方軍閥が割拠し、その隙をぬってタリバンも勢力を温存しつつある。
 イラクに対する侵攻の名分であった大量破壊兵器は発見されていない。旧フセイン政権とイスラム原理主義的テロリストとの関係も確認されていない。独裁者フセインは倒されたが、イラク国民はアメリカ式「民主主義」を決して受け入れない。国連を「無視」して侵攻に踏み切ったブッシュ政権は、今や、諸国家(日本を始めとして)に軍隊派遣と「復興」資金供出とを求める。自らは石油と「復興」事業とに専念するというわけだ。
 ブッシュ政権の目標はそれだけだったのか。いな。両戦争におけるアメリカの成果はもっと外部の「地政学的」戦略にある。
 ロシア国防相は10月2日、戦略核兵器による予防的な先制攻撃権を明記した「ロシア軍近代化ドクトリン」を発表した(『朝日』、10.3)。この理由は明々白々である。ブッシュ政権が「紛争地域」での核使用を伴う先制攻撃権を宣言し、現に実行しているからである(劣化ウラン弾は核兵器だ)。さらに追随する諸国家の出現をいかに抑えられるのか。
 これで、前世紀の70年代から80年代にかけて、当時の米ソ両国家を始めとする諸国家・諸国民が努力して達成した、一定の核軍縮(から全面的な軍縮)への世界的潮流は全面的に水泡に帰する。90年代における米政権の「新戦略概念」の追求は、この事態を予測させるものであったが、極めて深刻な事態であることを銘記せねばなるまい。
 ロシアは「中央アジアとアフガニスタンが潜在的な危険地帯」であると特に説明する。アフガン戦争によって、カスピ海、中東(アフガンを含む)、中国に連なる一帯の旧ソ連邦構成諸国における「勢力圏」が大きく変化した。カスピ海西側のグルジアとアゼルパイジャンとはアフガン戦争の以前から、アメリカの「勢力圏」に入っている(奇態なこと、ここの元首は二人とも旧ソ連共産党政治局員であった)。戦後新たに、ウズベキスタン、トルクメニスタン、キルギスが基地提供など戦争協力の「見返り」の形でアメリカの「勢力圏」に入った。キルギスはイスラム過激集団対策の見地からロシアの同盟国であっただけに、この変化の影響は大きい。 この地域は民族的に複雑な社会の上に、経済的にも政治的にも脆弱な専制的政権を抱
え、他方では「地政学的」にも、黒海・カスピ海週域の石油・天然ガスの通路(将来的に)としても、また、アフガンからヨーロッパにいたる、ロシア、アゼルバイジャン、グルジア、チェチェンのマフィア集団による麻薬の流路としても、幾重にも「危険に晒されやすい」不安定な地域である。
 このような問題を一国家の単独行動主義で、しかも主として軍事的な方法で解決しようとすることは、地球社会にとって「破局的」な事態を引き起こすことになるであろう。世界の人々にとって国際的な場(国連を通じても)で、地域的な集団安全保障と、今日の保有国を含めて大量破壊(核、生物化学、宇宙)兵器の段階的削減とに向けた取り組みが緊切である。(UMO3・10・14)     

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2003年7月 復刊第5号(通巻389号)ISSN O910−5875

焦点 自衛隊はブッシュ政権のイラク占領の傭兵ではない

労働運動研究復刊第5号 2003,8
 政府・与党は、ついに広範な世論の反対を押しきってイラク派兵法案の参院通過を強行した。これまでの法案の国会審議を通じて明らかになったことは、わが国の市民が戦後半世紀以上にわたって築き上げてきた平和憲法に基づく輝かしい反戦平和の伝統が、小泉政権の数を頼んだ暴走によって踏みにじられようとしていることである。その伝統とは、戦後日本が国権の発動たる戦争により他国人民を一人も殺傷したことのないという事実である。 しかもこの法案で許しがたいことは、ブッシュ、プレア両政権のイラク侵攻の大義名分であり、小泉政権も無条件に支持してきた「イラクの大量破壊兵器保有」の虚構性が白日の下に暴露されたのに、国民に一言の反省も説明もなしに詭弁を重ねてイラク派兵を強行しようとしていることである。
 さらに国会論戦では、自衛隊の「非戦闘地域への派遣」という政府の主張が全く根拠のないことが明らかになった。ブッシュ大統領の「イラクでの戦闘終結宣言」から3カ月近くなるのに、米英占領軍兵士や輸送車両、石油パイプラインを狙った「古典的なゲリラ戦」(アビザイド米中央軍司令官)は跡を絶たないどころか日を追って組織的になり、しかもイラク全域に拡がり始めていることである。最近では安全とされていたバグダッド空港に直陸しようとしていた米軍のC130輸送機が地対空ミサイルで攻撃される事態まで生じている。野党からこの法案の「安全確保支援活動」 の内容を追及された石破防衛庁長官は、派遣された自衛隊の活動には「米軍の掃討作戦支援、旧フセイン政権要員の捕縛・摸索・攻撃・武装解除のための攻撃」まで含まれることを認めている。まさにこれは憲法の禁ずる「交戦権」の行使そのもではないのか!
 最近発足したイラク統治評議会の一員であるイラクのシーア派の最大組織のイスラム革命最高評議会(SCIRI)の最高指導者ムハンマド・ハキーム師は、最近の朝日新聞者との会見で「占領軍の早期撤退」を要求し、さらに自術隊派遣については「国連の平和維持活動など国連の管轄下で派遣されない限、日本の利益にはならない」と警告している。
 米軍の自衛隊派遣要求の狙いは、米兵の犠牲者がすでに湾岸戦争を越えてなおも増え続けるのに歯止めをかけるために、自衛隊に危険任務を肩代わりさせるとともに、湾岸地域に15万人の兵力を駐留させることで生ずる1週間10億ドルという巨大な失責の一部を日本に負担させることである。いったい、政府はいつから「国連中心主義」、「専守防術原則」を投げ捨てて、自衛隊の「ブッシュの傭兵」化政策に乗り換えたのか。
 小泉政権は、イラク侵攻支持が朝鮮問題の解決のために必要であるという宣伝を広げているが、朝鮮問題の平和的解決の鍵は米国の武力にはない。それは韓国、中国など東アジア諸国との対話と意思統一に基づく北朝餅の説得にある。
 イラク派兵は、戦後の日本国民がアラブ諸国で築き上げてきた国際連帯と友好を憎しみと敵意に変え、日本国憲法の根斡を揺るがし、国民の利益を踏みにじるもので断じて許してはならない。
 
                         


特集 イラク戦争後、激動する世界と日本

日朝緊張下の人権確保
ー 拉致被害者と在日コリアンー 行政評論家 野村 光司

イラク侵略戦争後の新事態  元神素川大学教員 白石 忠夫
 
イラク戦争後の朝弊半島情勢  日韓民衆連帯全国ネットワーク・会員 大畑龍次

「米国売り」を加速させたイラク戦争
 ーイラク戦後処理をめぐる「米欧対立」の意味するものー  労働運動研究所 柴山 健太郎

無党派、市民派、政党と「対抗理念」
 一野党連合を推進する議論のためにー     労働運動研究所 植 村  邦

新たな人権政策の確立をめざして
  ー部落解放同盟第60回大会ー  部落解放同盟中央本部書記次長 谷元 昭信

日本は、21世紀の世界秩序ー男女平等の「主流化」に逆行するのか
 −中央教育審議会「答申」の「男女共学」規定の削除に反対するー
                          女性労働評論家 柴山 恵美子
混沌の中の沖縄2003
 一宜野湾市長選挙の勝利の背景ー         那覇市 ジャーナリスト 由井 晶子

プリンス・日産労働運動(下)
  ー日産自動車元労働者の手記ー              田嶋 知来

欧州における右翼ポピユリズムの台頭と現代社会民主主義の危機(下)
  ー近代化の敗者の反乱か、持てる人々の反乱か−     ミヒヤエル・エールケ

変ったことより変らないものが問題(上)
 −ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて』を考えるー  占領・戦後史研究会 佐 藤  一

党史上初めて対案提出
  ー時麻然とした討議 フランス共産党32回大会終わるー
  労働運動研究所 福田 玲三

新型肺炎SARSと情報市民社会
  一現代中国の政治社会と市民社会−  評論家 夏木 耕作

  韓 国 訪 問 記 ー女子中学生追悼集会と民族統一大祝典ー
                 韓国良心囚を支援する会全国会議代表 渡辺 一夫
絵本で語りつぐムラの誇り
  一絵本『おたまさんのおかいさん』講談社出版文化賞・絵本賞を受賞ー
               日之出の絵本制作実行委員会 事務局長 大賀 喜子

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2003年4月 復刊第4号(通巻388号)ISSN O910−5875

焦点 アナザー・ワールド(Another World)に向けて
ーいま問われる「冷戦後」の10年ー

          労働運動研究復刊第4号 2003.4

     −いま闘われる「冷戦後」の10年−

  アメリカ・ブッシュ政権はなぜイラクに 対する武力侵攻に執着したのか。ある知識 人は言っているo「現在のイラク問題につい て、非はイラクの方にあるという点につい て、国際社会は一致している。イラクが自ら 大量破壊兵器を完全に破壊し、それを証明す べきだという点についても、ほとんどの国が 一致している。イラクとアメリカとの私闘と いう見方は誤りだ」(北岡伸一、『朝日新聞』 03・3・5)o「非」、「国際社会」、「ほとんどの国 という表現は曖昧であるが、ここでは問わな い。要するのこの主張では、「イラクが自ら 大量破壊兵器を完全に破壊し、それを証明す べきだ」、さもなければアメリカは「公開」 を発動するという筋道になる。 このような筋道を措いてみせることが、歴 史的な事実に合致するのかを吟味しなければならない03月3日の衆院予算委員会で、前原誠司議員は米政府が湾岸戦争時の決議でイラク攻撃が可能と考えていることについて見解を質した。外相は「米国が考える法的梱拠は全く承知していない」、「米国はまだ決めていない」などと答えた。だが、アメリカの「考えはパウエル国務長官が先月の訪日時に与党幹部らに伝え、外務省でも周知のことだ」という(『朝日』03・03・4)。湾岸域争時の決議とは、イラクに対して経済封鎖(制裁)を纏続し、大量破壊兵器および長距離ミサイルの破秦を義務づける決議687(91年4月)であり、これに基づいて国連大量破壊兵器廃棄特別委員会(UNSCOM)が設けられた。
 02年の後半、米英の侵攻が世界の人々に差し迫って感じられたのは、両国が武力行使の正当性をこの決議(新たな決議ではなく)に求めていたからであることは、種々の報道から明らかであった。
 決議687および特別委員会UNSCOMはい かなる経緯をたどったのか。制裁制度の面か ら見ても、この制裁は極めて複雑であるよう だ。この点については、同委員会の元査察宮 S・リッターの著書(共著、合同出版)、彼の 証言その他を総合したM・ライ(非暴力反 戦団体ARROWの設立メンバー)の著書(N HK出版)などで詳しく論証されている。条 項(第22項など)の解釈でも諸国の対立が あった。だが、決定的な問題は、アメリカの 態度である。クリストフアー国務長官(94年4月)は、イラクが決議687第22項に応じても、禁輸解除するべきだとは思わないと言い、オルブライト国務長官(97年3月)は、イラクが兵器を破棄しても、フセインが権力の座にあるかぎり経済制裁は解除され ないと主張した。かくしてUNSCOMの存在は「根底から揺るが」された(リッター)。UNSCOMの査察活動はねじ曲げられアメリカのスパイ活動に利用され、遂には途中でうち切られた。この経緯はコソボ戦争の場合(N・チョムスキー等の論証)とよく似ている。
「冷戦後」はアメリカの「新戦略概念」、一極支配、単独行動主義の数年間であった。いま世界の多くの人々は、同時行動デーへの参加に現れているように、「異なる世界(アナザー・ワールド)」、ポスト「冷戦後」の「新しい国際株序作りを模索」している(木村伊量、『朝日新聞』03・02・23)。誰もアメリカを閉じ込めよなどとは言わない。アメリカ政府は、国際協調政策に転換することによって、「国際社会」で有意義な地位を占めることができるであろう。    (UMO3.3.10)

特集 日本労働運動の反転攻勢の道を考える

座談会 地域に拡がる不当解雇、人権の闘いの連帯の輪
ー神東川シティユニオン、埼京ユニオンに見る−
                 出席者 神奈川シティユニオン書記長 村山 敏
                       埼京ユニオン委員長 嘉山 将夫
本誌編集部
プリンス・日産労鋤運動
 −日産自動車元労働者の手記ー 田嶋 知来

労働分野における新たな規制緩和       弁護士 中野 麻美

激孫る過労死事件と裁判闘争の成果
                   過労死弁護団全国連絡会議事務局長 玉木一成
東京地裁の勝訴判決に思う
一昭和シェル男女賃金差別勝訴一   均等待遇アクション2003会員 野崎 光枝

目標は何か? 成長か、豊かさか    労働運動研究所 植村 邦

破綻した小泉構造改革政治の墓堀人は野党の責任
  ー無党派層の支援があれば政局の転換は可能ー 政治アナリスト 大郷武史


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緊迫の朝群半島情勢と私たち
  −カギ握る慮武鉉新政権ー  日韓民衆連帯全国ネットワーク 大畑 龍次

欧州における右翼ポピュリズムの台頭と現代民主主義の危機(中)
 −近代化の敗北者の反乱か、持てる人々の反乱かー     労働運動研究所 柴山 健太郎

大統領選挙と総選挙敗北後のフランスの社会党と共産党
                        労働運動研究所 福田 玲三
リヒアルト・ゾルゲ研究 第3回国際シンポジウム報告
                        元東海大学教授 来楢 宗孝
北朝群、朝鮮戦争中に韓国市民8万人以上を拉致
 −「朝鮮戦争拉北人士家康協議会」(KWAFU)の世界への訴えを紹介するー
                         社会主義研究家 中野 徹三


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2002年12月 復刊第3号(適巻387号)ISSN O910-5875

焦点「平和と人権」の帝国主義を許すな

労働運動研究復刊第3号 2002.12

「現実味を増す米国のイラク侵攻を前に、一時なりをひそめていたリベラル派アーチストたちが、盛んに異議申し立てをしている。
6日、ニューヨークのセントラルパークに、主催者発表で2万人以上が集まり、反戦デモを繰り広げた。シカゴ、サンフランシスコでも大規模なデモが組織された.主催したのは”Not In Our Name”というグループ。・・・今夏、 自然発生的にできあがった市民グループといわれる。ニューヨーク・タイムズ紙などに、イラク侵攻に反対する声明を載せてきた。声明では”われわれもまた9月11日の悲惨な事件を目撃し、涙した。しかしこの国の指導者は、復讐という精神を堰から放ち、絶対悪という単純なシナリオを用いている”」” ”政府が終わりなき戦争を宣言したとき、米国民が何もしなかったと言われることなきよう、われわれは立ち上がろう”などと呼びかけている・・・」『朝日新聞』(02.10.10)。「イラクとの戦争に反対する集会が26日、米国の首都ワシントン中心部で開かれ、主催者側発表によると10万人以上が参加、ベトナム戦争以来の規模の反戦デモとなった。‥・デモを主催したのは、反戦団体の連絡組織である”戦争を止め人種差別を終わらせるために今行動しよう”(ANSWER)で、参加した反戦団体の幹部は”ブッシュ大統領は米国民は団結しているというが、我々は戦争を欲しない””軍事専門家も戦争には慎重だ。大統領は判断を間違っている”などと語った」(同10.28)。
 この反戦デモの規模もさることながら、そのスローガンや主張は我々にいくつかのことを考えさせる。ブッシュ政権はいま国連で多数派工作に熱心だ。だが、これは明白な脅迫のもとでのことである、アーミテージ国務副長官は述べていた(同2.25)。「多国間主義は結構だが、米国は第一に国益が脅かされる 場合には一方的に行動する権利を留保する」。
  NATOはすでに98年11月、つまり、ユー ゴスラビアに「新軍事的人道主義」(N・チョ ムスキー)の攻撃を開始する前夜、「欧州・ 大西洋安全保障を再編成する決議」を採択し ている。ここには特筆すべき「新戦略概念」(99年4月)が記されていた。NATOは固有の域内の外にも介入する「最も広範な国際的正当性」を確保するとともに、安全保障理事会が平和と国際的安全とを維持する本来の任務の遂行に当たって「妨害に出会うときに」迅速に行動しなければならないという。この決議は、社会民主党政権も含めてどの加盟国からも反対されなかった。 ブッシュ政権等が掲げる「平和と人権」は「普遍的な」価値を有するのか。これはユーゴスラビア、パレスチナ・イスラエル、アフガニスタン、その他アメリカ国家の介入した諸地域における事実の分析から判断される。多くの調査研究を参考にすれば、評価は全く否定的である。だが、これが今日の世界的な力関係の現実である。
 このとき、国家ではなく諸国民・諸民族はいかするのか。はじめにあげたアメリカの反戦デモは一つの答えを示唆している。「市民社会」の「我々」はノーだ。そのうえで「市民社会」の人々に広く議論を呼びかける(デモの意味)。少なくとも「市民社会」が一致して政権を支持しているのではないという現実を、政治社会に反映させる。「世界経済フォーラム」(ダボス会議)その他の「首脳会議」に対抗する「世界社会フォーラム」(今年2月、ブラジルのボルト・アレグレ)は、こうした活動を国際的交流に拡大し、「市民社会」を国際化する運動の一つと位置づけられる。ヨーロッパの地域「社会フォーラム」は11月フィレンツェで開かれる(UMO2.11)。

特集 西欧における右傾化とその国民的・国際的深層

ドイツ・連邦議会選挙で赤緑連合勝利
 選挙結果分析と第一次シュレーダー政権の政策評価  工学院大学講師小 野 一

欧州における右翼ポピユリズムの台頭と現代社会民主主義の危機(上)
 ー近代化の敗者の反乱か、持てる人々の反乱かー 労働運動研究所 柴山 健太郎

侵略性むき出しのブッシュの新世界軍事戦略
ー国達意睾違反のイラク攻撃と地域紛争介入− 元神奈川大学教員 白石 忠夫

「東アジア経済共同体」構想の現実性 経済ジャーナリスト 蜂谷 隆

仮想「憲法の木」綱領(案)−「護憲魂」を政策にする−
 −拉致被害者とその家族の人権ー        行政評論家 野村 光司

「グローパル・スタンダード」型モデルの破綻、ヨーロッパ型モデルのへの教訓
                         労働運動研究所  植村 邦

拉致被害者の救済と予防のため「ローマ条約」(「国際刑事裁判所規程」)の早急な批准を
                         社会主義研究家 中 野 徹 三

パキスタン・カラチから‥‥子ども達の暮らし   千葉県松戸市小児科医師 池亀 卯女
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岐阜県徳山ダム計画を中止し、揖斐川流域の森林保水力強化を
 −ダムの対案としての揖斐川流域の森林保水力強化プロジェクトー
                     法政大学名誉教授 力石 定一

農水省は有明海の腎臓を返せ!
−長期開門調査を即時実施し、前面堤防工事を中止せよー
   第5回有明潅・不知火海フォーラム実行委員長 まえ海を守る鹿島の会代表 谷口 良隆

均等法下の女性労働の実態
−2002年・母と女教師の会「女性労働部会」に見る一
                               本誌編集部

7月定例研究会
2002年6月22日(土) 14:00から17時
場所  大阪経済法科大学東京セミナーハウス4階会議室   地下鉄日比谷線神谷町下車徒歩5分
報告者 川副詔三    日本経済の危機と労働運動
     植村 邦    ポスト『三月危機』経済政策の政治的議論のために
     柴山健太郎  日本ー先進国から脱落の危機と再生への戦略ー榊原英資の『国家改造論』の批判的検討
     野村光司   国体の本義と日本国憲法の国家像

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2002年7月 復刊第2号(通巻386号)ISSN O910−5875

           労働運動研究復刊第2号 2002.7
焦点 国会は法の執行を厳正に検証せよ

 6月19日に会期延長された国会では、有事法制案、個人情報保護法案、郵政関連法案、健康保険法改正案などの重要法案の審議が混乱を極めた。
 第一に政府・与党は国会の議論に耐えるような十分明確で整合的な法案を提出できない。政府・与党の内部で主旨の統一できない法案さえ提出される。「郵政関連法案は郵政民営化の一里塚」と首相がいえば、担当の片山総務相は「総理の願望で政府見解ではない」という。首相は「願望」を語って何が悪いかといった口振りだ。ともかくも多数で押し切ってそれぞれの面子を立てようという政府・与党の姿勢には、これが国家の法制定の在り方かと野党議員も国民も憤激の他はない。
 個人情報保護法案では提案直後から修正の議論になり、有事関連法案では憲法を超える議論を持ち出し、野党から疑義を追及されるごとに「必要な場合」大臣が方針を示すと「逃げ」に終始する。これらの法をなぜそそくさと制定しようとするのか。その政治的あるいは経済的な背景は、本論でいくつか示唆されている。
 これとは異なる水準の問題、すなわち、民主主義社会にける法の制定及び執行という形式的な問題もゆるがせにできない。
 法の制定においては、法の規定が目的とする執行状態に関して国家及び社会に明瞭な行動を指示するにたる、曖昧さのない文言で述べられていなければならない。当然、国会はそうした文言(による規定)をめぐって、つまり、明瞭に表現された内容をめぐって議論を交わし、最終的には評決する。法の制定が国会に属するこのような要件を欠くならば、法の執行が、現実によくあるように、官僚部局によって(法令・省令から行政指導、通達ことは必至である。法の執行そのものは国会の機能ではない。しかし、国民を「代表」して自らが制定した法の執行に関して、いかなる責任を負うのか。
 この問題が、今回の国会会期が混乱した第二の要因である。防衛庁が情報公開請求者リストを作成していた事実は、個人情報保護法案が審議されているときに、そもそも「個人情報保護」の梶本的な主旨に関して法案に疑義を抱かせた。さらに、防衝庁が国民の情報、すなわち国民そのものを自身との関係でどのように理解しているのかが暴露され、これまた有事関連法案を据えるべき「国家と国民との関係」に相本的な疑念を引き起こした。 リスト問題は現行の「行政機関の保有する
電算処理に係る個人情報保護法」の執行の問題である。国会は常々法の執行を事後的に検証(コントロール)しなければならない。官僚部局の悪意的な解釈を許してはならない。もしン法が社会的生活に相応していないことが判明したならば、国会は法の改定を国民の前に具体的に提起し議論を喚起すべきである。これは民主主義の初等的原理である。
 国会は鈴木宗男議員が「口きき」、「談合」、公金の不正な使途等に直接・間接に関与した旋惑をめぐって多大のエネルギーを責やした。辻元清美前議員は秘書給与流用とかいわれた問題で辞職に追い込まれた。田中真紀子議員には外相当時に自ら提起した機密責・外務省改革、また周りからから提出された秘書給与の疑惑などが残っている。共通する本質的な政治的問題は、現行法律の執行が厳正に検証されないでいることである。
 法の執行に関しては社会からの追求(運動)もある。制度と運動とは民主主義の両輪である。社会からの追求を阻む議員は、資格喪失にいたる)窓意的に拡大あるいは縮小される  と判定されるであろう(UMO2.6)。

                          特集 小泉構造改革の破綻と日本再生戦略

深化の一途・銀行経営危機と破綻寸前の小泉構造改革
                        労働運動研究所 川副 詔三

日本一先進国から脱落の危機と再生への戦略
 ー榊原英資の「国家改造論」の批判的検討ー   労働運動研究所 柴山 健太郎

ポスト「3月危機」経済政策の政治的議論のために
                          労働運動研究所 植村 邦

国家像:「国体の本義」と日本国憲法     行政評論家 野村 光司

復帰30年、虚脱感を超えて     那覇市 ジャーナリスト 由井 晶子


ベルルスコーニ政権成立後1年のイタリア政治
                        在ローマ・ジャナリスト 茜ケ久保 徹朗

極右の進出から共産党の党史上最大の敗北まで
−保守化傾向を強めたフランス大統簡選・国民議会選挙一 労働運動研究所 福田 玲三

小田急高架事業と藤山判決 小田急訴訟弁護団良弁護士 斎藤 驍


人権の21世紀に向け人間解放の大道を!
  ー部落解放同盟第59回大会ー 部落解放同盟本部書記次長 谷元 昭信

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『労働運動研究』が再刊されました

『労働運動研究』が再刊されました。臨時特集号

労働運動研究臨時特集号 2002.3
焦点 アフガニスタン侵攻が提起する諸問題


 月刊『労働運動研究』が01年10号をもっ て、32年の活動に終止符を打たねばならな かった経緯については同号で述べてある。この際、多くの読者から「この重要な時期に休刊せざるをえないことは残念だ。何らかの情報交換の手段を再建したい」とのメッセージが寄せられた。この臨時特集号は今後の活動の一つの試みである。読者諸氏のご支援をお願いしたい。
 「この重要な時期」の第一の課題は、アメリカ、イギリスを先達とする諸国家のアフガニスタン侵攻によって提起されていた。「テロリストの側に立つか、われわれの側に立つか。世界はどちらかを選べ」とブッシュは言った。アメリカの単独行動主義「ユニラテラリズム」は外政だけの抑圧ではない。E・W・サイード(『戦争とプロパガンダ』、みすず書房)によれば、1月29日のブッシュ大統領の演説は国内の「思想統一や均質化」の極致である。「大統領は、アメリカの敵とみなす相手に対して、終わりのない戦争を表明した。言いかえると、軍事的占領への旋問やアメリカ外交への批判がいっさい捨てられたのだ」。だから「政治的な発言の締め付けがきびしく・・・・・・私やN・チョムスキーのような一部の人間を除くと、政府と異なる意見を発表するのは非常に難しい」。旧ユーゴスラビアでの空爆や湾岸戦争のときのような反戦運動は見られない。以上の発言は『朝日新聞』(02年2月12日)で取りあげられている。ブッシュは日本でも号砲をとどろかせた。
 チョムスキーの見解に関しては、本特集のなかでやや詳しい検討がある。その見解には同意できるところが多い。われわれは自身への課題として、さらに検討を要すると考えるいくつかのテーマを挙げておきたい。
 チョムスキーが述べているように、アメリカ国家は第二次世界大戦後の初期の時代か
ら、そのユニラテラリズムを全面的に展開する機会を窺っていた。ソ連圏(「実現された社会主義」)の「崩壊」は、そのように意図された「崩壊」であった。まず、いわゆる冷戦の時代、平和と「平等・互恵」との国際関係を目指した諸勢力の運動の成果と欠陥とを「歴史的記憶」から消去してはならない。むしろ、さらに一層研究されねばならない。この時代にも、深刻な「南北間題」の解消、「南の発展」を求める提案・活動があった。その発展はいかに阻害されたのか。
 次に、80年代後半におけるM・ゴルバチョフの寄与の評価である。彼の「新思考」の基本的着想は『ベレストロイカ』(田中直毅訳、講談社、87年)に見られる。ある人は、これをプロパガンダだという。だが、新しい「世界秩序」に関してこれだけ包括的な理念及び政策の提唱をした政治家はいない。そうであってもなくても、「理念」を実現するのは、その「理念」に共鳴した世界の大勢の人々の実践である。この視点からわれわれはゴルバチョフ「新思考」を想起し吟味し直すことが必要である。湾岸戦争(91年)を阻止する活動は、彼の最後の闘争であった。「新思考」は彼の特使E・プリマコフの言葉(『誰が湾
岸戦争を望んだか』、日本放送出版協会)によく現れている。「多くの人からこんな旋問が出るかもしれない。このチャンス[国連憲章第36〜42条の主旨に沿った活動]を利用する価値はいったいあったのだろうか、侵略を止めさせるという観点からは軍事的結末が最適ではなかったか、と」。プリマコフは答えている。「このような結論に私は賛成しない。なによりもまず、亡くなった一人一人こそが悲劇だ。何百、何千、何万という命を失った人々、身体の自由を奪われた人々についても言うまでもない」。(UM、02.2.18)

特集 アフガン侵攻とブッシュ政権ノ世界戦略

米国ノアフガン侵攻トシルクロード  宮島信夫

「9月11日」以降ノドイツ赤・緑連合  小野 一

ドキュメント・同時多発テロとEU中道左派政権
芝山 健太郎

さらば自由よー「ルモンド・ディポマティスク」の社説よりー福田玲三

「歴史から教訓を得ることはできない」のかーN・チュムスキーの批判的論拠ー  植村 邦

日本経済の危機と再生
蜂谷 隆

真紀子外相の解任と行きずまる?小泉政局 大郷武史

全税関最高裁勝訴と野村文書 野村光司

一柳茂次さんを偲ぶ会

本の紹介
大矢恒子遺稿集『ホウセンカ』
植村 邦著『フランス社会党と”第三の道”』

神山茂夫の文献遺産について  津田道夫

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「労働運動研究」
5月号 No.379 の案内

焦点 戦後最大の激震に見舞われる自民党
特集 多田謡子反権力人権受賞シンポジュウムーーー「東芝府中働くネットワーク」


   団結権は個人の権利                         上野人権裁判弁護士 宮里邦雄

  ーーー広がる全国的ネットワークーーー

  「美は乱調にあり」             『堀のなかの民主主義』著者  小笠原 信之

  ーーー反権力人権賞の意義ーーー

  職場における人権                        甲南大学教授 熊沢 誠

 ーー個人の受難にみる体制の問題ーーー

会場からの発言    投稿多聞・西山薫・田中秀幸

新聞報道にみる「東芝府中働くネットワーク」 のあゆみ

多田謡子人権受賞式における挨拶         松野哲二・上野 仁

「多田謡子反権力人権基金設立趣意書
                 
第12回「多田謡子反権力人権賞受賞者選考理由
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

低額回答を越えてーーーー2001春闘状況ーーーー
    編集部

21世紀を人権の世紀にーーーー部落l解放同盟第58回大会ーーー編集部

恐牛病危機とEU共通農業政策の転換   フリードリッヒ・エーベルト財団ボン本部研究員 ミヒヤエル・エールケ

ーーー集約的化学農業と大量家畜飼育の危険性ーーー

英国だより(41)                         在英国  山本光子

読者拡大へ取り組み確認ーー労研第2回理事会開くーー

ポスト民主主義に対する道(2)              欧州大学研究所・社会学教授 ユーりン・クローチ

ーーーグローバル企業:ポスト民主主義の中核ーーー

ヨーロッパ社会主義ーーーーその生けるものと死せるもの(中)  労働運動研究所   芝山健太郎
ーーーー新しい多数派をめざしてーーーーー

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労働運動研究」 4月号 No.378 の案内

焦点 「侵略・差別」か「平和・人権史観」か
特集 国内の反動とたたかい、アジア諸民族との友好を

   市民型教育基本法を臣民型教育勅語へ逆行させるな    郷土史家 高野源治

 <資料>日本のあり方を誤る歴史教科書に反対する声明

 <資料>アピール 平和、 人権、 民主主義の教育が危ない

海兵隊の削減に沸く沖縄                        由井 晶子

南京事件について                 東京大学出版会名誉顧問 石井 和夫
  ーーーー『南京戦史』が問う真の戦争責任ーーーーーー

「国連・障害の10年を契機に基金が発足   ナイスハート基金副理事長 足立房夫 
ーーーーー「アジアプロジェクト21」の展開へーーーーーー

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ポスト民主主義に対する道(1)               ユーりン・クローチ

ヨーロッパ社会主義ーーーーその生けるものと死せるもの(上)  労働運動研究所   芝山健太郎
ーーーー新しい多数派をめざしてーーーーー

私がアルジェリアで見た拷問                  『ヌーヴェル・オプセルヴァトール

春闘をめぐる情勢                         編集部

英国だより(40)首相、ルール違反の質問時間      在英国  山本光子

札幌のみどりと景観を守る市民運動の一経験から   社会主義研究家 中野徹三
ーーーーー市民社会的自治をめざしてーーー

 

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