2022余所自作108『見とれてしまって言い出せない』

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「気持ちいいですね、伊能さん」
 思いっきり一泳ぎした後ビーチマットにころんと転げた彼女は心底楽しそうにそう言った。
 ついこの前まで女子大生だった健康な新入社員と三十路のサラリーマンの体力を一緒にしないで欲しいと思いながらビールの缶を呷った省吾は、彼女の胸元にぎょっとする。黒のマイクロビキニの紐が解けてたわわな乳房が片方ぽろりと露出していた。まだ海に出て数十分しか経っていないが色白な彼女の肌はほんのりと赤みを帯びていてまるで情事の最中の火照りを連想させる上に、しなやかな肢体と比べ卑猥としか言いようのない豊かな乳房はその柔らかさも弾力も重量でたゆんと僅かに歪んでいる形状も何もかもが悩ましい…露天風呂などではかなり拝見させていただいているそれが、海岸の日差しの下で晒されているのは何とも言えず背徳的でありながら健康的でもあった。
 華奢なのに豊か過ぎる乳房を補うのには日本製の水着では駄目だったのか女性用ブランドに疎い省吾ですら聞いた覚えのある高級ブランドの水着は小さな面積であるにも関わらず絶妙に上品なラインを描いている、が、そこは海外ブランドらしくブラジャーのカップもパンティーのクロッチも開放的なのか、艶やかな布地にその形状を悩ましくはっきりと浮かび上がらせている。嫁入り前の令嬢なのだから慎みなさいと中年臭い説教をしたくなったそれが更に淫らなものになり、思わず省吾は左右を見回して胸を撫で下ろす。高級リゾートホテルの専用海岸はまだ時間が早いのもあって人気が少ない。そもそも高級過ぎてセレブしか使えそうにない為か、デッキチェアの方にはそれなりにぽつりぽつりと人がいるが波打ち際近くにビーチマットを敷いているのは省吾達だけである。
 少し悪戯したくなる気持ちを抑えつつ、しばしの間の後わざとらしい咳払いをして省吾は指さす。
「天音さん、出てる」
「え?え、え……やだ……っ、えっち!」
 濡れ衣だ。
 たぷんと胸を大きく弾ませた瞬間、腕に隠れていた可憐な鴇色の乳首が露出して上下に揺れて残影を残す。対会社セクハラ用偽彼氏相手であるにも関わらず少し背伸び気味のご令嬢は自分から胸を弄って欲しいとおねだりするくせにまだ子供っぽさが残っている。黙っていれば…いや口を開いてもおっとりとした美女なのだが恥ずかしがる姿はまだ学生の様でいて微笑ましい。両手で懸命に隠しているものの乳房が大き過ぎて華奢な手では隠しきれていない上に、もう一方のブラジャーのカップまでぽろりと外れてしまい、赤く染まっていた頬だけでなく彼女の全身が真っ赤に染まる。
「ああもう……」
 ぼやきながら省吾はここに来るまで着ていたパーカーでぱさりと彼女の上半身を包んだ。
 爆乳は不感症だと向けられていた疑惑を解消する為に少し手伝ってみてから何度も…いやはっきり言えば毎日の様に隙あらば乳弄りをおねだりされている省吾としては見慣れている筈なのだが、少しも飽きる事がない。美人は三日で飽きると言うがあれは嘘だ。美女で巨乳で蜂蜜声でしかも子猫の様なご令嬢は飽きる隙を与えてなどくれない。
「み、み、み……」
「水?」
「違いますっ、み、見ました……?」
 古典的冗談が通じない世代格差の物悲しさを感じながら、ふるふると震えている彼女に省吾は澄ました顔でにっこりと笑う。いつも弄れいじれとねだってくるのに妙に初心なお嬢さんのこう言う所が可愛くて堪らない。しかし甘やかすと付けあがるので油断はならない。甘くて柔らかな声音は確かに怒って警戒している筈なのに飼い主に駄々を捏ねている子猫の様で愛らしい。パーカーの肩幅も袖や裾の長さも彼女をすっぽりと覆いつくしているのに胸回りだけは窮屈そうで深い胸の谷間が露出しているのが見ていてこそばゆく、省吾は彼女に背を向けた。
「早く直しなさいな」
「……。伊能さんの意地悪」
 少し拗ねた声を漏らした後、背後でごそごそと動く気配が続く。ブラジャーの紐を直すだけにしては少し時間がかかっている気がしなくもないが、女性の支度は遅いとも言うなど考えながら少しぬるくなったビールを呷った省吾の腰が、不意に指でつんと一度つつかれた。
 振り向くと、ビーチマットの上に俯せに横たわっている彼女の姿があった。きちっと紐を結び直している筈のブラジャーが細い背中の左右にはみ出ている巨乳の先に広がっており、ビキニの紐は緩んでいる。
「日焼け止め、塗ってください。――見ちゃったおかえしです」
 恥ずかし気に拗ねた声だがそれはほんのりとはしたない期待が透けて見えるものだった。
 悪い事をした罰ゲームとでもしたいのだろうが省吾が胸の感度を確かめてから夢中になっている彼女にとっては元からおねだりしたい行為に他ならない。偽彼氏なんだがなぁと大きく息をつく省吾に、彼女が日焼け止めの小瓶を指先でつんつんとつついて催促をする。高級ホテルの専用ビーチでご令嬢に日焼け止めオイルを塗る…どう考えてもご褒美であるが、好きな男のいる子なのだから気分は複雑だった。
「はいはい。受けて立ちますよ。――ただし、変な声あげたらそれで終了」
「えー! け、ケチです…っ、ケチって言われませんか?部下は甘やかして育てるもので鞭を与えちゃいけないんですよ?」
「鞭ねぇ…。もし打たれたいって言ったら打ってあげるのも吝かじゃないけど、打たれたいかい?」
「……」
「……。そこで何で黙るかな」
「伊能さんの見知らぬ性癖にびっくりしてしまっただけですっ」
「そもそも性癖見せていないから」
 声フェチだけどね、と内心思いながら澄まし顔で省吾は日焼け止めの小瓶の蓋を開ける。ビーチで使うにも問題のない環境に優しいとの触れ込みのオイルを掌に垂らすとさらりとした油でありながら僅かに粘度もあり、これで身体を撫で回したら絶対に拙い事になると覚悟を決める。とっとと降参してくれれば有難い。
「……。む、胸…お好きですよね……」
「残念。そこはポイントじゃないんだな」
 天下が取れそうな美乳よりも自分の好みそのものの極上の蜂蜜声が「え…嘘……それなら何なら効くんでしょうか…」などと小さくぼそぼそとぼやいているのを聞きながら、省吾はたっぷりと日焼け止めを絡ませた両手を構えた。
「さぁて我慢大会の始まりだよ、お嬢さん」

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