労働運動研究8月号目次

            725日発刊予定

焦点 参議院選挙で安倍政権に決定的打撃を!

特集 日中・太平洋戦争の戦後補償問題の解決を

「従軍慰安婦」・戦争被害賠償−立法化も視野に解決を促進

−『日中共同声明』で中国人民の賠償請求権は放棄されない− 元日弁連会長 土屋公献

【資料】日弁連のインドネシア元「従軍慰安婦」問題に関する政府に対する勧告                       日本弁護士連合会

中国人強制連行西松裁判の最高裁判決を受けて

−広島県・安野発電所建設工事における戦時下の強制労働− 弁護士 足立修一

戦時下におけるキリスト教徒の屈従と抵抗

―灯台社の軍隊内や朝鮮・台湾における反戦の闘い―       前田美芳

フランシス・フクヤマ「日本のナショナリズム」       ル・モンド紙

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

フランス国民議会選挙結果の分析                福田玲三

フランス大統領選挙結果と論評                 下山房雄

イタリア中道左派の再編成−拡がる「民主党」結成の政治的波紋−

                在ローマジャーナリスト  茜ヶ久保徹郎

労働ビッグバン構想と労働政策の焦点「下」      弁護士 中野麻美

世界の政治と経済の中心はアジアに移りつつある      シュピーゲル誌ワーク・ライフ・バランス社会の創造にむかって()     柴山恵美子

15年戦争における日本左翼の戦争責任・戦後責任論をめぐって()

                   大阪府立貝塚高校教員 中河由希夫

晴天に「黒い霧」を懸けることができるか」() 占領・戦後史研究者 佐藤 一

粕谷信次『社会的企業が拓く市民的公共性の新次元』に寄せて   植村 邦

東京都知事選の結果から何を学ぶか             労研編集部

[声明]タミフル使用を即時中止せよ   バイオハザード予防市民センター

思い出すことなど(3)                 久保田 敏

〔書評〕

宇仁宏幸/植村邦著『20世紀社会主義運動が残した仮説』

富田善朗/バク・ミンナ著『鉄条網に咲いたツルバラ−韓国人女性8人のライフストーリー』

柴山健太郎/秋草鶴次著『17歳の硫黄島』

本庄重男/宮部一章著『一事務職員の目線で捉えた 私の愛大43年史』

川口 章/豊田眞穂著『占領下の女性労働政策一保護と平等をめぐって』

 

労働運動研究』復刊第29(2011.8)通巻413号
労働運動研究』復刊第28(2011.4)通巻412号
労働運動研究』復刊第27号(2010,12)通巻411号
労働運動研究』復刊第26号(2010,8)通巻410号
『労働運動研究』復刊第25号(2010,4.)通巻409号
『労働運動研究』復刊第24号(2009,12.)通巻408号
『労働運動研究』復刊第23号(2009,8.)通巻407号
『労働運動研究』復刊第22号(2009,4.)通巻406副官12号号
『労働運動研究』復刊第21号(2008,12)通巻405号
『労働運動研究』復刊第20号(2008,8)通巻404号
『労働運動研究』復刊第19号(2008,4)通巻403号
『労働運動研究』復刊第18号(2007,12)通巻402号
『労働運動研究』復刊第17号(2007,8)通巻401号
『労働運動研究』復刊第16号(2007,4)通巻400号
『労働運動研究』復刊第15号(2006,12)通巻399号
『労働運動研究』復刊第14号(2006.8)NEW通巻398号
『労働運動研究』復刊第13号(2006.4)通巻397号NEW
『労働運動研究』復刊第12号(2005.12)通巻396号
『労働運動研究』復刊第11号(2005.8)通巻395号
『労働運動研究』復刊第10号(2005.4)通巻394号
『労働運動研究』復刊第9号(2004.12)通巻393号
『労働運動研究』復刊第8号(2004.12)通巻392号
『労働運動研究』復刊第7号(2004.4)通巻391号
『労働運動研究』復刊第6号(2003.12)通巻390号
『労働運動研究』復刊第5号(2003.7)
『労働運動研究』復刊第4号
『労働運動研究』復刊第3号
『労働運動研究』復刊第2号
『労働運動研究』復刊第1号
『労働運動研究』復刊第18号(2007.12)NEW
『労働運動研究』復刊第17号(2007.8))NEW
『労働運動研究』復刊第16号(2007.4))NEW
『労働運動研究』復刊第15号(2006.12)NEW
『労働運動研究』復刊第14号(2006.8)NEW
『労働運動研究』復刊第13号(2006.4)NEW
『労働運動研究』復刊第12号(2005.12)
『労働運動研究』復刊第11号(2005.8)
『労働運動研究』復刊第10号(2005.4)
『労働運動研究』復刊第9号(2004.12)
『労働運動研究』復刊第8号(2004.12)
『労働運動研究』復刊第7号(2004.4)
『労働運動研究』復刊第6号(2003.12)
『労働運動研究』復刊第5号(2003.7)
『労働運動研究』復刊第4号
『労働運動研究』復刊第3号
『労働運動研究』復刊第2号
『労働運動研究』復刊第1号
『労働運動研究』復刊第23号(2009,8.)通巻407号
『労働運動研究』復刊第22号(2009,4.)
『労働運動研究』復刊第21号(2008,12)
『労働運動研究』復刊第20号(2008,8)
『労働運動研究』復刊第19号(2008,4)
『労働運動研究』復刊第18号(2007,12)
『労働運動研究』復刊第17号(2007,8)
『労働運動研究』復刊第16号(2007,4)
『労働運動研究』復刊第15号(2006,12)
『労働運動研究』復刊第14号(2006.8)NEW
『労働運動研究』復刊第13号(2006.4)NEW
『労働運動研究』復刊第12号(2005.12)
『労働運動研究』復刊第11号(2005.8)
『労働運動研究』復刊第10号(2005.4)
『労働運動研究』復刊第9号(2004.12)
『労働運動研究』復刊第8号(2004.12)
『労働運動研究』復刊第7号(2004.4)
『労働運動研究』復刊第6号(2003.12)
『労働運動研究』復刊第5号(2003.7)
『労働運動研究』復刊第4号
『労働運動研究』復刊第3号
『労働運動研究』復刊第2号
『労働運動研究』復刊第1号
『労働運動研究』復刊第18号(2007.12)NEW
『労働運動研究』復刊第17号(2007.8))NEW
『労働運動研究』復刊第16号(2007.4))NEW
『労働運動研究』復刊第15号(2006.12)NEW
『労働運動研究』復刊第14号(2006.8)NEW
『労働運動研究』復刊第13号(2006.4)NEW
『労働運動研究』復刊第12号(2005.12)
『労働運動研究』復刊第11号(2005.8)
『労働運動研究』復刊第10号(2005.4)
『労働運動研究』復刊第9号(2004.12)
『労働運動研究』復刊第8号(2004.12)
『労働運動研究』復刊第7号(2004.4)
『労働運動研究』復刊第6号(2003.12)
『労働運動研究』復刊第5号(2003.7)
『労働運動研究』復刊第4号
『労働運動研究』復刊第3号
『労働運動研究』復刊第2号
『労働運動研究』復刊第1号

『労働運動研究』誌の焦点・目次・内容紹介です                                  2006.1.28 setup最終更新2011.5.27


第1号から第28号までは焦点、目次を以下で紹介してます。
第10号からは電子版でも紹介してます。


   研究会の案内 新刊号の紹介  新刊本の紹介   松江 澄氏を悼む  で左記項目の内容を見ることが出来ます。


                                            

『労働運動研究』復刊されました。電子版は新刊号の紹介でも見れます























































































労働運動研究復刊第17号 2007.8

 

焦点 野党諸勢力の共同活動で安倍自公政治を打破しよう

 

 先の国会(75日閉会)の特に終盤において、政府と自公与党は教育関連三法、改正政治資金規正法、社会保険庁改革関連法、年金時効特例法、改正公務員法などを次々と「強行」採決させた。それは多くの人々に、安倍首相の標榜してきた「美しい」国ならざる「恐ろしい」国の未来を予感させるに十分であった。

21世紀の日本にふさわしい理想を示す憲法を制定」し「戦後レジームから脱却し」て「美しい」国が実現されるはずであるとする首相にとっては、その実現を阻むものは「戦後レジームに既得権を持つ……大いなる抵抗」勢力である。

 だが国会内外の議論のなかで自公政権の勢力自体が「戦後レジーム」に浸っている事実が明らかになって来るや、国民の内閣支持率は急激に低下し始めた。柳沢厚労大臣の発言、松岡農水大臣の事件、元従軍慰安婦に関する首相発言、社会保険庁の「でたらめ」というにふさわしい業務実態、久間防衛大臣の「原爆投下はしょうがない」発言……。特に年金問題は国民の一人一人の生活安全に関わる不安と不満とを引き起こしている。

 政権中枢はこれらの不満を解消して政権への支持気運を立て直すために、種々の「改正」

法を通過させた。だが、なぜ「強行」しなければならなかったのか。それは国会で、また国会の外で十分な議論に耐えられる内容ではないからであった。社会保険庁の改革は必要である。そのためには、「でたらめ」な業務の実態をまず明らかにしなければならない。

組織運営の常識から言っても責任は第一に最高任命権者の首相、次いで大臣と長官以下の管理者にある。いかにして、なぜ、あのような実態にいたったのか。

 改正政治資金規正法や改正公務員法についても、「改正」されるべき問題−政治団体における資金の受領・支出の疑惑や天下り公務員の「制度」に関わる癒着・談合の常習など−が十分究明されていないならば、何摩「改正」法をつくっても「ざる法」にとどまることはすでに経験済みである。

 首相は「成長か逆行か」と息巻く。近年、確かに雇用は成長率の回復とともに増加している。欧米先進諸国においてもこの相関関係の傾向が認められていた。主流エコノミストによれば、こうした傾向の根拠は労働市場の「規制緩和」にある(ネオリベラリズムの理論)

日本経団連などはこの政策を掲げる安倍政権の支持者である。今期国会では、ホワイトカラーエグゼンプションなど労働法規の改正は見送られたが、経団連などは選挙後にすぐさまこの方針を貫きたいとしている。

 欧米諸国の成長の経験を調べれば、すでに批判的なエコノミストが指摘しているように、問題は雇用の質にあることが明らかである。今日、日本で見るようにパート、派遣、独立請負など「不全雇用」が拡大し、労働報酬の面においては言うまでもなく、精神的・肉体的な労働疾患からの安全などに関しても、社会的格差が進行し、世代的にも固定化する恐れがある。

 労働市場の「規制緩和」を進めるなかでも北欧4ヶ国は独特な「社会的モデル」を追求している。このモデルが外国に適用できるのかは、社会的にも、国際的にも諸国の歴史的条件にかかわっている。今日、世界の諸国でネオリベラリズムに対抗する諸勢力は容易ならざる困難に直面している。日本においても、安倍自公政権に対抗する諸勢力はその打破に向けて共同関係に合意し、幅広い(草の根から議会まで)運動を実行するより道はない。

(UM/07.07.10)           

 

編集後記

 今期国会の時期にわれわれの運動にとって差し迫って重要な課題がいくつか提起されている。いずれも諸勢力の英知を結集し、実効性のある具体的な政策が求められているのであるが、経験的に言って、そのような合意に達することが難しい課題である。われわれはこれらの課題を研究テーマとして労研定例研究会を継続していきたい。

○年金問題の本筋であった制度的改革がすっ飛んでしまった。「宙に浮いた」年金を正常状態に戻すことは必要であるが、早期に年金改革に着手するきっかけを求めるべきである。

 医療システムや介護システムの崩壊の危機(コムスン問題から暴露された)をも加え、社会保障の全般的な再構成の議論(議会の中、社会の中)に取りかからねばならない。もう一つ重要な項目は、労働条件に関する保障である。日本経団連などは、労働市場の規制解除を進める姿勢(ネオリベラリズム)を打ち出している。手本はアングロサクソン型の「社会的モデル」である。失業率は確かに低い。

反面、社会的格差(例えばジニ係数で評価)は大きい。その実態はもっとよく調べよう。

公式の統計も吟味が必要である。

○北欧型の「社会モデル」を推奨する見解もある。アングロサクソン型に対する、このモデルの特性は@「不全雇用」の改善に多大な費用を充当する(GDPにしめる、税と社会保障負担との和の比率が大きい)。A社会的格差を縮小する所得再配分を実行する(ジニ係数が小さくなる)。B労働組合がこれらの条件のもとで「経営の自由」(解雇の自由など)を容認する。この点でネオリベラリズムの特質が現れている。

 ここでも成長、雇用、失業率などの実態を統計の吟味とともに、さらには、近年におけるありうべき変化の傾向とともに、よく調べてみよう。その特性は、社会的にも、国際的にもこれら諸国の歴史的経緯に深くかかわっているのではなかろうか。このモデルは揺るがないのか。いずれも先入観にとらわれない冷静な研究が必要である。

○久間防衛大臣の「原爆投下はしようがない」発言(630)に対して、北朝鮮の内閣機関紙『民主朝鮮』(76)は「米国の核犯罪行為を唯一の被爆国である日本の防衛相が擁護したのは、日本人から見ても嘆かわしい」と評論したという(『朝日』7.7)。まさに頂門の一針と言うべきか。日本人にとっての15年戦争のテーマである。

(UM/07.07.10)


労働運動研究復刊17号 2007年8月

 

従軍慰安婦」・戦争被害賠償―立法化も視野に解決を促進

    −「日中共同声明」で中国人民の賠償請求権は放棄されない−

 

          インタビュー  元日本弁護士連合会会長 土屋公献  

 

  427日午前、最高裁は戦時中に強制連行された中国人が損害賠償を求めた西松建設訴訟の判決において、「1972年の日中共同声明によって損害賠償請求権は放棄された」という初判断を示して上告を棄却した。最高裁は、さらに同日午後に、日中戦争中の中国人「従軍慰安婦」訴訟2件のうちの1件の上告をこの判断に基づき棄却し、さらに中国人労働者らが国や企業に賠償を求めた2件の戦後補償の上告審で、いずれも上告棄却の判決と決定を下した。52日、編集部は、元日弁連会長土屋公献氏にインタビューを行った。同氏は1994年に日弁連会長に就任し、日弁連としてのアジア・太平洋戦争の従軍慰安婦問題の実態解明と国の政治責任と損害補償問題の解決に奔走された弁護士である。現在も日中戦争中の重慶大爆撃の損害賠償訴訟の弁護団長を務めるかたわら731部隊訴訟でも献身的に取り組んでいる。インタビューは、編集部の柴山健太郎が担当した。(文責・編集部)

 

最高裁の「日中共同声明」解釈は「不法で無効」 

 

最高裁は427日、中国人女性が戦時中旧日本軍の慰安婦にさせられたとして国に損害賠償を求めていた2つの訴訟や、劉連仁訴訟(戦時中に中国から強制連行された劉連仁氏が、働かされていた北海道の炭鉱から脱走し終戦を知らないまま13年間も逃亡生活を続けていたことに対する損害賠償請求訴訟)、同じく福岡強制連行訴訟(戦時中に強制連行されて福岡県の炭鉱で働かされていた元中国人労働者の国と三井鉱山に対する損害賠償請求訴訟)4件について、いずれも原告側の上告を退け、敗訴させました。ここで注目されることは慰安婦2次訴訟で判決を言い渡した最高裁第1法廷が、「日中共同声明で個人の賠償請求権が放棄された」という初判断を示したことです。これは重慶大爆撃訴訟や731部隊訴訟一今後の戦後補償訴訟に決定的な影響を持つものと思われます。まずこの際高裁判決についてのご意見を聞かせてくさい。

 

土屋 今度の最高裁判決の最大の問題は、『日中共同声明』の解釈に重大な誤りがあるということです。国際条約の解釈については『条約法に関するウイーン条約』という国際的取り決めがあります。これは条約の解釈の仕方を決めた条約で、日本は19695月に調印し、19817月に公布しています。この条約の第311項の「解釈に関する一般的規則」では、「条約は文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして、与えられる用語の通常の意味に従い、誠実に解釈するものとする」と規定しています。ところが今度の最高裁の『日中共同声明』の解釈はこの規定をまったく逸脱し、著しく曲げた解釈をしています。何よりも重要なのは、当事者の中国外務省がこの最高裁判決について直ちにコメントを発表し、日中共同声明で中国政府が戦後賠償を放棄したことは「両国人民の友好のために下した政治決断」で、この声明によって中国人民の賠償請求権まで放棄したとする判決の解釈は『不法で無効』と非難していることです。

19729月の『日中共同声明』では,「賠償」について、「中華人民共和国政府は、中日両国国民の友好のために、日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することを宣言する」と述べていますが、ここには中国人民の請求権を放棄するという文言はありません。国際条約では、請求権の場合、必ず国と国民または人民の請求権を明記するのが通例です。

この最高裁判決では、慰安婦2次訴訟の上告棄却理由で「日華平和条約によって請求権は放棄された」と述べていたのを、「日中共同声明によって放棄された」と変更していますが、この「日華平和条約」は、日本政府が台湾の中華民国政府と1952年に調印し、政府見解では19729月に終了しているとされているものです。ところがこの「日華平和条約」第3条の「財産及び請求権」の規定でも、政府当局、国民、住民、法人などを明確に区別し、次のように述べています。

「日本国及びその国民の財産で台湾及び澎湖諸島にあるもの並びに日本国及びその国民の請求権(債権を含む)で台湾及び澎湖諸島における中華民国の当局及びそこの住民に対するものの処理並びに日本国におけるこれらの当局及び住民の財産並びに日本国及びその国民に対するこれらの当局及び住民の請求権(債権を含む)の処理は、日本国政府と中華民国政府との間の特別な取極の主題とする。国民及び住民という語は、この条約で用いるときはいつでも、法人を含む」

これは、最高裁判決に挙げられているサンフランシスコ平和条約(1952428日発効)でも明らかです。この条約の第14条の「賠償及び在外財産の処理」では次のように述べています。「この条約に別段の定がある場合を除き、連合国は、連合国のすべての賠償請求権、戦争の遂行中に日本国及びその国民がとった行動から生じた連合国及びその国民の他の請求権並びに占領の直接軍事費に関する連合国の請求権を放棄する」

日本は、サンフランシスコ条約以後、この条約に参加しなかった諸国のビルマ、インド、ソ連などと2国間の平和条約を締結し、それぞれ賠償権の放棄について協定していますが、ここでも「国及び国民の賠償権」と明記しています。

たとえば19526月に調印された「日印平和条約」第6条は賠償権の放棄を規定していますが、その文言は次のようになっています。

「(a)インドは、日本国に対するすべての賠償権を放棄する。

(b)この条約に別段の定がある場合を除く外、インドは、戦争の遂行中に日本国及びその国民が執った行動から生じたインド及びインド国民の全ての請求権並びにインドが日本国の占領に参加した事実から生じたインドの請求権を放棄する」

 これは1954年に調印された日本・ビルマ(現ミヤンマー)平和条約での賠償権の相互放棄取り決めでも同じです。さらに1956年に調印された日ソ共同宣言でも次のように明記しています。

 「日本国及びソヴイエト社会主義共和国連邦は、194589日以来の戦争の結果として生じたそれぞれの国、その団体及び国民のそれぞれの地方、その団体及び国民に対するそれぞれの請求権を、相互に、放棄する」

したがって、今回の『日中共同声明』で単に「日本国に対する賠償請求を放棄する」とだけ規定している条項を、中国人民の賠償請求権まで放棄されたという最高裁の判断は、この『日中共同声明』を曲げて解釈したとんでもない判決です。中国外務省は、この『日中共同声明』によって「個人の賠償権まで放棄した」とするこの最高裁判決の解釈を「不法で無効」と否定したのは当然です。ただ中国政府の態度は、「中国人民が日本政府に自由に賠償を請求することについてわれわれは援助もしなければ干渉もしない」が、日本政府に「適切な処理を求める」ということで、政府が人民になり代わって日本政府に賠償させるという強い態度ではありません。中国政府は日本首相の靖国神社参拝になるときわめて強硬な態度をとりますが、個人の損害賠償請求については人民を代表する立場を放棄していることは、非常に嘆かわしいと思います。

 

今度の最高裁判決で、マスコミなどでは旧日本軍の遺棄毒ガス兵器による損害賠償問題など少数の例を除き、重慶大爆撃訴訟や731部隊訴訟などの今後の戦後賠償請求訴訟は敗訴が確定的になり、残された道は和解だけだという主張が強まってきましたが、どう思われますか?

 

重要な意味を持つ最高裁の被害事実と請求権の認定

 

土屋 今度の最高裁の判決はこれまでの下級審で積み上げてきた判例をすべて覆すような不当判決です。しかし事実に関する認定を確定させたことと原告の請求権を認めたこと、さらに請求権自体は消えていないことを認めたこと、さらに裁判外での解決を促したことなど幾つかの点では重要な意味があります。たとえば、慰安婦2次訴訟では、1、2審とも被害にあった2人の女性を軍が強制連行し、監禁し、強姦した事実を認定しましたが、最高裁もこの事実認定自体は「適法に確定された」と認定しています。慰安婦1次訴訟では被害にあった山西省の女性には1,2審とも、女性の監禁、強姦の事実は認定しながら、旧憲法下で国の行為は責任を問われないとする「国家無答責」の法理を適用して請求を棄却しています。劉連仁訴訟では1審では国家賠償法に基づき請求全額を認めて国に2000万円の支払いを命じたのを2審では不法行為があった時から20年経つと賠償請求権が消滅するとされる「除斥期間」を理由に原告を逆転敗訴させています。福岡強制連行訴訟では1審が被告三井鉱山に計15000万円の支払いを命じましたが、2審は時効と「除斥期間」の成立を認めて原告を逆転敗訴させ、今回の『日中共同声明』に基づく上告棄却判決になったわけです。

 

従来の戦後補償訴訟の下級審判決で、請求を棄却しながらも事実を認定して「立法不作為」を指摘して立法によって問題を解決せよという裁判所の判断を示唆したものが見られましたが、今後こうした努力が重要になると考えられますか?

 

土屋 これまで政府が被害者の訴えを無視し続けてきたなかで、下級審はそれなりに事実認定を積み重ねてきました。さらに今度は最高裁自体が事実を確定した上で、国の責任を認め、原告に対して賠償請求権を認めたのです。つまり裁判では賠償請求は認められないが、損害賠償義務を背負った日本国が自発的に賠償することは妨げないとして、内閣が自発的に賠償したり、国会が補償立法措置を採択して内閣に実施させたりすることも可能だとして、解決を促したということです。したがってこれから立法運動をして、解決を促していくことが必要だと思います。

 

野党はこれまで何回も従軍慰安婦問題を解決するために繰り返し法案を国会に提出していますが、今後これらの法案の扱いをどうすべきだと考えますか?

 

 野党の「従軍慰安婦」・戦時補償法案の審議開始を

 

土屋 敗戦時には各省にあった従軍慰安婦や強制連行などに関する文書が多量に焼かれたことは事実ですが、各省の倉庫にはおびただしい文書が未調査のまま眠っています。こうした資料を国会図書館に専門局を設けて各省の資料を精査する法案や、従軍慰安婦問題を解決する法案が繰り返し国会に提出されたまま廃案になったり、継続審議になったりしています。国会はまずこれらの提案を審議すべきです。いま安倍政権は拉致問題を最重要課題として取り上げていますが、国際的には拉致問題も「従軍慰安婦」や強制連行問題も同様に重大な人権問題と考えられていますから、「従軍慰安婦」問題を無視して拉致問題だけを解決しようとしている安倍政権はいま非常に苦しい立場に立たされています。安倍首相は「従軍慰安婦」の拉致に「狭義」と「広義」の区別をつけてごまかそうとして、かえって「従軍慰安婦問題」に関する安倍政権の恐るべき人権感覚の欠如に対する国際的非難を浴び、日米首脳会談でブッシュ大統領に謝罪し、今度は「謝罪する相手が違うのではないか」と嘲笑を浴びる無様な姿をさらけ出しました。

従軍慰安婦問題では甘言をもって騙して連行した場合も、家に押し込んで強制的に拉致した場合も、強制した事実に変わりはありませんし、一度連行したら監禁しては絶対返さないのです。私が日弁連会長になったのは1994年ですが、韓国、フィリピン、中国、台湾、北朝鮮などの調査に基づいて、政府に対し従軍慰安婦に速やかに謝罪と金銭補償を含めた被害回復の措置を講じるよう何回も勧告を行っていますが、政府は依然として勧告を実施していません。

これは他の人々の賛同が得られるかどうか判らないのですが、問題を考えるに当たって、私は、被害者の損害賠償請求の正当性の根拠として民法上の「事情変更の原則」が援用されるのではないかと思っています。民法では経済事情変更の結果、契約を文字通りに遂行させることが著しく公平に反する場合、『事情変更の原則』を適用することが相当とされる」という場合があります。

敗戦国の日本が連合国に対して当然賠償責任を持つことは、サンフランシスコ平和条約第14条の「賠償及び在外財産の処理」にも「日本国は戦争中に生じさせた損害及び苦痛に関して、連合国に賠償を支払うべきことが承認される」と明記したことでも明らかです。だが続けて「しかし、また、存立可能な経済を維持すべきものとすれば、日本国の資源は、日本国がすべての前記の損害及び苦痛に対して完全な賠償を行いかつ同時にその債務を履行するためには現在十分ではないことが承認される」として、「別段の定がある場合」を除き、連合国の全ての賠償請求権及びその他の国民の請求権等を放棄するとしたわけです。つまり敗戦直後の日本の国力ではとうてい賠償責任を果たすのは不可能だから請求権を放棄するというわけです。しかし、現在の日本は世界第2のGDPをもつ経済大国で、事情は当時とは一変しています。日本は朝鮮戦争やベトナム戦争の軍需景気等のお陰で経済復興を果たし、経済大国に躍進したわけです。そのために日本は軍備を充実させ、アメリカ、ロシアに次ぐ軍事大国になっています。当時の日本の国力や経済事情と現在の日本との差が余りにも大きいので連合国やアジア諸国の国民の「賠償権を放棄する」理由がなくなっていると思います。

いまなら賠償を払おうと思えば十分に払える国力を持っているのに「あの時約束したのだから俺は払わないよ」という当時の相手国の好意に悪乗りした図々しい態度は、日本の国益に反し、まさに国辱的です。

 

ドイツはGDPが日本の半分くらいしかありませんが、それでもドイツ企業が戦時中に占領地から強制連行した労働者や強制収容所の囚人を奴隷労働させたりして不法な利益に与かった政治的・道義的責任を認め、20007月のドイツ連邦議会は、政府とドイツ系財界が50億ドルずつ拠出し、「記憶・責任・未来」財団を設立する法案を可決し、犠牲者に補償金を支払っています。この財団の特徴は、運営にドイツ政府、国会代表だけでなく、被害者のユダヤ人やロマ人、侵略被害諸国の代表、国連高等弁務官なども参加していることです。このドイツの先例は、日本でも学ぶべきでしょうね。

 

土屋 日本よりも国力が小さいドイツでさえできることが日本でできないわけがありません。今問題になっている訴訟の戦後補償に要する費用は全部合算しても、5兆円くらいでしょう。これまで国連人権委員会でも、ILO労働委員会でも、日本に対し何度も戦争被害者に対する謝罪と補償支払いを促しているのに、日本は拒否しています。だから日本が国連常任理事国入りを希望してもアジア諸国はどこも賛成しないのは当然です。支持したのはアフリカの小さな国がわずか23カ国でしょう。こういう現状を見ていると「何が美しい国か」と言いたくなります。

― 今日はお忙しいところ長時間お話いただき有難うございました。


    インドネシア元「従軍慰安婦」問題に関する内閣総理大臣宛勧告  

          

20011029  日本弁護士連合会

 

勧    告

 

当連合会は、申立人A、同B,同C、同D,同E外200人によるインドネシア元「従軍慰安婦」人権救済申立事件に関し、下記のとおり勧告します。

 

第1 勧告の趣旨

1.申立人A、同B,同C、同D,同Eらは、インドネシア国籍を有する女性(但し、CとDは本申立事件調査中に死亡した)であるが、アジア・太平洋戦争下19423月ごろから19458月ころまで当時のオランダ領東インドのボルネオ島において、旧日本軍により「従軍慰安婦」として性的行為を強制された女性たちである。

 これら申立人5名については、女性の基本的人権が蹂躙され個人の尊厳が著しく侵害されたものであり、生存申立人ら3名が高齢であることを考慮し、速やかに謝罪や金銭補償を含めた被害回復のための措置を講じること。

 2.上記申立人ら5名以外の申立人ら女性(別紙()当事者目録記載のとおり)についても、元「従軍慰安婦」として性的行為を強制された女性であることが推定され、その基本的人権が蹂躙され、個人の尊厳が著しく侵害された疑いが強いことから、政府はその調査を重ね、元「従軍慰安婦」と認められた場合には前項記載の申立人らと同様な措置を講じること。

 第2 勧告の理由

 別添調査報告書記載のとおり。

 

          調査報告書 

(200199日理事会承認)

 

1 結論  

日本弁護士連合会は、日本政府に対し、別紙のとおり勧告をするのが相当と思料する。 

 

2 申立人と申立の趣旨

  1.Bら200名の申立人らは、第二次世界大戦中において、日本軍により強制されて「従軍慰安婦」とし日本軍人らに性慰労を強制されたインドネシア女性である。

  2.申立代理人Fは、インドネシア・ジョグジャカルタ法律援護協会(Legal Aid Institute)所属の弁護士で、申立人の任意代理人である。

  3.申立の趣旨は次のとおりである。

   ()日本政府に対し、インドネシアの従軍慰安婦の存在を認めるように働きかけて欲しい。

   (2)日本政府は、19964月の国連勧告を受け入れ、インドネシアの従軍慰安婦に対し、謝罪と補償を行うよう働きかけてほしい。

   (3)日本政府は責任逃れのために利用している女性のためのアジア平和国民基金の一時金支給を中止するよう働きかけてほしい。

   以上の要望が実現されるよう、日弁連が適切な措置をとられるよう要望する。

 

 第3 調査の経過

   1199819日、本事件を担当した予備審査委員3名は、「調査開始を相当とする」旨の予備審査報告書を人権擁護委員会に提出した。同報告書に基づき、同委員会において調査開始が決定された。

   2、その際、元「従軍慰安婦」本人への面談が最低限必要であるとされた。

   3、ついで1998827日担当調査員3名による「中間報告書」が人権擁護委員会に提出された。

    その内容は次のとおりである。

    ()インドネシアにおける元「従軍慰安婦」の存在

      日本政府の調査(平成584日付)および日弁連の調査(19934月第36      回シンポジウムのための調査団が、8人の元「従軍慰安婦」から被害状況の調査を行っている)、並びに「女性のためのアジア平和国民基金」(以下アジア女性基金という)が、元「慰安婦」の存在を前提に、インドネシア政府に対し、高齢者社会福祉施設の建設のための資金援助を行っていること、などからその存在が認められる。

    (2)申立人について

      申立人代理人F(インドネシアの弁護士)に委任した人達の中に、元従軍慰婦が存在し、救済を望み、日弁連に要望しているか否かの調査が必要である。

    (3)申立にかかる事実について

      法律援護協会ジョクジャカルタ支部が調査をし、5名の元「従軍慰安婦」と言われる女性からの聞き取りの結果、偽計により慰安所に連行され、監禁されて、1日数名から十数名の日本人の相手をさせられたなどの事実が推認できる。

    (4)アジア女性基金と日本政府の対応について

     今回の申立において申立人らがどのような要望をなしているのか、確認できない。

    (5)まとめと今後の方向

     現地調査が必要である。

   4、199912月の現地調査の内容について

     事情聴取を行ったのは次のとおりである。

    (1)申立人代理人F弁護士

    (2)申立人A

    (3)申立人B

    (4)申立人C

    (5)申立人D

    (6)申立人E

   以上の事情聴取の内容は、別紙聴取書記載()のとおりである。

  5、その他の資料()

 

4 認定した事実    

 

1.申立人らが元「従軍慰安婦」であったか

     

(1)本件申立人らのうち、A、B、C、D、Eらは、アジア太平洋戦争中において、前記第3 調査経過を綜合すると「従軍慰安婦」であったことが認められる。(なお、その後CとDは死亡)

      1942310日G中将率いる日本陸軍第16軍がオランダ領東インド(蘭印、現インドネシア)のオランダ軍最後の拠点ジャワ島バンドンに入城した。このジャワ陥落によって蘭印の石油その他の資源を確保するという南方作戦の目的はほぼ達成されたといわれる。日本軍の開戦後わずか3ヶ月で東南アジア、南西太平洋のほぼ全域を占領下においたことになる。

       そして申立人Bからの聞き取りによれば、ジョクジャカルタに住んでいた申立人は当時13歳で、1942年に日本軍がやってきて間もなく、民間劇団の働き口を求めて応募したところ、健康診断の後スラバヤ、ボルネオのバンジャルマシンを経て、トラワンの慰安所に連れていかれた。そこで、昼は軍人、夜は役人、電話局員、新聞社などの日本人の相手をさせられた。報酬をもらった事実は認められない。

       申立人Bや申立人Aからの聞き取りによれば、慰安所までの連行につき軍人の関与が強くみられるが、申立人C、同E、同Dについては慰安所までの連行に軍人の関与は強くは認められない。ただ申立人らは最初から従軍慰安婦の募集に応じたものではなく、劇団、レストランや病院或いは日本人家庭での労働に応じたところ、慰安所に連行されたのであり、その慰安所で初めて客を取らされたことが判明する。

       つまり応募について従軍慰安婦であることを全く知らされず、慰安所に連行されたことや慰安所についてからは逃げることなどは全くできなかったこと、客には軍人のみならず、民間人もいたこと、報酬は一切受け取っていなかったことは共通する。客に民間人がいたことが、申立人らが従軍慰安婦であることを否定することにはならない。当時の軍事的情勢からみて、インドネシア在住の民間人といえども全て軍の指揮監督下にあったものであり、また慰安所が軍の管理下にあったことなどからして、以上5名の申立人らをして従軍慰安婦ではなかったといえない(以下申立人ら5名という)

    (2)その他の申立人ついて(以下他の申立人らという)

       その他の申立人が従軍慰安婦であったか否かについて、申立人代理人F弁護との面談によれば、当人の申し出だけでは不十分なので、収容された慰安所別にグループ毎に集めてクロスチェックしたとのことである。クロスチェックの方法は、例えば申立人Bさんから聞いた内容に基づいてその登場人物を訪れて体験内容をチェックするという手法をとった。その結果、当初249名の登録者が調査の結果、強制労働の犠牲者であることが判明した女性を除いて申立人200名となった。

       以上のことからすると、他の申立人についても、元「従軍慰安婦」であったと推定することは困難ではない。

     

2.委任について

      申立代理人であるF氏はインドネシア法律援護協会・ジョクジャカルタ支部の責任者であり、訪日歴もあり、従来からインドネシア在住の元「従軍慰安婦」4への援助活動を活発におこなってきた。

       日弁連への人権救済申立は、申立人Bが日本への3回の訪問中に知り、F弁護士へ提案したものであること、F弁護士への委任については基本的に公証人作成の委任状で確認したものであり、原本をF弁護士から見せられ、その写が日弁連に提出済みであることから明らかといえる。

 

第5 判断

      

1、申立人らが日本政府に謝罪と補償を求めていることについて

       まず申立人ら5名が、元「従軍慰安婦」であり、且つ他の申立人らも元「従軍慰安婦」である可能性が高く、日本政府から現在に至るまでの謝罪と補償を受けていないことは明白であり、申立人らはこれを日本政府に求めていると判断される。

      

2.日本政府の立場について

       日本政府は、法的責任を受諾してはいないが、多くの声明で第二次世界大戦中の「従軍慰安婦」の存在は認めていると判断される。

       河野洋平官房長官(当時)199384日付声明で慰安婦の存在及び慰安所の設置・運営に旧日本軍が直接・間接に関与したこと、及び募集が私人によってなされた場合でも、それは軍の要請を受けてなされたことを認めた。声明はさらに、多くの場合「慰安婦」は、その意思に反して集められたこと、及び慰安所における生活は「強制的な状況」下で痛ましいことであったことも認めている。

       日本政府の特別研究は、@各地における慰安所の開設は当時の軍当局の要請によるものである。A各地における慰安所の存在が確認できた国または地域は、日本、中国、フィリピン、インドネシア、マラヤ(当時)、タイ、ビルマ(当時)、ニューギニア(当時)、香港、マカオ及び仏領インドネシア(当時)である、B民間業者が(慰安所を)経営していた場合においても、旧日本軍がその開設の許可を与えたり、慰安所の施設を整備したり、慰安所の利用時間、利用料金や利用に際しての注意事項を定めた慰安所規定を作成するなど、慰安所の設置や管理に直接関与した。C募集は多くの場合民間業者によってなされたが、募集者は「或いは甘言を弄し、或いは畏敬させるなどの形で」「本人たちの意向に反して」集める手段をとり、管理者と軍関係者が直接募集に当たった場合もあるとしているとし、旧日本軍の直接関与を認めている。

      

3.日本の法的責任について

      

これら「従軍慰安婦」制度が国際法、国際慣習法に違反することは日弁連が19951月に明らかにした「『従軍慰安婦問題』に関する提言」13頁以下において詳細に述べているとおりであり、日本に法的責任があることについて、ここで述べるまでもないが簡単に触れることにする。 

      

(1)国際法、国際慣習法違反

       「従軍慰安婦」制度は、日本が当時批准していた以下の条約等国際人道法に違反する。

       

@陸戦の法規慣例に関する条約(ハーグ条約)

       日本が19111116日に批准したハーグ条約付属規則第43条は、占領地域の法律の尊重を定め、同46条では占領地での私権の尊重を定めている。  占領地における強姦、性的虐待、性的奴隷化はこれらの規則に反する。

        

Aジュネーブ捕虜条約違反(1929年)

        日本は批准をしていないが、これを準用すると米国ほか各国に回答している。( 1929129)

同条約3条は捕虜保護原則を、同条約3条は婦人の保護を定め、「占領地域における女性を拘束した上で性行為の強要は、民間人を抑留して性行為をおこなわしむこと」としてこれを禁止している。

      

 B人道に対する罪

           戦後ドイツと日本における2つの国際軍事裁判所条例では、当時の国際法違反の通例も戦争犯罪に該当しない場合でも、戦争に関して人道に反する行為を行った者を「人道に対する罪」に該当するとして、これを処罰することを定めている。その行為は、「殺戮、殲滅、奴隷的虐待、追放その他非人道的行為」であり、もしくは「政治的又は人種的迫害行為」である。「従軍慰安婦」の実態は、性的な奴隷的虐待にあたるものである。

     

         ()醜行ヲ行ハシムル為ノ婦女売買ニ関与スル為ノ婦女売買ニ関与スル条約違反

       日本ハ、イ、「醜業ヲ行ハシムル為ノ婦女売買二関与スル協定」(1904)、ロ、「醜業ヲ行ハシムル為ノ婦女売買禁止条約」(1910)、ハ、「婦人及び児童の売買ノ禁止二関する条約」(1921)を、19251221日に批准した。これらの協定及び条約は違反者を処罰することを義務付けている。

        日本は、1921年条約第14号に基づき、植民地を包含しないとの宣言を行っているが、当時インドネシアは占領地であり、申立人を慰安所まで輸送するのに日本軍トラックを使用し、さらにジャワ島までの間に日本の船舶を利用している。日本の船舶は、国際法上日本本土とみなされる。

      

()強制労働に関する条約違反

       1930628日ILO第14回総会は、強制労働に関する条約(29号条約)および勧告第35号、同36号を採択し、日本は19321221日同条約を批准した。

        条約21項は、強制労働の定義につき、「或者ガ処罰ノ脅威ノ下ニ強要セラレ且右ノ者ガ自ラ任意二申シデタ二非ザル一切ノ労務ヲ謂ウ」と定義されるが、この「一切ノ労務」には性行為も含まれる。

        同第11条は、女性はいかなる場合にも、強制労働に従事させること禁止している。

        申立人らは、その応募に際し慰安婦であることを知らされず、応募後、慰安所において初めてそのことを知った。その上で「従軍慰安婦」として性行為を強要されたものであったことは事実の認定においても明らかであり、同条約に違反するものと言わざるを得ない。

      

(4)奴隷制および奴隷取引を禁じる国際慣習法の違反()

       

4、日本の責任に関する国際連合の人権委員会等の「従軍慰安婦」に関する審議について

        

()フアン・ボーベン報告について()

       (2)クマラスワミ報告について()

        

(3)マクドウーガル報告        

1998821日、国連人権小委員会で採択されたマクドウーガル報告は、戦時・性暴力問題に関する最新の報告書である。同氏は、97年から99年まで人権小委員会代理委員及び「武力紛争時における組織的強姦・奴隷類似慣行に関する特別報告者」であった。現在は人種差別撤廃条約に基づく人種差別撤廃委員である。

         同報告書は、日本政府からの報告書を検討して日本軍「慰安婦」問題に関する日本政府の法的責任を分析し、@奴隷の禁止違反、A人道に対する罪、B戦争犯罪である、と結論している。その主たる勧告内容は次のとおりである。

        

 @残虐行為の責任者の処罰         

 

A「慰安婦」被害女性に対する損害賠償とアジア女性基金

          「慰安婦」被害女性に対して公式に法的賠償を求められている日本政府の責任が「アジア女性基金」で果たされるわけではない。「償い金」の支払いは、法的責任を認めたものではない。「アジア女性基金」が法的賠償にあたらない以上、損害賠償支払いの新たな政府基金を、外国代表も加えて設置しなければならない。国連高等弁務官は日本政府とともに、公式に金銭補償を提供する補償計画を迅速につくるために、政策決定権を与えられた国内外の指導者を専門委員に任命すべきである。その役割は次のとおり。

          a.適切な損害賠償額の算出

           .基金の広報と被害者認定の効果的なシステム確立

          c.「慰安婦」からの請求すべてに迅速に対処する行政審査機関の設置

         B損害賠償額の妥当性

     損害賠償額の妥当性は、被害の重大さ、規模、反復性や、行われた犯罪が意図的であったか否か、社会を裏切った公務員の行為にどのくらいの犯罪性があったか、すでに経過した膨大な時間(救済が大幅に遅れた心理的被害、貨幣下落による損失)などを考慮すべきである。損害賠償の対象となるのは、身体的、精神的な被害、苦痛や情緒不安、教育機会の喪失、収入そのものや収入を得る能力の喪失、リハビリテーションの医療費、その他の応分の費用、名誉・尊厳への侵害、救済を得るための法律家や専門家の援助にかかる応分の費用など、経済的に算定可能なすべての被害である。虐待が繰り返されないような抑止力も考慮に入れるべきである。

         

C報告義務

     日本政府は、「慰安婦」を特定し、被害者補償し、加害者を訴追する状況に進展についての詳細な報告を、国連総長あてに年2回、提出するよう義務づけられる。報告書は、日本語と朝鮮語でも準備し、国内外に配布し、とりわけ被害女性本人に対し配布し、また彼女たちが居住する国で、広く普及すべきである。 

          1999826日国連人権委員会・人権促進保護委員会(旧差別防止少数者保護小委員会)は、「戦時組織的強姦・性奴隷に関する決議案」を採択した。この決議案の内容は次のとおりである。

        「マクドウールガル特別報告者の報告を歓迎し、この問題について1907年のハーグ陸戦法規が賠償の必要性を規定していることを確認し、国際法に照らして犯行者の訴追と被害者への賠償が重要であるとし、さらに国家の債務や個人の権利は平和条約・平和協定・恩赦などで消すことはできない。」

        200816日マクドウールガル特別報告者は「最終報告書のアップデイト(最新報告)を行った。このとき日本の軍隊性奴隷制度に触れ「レイプキャンプ(慰安所)の被害者には何の補償もされていない。公的賠償もなければ法的責任の公的認知もないし、誰も訴追されていない。日本政府はいわゆる『慰安婦』に対して行われた侵害について謝罪するための措置を講じてはいるが、それは自己の法的責任を認めて受け入れるものではなく、被害者の法的賠償も支払っていない。それゆえ日本政府は国際法上の責務を十分果たしていない」と指摘した。

       (4)以上のように国際社会は、日本政府に対し「従軍慰安婦」に法的賠償と加外車の訴追を求めているのである。(以下、省略)

      


 

    「世界の富と権力の中心は西欧からアジアに移りつつある」 

       −豊かさの獲得をめぐる世界的な戦争‐

                ドイツ週刊誌『シュピーゲル』2006911日号

                    要約・解説 労働運動研究所 柴山健太郎   

 

 以下に紹介するのは、国際的に著名なドイツの週刊誌『シュピーゲル』に掲載されたガボール・シュタインの論文「豊かさ獲得をめぐる世界的な戦争」(Weltkrieg um Wohlstand)の要旨と解説である。この論文の要旨は「グローバル化により西欧は中国やインドを先頭とするアジア諸国によって激しく追い上げられ、世界の富と権力の中心は西欧からアジアへ移りつつある。だがこの目覚しい経済成長のマイナス面も増大し、特に中国の知的財産の盗用、劣悪な労働条件、激増する労災事故、すさまじい環境破壊、子ども労働の増大などの諸条件は、今後の世界の政治・経済や地球環境に無視できない影響を与えるだろう」ということにある。                                

 

 興隆するアジアと没落する西欧

 

 世界の権力と富の新たな分布の特徴を図式的にいうと、西欧の数百万の人々が今後持たざる者に転落すること、つまりアジア人が興隆する代わりに西欧人が没落することを意味する。  

多くのドイツ人にとって、未来は過去に経験したことのないような雇用、家族、個人の生存などへの脅威のかたまりのように思われる。手工業の崩壊、破産に瀕した中間層、依然として猛威を振るう失業、日常化した賃金と手当ての切り下げで、これまで安泰だった人たちの間でも不安が広がっている。

 西欧の政治家はよりによってこの危機の時代に混乱し、矛盾した反応を示している。彼らは、グローバル化の利点を賞賛することで自分の選挙民たちが持たざる者に転落することを容認している。有権者に有益な認識を与えられるかどうかという不安だけでなく、そうした認識自体がしばしば欠落していることさえ感じられる。世論調査の結果で共通してことは、収まることがない社会不安である。人々が感ずるのは、自分たちが生まれた世界はもはや存在しないということである。彼らがアジアで見ていることは、現在の自分たちではなく、新たなことの始まりである。

日本から始まり、都市国家のシンガポールや香港に飛び移り、ついには「タイガ−国家」と呼ばれる新興工業国の韓国と台湾に達した歩みは、アジア大陸を豊かさに向かって絶大なエネルギーを結集する経済地域に転化させた。これらの諸国はすべて豊かさへの路を歩んでおり、世界の政治的・経済的構造ばかりか、軍事的構造まで変化させることが予想させる。

 これまでは不可能と思われたこの事業を企てたのは、非常に偉大な諸国民である。もしこれらの諸国の建設事業の半分でも円滑に進むとすれば、中国とアメリカは今後35年以内に超経済大国の地位を交代するだろう。インドもぴったり後に続いている。欧州の諸国民の5倍以上の約25億人の人口を持つこれら両国は、自分たちの歴史を幸福な方向へ転換させようと努力している。

 これらの諸国が、すでにこれまで挙げた成果は、世界の経済史がかつて経験したことのなかったような印象的なものである。イギリスが一人当たり国内総生産を2倍にするのに約60年を要し、アメリカは約40年、日本もほぼ同じ年数を要したが、インドネシアは17年、中国はわずか12年に過ぎない。ドイツのヘルムート・シュミット元首相が述べたように、われわれは並々ならぬ生命力の爆発する時代の証人になっている。世界の中心は、2つの欧州大戦後にアメリカに移り、いまやアジアの方に移りつつある。これとともに欧米が支配権を持つ時代は終わりつつある。

 

 立場を変えたグローバル化の勝者と敗者

 

西欧経済は現在も将来も強力だが、もはやすでに最強の存在ではない。民主主義と自由という西欧の価値は依然として妥当性を有しているとしても、普遍性を有しているとは到底いえない。ニューヨーク、パリ、ロンドンやベルリンの生活は今後も続くが、極東では高度文化が形成され、その自信がやがて慢心に転化する可能性もある。

 西欧には、これまで脅威の分析がなかった。西欧が挑戦を受ける現代において、グローバル化の反対者も賛成者も同じように誤りを犯した。グローバル化の賛成者は世界的な資本市場のお陰で資本の販売領域を拡大することができると信じていた。グローバル化の推進者たちは自分たちが自動的に勝者になると考えている者も多かった。一方、グローバル化の反対者も別な色眼鏡で見て、国際経済の仕組みを依然として第三世界の搾取だと考えていたからである。

 だが実際は、豊かさをめぐる世界戦争のなかで勝者と敗者はその役割を代えた。アジアの新たな強者は、西欧の弱者を生んだ。先週行われた国際会議で、ドイツの労働相兼副首相のフランツ・ミュテフェルング(ドイツ社民党前党首)は、多くのアジア諸国政府の労働相を前に、世界労働市場の置かれた厳しい諸条件について述べ、「われわれはお互いに競争でヘトヘトになるようなことがあってはならない」と訴えたが、彼らは沈黙したままだった。

 輸出黒字を挙げている西欧諸国といえども、もはや当然のように世界貿易の勝者の地位を占めるわけにひかない。輸出で成果を挙げたドイツの歴史は、敗北の歴史でもある。ドイツは、外国で世界第二の輸出大国の名声を得た代わりに国内ではその代償を払わされている。メダルの表面が国際競争力とすれば、裏面は国内の雇用喪失である。従業員は次から次へと国民経済という船を去り、他の従業員たちは積荷が軽くなったために自分の乗る船の速度を上げることができる。国民経済の多くの船が速度の利点を挙げていることは事実だ。だがその一方で国家は絶えず救難作業に従事することになる。上陸した遭難者は国家の保護の下に置かれるが、彼らは昨日まで乗り組んでいた誇り高い輸出船団に見捨てられた乗組員たちなのである。人口の約10%にあたる700万人のドイツ人が、『ハルツ改革W』法に基づく生活保護を受けている。アジア人たちが世界のトップクラス入りに成功するかどうか、そのときに他の人たちがいかなる代償を支払わなければならないのかを知っている人は誰もいない。だが見たり感じたりすることができる者が見たり感じたりしていることは、いまアジアが鳴動しているということだ。歴史はさらに前進している。ある国が超大国から排除されれば、他の国の超大国入りすることになる。

 最近になって人々の多くは西欧の優越性に対する確信を失い、自分たちの政治・経済制度が他より有効だと主張しようとすれば、改めて証明しなくてはならなったと感じている。昔から民主主義は開かれた市場の方を好むということが言われてきたことだ。だがこれを認めたとしても、その逆が真でないことは明らかである。つまり、開かれた市場は、必ずしも民主主義を好むわけではないのだ。

 世界労働市場では同一の賃金水準へ向かう動きがみられるが、まだそれはきわめて遅々とし歩みでしかない。数百万人の働く意志のある人々が新たに加わることによって重大な事態が起こり、西欧社会の中間層まで変化させることになりつつある。

 従業員たちがグローバル化に労働組合で抵抗したこともあるが、結果は幻滅的だった。この過程を阻止しようと試みが逆にこの過程を促進することになったからである。ドイツ人、フランス人、アメリカ人にとって二者択一とは高賃金か低賃金かではなく、低賃金かゼロ賃金か、つまり失業だったのである。極東と東欧に大型生産施設を建設すればすぐにでも世界市場に新たに参入できるだろうと信じていた人々は、幻滅を味わった。アジアで数百万の人々を労働市場に統合することによって、西欧の数百万の人々の雇用が喪失が喪失する結果を招いたからである。リストラ社会(Abshiedsgesellshaften の勤労者と攻撃的国家(Angreiferstaaten)の労働者はお互いに補完しあうのではなく、代替しあったのである。

 未来を予見する者は、西欧の雇用の喪失をかなり正確に予測することができる。西欧諸国で失われた労働力は、輸入製品の形で再び還流するからである。これらの製品は、別な諸国に流出した労働力に他ならない。製品はトラック、航空貨物またはコンテナ船によって運搬され、税関はこれらの納入品の種類と数量をきわめて正確に記帳している。1997年から2003年の期間だけでさまざまな低賃金諸国からのドイツの輸入は2倍になっている。この6年間だけで、ハンガリーからの輸入は年平均17%、中国からの輸入は約14%増えている。

 われわれがドイツ、イギリス、またはフラン企業と考えている企業の多くは、実際にはそれぞれの創業地で基幹労働者だけを保有する企業に過ぎない。これらの企業でできるのは、別な場所で生産した製品を検査し、開発し、試験し、経理を行い、配送することだけである。これは検査員、開発技術者、試験関係者、経理職員、梱包および発送労働者はすべて安泰だが、安泰でなかったのは生産労働者である。専門家は、この現象を「生産の下限が下がった」と説明する。そしてこれは自然法則に合致する。だが実際は決して生産の下限は下がっていない。減少した生産量と同量の製品が、別な国、別な賃金、別な産業社会は労働者たちによって生産されているからである。かつて産業社会の終わりを予言した専門家たちがいたがが、産業社会は終わるどころか産業雇用は急上昇し、世界的規模では最盛期を迎えているのである。

 伝統的な工業地帯であるドイツのラインやルール地方は火が消えたようになり、現在失業率が25%を越え、東独ではそれでなくとも生産の著しい減退が生じている。

 アメリカでは、ヨーロッパよりもはるかに急速に脱産業化が進行している。輸入の増大は歴史上かって見ないほどアメリカの産業を縮小させたが、この国で見られる現象の多くは、厳しさの点でヨーロッパを上回っている。工場は、まず賃金が高い北部から比較的に低賃金の南部に移り、次いで国外に去っている。1950年代には工業でアメリカの労働者の35%が働いていたが、60年代には32%、80年代には20%以下に急落した。現在では、アメリカ国内産業の労働者の約11%で、わずか30年足らずで半分になった。

 

  西欧経済に取って代わる中国とインド

 

 過去には地球上比類なき強さの記録であったアメリカの貿易収支は、今日ではこの巨人を小人のように見せている。現在、世界の関連する国民経済のほとんどすべてがアメリカに商品を供給しているが、これらの国はこれに見合う商品をアメリカから輸入していない。中国貿易では貿易赤字は2000臆ドルに達し、日本との貿易では800臆ドル、ヨーロッパ貿易では1200億ドルに達している。アメリカはウクライナやロシアのような中進国民経済地域との貿易でさえ、もはや貿易黒字を達成することはできない。アメリカには毎日のように船から積荷が荷下ろしされるが、もはやこれに見合うアメリカ製品が積み込まれることはない。コンテナ船の多くは空で戻っていく。

 現在、アメリカの純資産の25兆ドルまたは国内製品の21%を外国人が保有している。あらゆる株券の9%、工業債券の17%、国債の24%も外国人が保持している。この間、アメリカの個人家計だけで、国内外の負債は11兆ドルに達し、これらの負債の30%は2003年以降だけで生じたものである。アメリカ人は現在を享受しているが、彼らはますます多くの未来を先食いしている。近年のアメリカのブームは、危機の反映ではなく、危機の前触れなのである。

 フォトコピー、電子レンジおよび子ども用玩具の3分の2は中国製で、販売用デジタルカメラと繊維品の半分、事務用コンピュータの3分の1、あらゆる携帯電話とカーラジオと鉄鋼の4分の1も中国から輸入されている。

 中国を駆り立てているのは、特にライバルのインドである。インドは、大コンツエルンに優れた教育を受け、英語を話し、財政的に匹敵する規模を持ち、つつましい、勤労意欲のある国民を供給している。インドは、大胆にもできれば西欧の雇用を引き受けようとしている。

現在、インドはイギリスとアメリカの電話サービス・ホットラインを引き受け、病院のレントゲン画像を徹夜で分析し、広告会社のプレゼンテーションを作成し、年度末には会計帳簿の年度決算作業をこなし、膨大な人事管理作業を処理し、ソフトウエア・プログラムを開発し、自らの情報技術の知識を大きな税理事務所や法律事務所に提供している。

 ドイツ銀行国民経済部が作成した研究報告書『躍進するタイガー』は、顧客に対して「インドへの資本移動は―初期投資や遠距離通信コストが著しく高いにもかかわらず−ほとんどすべての部門で採算が取れており、これでもし賃金調停が達成されれば、2040%の節約が達成されるだろう」と述べている。

ニュルンベルクのAEG(アーエーゲー) の電気洗濯機には、隅々まで社会的コストが含まれ、週38時間労働制で、他よりも高賃金と経営評議会の監督下で生産される。だがすぐ隣に陳列された台湾、中国またはポーランド製の電気洗濯機は、週労働時間が長く、賃金は低く、われわれの特徴である「社会的国家」が存在しない諸国で生産されている

いまなお世界人口の75%には失業保険がない。それは個人的には不利益だが、生産コスト的には有利である。病気と貧困と老齢のリスクを負うのは個人であり、彼らが生産する製品ではないからだ。西欧ではその逆である。

現在ではドイツで販売される家庭用電気器具の60%は海外で生産される。のこりの40

も近い将来にそうなるだろう。世界市場の覇者のエレクトロニクス社は、現在ヨーロッパ、アメリカ、オーストラリアで稼動している西欧の工場の半分を閉鎖する計画である。 

新しい市場経済は生産性の低い地域に固執するつもりはない。新しい市場経済は廉価製品の供給から始めたが、それは手初めの製品供給だけで、いまや市西欧労働社会の中心に対する攻撃を開始し、これまでニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリンなどで西欧特有の最新のサービス事業とみなされていたことを行なうために、大量の学卒者を教育している。

 

 教育・研究開発でも急追する中国・インド 

 

極東には知的経済が成立し、その投資額はすでに際立った野心的水準にまで達している。中国はすでにアメリカの研究支出額の約三分の一にせまり、欧州の水準のほぼ半分に達した。ここ数年間、国家と民間の研究支出額の増加は20%に迫り、一部では経済効率全体の速度の2倍に達している。

今年インドでは、300万人の学生が大学を卒業したが、これにさらに中国の400万人が加わる(注)。アジアの諸国家は、90年代の初めから大学卒業生が著しく増加している。たとえ日本の大学卒業生数を加算しなくても。2005年の極東の大学卒業生数は欧州の大学卒業生の4倍に達している。中国は、財政支出に加えて新たな交換留学制度を導入し、卒業生の増加を加速しようとしている。

注:ここに挙げられたインド、中国の05年の大学卒業生数について文部科学省調査企画課に問い合わせたところ、インド教育省の2003年統計による同国の高等教育機関(大学、単科大学、大学院生など)の在籍者は1,000万人である。また中国教育部の200591日現在の高等教育機関の卒業生総数は338万人(2004年は280万人)である(これには通信教育大学の卒業生はふくまれていない)。

 

いま中国人が関心を持っているのは、あらゆる種類の青写真である。かれらは西欧企業が大小を問わず企業秘密を提供しなければ、工場の建設や市場への参入を許可しない。それらの企業秘密とは、高性能メモリを有するチップの製造法、航空機エンジンの製造法、特殊鋼製造法の秘密、リニアモーター鉄道の浮揚技術などである。 

西欧企業は、時として市場への参入に対する将来の見返りとして数十年の研究を要した知識の公開を迫られることがある。これらの企業は、しばしば自らの研究活動によって獲得した最新の製綱工場、リニアモーター鉄道や自動車エンジンの設計と製造のノウハウを数週間で失うこともある。極東の共同体企業への参入の代償は採算が取れていない。

 リニアモーター鉄道の建設もうまくいっていないらしい。ドイツのシーメンス・コンツエルンとこの技術の発明者でライセンスを持っているテイツセン・クルップは、もうかなり以前から運行・駆動技術の秘密を公開するように迫られているが、ドイツ人たちは不法なスパイ行為に当たるとして拒否している。中国人エンジニアは、200411月夜半にトランスラピッドの保守施設に侵入し、駆動技術の一部を盗もうとした。このときの彼らの行動は監視カメラでこっそり撮影されていたために、この事件はトランスラピッド・プロジェクトの中国代表との話し合いにまで持ち込まれた。彼はドイツ人の共同パートナーに対して落ち着き払って「この夜間行動は、研究・開発に有用である」と述べたという。

 このように、中国人は自らの国民経済の最深部の核心に他の国で生産されたエネルギーをつぎ込んでいる。彼らは西欧企業の取得によって時間を買っている。だがもっと重要なのは、他国が苦心して考え出したものを無料で借用することによって時間を盗んでいるということである。「この規模と範囲の問題は、国家の直接・間接の協力がなければ存在し得ない」と、知的財産分野の指導的なアメリカ人法律専門家の一人であるダニエル・チョウ教授は言う。中国がWTOに加入し、自由貿易規則を遵守する広範な義務を負うことになっても、事態が大きく変わることはありえないと思われる。 

クレデイ・スイスの戦略部門チーフのフイリップ・ホルンドランは「西欧企業が今後も自分たちのノウハウの大部分を中国に与えることを続ければ、これによって彼らの任務は終わったのである。西欧企業はもはや用済みになる。中国製品の侵略は時間の問題に過ぎない」という。

 

 経済高度成長の影−劣悪な労働条件、労災事故、環境破壊、子ども労働

 

中国は今労働市場に関してきわめて粗野な慣習を持った国である。西欧の推定によると、中国では2005年に約10万件の死亡労働災害が生じ、そのうち約1万件が鉱山事故である。この犠牲者数は一国で報告された中では最大の犠牲者数である。これもアジアの経済的奇蹟の原因のひとつに含まれるが、輸出促進のために労働に従事している子どもの数は、中国では約700万人、アジア全体では合計12000万人に達している。彼らは絨毯を織り、重荷を運搬し、プラスチック玩具を組み立てている。彼らはこれによって価格を引き下げている。 

重要なことは攻撃的国家とリストラ国家との相違を理解することである。失業者でさえ同じ失業者ではない。西欧の失業者はかっての中核的エネルギーだったが、中国の失業者は未来のエネルギーの予備である。前者は金を使うから国民経済の重荷である。後者は、国民経済にとってプラスである。なぜなら彼らの存在によって他者の賃金を引き下げられるからである。攻撃的国家の経済の原動力は、ただ単に人間労働だけではなく、自らが廉価に獲得できる第二の資源である自然環境である。自然環境は、思う存分に搾取されている。偉大な毛主席は全国的な『自然改造』キャンペーンで中国人を確信的な環境破壊者に教育した。

中国の独裁とインドの民主主義は、お互いに自然環境を無料の原料資源や廃棄物捨て場として思う存分に利用することで競い合っている。インドは、独立以来8500万ヘクタールの肥沃な土地を過剰放牧、過剰灌漑、塩害などによって荒廃させている。1951年に作成された植林計画は国土の三分の一を緑化することを目指した。だが衛星写真によると、緑化はまだ14%にとどまっている。アジアの経済成長はただ単に人間と機械の効率向上によるだけでなく、資源利用の増大である。中国が1万ドルの商品価値を生産する場合、このためにアメリカ・メーカーよりも4倍の資源を利用している。中国の年間の環境破壊は、国内総生産の10%、従って経済成長と同じ規模である。

国内に自由な労働組合を認めず、自然環境とまったく同じにように女性や子どもたちを搾取するような国々は、これ以上特恵関税で甘やかすべきではない。攻撃的国家が現在の自己の態度やり方で得ている利点は、彼らの欠点として証明することもできる。

 自由貿易地位とは国内に向かっては自らの住民を勇気づける自由地域であり、少なくとも国外に向かっては故意に住民の価値を否定し、または踏みつける者に対する要塞であるべきだ。

 


 

[書評]     秋草鶴次著『17歳の硫黄島』 

           文芸春秋社 200612月刊 定価800円+税     

                     労働運動研究所 柴山健太郎

 

 

 海軍少年兵の見た硫黄島玉砕」

 

硫黄島は、東京から南へ1,250キロ、面積わずか22平方キロの太平洋上の孤島である。この小さい島で、太平洋戦争末期の19452月から3月にかけて、日米両軍併せて11万名以上の将兵が死闘を演じ、46,000名もの死傷者を出したことは、遠い歴史の彼方に忘れ去られていた。

ところが昨年アメリカのクリント・イーストウッド監督が、この硫黄島の戦闘を日米双方の側から描いた映画『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』の2部作を製作し、大きな国際的な反響をよんだ。それは「戦争に英雄なし」というこの映画の鮮明な反戦的メッセージが、泥沼化しつつあるイラク戦争だけでなく、過去の戦争に対しても深い反省を喚起したからである。硫黄島で戦った日本兵21,000名のうち、生還者はわずか1,023名、秋草氏はその一人である。この映画と機を同じくして発刊された本書も、地獄のような硫黄島の戦闘に生き残った海軍少年電信兵の目に映じた悲惨な『硫黄島の玉砕』の実態の貴重な証言になった。

著者の秋草鶴次氏は、群馬県矢場川村(現足利市)に生まれ、真珠湾攻撃の翌年194211月、15歳で横須賀海軍通信学校に入校し、卒業後の19447月に17歳で硫黄島に配属され、自ら硫黄島戦の死闘を体験した。本書は著者が戦後生還して60年以上かけて克明に記録し続けてきた手記をまとめたものである。これまで私は、何冊かの硫黄島戦の戦記、記録、小説などを読んでいる。その中で、特に印象に残ったものは伊藤正徳の『帝国陸軍の最後』の硫黄島戦や、硫黄島で戦死したロサンゼルス・オリンピック馬術競技の優勝者・西竹一中佐(戦車連隊長)の、栄光の日々から火炎放射器で重傷を負い拳銃自決の最期を遂げるまでの軌跡を描いた城山三郎の小説『硫黄島に死す』などがある。

また最近では、当時小笠原兵団参謀だった堀江芳孝元陸軍中佐が「小笠原兵団かく闘えり」を書いている。この中で注目されるのは、堀江参謀が米軍上陸の前年6月に赴任して間近に見た栗林兵団長の非凡な統帥力である。

堀江参謀が赴任する数日前、619日に連合艦隊は米軍のサイパン島上陸を機に「あ号作戦」を発動したが圧倒的に優勢な米機動部隊により壊滅的打撃を受けた。栗林兵団長は、堀江参謀から初めて連合艦隊惨敗の情報を聞き、徹底した持久的地下作戦を決意したという。その直後の8月、海軍側からの要請で硫黄島守備の戦術について現地陸海軍の研究会が開かれた時、『上陸米軍の水際での撃滅』という海軍の主張と、『地下にもぐり最後の一兵まで闘う』という陸軍の主張が激しく対立した。結局、栗林兵団長の英断で、地下作戦で粘り強く戦うという硫黄島守備の基本戦術が決定された。この戦術に反対、または戦意不足とみなされた指揮官や参謀や将校は容赦なく更迭、降格、転属させられ、万難を排して全島に網の目のような地下壕の構築作業が遂行され、兵の末端に至るまで「栗林戦法」が徹底させられた。

だがこの『17歳の硫黄島』は、これらの参謀の証言や戦記などとまったく異なる特色を持っている。それは海軍少年兵の眼で、米軍の上陸直前の19451月下旬から、38日の海軍の玉名山地区隊の最後の総攻撃とそれ以降の期間にわたり、自らが見聞した事実を生々しい臨場感をもって描いていることである。特に、最後の突撃で軍の指揮中枢が消滅し、軍紀・軍律が崩壊した後の生き残った将兵間の弱肉強食の実態を、冷静な筆致で描いている点では他に例を見ない証言となっている。

  秋草氏が下級兵士でありながら硫黄島の広範囲の戦況を詳細に伝えることができた原因の一つは、著者の鋭い知性や感性もさることながら、電信兵という職掌も大きく影響している。元来、電信兵は司令部の中枢にあって、指揮中枢からの通信の送受信をつかさどる職掌柄から広く情報に通じているのが通例だが、著者が勤務する玉名山送信所も大本営との送受信や米軍通信の傍受だけでなく、島内各前線からの情報が集中し、自らも前線まで赴いて戦況を視察し、各前線に送信する立場にあった。さらに島の北東部にあるこの海軍玉名山送信所は、島内では摺鉢山に次ぐ最も高い高地に設置され、米軍が上陸した南海岸から摺鉢山をはじめ、激戦が展開された舟見台、地熱ヶ原、玉名山、元山飛行場などの戦場が一望でき、上陸後の戦況が手に取るように見える絶好の位置にあった。

 

出撃を拒否した肉薄攻撃兵

 

秋草氏は、219日早朝、玉名山送信所から見た米軍上陸直前の硫黄島の沖合いの状況を描いている。沖合いには戦艦3隻、小型空母5隻、巡洋艦8隻、巡洋艦30隻を中心とする140隻以上の艦艇で埋め尽くされた。攻撃はまず午前640分、1隻で5個師団の戦力を持つという戦艦の40センチ主砲の砲撃を合図に、大地を揺るがすような艦艇群からの一斉射撃と、空からの400機の艦載機の波状的な銃爆撃によって始まり、その援護下で艦艇の背後に待機してきた数百隻の輸送船団から波状的に数十隻の上陸用舟艇が発進し、9時半ごろまでには海兵隊員約9,000名に大型中型の戦車、装甲車約150両が南海岸線に上陸し、約1キロにわたり橋頭堡を築いた。その時点になって初めて満を持していた陸軍部隊はいっせいに40センチのロケット砲や野砲や各種迫撃砲、機関砲、重機関銃などによる猛反撃を開始し、米軍は膨大な死傷者を出し、攻撃は何回も頓挫させられた。

最初、米軍は5日間で硫黄島を攻略する予定だったが、栗林兵団将兵の奮闘で最初の10日間で1万名以上の海兵隊員を失い、破壊された戦車約180両、撃墜された飛行機約60機の損害を蒙り、結局占領に26日間を要し、戦死者5,500名、戦傷者19,250名という日本軍を上回る犠牲を強いられたのである。


労働運動研究復刊第16号 2007.4

 

20074月 復刊第16(通巻400) ISSN O910-5875

焦点 東京を、人間にやさしく、安全で、文化的な都市に変えよう!

特集 世界の労働者とともに人間らしい生活を獲得しよう

 

労働ビッグバン構想と労働政策の焦点(1)

  ―いち誰もが人間らしく生きる雇用を保障する政治を―  弁護士 中野麻美

 

「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション」を廃案に! 

 ―通常国会への上程断念に追い込まれた安倍政権―     労研編集委員会

 

労働時間規制の新たな適用除外制度導入には絶対反対です!

Lets Take Back Our Time!私たちの時間を取り戻そう!  
「過重労働により健康や命を脅かされる 体験をした労働者とその家族」有志

 

世界最大の国際労働組合総連合(ITUC)の誕生

  ―資本の世界戦略に労働者の世界戦略を対置して闘おう―  労働運動研究所 柴山健太郎

いかなる経済成長を目指すのか

  ―それは世界の「勝ち組」になることか―         労働運動研究所 植村 邦

―――――――――――――――――――――――

「新自由主義」と勤労者運動(1)       日産自動車元労働者 田嶋知来

教育再生会議」第一次報告と安倍教育改革がもたらすもの

―教育改革の対抗軸をどこに設定すべきか―           本橋規男  

女性と男性の雇用の安定と              

 ワーク・ライフ・バランス社会の創造にむかって()       柴山恵美子

重慶戦略無差別爆撃とは何だったのか

 ―悼み、悲しみ、憤りの消えない原告と連帯して― 重慶大爆撃の被害者と連帯する会・東京   事務局長 西川重則

在日コリアン人権運動の理論構築について     兵庫県立大学博士前期課程 徐 正萬

晴天に「黒い霧」を懸けることはできるか()   占領・戦後史研究会 佐藤 一

近藤幸四郎と原水禁運動          広島被爆者・元高雄病事務長  米澤鐵志 

思い出すことなど

 ―戦前の労働運動の体験から―(2)            久保田 敏

 

〈書評〉

来栖宗孝 評 /由井格・由井りょう編著『革命に生きる一数奇なる女性・水野津太一時代の証言』

福田玲三 評 山本真理『戦後労働組合と女性の平和運動―「平和国家」創生を目指して―』

柴山健太郎 評 吉田勝次『自由の苦い味―台湾民主主義と市民のイニシアチブ』

植村 邦 評 片桐薫『グラムシ「獄中ノート」解読』、『新グラムシ伝』

集点 東京を人間にやさしく、安全で、文化的な都市に変えよう

 

―石原都政打倒で民主勢力の大連合を!―

 

 統一地方選の幕開けの13都道府県知事選がスタートした。この中で、最も注目されるのが有権者1000万人を越える首都東京の都知事選である。この選挙結果は7月の参院選ばかりか、安倍政権の命運を含め今後の政局に重大な政治的影響を与えることは必至である。今回の都知事選の緒戦で、共産党が石原都知事の都政私物化を暴露し、民主党の候補選び迷走で有権者の間に拡がった厭戦気分を一変させた役割は大きい。

 宮城県知事3期の実績を持ち、情報公開などで革新知事として著名な浅野史郎氏が市民に押されて立候補を表明したのを契機に、有権者の間から石原都政打倒の機運が大きく盛り上がってきた。ところが共産党は、浅野氏が出馬表明を行った直後から、志位委員長談話やr赤旗』紙上で浅野批判の口火を切り、浅野宮城県政が高齢者、医療、保育、教育費を「冷酷」に削減して無駄な巨大開発を増やし、「県の借金を倍加」させたとして、石原都政も浅野県政も「うり二つだ」という攻撃を強め、選挙戦に入ってからいっそう激しさを増している。

 共産党の意図が「浅野のほうが石原よりマシだから、候補者を統…しろ」という声を封じ、参院選を有利に闘う態勢を作ることにあることは明らかだ。だがどう見ても共産党の浅野県政批判は、「福祉の浅野」の実績や情報公開も含めた浅野県政の先進的側面をまったく無視する点で公正さを欠いている。その典型が「国民健康保険証取り上げ」問題だ。

 志位氏は前記の『談話』で、前県政で0件だった「国保証取り上げ」が、浅野県政下の02年から急増し、05年には2,330件に

 

達したと指摘した。だがここでも浅野県政下の2000年でも0件だった事実は黙殺している。

 だがそれよりも根本的な問題は、志位氏が小泉政権以降の政府の福祉予算の削減や厚生労働省の「国保証取り上げ」の強権的な行政指導、地方住民の貧困化と格差拡大などの諸要因と切り離して論じていることである。まして「国保証」の交付主体である市町村行財政の窮迫化の現状の検討が棚上げされ、宮城県段階の集計数字だけて浅野県政を非難している。こういうやり方は明らかに正しくない。

事実、「国保証」取り上げが02年から一挙に激増したのは東北6県全部にわたり、青森県などは01年の0件が02年には1,981件、同じく.福島県が443件から2,046件に激増していることでも明らかだ。これでは政府の福祉切捨て政策を免罪するに等しい。

 現在、自民党指導部は安倍首相ら極右派に牛耳られ党内が大きく揺れ、政治・経済・外交・安全保障など政策全体にわたる対立と矛盾は激化する…方である。こうした中で、かつての保守本流の…部と、民主、社民など野党陣営や無党派勢力の間で、憲法・格差是正・『労働ビッグバン』などの諸問題で、政治勢力の再編成が進行する一方で、広範な平和・民主連合を形成する可能性も広がっている。

これに対し、共産党は今度の統一地方選挙でも「オール与党」対共産党という路線で闘おうとしているが、いったいこれで安倍政権の改憲路線と闘って勝てるのか。しかもこの闘いには21世紀の日本とアジア人民の運命がかかっているのだ。浅野候補は、選挙マニフェストで「情報公開で透明な都政」、「高齢化対策の強化と介護労働者の労働条件の改善」、「障害者対策の強化」、「直下型地震対策の促進」、「公立学校での日の丸・君が代の強制の中止」等を公約している。今こそ民主勢力は石原都政打倒で連合し、共闘すべき時である。(柴山)        



復刊号15号

焦点 北との対決で駆け登る安倍政権―憲法と平壌宣言の蘇生―

特集 安倍政権を批判し国民生活に新たな展望を切り開くために

 安倍政権に抗する救憲運動を   小林正弥

 安倍改憲政権における侵略性の研究 柴山健太郎

 ポスト小泉構造改革か反構造改革か 植村 邦

 土地から切り離される農民     大野和興

 

バイオ施設立地の法的規制の現状と展望 長島 功

 少子化問題の基本的視点の確立のために 柴山恵美子

 イラク政策見直しに追い詰められたブッシュ政権 労働運動研究所編集委員会

 ベルリン議会選挙とドイツ政党政治の再構成 小野 一

 安倍晋三 恐ろしい男 フランス週刊誌ヌーヴェル・オプセルヴァトウール 2184

 朝鮮・核実験後の朝鮮半島  大畑龍次

 15年戦争における日本左翼の戦争責任・戦後責任論をめぐって(中) 中河由希夫

 思い出すことなど―戦前の労度運動の体験から―(1) 久保田 敏

書評

富士谷あつ子・岡本民夫編著『長寿社会を拓く いきいき市民の社時代』ミネルバー書房 評者 川口章

島本慈子著『戦争で死ぬということ』岩波新書  評者 石井和夫

鈴木ひろみ・山口哲夫著『JR西日本の大罪―服部運転手自殺事件と尼崎脱線事故』五月書房刊 評者 鵜飼三郎

中野麻美著 『労働ダンピング―雇用の多様化の果てに』岩波新書 評者 柴山恵美子

佐貫浩著『イギリスの教育改革と日本』高分研 評者 本橋規男

中岡三益著『ある明治人の日本国憲法論』 評者 野村光司

 

労働運動研究所 第二回総会開かれる




少子化問題の基本的視点の確立のために

―男女の雇用保障と均等待遇が原則―      

ジェンダー平等政策評論家・元名古屋市立女子短大教授   柴山 恵美子          

                    少子化問題の基本的視点とは

日本の総人口が、戦後初めて減少に転じたという。去る1031日、総務省発表の国勢調査(確定値)によれば、2005101日時点の総人口は、127767994人で、200410月の推計値に比べて約22000人減少。また200610月の推計人口も約18000人の減少が予測され、いわゆる「人口減社会」への転化が明らかになったという。

振り返って、筆者は、1992年に、財団法人「全国勤労者福祉振興協会(福振協)」の委託研究により、『欧州職国における労働力の「女性化」と出生率動向調査−家族・男女平等政策と「保育」の社会化もさぐる』をテーマに、同年3月から4月にかけて、EC委員会(ブリュッセル)、フランス、スウェーデン、デンマーク、ドイツおよびイタリア諸国を調査し、国会・地方議会議員、行政機関、研究機関、経営者団体、労働組合の指導的な立場の方々および夫婦共働き家庭など、約60人にインタビューを行い、その結果を上記のテーマで上記の協会に報告書を提出。次いで、2003年に『少子化社会と男女平等−欧州5カ国における現状と課題』(社会評論社)と題し、単書として出版した。

当時、「少子化問題」は、マスメディア、研究者、労働組合運動、諸政党でも、その問題認識とその基本的視点についてほとんど問題視されず、むしろ、自民党サイドが、第U次世界大戦前および大戦中の「堕胎罪」や「産めよ増やせよ」を中心とする女性の人権無視の「人口政策」の復活ともいうべき時代錯誤的な「妊娠中絶禁止法」の制度化を声高に主張し始めたのであった。

これに対して、当時の女性運動は、「世界の流れに逆行するもの」と連帯してアクションを展開した。まさに国際連合によって、「平等・開発・平和」をメイン・テーマとして設定された1975年「国連・国際女性年」およびその行動を地球規模で継続する1976年から1995年までの「国連・女性の10年」およびそれに続く「10年」のアクションの継続の真っ只中であった。

この間、国連がまず第1に着手したのは、あらゆる形態の女性差別を禁止する拘束性を有する国際法規として、1979年国連総会で「女性差別撤廃条約」の採択をしたことであった。日本は、諸外国に遅れて1985年にこれを批准し、ようやく初の「雇用機会均等法」を成立させたのであった(その後、数次の改正にもかかわらず、今日、日本の法制度は、間接差別の禁止を含む雇用における男女差別撤廃の法制度が立ち遅れ、国連・差別撤廃委員会から批判されている現状である。他方では、パートタイム労働、派遣労働、アルバイトなどの拡大と労働時間制の弾力化・ただ働き・過労死残業の蔓延により、むしろ労働現場では、直接、間接差別が増大している)
 この「女性差別撤廃条約」16条[婚姻・家庭関係における差別撤廃]は、●婚姻をする同一の権利(a)、●配偶者の選択と自由かつ合意のみに基づく婚姻をする同一の権利()、●婚姻中および婚姻の解消の際の同一の権利および責任(c)、●子どもに関する事項についての親(婚姻をしているか否かを問わない)
としての同一の権利および責任。あらゆる場合において、子どもの権利は至上であるなどの諸規定と同時に、(e)項では、出産の権利について、次のように規定している。

「子どもの数および出産の間隔を自由にかつ責任をもって決定する同一の権利ならびにこれらの権利を可能にする情報、教育および手段を享受する同一の権利」

すなわち、子どもを産む・産まないの選択、子の数の選択、子の出産の間隔の選択は、個々人の責任に基づく基本的人権であると、規定していることである。これが、今日到達している地球規模の法的到達点であるという認識に立って、当時の女性運動は、次のようにいわゆる「妊娠中絶禁止法」の導入に反対した。@いわゆる「妊娠中絶法」などの導入による国家の介入は、時代錯誤もはなはだしい基本的人権の侵害であること。A「産む性」である個々の女性が自発的に子どもを産むことを望み、安心して育てることができる雇用・職業に関する権利が保障され、同一価値労働・同一賃金および労働条件の均等待遇が保障されなければならないこと。B子どもを育てる「親」となる個々の男女が、雇用・職業と私生活が両立調和できるような出産休暇・出産父性休暇、育児親休暇、労働時間・休日・休暇、子ども・家族の疾病などに対応する家族理由休暇に関する制度など、「ワーク・ライフ・バランス」の労働条件が保障されなければならないこと。C生涯にわたって安全・安心に生活できるような社会保障制度が保障されなければならないこと。D万一、健康を害し、労働不可能になった場合などに、最低の文化的生活が営める社会保護制度が保障されなければならないことなどである。

出産の主体は、「主婦」から「働く女性」に転換の時代

さて、今から14年前の平成4年(1992年)、当時の経済企画庁(現内閣府)は、「少子社会の到来、その影響と対応」と題する『国民生活白書』を発表し、初めて少子化問題を取り上げた。筆者は、その執筆行政官の方々に「事前レクチャー」を依頼され、「少子化と男女平等」調査の経過と結論を報告し、次の点を強調した。少子化問題は、つまるところ、第1に、「労働・雇用問題」であり、特に「女性の労働権の保障と男女均等待遇」が、基本原則であること。第2に、「雇用の女性化」は、地球規模の歴史的必然であり、「専業主婦」が子どもを産む時代から、「働く女性」が子どもを産み、育てる時代に転換している。これを前提に、少子化対策は考えるべきであること。E「雇用の女性化」は、一方では、女性の自立意識の高揚と生活の必要性に基づく女性サイドの労働力の供給増、他方では、グローバル化、IT技術革新、産業構造の第3次サービス化に基づく企業の女性労働力の需要増が、バック・グランドにあること。F少子化は、「雇用・職業における均等待遇、男女の仕事と生悪の両立調和、社会保障・社会保護政策」の欠落の結果であり、少子化対策は、まさにこれらの政策の「優位性」によって左右されることを強調した。これと前後して、旧「中央人口問題審議会」(各界を代表する委員の9割以上が50代以上の男性で占められていた)より、上記の欧州調査の報告を依頼されたが、同様な意見を提起した。

しかし、その後の代々の政権、特に小泉政権は、雇用・職業の規制緩和、パートタイム労働・派遣労働など非正規雇用形態の拡大政策を法的、実際的に推進し、その結果、働く女性の3分の1は非正規雇用化し、「女性の貧困化」が著しく拡大した。当然、少子化は一段とすすみ、その結果、日本の出生率は、先進国中で最低の出生率を記録し、「右肩さがり」に低下し続けていたイタリアを追って、「右肩下がり」の低下の一途をたどってきた。

しかしながら、その後、イタリアの出生率は、2000年代前半にV字型に上昇に転換。逆に日本の出生率は、先進国中最下位に転換することになった。

このイタリアの出生率上昇への転換は、日本の将来人口の経済的、社会的影響に関心をもつ多く分野、多くの人々の間に「イタリア・ショック」を引き起こし、その要因および日伊比較への関心が高まってきている。しかし、ここで指摘しなければならないことは、このイタリアの出生率の上昇転換は、イタリアにとどまらず、EU(欧州連合)主要加盟国に同様の上昇転換が起こっていることである。すなわち、2000年代前半におけるイタリアを含むEUの「男女均等待遇政策」の効果であると認識すべきが至当であると思われる。

いま、日本では、「少子化対策」が声高に叫ばれ、重点政策として取り組まれている。だが、第一義的な基本原則である「女性の雇用・職業保障と男女均等待遇」が欠落しているこれらの政策は、いま「貧困の女性化」の中で「産まない選択権」だけでなく「産む選択権」も保障されない働く女性の現状からすれば、全く的外れな政策といわざるを得ない。

むしろ、グローバル化に伴う「国際競争力の強化」を21世紀の国の政策の中心にすえている日本は、女性の非正規雇用の戦力化、「ただ働き・過労死長時間労働」の拡大にますます奔走すると危険大である。

EUのジェンダー平等枠組み戦略

EUは、20世紀末に、21世紀・はじめの10年としての2010年までの「ジェンダー平等枠組み戦略」のメイン・テーマを、「あらゆる分野におけるジェンダー・ギャップ(男女間乖離)の排除」と設定し、最初の5年間(2001年〜2005年)の年次別重点テーマとして、次のような「ジェンダー平等枠組み戦略」(Framework  Strategy on Gender  quality )を立ててきた。

● 2001年:賃金におけるジェンダー・ギャップ(男女間賃金格差)

2002年:仕事と家族生活の調和

●2003年:意思決定の場における女性

2004~2005年:枠組み戦略に定めるテーマを含むステレオ・タイプ。

具体的には、

● 雇用・失業におけるジェンダー・ギャップを除去する。さらに2010年までに、女性雇用率を少なくとも60%に引き上げる。

           ジェンダー・ペイ・ギャップ(男女間賃金格差)の実質的縮小を促進する。

● 仕事と生活の調和を実際的に促進する。

● 意思決定の場における女性と男性のバランスある参画を促進する。

● 男女均等待遇法制度の履行と改善を促進する。

● ジェンダー主流化(gender  mainstreaming、あらゆる政策にジェンダー・バランスの視点・施策をすえる)をあらゆる分野で促進する。

●女性に対する暴力と売春と闘い、防止する。

2001年〜2005年の「枠組み戦略」に基づく加盟25カ国での取り組みの結果は、すでにEU統計に見ることができる。

EUの人口構造の特徴

1950代に創立された現「EU(欧州連合。創立当時EC:欧州共同体)」は、現在、加盟25カ国で構成されている。創立から今日までの拡大EUのプロセスは、次のように辿ることができる。

● 1952年:第T次・第U次世界大戦にみるように長期にわたって敵対関係にあったドイツ(当時西ドイツ)・フランス・イタリアをはじめ、ベルギー・オランダ・ルクセンブルグの6カ国が原加盟国となって、欧州の平和と経済復興をめざす「欧州石炭鉄鋼共同体設立条約(パリ条約)」を調印し、「欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)」を創立する。

● 1958年:「欧州経済共同体設立条約(第Tローマ条約)」および「欧州原子力共同体設立条約」(第Uローマ条約)を調印し、「欧州経済共同体(EEC)」および「欧州原子力共同体(AURATOM)」を創立する。
 ● 1967年:上記3つの共同体は、「欧州諸共同体の単一理事会および委員会設立条約(ブリュッセル条約)」に基づき、3つの共同体は、「欧州共同体(EC)」に統一され、ベルギー・ブリュッセルに本部を置く。

● 1973年:イギリス・アイルランド・デンマークが加盟する(加盟9カ国)。

● 1981年:ギリシャ加盟する(加盟10カ国)。

● 1986年:スペイン・ポルトガルが加盟する(加盟12カ国)。

● 1993年:ECは、「欧州連合設立条約(通称マーストリヒト条約)」に基づき、「欧州連合(EU)」が誕生する。

● 1995年:オーストリア・スウェーデン・フィンランドが加盟する(加盟15カ国)。

● 2004年:チェコ・エストニア・ハンガリー・ラトヴィア・リトアニア・ポーランド・スロヴァキア・スロヴェニア・マルタ・キプロスの10カ国が加盟する(加盟25カ国)。

● 2007年:ブルガリア・ルーマニアの加盟が予定されている(加盟27カ国予定)。

さて、EUは、「共同体を通じて、経済活動の調和的および均衡的かつ持続可能な発展、高水準の雇用および社会保護、男女平等、持続可能でインフレーションなき成長、経済活動の高水準での競争力と集中性、環境の高水準での保護および環境の質の改善、生活水準および生活の質の向上並び加盟国間における経済的、社会的結合および連帯を促進することを使命とする」(EC設立条約)とその目的を謳っている。上述の「ジェンダー平等枠組み戦略」は、この「憲法」に相当する条約に基礎を置いている。

EUTOSTAT(欧州中央統計局)によれば、現加盟25カ国の総人口は、2004年現在、45686万人である。これを遡って、1995年の44639万人と比較すると、この9年間に1047万人増加している。さらに、中・東欧など10カ国加盟以前の15カ国でみると、2004年現在、38272万人であり、1995年の37118万人と比較すると、1154万人増加している。

しかし、ここで指摘したいのは、EUの人口構造が、もともとの住民の減少傾向と移民(亡命を含む)の増加傾向のよって特徴づけられていることである。その増減の結果として、上記のようなEU全体の人口増加が記録されていることである(図―1、2、3、4、5、6および7)。

女性雇用率の上昇に伴う出生率の上昇傾向
上記のようなEU25カ国全体の人口構造の特徴とともに指摘すべきは、1990年代後半に低下ないし横ばい状態であったEU加盟25カ国の出生率が、2000年代前半には、キプロス・リトアニア・マルタ・ポルトガルを除くほとんどの国で上昇に転じたことである。この上昇傾向は、特に加盟15カ国中の先進国に顕著に見られる。そこで本稿では、15カ国中の特にベルギー・デンマーク・ドイツ・フランス・イタリア・オランダ・フィンランド・スウェーデン・イギリスの9カ国中心にその特徴をのべてみたい。

● 出生率の上昇

まず、「図―1」は、上記9カ国の2001年〜2005年の出生率動向であり、これらの加盟国では、過去の出生率最低の時点と比べてすべて上昇に転じている(表―1)。

● 女性雇用率の上昇とジェンダー・ギャップの縮小

2に、指摘すべきは、同じ2001年〜2005年間に、これらの加盟9カ国で、女性雇用率が上昇していること、フィンランドとスウェーデンを除いて、すべての加盟国で雇用率におけるジェンダー・ギャップが縮小したことである。特に、デンマーク(71.9%)・スウェーデン(70.4%)・イギリス(65.9%)・フィンランド(66.5%)・オランダ(66.4%)は、2010年までに女性雇用率を60%まで引き上げるという枠組み戦略の目標を上回っている。またドイツ(59.7%)・フランス(57.6%)は、限りなく60%に接近している。また1994年〜2005年の女性雇用率の上昇は、オランダ(+13.2)・イタリア(+9.9%)・ベルギー(+9.2%)・フィンランド(+7.8%)・フランス(6.0%)で著しく、これらの加盟国では、前述の出生率の上昇傾向または高レベルの出生率を記録しており、女性雇用率と出生率の関連を裏付けている(表−2)。

● ジェンダー・ペイ・ギャップ(男女賃金格差)の縮小

2010年までのEUジェンダー平等に関する枠組み戦略において極めて重要な柱の一つは、ジェンダー・米・ギャップも問題である。「表−3」は、2001年―2005年に上記加盟9カ国で「ジェンダー・ペイ・ギャップ」が確実に縮小傾向にあることを示している。すなわちこのギャップは、格差最高年と比べて、2005年には、ドイツ・フィンランドの横ばいを除くすべての加盟国で格差が縮小している。特に、男女格差が少ない加盟国は、ベルギー(6)・イタリア(7)であり、ドイツ(23)・イギリス(22)・フィンランド(20)・オランダ(17)・デンマークとスウェーデン(17)などは、縮小しつつもなお大きい。また格差最高年に比べて2005年現在の格差縮小幅の大きい加盟国は、ベルギー(−7)とイギリス(−6)である。

ワーク・ライフ・バランスのための労働条件

「国連女性の10年」の真っ最中の1981年に、ILO(国際労働機関)は、扶養者である子あるいは介護または援助を必要とする他の近親者の家族に対して責任を有する男女労働者が、差別を受けることなく、職業上の責任と家族的責任の遂行のための権利として国際最低基準を定めた「家族的責任を有する男女労働者の機会および均等待遇に関する条約」を採択した。

EUでは、このILO条約の精神に基づいて、男女の「仕事と家族生活の調和」のための諸条件として、労働時間短縮、「育児親休暇」や「家族理由休暇」などを法制化してきたが、2000年代に入って、「非婚・青年単身世帯」や「年配者・単身世帯」が増加している中で、上記の表現は、「仕事と私的生活の調和」に変わってきている。さらにポピュラーな国際用語として、最近では、「ワーク・ライフ・バランス」という表現が広く用いられるようになった。

          フルタイム雇用労働者の週労働時間(時間外労働を含む)

EUでは、加盟国の法制度を強制的に拘束するEU法として「指令」があるが、労働時間制についていえば、すでに1993年に「労働時間編成に関する指令93104/EC」を採択し、週労働時間は、時間外労働を含め最大48時間、年次有給休暇は、最低4週とさだめた。EUの資料によれば、2006年現在、上記9カ国の「フルタイム雇用労働者の週労働時間」は、時間外労働を含め、イギリス(43.1時間)が突出して長く、ついでドイツ(41.7時間)、イタリア(41.3時間)、スウェーデン(41.1時間)、ベルギー・フランス(41・0時間)と続く。最低は、フィンランド・デンマーク(40.5時間)で、これにオランダ(40.8時間)が続く。

          パートタイム労働者の週労働時間(時間外労働を含む)

パートタイム労働者の機会均等と労働条件については、すでに1997年に「パートタイム労働の均等待遇に関する指令9781/EC」がEC法として採択されている。次に、パートタイム労働者の週労働時間についてみてみると、2006年現在、イギリス(24.9時間)が突出して長く、ついでベルギー(23.6時間)、フランス(23.1時間)イタリア(21.6時間)、フィンランド(20.5時間)と続く。その他の加盟国は、20時間未満で、最も短いのはドイツ(17.9時間)、ついでイギリス(18.6時間)、デンマーク(19.1時間)、オランダ(19.2時間)と続く。

          母性(出産)休暇

EUは、すでに1992年に、加盟国を強制的に拘束するEU法として、女性のために「産前・産後の労働者の職場での健康・安全に関する指令(9285)」を成立させている。それによれば、出産休暇は、「最低14週」と定められたが、「表―4」に見るように、スウェーデン(12週)とドイツ(14週)を除き、ほとんど14週以上である。

          父親の「産後父性休暇」

EUでは、「表−5」にみるように、生まれた子どもの父親のために「産後父性休暇」が付与される。これらの権利は、ほとんどの加盟国で父親の固有の権利として定められ、母親(妻)に譲渡することができない。

● 育児親休暇

EUでは、1996年に「育児親休暇に関する指令(9634)」を採択し、最低3ヶ月(所得保障なし)を最低基準と定めた。しかし、上記加盟9カ国中、権利としての強制育児親休暇期間と任意育児親休暇の合計期間は、イギリスを除き、すべてが最低3ヶ月を上回っている。また「指令」では、「所得保障なし」と定められているが、オランダ・イギリスを除き、すべての加盟国が所得保障を行っている。また、いずれの加盟国でも、とかく育児親休暇の取得が母親に偏り、この父親と母親の育児責任のアンバランス解消のためのポジティブ・アクションとして、イタリアでは、父親の育児親休暇の取得促進策として、10ヶ月の育児親休暇中に父親が最低3ヶ月を取得した場合、1ヶ月のプレミアムがつき、育児親休暇は11ヶ月に延長される。

● 高い「03歳」の子どもの保育比率

子を扶養する父親・母親の「ワーク・ライフ・バランス」のためには、就学前保育所は、欠くべからざる施設であり、EUでは「保育の社会化」を基本視点としてその充実に努めている。「表−6」でも示したように、「0−3歳」の子どもの保育は、当該年齢の子どもを100として、ベルギーでは81%と8割以上、デンマーク(56%)は約6割、フランス(43%)・スウェーデン(41%)は4割強、オランダ(35%)は3分の1強、フィンランドは2割強と続く。1割未満は、ドイツ(7%)・イタリア(6%)である。これらが、イタリアの低い女性雇用率と出生率の重要な背景の1つと判断される。

●全入に近い「3歳−義務教育学齢」の保育比率

「表―6」にみるように、ベルギー・フランス・オランダの保育比率は、「3歳−義務教育学齢」の子どもの100%である。デンマーク(93%)・イタリア(93%)・ドイツ(89%)が9割前後で、最低のフィンランド・スウェーデン(70%)でも7割に達する。
 おわりに

さて、安倍内閣は、少子化対策・男女共同参画政策について、「イギリスのサッチャー政権の政策に学びたい」とかつてのその政策を、第1の手本に挙げている。しかし、EUの1997年「育児親休暇に関する指令9634/EC」、同じく差別の挙証責任を企業に義務付ける1996年「性差別訴訟における挙証責任に関する指令9780/EC」およびその大多数を女性が占めるパートタイム労働者の権利保障のための1997年「パートタイム労働に関する指令9781/EC」の立法化に徹底的に反対したのは、サッチャー政権、これを継続したメジャー政権であった。やむなくイギリスを除く他の加盟国は、別の立法回路でこれらの指令を採択したという歴史的事実がある。イギリスがこれらの条約を批准したのは、ブレア政権になってからであった(表−7)。

したがって、男女の「ワーク・ライフ・バランス」の労働条件の拡充に徹底的に反対したサッチャー政権、これを継続したメジャー政権の政策を手本とし、男女の生存権・生活権を保障する「雇用・職業の保障」が欠落した安倍政権の政策選択の方向は、国の未来にとって破滅的危険大であるといわなければならない。

EUは、グローバル化と加盟25カ国域内での経済活動の自由移動にともなって、今年2006年は、域内での雇用機会を促進する「労働者の移動ヨーロッパ年(European  Year of   Worker’s Mobility)」であり、来年2007年は、「すべての人のための機会均等ヨーロッパ年(European  Year  of   Equal 

Opportunities for  All ) 」と設定されている。その目的は、@非差別・均等待遇の権利を自覚するEU市民を育成すること、A労働現場または健康管理分野における雇用および教育へのアクセスの機会均等を促進すること、BEUのための多種多様な社会保障給付を促進することとされている。このような2つの「ヨーロッパ年」の設定の法的根拠は、均等待遇に関する諸指令(表−7)に置かれ、女性・青年・高齢者・移民の雇用・教育・職業訓練への機会均等なアクセスの促進による「持続可能な年金制度改革」へと連動している。また特に雇用へのアクセスの機会均等のために、近年は母国語と同時に共通語として英語教育に力が注がれている。

紙数の関係から、EUのパートタイム労働、ジェンダー平等政策については、後の機会に譲りたい。

                        (日本EU学会員)

[参考資料]
● 柴山恵美子他編著『EUの男女均等政策』(日本評論社、2004年)

          柴山恵美子他編訳『EU男女均等法・判例集』(日本評論社、2004年)

          柴山恵美子他編著『世界の女性労働』(ミネルヴァ書房、2005年)

          柴山恵美子共著『長寿社会を拓く』(ミネルヴァ書房、2006年)

          柴山恵美子仮訳「連載・『適正かつ持続可能な年金制度に関するEU(欧州連合)合同報告』の視点」(『賃金と社会保障』誌20047月下旬号−200510月上旬号連載:第1回・1374号、第2回・13751376号、第三回・1381号、第4回・1385号、第5回・1389号、第6回・1390号、第7回・1393号、第8回・1397号、第9回・1399号、第10回・1403号)


 

 

表−1     EU(欧州連合)加盟主要国の出生率(1994~2005年)

 国 名

最低年

出生率

2001

2002

2003

2004

2005

最低年−2005

 

ベルギー

1995

1.55

1.64

1.62

1.64

1.64

 

 +

0.0

 

デンマーク

1998

1.72

1.74

1.72

1.76

1.78

1.80

 +

0.0

 

ドイツ

1994

1.24

1.35

1.31

1.34

1.37

1.36

 +

0.12

 

フランス

 

 

 

 

 

1.92

1.94

 +

0.02

 

イタリア

1998

1.19

1.25

1.26

1.28

1.33

1.32

 +

0.1

 

オランダ

1995

1.53

1.71

1.73

1.75

1.73

1.73

 +

0.

 

フィンランド

1998

1.70

1.73

1.72

1.76

1.80

1.80

 +

0.10

 

スウェーデン

1998

1.50

1.57

1.65

1.71

1.75

1.77

 +

0.27

 

イギリス

2001

1.63

1.63

1.64

1.71

1.77

1.80

 +

0.17

 

日本

2005

1.25

1.33

1.32

1.29

1.29

1.25

+―

 

柴山恵美子作表。資料出所―EUROSTAT.

(注)@ベルギー、フランスの空欄は原資料に記載なし。Aオランダ、イギリスの最低年の出生率は、2年連続して同レベルであったために、最初の年度を基準とした。 Bベルギーの増減蘭は、「最低年−2004」とした。Cフランスの増減蘭は、「20042005」とした。

 

表−2            1994年−2005年・男女別雇用率と男女差の縮小

 国  名

1994年:雇用率

男女間格差(%)

2001年:雇用率

男女間格差(%)

2005年:雇用率

男女間格差(%)

1994~2005年:

女性雇用率の上昇

(%)

ベルギー

44.6

66.6

220

51.0

66.8

15.8

53.8

68.3

14.5

 + 9.2

デンマーク

66.9

77.5

10.6

72.0

80.2

8.2

71.9

79.8

7.9

 + 5.0

ドイツ

55.1

74.1

19.0

58.7

72.8

14.1

59.6

71.2

11.6

 + 4.5

フランス

51.6

66.8

15.2

56.0

69.7

13.7

57.6

68.8

11.2

 + 6.0

イタリア

35.4

67.7

32.3

41.1

68.5

27.4

45.3

69.9

24.6

 + 9.9

オランダ

53.2

74.5

21.3

65.2

82.8

17.6

66.4

79.9

13.5

 + 13.2 

フィンランド

58.7

62.0

3.3

65.4

70.8

5.4

66.5

70.3

3.8

 + 7.8

スウェーデン

68.5

72.0

3.5

72.3

75.7

3.4

70.4

74.4

4.0

 + 1.9

イギリス

61.2

74.5

13.3

65.0

78.0

13.0

65.9

77.6

11.7

 + 4.7

柴山恵美子作表。資料出所―EUROSTAT.

表−3 EU主要加盟国のジェンダー・ペイ・ギャップ(男女賃金格差)

国 名

格差最高年

格差

2001

格差

2005

格差

最高年−2005

格差の縮小

 

 

 

 

ベルギー

 2000

13

   12            

  6  

 −7

デンマーク

 2002

 18

   15

  17

 −1

ドイツ

 2004

 23

  21

 23

 +−0

フランス

 2001

 14

  14

 12

 −2

イタリア

 1999

   8

   6

  7

 −1

 

オランダ

 1996

 23

  19

 19  

 −4

 

フィンランド

 2003

20

  17

 20*

 +−0

 

スウェーデン

 2001  

 18

  18

 17