2008-9年末年始『第七夜・焚き木』(『空中浮遊』より)

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 毎年参拝客数第一位の神社だけあり、もう一時間近く参道を歩いていてもまだ本殿の近くにたどり着かない強烈な人ごみの中、玉砂利を踏みしめる音が鳴り響く。
 遊撃車の警備やサーチライトで照らされる初詣など滅多にない経験らしく、振袖姿の槙原は百五十センチしかない身長で人ごみに埋もれながら懸命に背伸びをして見回そうとするが、人の肩しか見えないのは誰の目にも明らかだった。
「……。肩車してやろうか?」
 冗談半分で言う須藤の言葉に槙原は大きく首を振る。どう見ても中学生以下にしか見えない小柄な身体だから須藤が背負うのは簡単だろうが、流石に振袖姿で背負うのは問題があるだろう。
「――そう言えばさ、この前みた動画で初詣の参拝列の外れでやっちゃうのがあった」
 唐突に言い出す田中に思い切り頭を殴りたくなるがそこは抑える。俺もその動画は見たが、残念ながら五人では人垣を作るのは叶わないし、大規模に警官が導入されているこの神宮のどこで…とそこまで考えて、自分が結構乗り気なのが判りみっともなさに一人肩を竦める。乱交好きの上に野外プレイ好きとなると重症過ぎる。
「とりあえずはぐれたら先刻の休憩所で集合な」
 その会話の十分後、まさに槙原がはぐれるとは誰も考えていなかった。

 深夜の二年参りに来るとなると大抵が成人で、中学生程度の小柄な槙原が一度はぐれるとその姿を見つけるのは一苦労だった。本殿へ向かう人の流れが門の手前で分裂して慌てて探してみようとしても、一時間近く牛歩状態だった参拝客は余計な動きを封じる殺気を感じそうな寿司詰め状態で身動きがロクにとれない。
 目印になりそうな長身の須藤達にはそのまま進む様に言い、じりじりと列の外側に出た俺は、人の列から離れて不安そうに立ち尽くしている槙原をようやく見つけた。
「……。馬鹿だな、お前」
 今にも泣き出しそうな不安げな顔をしていた槙原が俺の姿を認めた瞬間、泣き顔とも駄々ともとれない表情で小走りにやってくるのを見て呟いてしまう。まるで迷子の幼稚園児が親を見つけた時の無条件な安堵と信頼と甘えが弾けた様な風情が、年齢不相応に可愛らしく、そして小柄過ぎる身体と童顔に相応しくて、暴力的なまでに可愛らしい。――顔立ちを含め可愛い奴だとは思っているが、何ともロリコンになった気持ちになる程に、可愛らしい。
「ご、ごめんなさい、人にぶつかっちゃって、謝っていたら皆見えなくなっちゃって、休憩所行きたいけれど方向判らなくて、ごめんなさい」
 懸命に説明しようとする槙原のさらさらな髪をとりあえず撫で、俺は槙原の手首を掴む。
「須藤達は先に行ったから、とりあえず参拝済ませて休憩所に行くか」
「え……、え、あ、はい」
 境内は更に警備が増え人海戦術の交通整理で動くマスゲームさながらの光景になっていた。今度槙原を見失うともう見つけられる自信がなく、そのまま歩き出す俺の頭の中がやや消化不良な感覚に捕われる。槙原が可愛い。振袖を着て来たのは今日はセックスなしのつもりなのだろうな。でも着物姿を結構強引に抱いてみたい。着付けの自信がない。キスをしたい。少し、いや、かなり、抱きたい。しかも、屋外で。出来れば、今すぐに。
 煩悩を祓う筈の賽銭や祈願の初詣で何を考えているのかと何度も深呼吸をするものの、一度湧いた性的欲求はかなり振り払い難い。
 ちらりと横を見ると、俺が握っている手首を真っ赤な顔をして槙原が見ている。
 好かれていると感じると嬉しくはあるが、同時にその気持ちをどう扱っていいのか判らなくて避けたくなる。でも、可愛いと思うのもまた事実だった。この感情は恋愛とは少し違う気がして、やや燻る。
「寒いだろう」
「え?あ、えーっと……平気。振袖って結構暖かくて、足と指は少し冷たいけれどそれ以外は大丈夫」
 確かにファーで隠れた首や厚手の振袖は暖かいのかもしれない、が、足と聞くと槙原の身体を知っている身として生々しくあの華奢な足を思い出してしまう。まずい感覚。足首を掴みたい。振袖の下はノーパンと聞くがそれを確かめてみたい。無理矢理はだけさせて犯したいお姫様ごっこの欲求。半年抱き続けているのに少しも飽きそうにない、逆にのめっていく。槙原を抱くのが当然になっている。
「……。そう言えば、着付けは美容院でやって貰ったのか?大晦日でも営業してるのか?」
「それは大丈夫。お母さんがお花の先生だから昔から着物の着つけは教わっているの。……。あんまり上手じゃないかもしれなくて、変だったらごめんなさい」
「……。それなら、OKか」
 びくりと槙原の手首が震えた。加速する衝動。する前から反応が可愛くて仕方ない。だが男に自分で着付けが出来ると言うのは許可だと考えるべきだろう。我ながら自分に都合よく考えてしまうし、それに応じる槙原が可愛くて、でもどこか苛立たしい。
 参拝を済ませているのに、少しも煩悩が祓えなかった。

 休憩所の一画にある焚き火の前で甘酒を飲んでいる須藤達と合流し、屋台街と化している休憩所をそぞろ歩きながら、俺は少し手持ち無沙汰を感じていた。
 酒の取り扱いもある休憩所は結構出来上がっている風情の大人も多く、槙原を五人で囲みつつ動いているのもあって、もう手首を掴んでおく必要はない。ほんの一口だけ甘酒を飲んだだけでほんのりと頬を染めている安上がりな槙原は、見ていると本当に無防備で心配になる。
 これから電車に乗り須藤のアパートで一休みする予定になっている…つまりはそういう事なのだが、着物姿のまま皆で目茶苦茶に出来るのが楽しみで仕方ない反面、やや物足りない。
 先刻まで掴んでいた華奢すぎる手首の感触が、まだ残っている。
 まるで先刻まであたっていた焚き木の熱の様な、消えそうで消えない名残。

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FAF200901010133

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